第11話 共和国首都エリザベート⑦
「まだまだ寒いはずだけど……暖かく感じるわね」
「そう日は経って無いからな。雪山に順応したおかげだ」
「治るんだよね?」
「ああ。勝手に慣れるさ」
氷都アイシティから迷宮都市ウェイブスを通り、共和国首都エリザベートへ向かっている3人。今回は依頼は無く、気楽な旅だ。
「リーリアちゃん、元気かな?」
「そういえば、もうそろそろ成人よね」
「15歳か。そういえばそうだな」
「お祝いする?」
「必要だったら、だ。大統領令嬢の予定を勝手に変えるわけにはいかないからな」
「リーリアだったら気にしなさそうよ」
「そうだとしてもだ。そうだろ?」
「ええ。でも、リーリアなら何かするわ」
「確かにな」
久しぶりの再会ということで、あのお転婆令嬢が何をするか分からない。笑いながら、3人はあれこれ考えていた。
「お、見えたぞ」
「ようやくね。長かったわ」
「アイシティからそのまま来たみたいな感じだもんね」
「そういう日程だったからな。まあ良い、行くぞ」
「ええ」
「うん」
ソラ達の歩みは自然と速まり、その日のうちに町へ着くこととなる。
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「来たわね!」
「……リーリア、俺達はついさっき着いたばかりなんだが」
出迎えが予想よりも早すぎた。3人は宿にすら着いていない段階であり、アーノルド家に顔を出すとしても時間のある明日以降にする予定だった。
だが実際は、リーリアとマリリア、そして見知らぬ少年が東門から伸びる大通りの一角でソラ達を出迎えていた。
また、リーリアを影から護衛している面々もいたが、ソラ達が合流すると同時に減っていった。この様子だと、護衛は4人に任せきりにするつもりなのだろう。
「門番には私の家に近い人もいるわ。頼んだらすぐに教えてくれたわよ」
「権力の無駄遣いが……それで、ここにいて大丈夫なのか?」
「ええ。公務も多くないもの」
「大丈夫なの?」
「いえ、お嬢様にはまだご公務がございます。ソラ様達の滞在が長く、その間常に行わなかった場合……」
「マリリア!」
「適度に消化しておけよ。大丈夫なものなら手伝うし、できる限りリーリアの予定に合わせるからな」
「ありがと……」
リーリアは公務に追われているのに、自分達は自由に生きている。そういったことへの負い目も多少はあった。
まあ今は関係無いので、話はそろそろ次に移る。
「それで、そろそろ紹介してくれるか?」
「そ、そうね。私の許婚、トーラよ」
「はじめまして。リーリアの許婚のトーラ・ミリテイルです。リーリアがお世話になりました」
「そういえば前に聞いたな……っと、はじめまして。リーリアと違ってしっかりしてるな。「どういう意味よ!」「お嬢様、当たり前です」話は聞いてると思うが、俺がソラだ。これからよろしくな」
「ミリアよ。よろしくね」
「わたしはフリス、お願いね」
「はい。リーリアがご迷惑を……」
「トーラ?」
「あ、あはは……ごめん」
仲が良いようで何よりである。まあ、多少トーラが尻に敷かれているようだが。
「トーラも紹介したし、行くわよ!」
「はぁ……ミリア、フリス、許可する」
「良いのね?」
「良いの?」
「ああ。懲らしめてやれ」
「……トーラ、助けて」
「リーリア、自業自得だよ」
その結果、リーリアはミリアとフリスに手を掴まれ、連れていかれる。そしてソラはトーラとマリリアと共に、その背を追った。
「……」
「リーリアに何か言われたのか?」
「えっと、その、酷いことされたって……」
「気にするな。リーリアが疲れるだけだ。それで、式はどうするんだ?」
「えっ……」
「リーリアはもう15歳だし、トーラもそうだろ?大統領令嬢の式だったら、相当豪華にしないとな」
「……まだ政務の経験はほとんど無いですし、何か功績を立ててからと……」
「まあ、それならそれで良いか」
式に呼んでくれ、などということは言わない。この町を救ったことがあるとはいえリーリアと会ったのは2年前、トーラは今初めて会ったのであり、特別親しいというわけではない。なのでソラは、呼ぶかどうかは2人に任せることにした。
ミリアとフリスはまた別に動くだろうが、ソラにとってはこれで良いのだ。
「ソラ様、お二人の式の時は是非いらしてください」
「いや、だが……」
「お嬢様も旦那様も、お呼びすることをお決めになっていらっしゃいますが」
「……分かりました」
訂正、ソラ達が呼ばれるのは確定事項らしい。可能ならばという条件は付くだろうが、あの大統領のことだ、確実にソラ達が出席するように手配するだろう。
そんなことを話している間に、会場に着いていた。リーリアは嫌がっているが、ミリアとフリスには敵わず連れ込まれる。
「トーラァ!」
「ソラ」
「ソラ君」
「ああ」
「……ごめん、ソラさんから逃げられそうにないから」
「マリリア!」
「申し訳ありません、お嬢様」
「さあ、行きましょう」
「楽しもうね」
「助けてー!」
この発言に一瞬周囲の目が集まるが、ふざけてやっているのが分かったようで、すぐに注目されなくなった。
「そうね……まずはこれにしましょうか」
「ううん、こっちにしようよ」
「えっと……」
