第12話 共和国首都エリザベート⑧
「は?いや待て」
流石と言うべきか、最初に復活したのはバーファだった。
「何でしょうか?」
「いきなりどうした。もう十分だろう」
「この程度では実力を示したことにはなりません。それに……」
「それに?」
「俺も物足りないですから」
「……はぁ」
許可が出たというか諦めたという風だが、ソラは用意を進めていく。倒れている私兵達は土魔法で地面ごと動かし、壁際まで移動させた。準備万端だ。
「さて、ミリア、フリス、良いな?」
「ええ、大丈夫よ」
「うん、良いよ」
1人と2人が多くの人が見る中、構える。その時間はそう長くは無かった。
「しっ!」
まずソラから仕掛ける。最小動作で最速の一撃を放つそれは、普通なら反応すら許さない。
「やぁ!」
だがミリアも速い。今は神と成ったソラの方が速いが、瞬間的にはミリアも劣るものではない。技で劣る分は動体視力と反応速度でカバーし、ソラに追いすがる。
「流石だな」
「負けてばっかりはいられないわ」
そのまま円形の練兵場を何周も駆けながら、剣線が描かれ続けた。
「わたしも!」
「食らうか」
そこへフリスも参戦する。殺傷性の少ない水弾と風弾をミリアには当たらないように無数に放ち、ソラを仕留めにかかる。
だがソラは最低限の物だけを弾き、それ以外は避け、無数の魔法を反撃として放つ。その結果、ミリアとの超高速近接戦と同時に、フリスとの魔法弾幕戦も行われていた。
「フリス、この程度か?」
『そんなわけないじゃん。もっといくよ』
『私も、手加減無しで行くわ』
「そうか……なら、蓮月も入れるぞ。ガッカリさせるなよ?」
奥の手は互いに知っている。だがソラの蓮月だけはハッキリとした対処法を持っていなかった。対処法が無いとも言えるのだが。
「くっ、この!きゃあ⁉︎」
「雑になってるぞ。俺相手では致命傷だ」
普段から使っている技は蓮月の基礎技術だが、それとこれとは大きく違う。基本的には、同種の技で返すしか方法は無い。
『そこ!』
「ハズレだ」
『分かってるけど悔しい!』
「気を抜くな」
ソラのお返しは防がれるが、これも織り込み済みだ。
ソラとの稽古は2人のためという意味合いが強いため、必要以上の追撃はしない。まあ、本気でやらないと負けるので、普段ならソラにも良い訓練となっているのだが……神と半神半人と大きく種族が離れた影響は大きく、ある程度制限をかけないと2人のためにならなかったりするのだが。
「ミリちゃん!」
「任せるわ!」
と、合図とともにミリアが退避する。そしてフリスは火・風・雷の複合魔法を放ち、ソラを飲み込ませようとした。
「喰い尽くせ、常闇の間」
だがそれも、魔力や神気の吸収に特化させた闇の神術によって喰われる。そしてそれはそのままフリスを飲み込んだ。
「そこ!」
その隙にミリアは背後から奇襲をしかけるが……これもソラは読んでいた。
「今のはなかなか良かったぞ。不意の突き方もな」
「でも、ソラはしっかり防いだじゃない。読まれないようにしたかったのよ」
「わたしだってすぐに無力化されちゃったんだもん。不満はあるよ」
「2人とも、まだまだ成長の余地はある。読み合いに関しても、センスはあるぞ」
「ソラに追いつける気はしないけど……まあ良いわ」
「魔法だって凄いの作っちゃうもんね」
「それはまあ、知識の差だ」
科学知識の差は、どうしてもイメージの違いに明確に出てくる。ソラの方が魔法を作る効率が良いのは当然だった。
すぐにそれを真似できるフリスもフリスなのだが。
「ねぇ……」
「リーリア、どうした?」
「何やったの?」
「いや、ただ戦っただけだぞ?」
「速すぎて見えないわよ!」
AランクやBランクの魔獣すら追えないような速度を出しているのだから、非戦闘員に見えないのは当たり前だ。
「それだけの実力があれば、この町を守ったのも納得です」
「いえトーラ、2年前はこんなに理不尽じゃなかったわ」
「え?リーリア、本当?」
「勿論。あの時は3人で私兵の相手をしてたわ。アレよりはまだマシな状況でね」
「……本当に人?」
