第13話 共和国首都エリザベート⑨
「これは……」
アーノルド邸に着いたソラ達だが、そこは昼間と大きく変わっていた。私兵が屋敷内の至る所に配置され、篝火が煌々と焚かれている。さらに騎士団所属と思わしき面々もおり、明らかに何かあったようだ。
「ソラ様!良いところに来てくださいました!」
「もしかして、こっちも襲われたの?」
「も、ということは、ソラ様もですか?」
「ああ、3人組にな。睡眠薬も用意されていた」
「どこの者かは……」
「身元を示すような物は何も無かった。その筋の専門家だろう」
「そうですか……」
「それでこの様子だと、こっちもなのね」
「はい。10人の暗殺者が屋敷に侵入、私兵が迎え撃ちました。ただ、捕らえた者も自害してしまったため、情報は得られておりません」
「生かしておくべきだったか……」
「できたのですか?」
「やろうと思えば、できたかもしれない。こんなことになってるのなら、殺さなければ良かったな」
情報が足りなくて何もできないなど、最悪でしかない。それゆえソラ達はここへ来たのだが……ここでも不足しているとは思っていなかった。
「ソラ様、ミリア様、フリス様」
「マリリアさんも来たんだ」
「こちらへ。ご当主様がお待ちです」
「……誰がやったか分かったのか?」
「上の者しか知りませんが、予想はついております」
「行くわよね?」
「勿論だ」
そして3人はマリリアについて屋敷の中へ入っていく。案内された場所は当主の執務室だった。
「早いな。やはりそちらにも行ったか……」
「その通りです。俺達をアーノルド家の関係者だと思われたため、ということですか?」
「恐らくはそうだろう。本来なら無関係なことに巻き込んでしまい、すまない」
「いえ、問題ありません。それで、被害は?」
「犠牲が出たのは私兵だけで、他にはいない。リーリアもトーラも無事だ」
「良かったね」
「ええ、無事で良かったわ」
「……相手は分かってるんですか?」
ソラとしてはこれが重要だ。だからこそここに来たというのだが……どうやら、あるらしい。
「断定できる証拠は無いが、推測はできる。ハプソーグ家の次男だろう」
「次男だけですか?」
「当主と長男は不明だ。噂は無いが、やったとしても不思議ではない」
「そうですか……それで、首尾は?」
「朝になり次第、別件の証拠捜索ということで騎士団を突入させる。君達はそれに同行してもらいたい」
「ソラ君、どうするの?」
「行くわよね?」
「俺達は……」
ここの騎士団とはパイプがあるから、そうしたとしても問題は無い。だが、ソラにそうするつもりは無かった。
「……先に突入して、証拠を掴みます」
「なんだと?」
「騎士団が来ると分かれば、確実に証拠を消そうとするでしょう。その時だけは証拠の場所が明らかになる。そこを突きます」
「だがそれでは、君達が危険すぎる」
「エルダードラゴンより脅威となる存在がこの町の中にいるのなら、会ってみたいものです。俺達以外で、ですが」
「……分かった。許可しよう」
「ありがとうございます」
依頼の内容変更ということで、依頼主の許可も得た。無理矢理な気もしなくもないが……
そしてソラ達は執務室を出て、廊下を歩いていく。
「ミリア、フリス、勝手に危険度を上げてすまない」
「いえ、良いわ。ソラ、いつも通りにするつもりは無いんでしょ」
「バレてたか」
「顔で分かるもん」
「……そんなに分かりやすいのか?」
「私達には、よ。他には、バルクくらいじゃないかしら。それで、何をするのよ?」
「ちょっとな……神術で尋問できないか試してみる」
「拷問?」
「いや、精神に干渉できないか試す。上手くいけば儲けものだが、失敗したら試した相手は壊れるな」
ファンタジー系の物語では定番の1つである。だが科学的には、1人の人間でできることとは思えない。
それに、予想される結果からしても、人道に反していることは間違いないのだから。
「……そう、分かったわ」
「ソラ君の好きにして良いよ」
「反対しないのか?」
