第16話 土宮①
「……何だよあのデカイの」
「……精霊王って容赦無いわね」
「アレってありなの?」
土宮へ入ったソラ達を待っていたのは……超の付くほど巨大な岩のゴーレムだ。最低でも、全高100mはあるだろう。
なおベフィアでは、全高10mを超えるゴーレムは確認されていない。よって確実に精霊王が関わっている。
「どうするのよ?」
「ここで退いても、もう1度入れば絶対にいるはずだ。突破するぞ」
「行ける?」
「アレだけ大きいなら、動きはどうしても雑になる。その隙をぬって進むだけだ。簡単だろ?」
「そうね……分かったわ。行きましょう」
「うん。ソラ君だけでも行けるかもしれないけど、わたし達もいた方がいいもんね」
「頼む」
あの巨大ゴーレムの方向に進ませるためだろう、両側は崖になっている。そしてソラはそれに乗るつもりだ。
そして3人は巨大ゴーレムへ向けて駆け出す。だが、右の壁からいきなりロックゴーレムが出てきた。
「ちぃ!」
が、ソラによって一瞬で斬り裂かれる。
「急ね」
「気付かなかったもん」
「隠れていた……いや、今の瞬間にゴーレムになったか?」
「そう。なら、常に警戒しないといけないわね」
「あんなデカイゴーレムを作れるんだから、これもあるだろうな」
「大変だね」
「まあ、俺達にはただ手間が増えるだけだな」
不意打ちは怖いが、その程度でやられる3人では無かった。
「はぁ!」
「やぁぁ!」
「行って!」
ロックゴーレムはソラが薄刃陽炎を振るう度にコアごと真っ二つになり、ミリアが駆ける度に細切れとなり、フリスが魔力を励起させる度に胸部に穴が開く。
「簡単すぎるよね?」
「向こうもそう考えるはずだ。そろそろもう1段階……来たな。先の広場だ」
「ゴールドゴーレムとマジックゴーレムの群れね」
「問題無いな」
「うん」
そのまま3人はゴーレム達に突っ込んだ。そこにいるのは全てAランクの魔獣だが……
「強化されてなければ弱いな」
ソラ達の敵ではない。もはやほとんどのゴーレムを一刀両断できるソラを始めとして、3人にはゴーレムなどただの的だ。
「ソラ、だいぶ近付いてきたわよ」
「問題はどこに階段、進む先があるかだな」
「足元とか?」
「それだと簡単すぎる気も……胴体のどこかの可能性もあるな」
「ここからだと分からないわね」
「行くしかないか」
そうして、出てくるゴーレムを片付けながら、巨大ゴーレムの近くまでやってきた。やはり、ここまで近付けば敵対者と認識されるようだ。
「様子を見る。当たるなよ」
「むしろ当たる方が難しいわ」
「わたしは少し離れてるね」
その瞬間、巨大ゴーレムの腕が落ちる。ソラ達がいた場所は大きなクレーターとなったが、既に3人は飛び去った後だ。
「すごい威力だな」
『感心してる場合じゃないわよ』
「分かってる。ミリアは俺と同じく走り回って注意を引きつつ確認、フリスは遠目で見つけてくれ」
『はーい』
『分かったわ』
その巨大さゆえに末端の速度は速いが、全体としてはただのウスノロである。常時相当数の岩が体表から放たれているが、避けながら走ることに問題は無かった。
「あったか?」
『無いわ』
『何にも無いよ』
「俺もだ。変だな」
『どう考えてもおかしいわね』
「ああ。もしかしたら、見つけづらい場所にあるのかもしれない」
『どうするの?』
「一旦集まれ。探す場所を決めるぞ」
そしてソラ達は、巨大ゴーレムの手の届かない丘の上まで逃げてくる。警戒は続けているが、どうやら逃げた相手は追わないらしい。
「安全みたいね」
「あの場所から動かないってことは、推測は正しいんだろう。問題は場所だ」
「1周してみたけど、見つからなかったよ」
「間違ってはいないはずだが……」
「まったく、何処にあるのよ……」