「さあ、早く着てね」
「両方着れば良いものね」
ただ騒ぎは小さい方が良いため、リーリアは服屋の奥の試着室で待たせ、ミリアとフリスが探す。リーリアはソラの監視から逃げ出せると思えないようで、トーラとマリリアに愚痴を言っている。
そして、ドンドン着替えさせられていった。
「リーリア、可愛いよ」
「そ、そう?」
だがトーラがいるおかげで、前のように反応が無くなるようなことは無かった。というか、褒められて嬉しそうだ。
「じゃあ、もっと持ってくるね」
「トーラに喜んでもらいなさいね」
「え……」
……そのせいで回数が増えたようだが。結局、リーリアに救いは無かった。
「トーラぁ……」
「リーリア、可愛かったよ」
「うぅ……」
「よしよし」
その結果、トーラに泣きつくこととなった。普段の威勢の良さが全く感じられないしおらしさ、珍しいものだ。
「楽しかったね」
「ええ。また来たいわ」
「……トーラもいる時だけだぞ」
あまりに威勢が良いのでソラは許可した。だが、リーリアは着せ替え人形となっているだけで、リーリア自身の意思は関わっていない。トーラが褒めてくれないで何回もすると、精神的に参ってしまうかもしれない。
それに、割と高級な服を数着買ったのだ。懐は痛まないと言っても、散財以外の何物でもなかった。
「それと、ミリア、フリス」
「……厄介ごとね?」
「何?」
「俺達をつけてきてる連中がいる。害意があるかは分からないけどな」
「分からないの?」
「ああ。ただ監視しているのとは少し様子が違うが、明確な敵意があるわけじゃない。この様子だと……政敵の監視ってところか?」
「そう。なら、無闇に手は出せないわね」
「そうだな。分かってる身としてはもどかしいが」
「我慢してね」
「勿論だ」
3人とも注目されるのには慣れてるし、今もどこかにオリクエアの密偵がいる可能性がある。今さら騒ぐことでも無かった。
「さてと……リーリア、泣きつくのはそれくらいにしておけよ」
「誰のせいよ……」
「ほらリーリア、しっかりしないと」
「トーラ……うん」
「はぁ……取り敢えずお前の家に行くぞ」
「え?」
「前も行ったんだから、今回も行かないと不自然だろ?それにもう少しで夕方だ。リーリアとトーラは家に帰さないとな」
「それじゃあ、ソラ達も夕食を食べていってくれる?多めに用意させてあるのよ」
「良いわね」
「ねえソラ君、行こうよ」
「分かった。お邪魔するぞ」
「じゃあ行こう、トーラ」
「リーリア、ソラさん達にも言わないと」
「お嬢様」
「いや、良いさ。こっちだって迷惑をかけたからな」
吹っ切れたのか何なのか、取り敢えず元気になったリーリアを先頭に進み、アーノルド邸へ到着した。
「よく来てくれたな」
「お久しぶりです」
「リーリアは……まあ、時折薬が必要だと思う時もあったのだから、良いだろう」
「薬と言うには劇薬な気もしますが」
「ソラ君!」
「はは、劇薬でも効く薬なら良いのだ。それに、副作用もなさそうだからな」
娘に対してなかなか酷いことを言う父親だが、強い親愛の情が感じられる。若干親バカな面があるのも否定できなかったりするのだが。
「すまないが夕食までは少し時間がある。私兵達に付き合ってもらえないか?」
「依頼、ということならお受けします」
「では、そういうことだ。マリリア」
「はい」
「準備してきてくれ」
「かしこまりました」
と、いうわけで……
「うぉぉぉ!!」
「脇が甘い」
「はぁぁ!」
「遅い」
「やぁぁぁ!」
「隙を見ろ」
「キェェェ!!!」
「出直せ!」
人が、飛んでいた。前回は3人で相手をしていたが、今回はソラ1人だけ。それにも関わらず、前回よりも人が飛ぶペースが早い気がする。またさらに……
「くそ!反撃しろ!」
「無茶言うな!」
「ホントに1人かよ……」
「さあさあ、抗え抗え」
並行して魔法使いの相手もしているのだ。無数の水弾を撃ちまくっており、私兵の中で魔法が使える者は防御や迎撃に専念している。だが、それでも押しているのはソラの方だ。
「楽しそうね」
「うん。良かったね」
「……リーリア、なに、アレ?」
「……化け物ね」
「酷いわね、ソラは人よ?」
「アレが⁉︎」
「SSSランクなんだし、わたし達だとあれが普通だよ」
「これが普通だと……」
異常な人にとって異常は普通だと思うが、普通の人にとって異常は異常なのだ。……この3人に言っても仕方の無いことだろうが。
「おいおい、この程度で終わりか?」
「なんなんだよ……」
「人じゃねぇ……」
「むちゃくちゃ、です……」
フリスのアドバイスと氷宮で戦い続けたおかげで、ソラの制御力は元以上となっている。手加減も十分だ。
ただまあ……そのおかげで体力と魔力を使い果たすまで戦わせられたのだが。
「って、見学の連中もか……ミリア、フリス、どうする?」
「そうね、このままだと収まりが悪いし……」
「う〜ん……あ、そうだ!」
3人にとっては良いこと良いことだが、他の面々からしたら悪いことだろう。
「ソラ君、わたし達とやろうよ」
「ん?ああ、良いな」
「そうね。じゃあ、久しぶりにやりましょうか」
家主に了承を得ていないのだが……沈黙は肯定と取ったようだ。戦う意味があるかどうかはさておいて。