「私達の利益になりそうなことだもの。それに、敵対者に容赦する必要なんて無いんでしょう?」
「ソラ君が気にする必要は無いもん」
「……ありがとな」
もう既にソラは人で無いのだから、気にないでやることもできる。だが元とはいえ人として、そんな風にはなりたくなかった。自分勝手ではあるが、ミリアとフリスに認められ、ソラは安心している。
そしてソラはエリザベートの地図を広げた。
「朝と言ってたから、早めに行くべきだろうな」
「顔とか、隠した方が良いかな?」
「いや、既に俺達も関係者だ。無関係な人に見られるわけにはいかないが、相手に対して隠す必要は無い」
「そう。じゃあ、そのままで良いのね」
「取り敢えずはここから大通りを通って向かい、密偵がいないか確かめる。その後は、そうだな……ここの貧民街を通るぞ」
そしてソラが提案したのは、常道からは外れたことだった。
「貧民街?そういう場所は余所者に厳しいわよ?」
「怪しい物の取り引きに使われたりもするから、色んな組織が入っちゃってるよ?」
「だからだ。貧民街なら、新しく密偵を入れることは難しい。それに、色々な組織が暗躍してるなら、互いに牽制し合うだろ?」
「結果的に、情報の伝達が遅れるのね。それで、見た目はどうするのよ?」
「俺が光魔法と闇魔法で誤魔化す。武器やアクセサリーを隠してくすんだ色にすれば、無駄に目立つなんてことは無いだろう。顔も汚せば完璧だな」
「汚しちゃうの?」
「魔法だけだ。屋敷に突入する時には綺麗になってるぞ」
女性だから、汚れるということには2人とも敏感だ。血糊も早めに落としたがる。まあ、それはソラも同じなのだが。
そして3人は屋敷を出、門の所まで来た。
「町を調べてくる。ここは頼んだ」
「は!お任せください!」
まだ私兵達に周知はされていないようで、こう言っても怪しまれることは無かった。周囲を警戒しつつ、屋敷を出る。
「……いるな」
「どこ?」
「この先に3、屋敷の裏に2……これだけか」
「少ないわね」
「本当に、当主と長男は関係無いのかもな」
貴族1家、それも現在当主が大統領を務める家を敵に回すのに、監視がこれだけというのは明らかに少ない。ワザとだとしても、おかしすぎた。
「それでこの先は良いとして、屋敷の裏の方はどうするのよ?」
「フリス、2つの商家の間にある宿屋の3階に1人、向かいの屋根の上に1人、少し奥の酒場の屋根裏に1人いるんだが、分かるか?」
「えっと……この3人だね。見つけたよ」
「なら、見失うなよ。ミリア、フリスの指示で殺れ」
「捕まえなくて良いのね?」
「証拠を掴むことが優先だ。早くしろよ」
「じゃあソラ君、頑張ってね」
「2人もな」
3人はそれぞれ分かれ、対処する。ソラの狙った2人は、路地裏に固まっていた。予備か何かだからなのかもしれない。
「ちっ、なんだってこんな所なんだよ。何もやれねぇじゃねえか」
「こらこら、ここならやることはほぼ無いんだぞ?楽できるじゃないか」
「受けた仕事が楽なのは良いんだけどな……暇だっつうの」
「なるほど、仕事か」
「ああ、こんなんじゃ、っ⁉︎」
火の付加をかけた薄刃陽炎を一閃し、首と胴を切り離す。肉の焼ける臭いがしたが、血が流れるよりは目立たないだろう。
「仕事ってことは、私兵とは違うのかもしれないな……こっちは終わったぞ」
『最後の1人にミリちゃんが向かったところだよ』
『今、殺したわ。火を使ったから、血は出てないわよ』
「それで良い。宿屋にいた奴は外に捨てたか?」
『ええ。近くの路地裏にね』
「なら、貧民街の近くで合流するぞ。場所は覚えてるな?」
『ええ、勿論よ』
『うん、大丈夫だよ』
そしてソラ達は貧民街近くの路地裏で合流し……出てきたのは、乞食のような3人だった。
髪は黒・金・銀から茶・赤茶・灰色に変わっており、第一印象は別人だ。さらにボロボロの布を被って、武器等の装備も隠しているため、一目で見分けるのは厳しいだろう。
顔の輪郭や眼はそのままなので、正面から見れば分かるかもしれないが。