「それすら怪しいわよ」
「おいこらそこの2人、何変なことを言ってる」
一般人からしたら、割と真面目な評価なのかもしれない。
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「アーチャーをEの9へ。チェンジしてマジシャンへアタック」
「そこは……どうしよう。こっちは……」
「リーリア、こっちの方が良いんじゃないかな?」
「じゃあ……ファイターをFの9へ。アーチャーにアタック」
「ヒーローをGの11へ。フェンサーをアタック。これで詰みだ」
レルガドール、ミリアやフリス以外とやったのは久しぶりだが、腕は鈍っていない……というか、趣味としては強すぎる気がする。
「ああもう!ソラ強すぎ!」
「読めなかった……」
「いや……俺はミリアやフリスより弱いんだが」
その瞬間、リーリアとトーラはあり得ないとでも言いたげな視線をソラに向ける。だが、現実は残酷だった。
「私達が最後だったのね」
「あれ?ソラ君それやってるの?」
「ああ。やっぱり俺も強いんだな」
「そうね。フリスは本当に異常だけど」
「ミリちゃんだって強いじゃん」
「2人ともだろ」
風呂から出たミリアとフリスが部屋に入ってくる。人の家ということでソラ達は別れて入っていたが、リーリアとトーラは一緒だったらしい。まあ貴族とはいえ、そういう仲だから良いのだろう。
「えっと……今の本当?」
「それのこと?本当だよ」
「そうね。少なくとも、ソラよりは強いわ」
「それってどれだけですか……」
話題が煮詰まりかけたからだろうか。唐突だが、リーリアが話題の変換を試みた。
「そ、それより、何か面白い話をしてよ!冒険の話とか!」
「話をそらしたな」
「そらしてない!」
「ソラ君、あんまりイジメないであげてね」
「イジる、の間違いだろ?」
「うん」
「フリスも!」
本気の目に訴えられ、ソラとフリスは口を閉じる。だがミリアの目線に負け、ソラは再び口を開いた。
「冒険か……どこから話す?」
「この町から旅立った後で良いんじゃないかな?」
「それだと2年分よ。長すぎるわ」
「でも、変わったことはそんなに無かったよ?」
「そうだな……あ、ジュン達のことはどうだ?」
「え〜、あれだけだと面白く無いんじゃ無いかな?」
「ジュンって……勇者様のこと⁉︎」
「そういえば、勇者様には師がいるって……」
「戦い方しか教えてないが……まあ、弟子ではあるか」
「話して!」
「教えてください」
こういった年頃の少年少女にとって、どうやら勇者は憧れらしい。共和国・帝国も通して王国が盛んに喧伝しているため、知らない人はまずいないそうだ。
「といっても、俺達が教えてたのは1ヶ月も無い。それに、冒険譚には程遠いが」
「むしろそっちの方が重要よ。旅に出た後のことなんて、吟遊詩人が散々唄ってるもの」
「はい。出入りの商人もよく話します」
「そういうのは誇張されることも多いが、まあ良いか。あいつらに会ったのは……だいたい、1年半前だな」
そして、王城で初めて会った時のことから話していく。だが勿論、自分が転生者だということは言わない。あの時に聞いた分ですら、厄介ごとだと分かるのだから。
「その後から、練兵場に行って稽古を始めたな」
「えっと、優しく?」
「いや厳しく」
「……生きてました?」
「肉体的には問題無い。精神的にも、多分大丈夫だ」
やっていたことは初心者には地獄とも言えることなのだが……リーリアとトーラには伝わらなかった。
「それで、仕上げみたいな形でダンジョンに入ったわね」
「ああ。ちょうど良い頃だっからな」
「いきなりダンジョンですか?」
「いや、先に外のゴブリンとかをやらせた。ただ、変だったからやめさせたな」
「変って?」
「後で話すからね」
「それにしても、夜営を任せてリーナ以外寝不足だったのには笑ったな」
笑い声こそ出さなかったものの、リーリアとトーラも吹き出すのを我慢している風だ。まあ、勇者の失敗というのも珍しいからだろう。冒険譚など、基本的には美化されているのだから。