「あれ?……ねえソラ君」
「ん?」
フリスが見つけた場所に3人は目を向ける。そこには確かに、巨大ゴーレムに穴が開いていた。その場所は……
「……口か」
「よく見つけられなかったわね」
「さっき見たが、開いていた記憶がない。ついさっき開いたってところか」
「じゃあ、近付いたら閉じちゃうのかな?」
「確かに、閉じる可能性もあるな……いや、その場合はこじ開けるぞ」
「ソラならやれるわね」
「首から上を消し飛ばすつもりなら、なんとかな。それよりも、まずはどうやってあそこまで行くかだ」
あの怪獣王クラスのサイズの相手などしたことなど無いのだから、ここから考えなければ無理だ。
「難しいわよね?」
「距離が長いせいで、妨害を受けやすい。登る途中で何をされるかわからないからな」
「空を飛ぶのは?」
「叩き落される。足場を作るとしても、慣れてないフリスが危険だ。腕を登るしかなさそうだな」
「そうね……でも、それも危険よ?」
「他よりはマシだ。採用するしかない」
他に比べれば、というのはどうしようもない。それに足元ではなく、少し離れた場所に拳を誘導できれば、傾斜は少なくなり登りやすくなるだろう。他に現実的な案は無く、これが採用される。
そしてその危険な誘導役は……ソラが引き受けた。
『わざわざソラがやらなくても良いじゃない。私でもできるわよ』
「あれのスピードなら直前でも避けられるし、魔法で気も引ける。バランスが良いのは俺だ」
『でも……』
「万が一の場合でも、俺なら耐えられる可能性は高いし、そこから逃げる手もある。2人を危険に遭わせたくないからだ。信じてくれ」
『……ズルいわね』
「駄目か?」
『いいえ。ただ、そう言われたら止められないじゃない』
『もうわたしも、止めないよ。頑張ってね』
「ああ。期待以上を出してやる」
そう言って、ソラは巨大ゴーレムの腕の長さギリギリまでやってくる。堂々と姿を見せているためバレバレだが、射程外だと一切手を出さないようだ。
そしてソラにはより大きな問題がある。
「ああ言ったものの、どうやって誘うか……」
実のところ、拳が地面に打ちつけられたのは最初の1回のみ。あとは薙ぎ払いだけだった。
足が動かないのは分かるが、腕のパターンも分からない。
「……考えても答えは出ないな。まあそれなら、無理矢理だ」
というわけで、ソラは容赦無くやることに決めた。
一方、巨大ゴーレムの射程外の岩陰にいる2人。ここならミリアがフリスを抱えて走れば、大抵の場所は間に合う。それよりも目の前の光景の方が問題だった。
「ソラ、何してるのよ」
「滅茶苦茶だね」
「あれ、もう壊す気じゃない。目的を忘れてないわよね」
「大丈夫だと思うよ。本気じゃないもん」
「でも、派手ね」
「うん」
ソラは派手だが威力は低めの魔法を撃ちまくり、巨大ゴーレムの気を引いていた。……いや、若干微妙なところなのだが、注意は向けられているのだろう。
ただ、拳が振り落とされることは一切無かった。
「ミリア、フリス、口はどうだ?」
『多分、開いてないと思うよ。ソラ君からは見えないの?』
「この大きさ相手だとどっちも変わらないだろうが、角度的に難しい。……もう吹っ飛ばしてやろうか」
『そんなことしたって、意味無いわよね?』
「多分な」
『ならやめなさい』
「分かった。だが、どうすればいいのか……」
走りながら考える。岩が無数に飛んでくるが、この程度を避けるのはソラにとって朝飯前だ。そして、思いっきり振るわれる平手は跳び越して避ける。これに乗れれば良いのだが、速すぎて確実に乗れるという保証は無かった。これより安全なものを知っているのだから、無理をする必要は無い。
と、ジリ貧になりかけていたその時、フリスが思いついた。
『うーん……一緒にいないといけないとか?』