「やっぱり、目立っちゃってる?」
「ああ。視線が多いな……失敗したか」
「これは仕方ないわ。早く抜けましょう」
ただ、急に出てきた余所者は目立つ。ここはそういう場所だった。幸いなのは顔まで布で隠しているため、外からは男か女か分からないことか。
「ん?」
「どう、あれ?」
「どうしたのよ?」
「なんかね、変な集団がいるんだ」
「住民じゃなくて?」
「それにしては動きがおかしい……行ってみるぞ」
無駄足になるかもしれないが、見逃して後で後悔するよりは良い。ソラの案内のもと、そちらへ向かった。
「あ?なんだてめぇら」
「お、そっちの2人女じゃねえか」
「おい、仕事があんだろうが」
「どーせ時間はあるんだし、楽しんじまおうぜ」
「そーだそーだ」
その辺りにいる不良といった感じの連中は……
「関係者だな」
「な?あがっ……」
一刀の下に切り捨てられていった。大した時間がかかるはずもない。
「数だけだったわね」
「むしろあれで強い方がおかしいだろ。それにしても、雇われのチンピラ……雇ったのは闇ギルドか?」
「その可能性は高いと思うわ。それなら、屋敷を見張ってた相手も一緒かもしれないわよ」
「あっちは本物の構成員だろうけどな」
そのままソラ達は貧民街を歩いていく。特段広いわけでは無いので、すぐに抜けた。
「抜けたわね」
「一気に行くぞ」
「うん!」
そしてその瞬間に布を指輪にしまい、走り出す。髪の色も元どおりになる。
そして3人は屋根伝いに進み、ハプソーグ邸の向かいの建物の屋上まで来た。夜が明けるまでにはまだ時間がある。
「さて、どこにいるか……」
「意外と静かなんだね」
「いえフリス、あれは警戒してるってことだと思うわ」
「その通りだ。ここから見えない所に私兵が大量にいる。裏口のあたりは手薄だから、そこから行くぞ」
「分かった」
3人は慎重に反対側へ行き、警備の薄い裏口から侵入する。そして一気に屋根へ飛び、音を立てないように伝っていった。
「気付かれないものね」
「いきなり屋根の上に登られるなんて、想定していないんだろうな。練度が低いとも言えるが」
「わたし達と比べたらみんな低いよ?」
「そう言ったらお終いっと、この下みたいだな」
そして屋敷の中心あたり、中庭に面した場所に来ると、その下から言い争う声が聞こえてくる。3人は耳をすました。
「シュテルン!何てことをしやがった!」
「うるせぇ!甘っちょろいやり方しかできねぇ兄貴は黙ってろ!」
「気付かなかった我らも我らだが、バレては元も子もないだろう。お前がやりすぎたせいだぞ」
「親父も兄貴もやり方がぬるいんだよ!邪魔なら消すしかねぇじゃねぇか!」
「それで失敗したのはどこのどいつだ!」
「騎士団も来るという話だ。シュテルン、我が家としては、お前を差し出す他無い」
「……なら俺も黙ってねぇぞ。おい、お前達!」
「なっ⁉︎シュテルン、貴様!」
「この家は俺が動かす。甘っちょろいのは牢屋にでもいろ!」
本当に当主と長男は無関係のようだ。私兵か誰か武装した人が部屋に入り、拘束しようとしているらしい。この2人は武の側では無いようで、抵抗もほとんど意味を成していないようだった。
「……傍迷惑な馬鹿息子だな」
「そうね。早く掃除してあげましょう」
「いや、もう少し様子を見よう」
「何で?」
「この様子だと、他にも協力者がいそうだ」
しばらく待って物音が収まると、新たな声が聞こえる。どうやら後から部屋に入ってきたようだ。
「……なかなか手が早いですなぁ、シュテルン様」
「……何故失敗した。確実に殺れると言っていただろう」
「あの冒険者達のせいで予定が狂いましてな、突入する人数が減ってしまったのです。私兵達も何故か強く、計画は頓挫してしまったのですよ。次善の計画も、何故か阻止されてしまいました」
「ふん、英雄だかなんだか知らないが、ただの人だろう。薬を使えば良いのだ」
「その薬が効かなかったのです」
「何?」
「気付かれていたのでしょうな。冒険者なら解毒剤を入手できてもおかしくはありません」