「それで運良く魔人が1万程度の魔獣を率いてたから、ジュン達に見せながら群れを突っ切って魔人を倒した」
「……また?」
「数は少なかったからな。3人だけで十分だ」
「話には聞きましたが……」
あの時はいなかったトーラ、やはり話だけだと信じられないらしい。ただ、その雰囲気で話が完全に途切れてしまった。なので話を変える。
「でも、ジュン君達今何してるのかな?」
「そうね……あの成長なら、かなり強くなってそうよ」
「そうだな、今は……ドラゴンあたりに挑戦してるんじゃないか?」
「よく分かりましたね。帝都から少し離れた所で2頭のドラゴンと戦ったそうです」
「お、当たったな」
「ソラ達ならどうなの?」
「俺達か?エルダードラゴン1頭なら瞬殺だな」
「それはソラ1人でもよ」
「というか、アイシティでSSSランクの魔人を倒しちゃったよね。あっさり」
「ええ……」
無茶苦茶だろう。だが、これがソラ達だ。本当のことを言わないため、余計に化け物のように思えてしまう。
ただ、この2人ならすぐに納得しそうだが。というか、もうしたのかもしれない。
「まあ、あいつらならあと数年でSSSランククラスにはなる。大丈夫だろ」
「それでやっぱり、その時は勇者様の方が強いのよね!」
「簡単に弟子に負けてやるつもりは無いぞ」
「というか、勝てないわよ。技が凄すぎるもの」
「10年は修行だっけ?」
「10年で修められれば良いな」
ソラは完全に修めるまで10年もかからなかったが、普通は倍以上かかるし、習得できない人も普通にいる。ジュン達は……無理と考えた方がいいだろう。
「取り敢えず、ソラはおかしいってことは分かったわ」
「おいおい、憧れの勇者様はどうした」
「そんなこと言ってられませんよ……」
「まあ、ソラはおかしいわね」
「魔法だって凄いもん」
「ミリアとフリスもか……」
ソラは意図していたわけではなかったが、弟子達にとって高すぎる壁となっていた。
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「行け」
暗闇の中を駆ける3人の男達。人目につかぬよう、だが素早く駆けるその者達の目的地、そこは完全に静まり返っていた。
「ここだな」
「誰も見てないな」
「従業員は?」
「眠ってる。睡眠薬が良く効いたようだ」
「ターゲットもだな」
いくら夜中とはいえ、冒険者も集まる宿だ。普段なら多少は声が漏れているにも関わらず、今は静かすぎる。それもこれも、この男達の仲間がやったことだ。
なのでこの男達が不審に思うことは無く、迷わず1つの部屋へ入っていく。
「こいつらか?」
「間違いない。黒髪黒眼だ」
「この2人は別嬪だな」
「やめておけ。この2人も相当強いそうだぞ」
「だがいくら人外でも、眠らせてしまえばこっちのものだ」
そして懐から黒光りする短剣を取り出し……
「何がだ?」
一瞬で氷像と化した。
「ん、ソラ、終わったのね?」
「ああ。バックアップ要員もいなさそうだ」
ソラ達はベットから起き上がり、侵入者の所持品を確認する。何か身元、もしくは所属を示すものが無いかと探すが、そんなヘマをする人物では無かったらしい。何も無かったため、ソラは路地裏へ投げ捨てた。3階からなので、氷像は綺麗に砕け散る。
「でも薬なんて、警戒してくださいって感じだよね」
「人用の睡眠薬程度で俺がどうにかなるわけが無いからな。それに、俺が気付けば2人の分は解かせられる」
まがいなりにも神となったので、普通の睡眠薬がソラに効くことは無い。それに解毒に関しても、肝臓へ魔法をかけて確実に解いたり、神術で無理矢理分解したりできる。
まあ、その前に3人は不審な人物に気付いており、持っていた解毒薬を使っていたのだが。無差別に殺さないよう珍しい毒を使っていたため、特定はとても簡単だった。
「さて、俺達が狙われたってことは……リーリア絡みか」
「行くの?」
「行くべきよ。アルの時と同じか、それ以上かもしれないわ」
「そうだな。急ぐぞ」
そして3人は夜の町に飛び込んでいった。