「あ」
『そういえば……そうね』
「アレが拳を叩きつけたのは、3人が集まっていた最初だけ……確かにその可能性はあるか」
『じゃあ、行く?』
「……そうだな」
そう話し合った後、ソラは少しずつ巨大ゴーレムから離れ、ミリアやフリスと合流する。
「来るぞ!」
そして合図とともに3人が飛び去った直後、巨大ゴーレムの拳が打ち込まれた。さらにソラ達はその右腕に飛び乗り、一気に駆け上がっていく。
「登ってる間も安心するなよ。何をしてくるか分からないからな」
「ええ。今さら妨害が無いなんて思ってないわ」
「でも、どんなのかな?」
「そんなことを言ってると……ちっ、やっぱりか」
ソラが踏み出した足に合わせるように、巨大ゴーレムの腕から岩の槍が伸びる。だがソラはそれを蹴って壊し、さらに進んだ。
「しっかり避けろよ」
「誰に言ってるのよ」
「これくらい、簡単だもん」
「油断はするなってことだ。それで、目的地はどうだ?」
「口は開いたままみたいね」
「腕に乗ったからかな?」
「それは分からないが……左手が来るぞ」
「ソラ君、お願い」
「ああ、ミリアも走れ」
「勿論よ」
上から虫を叩き潰すかのように巨大ゴーレムが左手を振るうが、ソラ達は速度を上げてしっかり避ける。
足下から岩槍が飛び出たり、右腕が振るわれたりすることはあるが、3人はなんとか右肩までたどり着いた。
「ここからは難しそうね」
「……口の前あたりまで跳んだら、俺が氷の足場を出す。フリスは俺が抱えていく。それで良いな?」
「ええ、それで良いわ」
「うん、大丈夫だよ」
特に問題無く、ソラ達は巨大ゴーレムの口の中へ入っていく。そしてそれと同時に、巨大ゴーレムは静止した。
「やっぱり階段があったな」
「ゴーレムも止まったし、大丈夫みたいね」
「でも、壁からゴーレムが出てきたりするかもね」
「その程度なら問題無い。行くぞ」
「ええ」
「うん」
多少の妨害はあったものの、3人はそのまま奥へと進んでいった。
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『がはっ……』
「だいぶ調整も慣れてきたな。刀にも沿わせられるようになったか」
土の古竜をバラバラにし、薄刃陽炎を納めるソラ。
神と成ってから増えた魔力や神気の扱いに苦労していたが、氷宮で手加減に成功し、土宮でここまで制御できるようになった。
「1人でやれるなんて、流石ね」
「凄かったよ」
「少し危ないところもあったけどな」
「どこがよ。余裕だったじゃない」
「いや、いくつか避け損ねて危険だったぞ」
「ううん。危なげなんてなかったもん」
「そうか?」
「ええ」
「うん」
自己評価と他者の評価が異なるのはよくあることだ。ソラの自己評価が厳しすぎるというのもあるが。
「さてと、精霊王は……奥みたいだな」
「ここにはいないね」
「じゃあ、行きましょう」
すり鉢状の地面の底から古竜の魔水晶を回収し、斜面を登って扉へ向かう。すると、扉が向こう側から開かれた。
『お待ちしておりました。ソラ様、ミリア様、フリス様』
待っていた人物の見た目こそ美しい女性だが、人では無い。こんなところに人がいるわけないのだが。
「精霊王か」
『はい、土の精霊王デメテルと申します』
「少しの間だが、よろしく頼む」
「それにしても、ここは他とは違う仕掛けが多かったわね」
「確かに。今までは戦闘一辺倒だったからな」
「あの大きなゴーレムは凄かったね」
『久しぶりに作ってみました。自立制御なのでいくらでも作れます』
「昔はあんなものもよく作っていたのか?」
『人々が神話と呼ぶ時の話です。半神と戦うには、アレが必要でした』
「半神?」
「半神半人……じゃないわよね」