「バレたお前達が悪いんだろ。闇ギルドの名が泣くぞ」
「そう言われては何も言えませんなぁ」
ここまで重要な会話をされて、どういう経緯か分からないほど鈍くは無い。
「やっぱり闇ギルドか」
「なんか、会うこと多いよね」
「犯罪集団だからな。こういうことには首を突っ込みたいんだろ。それに、闇ギルドってのは総称だしな」
「でも、そのせいで壊滅するのよ。それで、行くんでしょ?」
「ああ。さっさと終わらせるぞ」
そう言ってソラは屋根から飛び降りる。そして庭木の幹を蹴り、目的の部屋へ向かった。
「な、なん⁉︎」
「寝てろ」
そのまま窓から部屋に入って即刻次男の頭を揺らし、脳震盪を起こして倒す。闇ギルドの幹部らしき男……黒ローブの人物は扉のすぐそばにいた。
「……まさかいたとは思いませんでしたよ」
「さっきの会話も聞かせてもらった。観念するんだな」
「そうですね。ここまで掴まれては何も言い返せません」
「なら……」
「ですがねぇ!」
煙玉を使い、逃げ出そうとした。だが魔力探知を使えるソラとフリスには無意味であり、取り出す時間だけで十分だ。
「どうした?」
「なっ、扉が……」
「魔法を使える冒険者なら、結界くらいは使うだろ?」
「ちぃ!」
「駄目ね」
「遅いよ」
結界で部屋を覆われ、逃げ場が無くなる。そしてミリアに腹を蹴られ、フリスから雷撃を喰らい、何もできずに轟沈した。
「これで終わりね?」
「後は書類を探すだけだな。隠されたものも含めてだから、面倒だが」
「起こして案内させる?」
「あんなヒステリックになりそうなやつ、相手にする方が面倒だ。言った通り、神術を使う」
まあ、普通に尋問をする場所では無いので、その方が良いだろう。
「我が声を聞け。我が声に従え。我が声に命ぜられろ。我が名のもとに、心を差し出せ……」
「あっ、がっ……」
精神を乗っ取るなどというトンデモナイものでは無く、自白剤に近い使い方だ。ただし精神にかけていることは間違いなく、ソラの集中度合いは途轍もなく高い。
そして、かけられた側は酷い顔になっていた。顔の筋肉全てが弛緩したような状態、涙腺が緩んで涙が出、舌などが動かずヨダレも出ている。
「うわぁ……」
「酷い顔ね」
「さて、お前の犯罪の証拠はどこにある?」
「ぐ、が……金庫、3」
「金庫が3つ。どこだ?」
「執務室……机、本棚……床……」
「それで、金庫の開け方は?」
「それは、あがっ……ガアァァァ!!」
「うるさい!」
顎を蹴り飛ばして止める。舌は噛んでないし、首も無事だ。ただ、ソラも憔悴している。
そして、叫び声を上げられたのが悪かった。
「ソラ君、大丈夫?」
「はぁ、はぁ……やっぱり、人の精神ってのは複雑だ。もう少し入り込もうとしただけでも、負荷が大きい……ちっ」
『おい、今のなんだ!』
『執務室の方だぞ』
『急げ!シュテルン様に何かあったら俺達は終わりだ!』
「気付かれたみたいね。どうするのよ?」
「闇ギルドの構成員じゃないなら、ここでの人死にはマズい。できるだけ生かしておけ。骨折くらいなら問題無い」
「面倒だよね」
「それは言ってやるな」
騒ぎとなり、私兵が集まってきた。ただ、その直後に何事も無くなってしまう。私兵達は視認すらできなかったかもしれない。
「アーノルド家の私兵より弱いわね」
「うん。全然反応できてなかったね」
「次男の謀反に付き合ったのは野心ばかり大きな連中ってことか。恐らく、精鋭は牢屋にいるか、人質を取られて外にいるってところだろうな」
「計画性の無い人についていくなんて、とんだ大馬鹿ね」
「そう言ってやるな。聞いてるかもしれないだろ?」
「だからよ」
私兵を制圧したソラ達は、執務室にあるという金庫を探していた。何らかの特殊な隠し方をされていたようだが……片っ端から力技でどうにかしている。
「あったわよ」
「見つけたよ」
「こっちもだ。それじゃあ、騎士団が来る前に逃げるぞ」
そしてソラ達は朝靄の中、屋敷から逃げ去った。証拠は机の上にまとめて置いた状態で。