『半神半人は味方でした。魔神は魔獣に力を与え、半神とすることができたのです』
「生みの親だからな……あそこまでデカいのも理由があるんだろ?魔獣とサイズが変わらないなら、半神半人で良いはずだ」
『巨大化する魔獣が多かったためです。あれだけの巨体となると、神々でも対処は面倒になります。その点、ゴーレムなら楽なのです』
「体が大きくなれば、魔力や神気の貯蓄量も増えるからか……昔は大変だったんだな」
『いえ、たった3人で万単位の相手をするソラ様方ほどではありません』
「そうか」
自分達は昔以上に辛いことをしていると言われたが、ソラはそうは思っていなかった。理由としているのは、半神を相手にしたことが無いことだ。
そしてもう少し話していくと、古竜は精霊王とともに戦っていたということも聞いた。
「そうなの?」
『古竜は我々精霊王に与えられた守護者のようなものです。本当の意味では、魔獣とは異なります』
「今はどうしてるんだ?このダンジョン以外にもいるんだろ?」
『今は役目を終えていますので、地上で自由にしております。人と敵対することは無いと思いますが、何かありましたか?』
「いいえ、聞いただけよ」
「倒されたって話は聞いたことがないな。というか、見たという話すらない」
『人が近づかない地に、結界を張って閉じこもっているのでしょう。精霊に近しい存在なので、魔獣のように狩りをする必要はありませんので』
ソラは古竜に色々と疑問を持っていたが、この説明で全て片付いた。半分精霊というのも、そのままの意味だったらしい。
「さて、今日はこれくらいで良いか?」
『立ち話で申し訳ありませんでした。お三方もお疲れでしょう。ゆっくり休んでください』
「謝ることじゃないわ。話、面白かったわよ」
「また話してね」
『はい、勿論です』
「なら、明日も頼む」
デメテルは3人を部屋へ案内し、そのまま何処かへ姿をくらます。ソラ達は食事を取り、強く警戒することなく眠りについた。
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「世話になったな」
『いえ、こちらこそ興味深い意見を聞かせていただきました』
「私達だって色々な話を聞いたわ」
「一緒だよね」
『ありがとうございます。……すみません、忘れていました。これを』
ソラは差し出された力の欠片を受け取る。これで6つ、残すは雷と闇だけだ。
「ありがとな」
『有効に使っていただけるのであれば、そちらの方がよろしいですから』
「まだ使ってないけどね」
「それを言うな……有効活用する方法が思いつかないんだから、仕方ないだろ」
「それでも放置しすぎよ。試しに何か作ってみれば良いじゃない」
『いえ、それで良いのです。神気というものは思念に強く反応するのですから、強く思い描いていた方が良いものができます』
神気は思ったことが強く出る。それは3人とも感じていたので、ミリアとフリスも納得していた。そしてソラは真剣に使い道を考え始める。
すると、デメテルが何か思い出したようだ。
『そうでした。ミリア様、フリス様、次のゼウスにはお気をつけください』
「ゼウスって……そういうことか」
「え?」
「どうしたのよ?」
「俺の知ってる通りならだが……」
『おそらく、その通りかと』
「万が一の時は殺しても良いのか?」
『それは困ります。半殺し程度で済ませていただけるとありがたいです』
「分かった。ならそうしよう」
「ソラ、なに不穏なことを言ってるのよ?」
「ソラ君の方が上かもしれないけど、精霊王なんだよ?」
「それは……まあ、会えば分かる」
さらに少し話した後復路についたのだが、2人はまだ気にしているようだった。ソラの雰囲気がいつもと違うというのもあるのかもしれない。




