第9話 氷宮①
「……滅茶苦茶だ」
「……そうね」
「……うん」
氷宮の扉を開けた先、そこでは恐ろしいほどの猛吹雪が辺り一面を覆っていた。扉から入ったばかりの場所は結界のようなもので覆われており、今の所寒さはそれほどでもないが、外に出たらとんでもないことになっているだろう。
「寒さを与え、視界を封じるか。耳もほぼ意味無いだろうな」
「そうね……でも、どうするのよ?」
「会話は俺の魔法でやる。耳当てと帽子で防寒はしっかりやっておけ」
「ミリちゃんはどうやって戦うの?」
「ソラと比べたら全然だけど、少しは気配を察せるようになってきたわ。何処から来るか教えてくれれば、対応できるわよ」
「そうか……分かった、俺達もサポートする」
「まったく、酷いとこ、きゃあ⁉︎」
「ミリちゃん!」
そう決めた所で、急にミリアが消えた。どうやら、そのまま真下に落ちたようだ。
「ミリ、おわ!」
「ソラ君⁉︎」
そして助けようと足を踏み出したソラも、数瞬後に同じ道をたどる。
「ど、どうしよう……」
1歩も踏み出していないうちに、1人きりとなってしまったフリス。状況が飲み込めず、どうすれば良いか思いつかないようだ。
そのため、2番目に落ちた人物は氷魔法を使えることすら忘れていた。
「くそ、何だよこれ」
「ソ、ソラ、暖めて」
「分かってる」
「良かった〜……ねえ、何で落ちたの?」
「どうやら、雪の下に足場がない場所もあるみたいだ。柔らかい雪ばかりで、10m以上落ちたか」
「そうね。気付いたら、周りが真っ白で冷たかったわ。下も柔らかいから、登れないし……」
「それに、魔力探知には引っかからないように偽装されてるからな。ミリアが落ちた時も、反応は変わらなかった」
「わたしもそうだったよ。消えちゃったみたいだったもん」
「私の感覚も同じだもの。仕方ないわ」
「だが、ここが吹雪の範囲外で良かった。視界が無かったら、完全に見失っていたな」
魔力探知でいなくなった場所は分かるが、落ちた後の場所が分からなければ魔法で助けることはできない。
自力での脱出手段の無いフリスは、雪に埋もれるしか無かっただろう。
「それでソラ、どうするつもりなのよ?この先にも、同じ場所が多分あるわよね?」
「ここで無駄に魔力を使うわけにはいかないし……何処に穴があるか分からないのは厳しいな」
「溶かしちゃうのは?」
「それこそ魔力の無駄だ。ここ以外なら有効だろうけどな」
「そっか……じゃあ、足場を作る?」
「それが最適か。だがここだと雪を支配しきれないから、氷魔法は消耗が多い……そうだな、こうするか」
ソラがそう呟くと、光る板のようなものが地上から30cmほど離れた場所に現れた。タイミングから見て、ソラが作ったものに間違いない。
「これ何?」
「風魔法で作った足場だ。分かりやすいように光魔法を使ってるが……いるか?」
「いらないわ。魔力探知が無くても、目の前の魔法を見過ごすことはないもの」
「フリスは大丈夫だな」
「うん」
「ならミリア、踏み外すなよ」
「勿論よ」
空気の足場は岩や氷ほど硬くはないが、進むのに問題は無い。3人ともがそれに乗り、吹雪の中へ入っていった。
「聞こえるか?」
『ええ、大丈夫よ』
『聞こえるよ』
「なら良い。今は魔獣は見当たらないが、気をつけろよ」
『うん。わたしもちゃんと見張ってるね』
『この中で見るなんて言われてもね』
「言葉の綾だ」
『分かってるわ。冗談よ』
「それも分かってるけどな」
軽い会話をしつつも、ソラ達は進んでいく。しばらくは何も起こらなかったが、やはり送り込まれるものはいた。
「来たぞ。右側に数は……130。地上を走ってる……狼系か。アイスウルフかもな」
『やっぱり多いわね。2人が対処する?』
『うーん……どうするの?』
「フリスの探知範囲に入ったら、即攻撃開始だ。弾幕で頼むぞ」
『ソラ君も?』
「ああ。練習だな」
今3人のいる場所は地上から約3m、対空攻撃手段を持たないアイスウルフはただの的でしかない。飛びかかるのはソラの思うつぼだ。
「撃て」
『いっけ!』
2人揃って炎弾を放ち、遠く離れた魔獣を攻撃する。数はまだ控えめだが、威力は申し分ない。
「炸裂系にするか」
そして今のソラなら、小規模な爆炎でも数匹を纏めて倒せる。それが百に迫る数で飛んでくるのだ。
『終わっちゃったね』
『早いわね』
「俺が急ぎすぎたか。まあ良い、先に進むぞ」
この程度が3人の障害となることは無かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「晴れたわね」
「まあ、あんな方法で進まれたら、試すも何も無いからな」
「落とし穴はあるかな?」
「それは、1発撃てば分かることだ」
吹雪の中を抜け、階段を降りたソラ達が見たのは、陽の射す広い雪原だった。そしていきなり爆炎が地を舐め、雪が消し飛ぶ。
「無いみたいね」
「油断はできないが、救出しやすくなるのは有難いな。魔獣は多くなるだろうが……行くぞ」
「うん。警戒してれば、多分問題無いよね」
魔力探知を使える人間が2人、それも馬鹿げた戦力の、だ。今となってはただの魔獣がどれだけ集まろうと敵では無い。
「来たぞ」
「そう、数は?」
「山ほどだ。だが、数だけだな」
「じゃあ、大丈夫だね」
「当然だ」
アイスウルフ・ホワイトベアー・アイスゴーレム等のCランク魔獣が9割、アイスベア・アイスレオパード・フリーズスネーク等のBランク魔獣が1割、アイスマンモス・フリーズレックス・フリーズレオパード等のAランク魔獣が1%、合計1000以上の群れ。普通なら絶望のこれも、ソラ達にとっては違う。
「合図と同時に、俺とフリスが大規模魔法を撃つ。そして俺とミリアが突撃、その後少しずつ下がりながらフリスが弾幕で援護。魔獣が密集したところで神術を使って殲滅する」
「上手くいくのね?」
「多少の想定外があっても、俺達なら対処できる。それに、逃げ足は負けないからな」
「逃げなくて大丈夫だよ。全部倒しちゃうもん」
「その意気だ。やるぞ」
「ええ」
まだ遠く、狙えるが魔力消費が大きすぎる。やるならもっと近くなってからだ。
「火魔法だ。良いな?」
「準備はできてるよ」
「なら、少し詠唱して威力を稼げ。それくらいの余裕はあるからな」
「そうだね、分かった」
「じゃあやるぞ」
「うん」
大きく見えるようになってきた雪煙へ向け、2人は破滅の序章を流す。
「雷光伴い焼き尽くして。サンダーヴォルケーノ!」
「唸り、轟き、消し飛ばせ。白雨暴炎!」
まずフリスの炎雷が先行し、10の筋を刻み込む。そしてソラの白炎が雨のように降り注ぎ、無数の爆炎が包み込む。
「ミリア!」
「ええ、分かってるわ」
そしてこの2人が突っ込んだ。疎らになった群れには対抗する手段が無く、数を減らしていく一方である。
「減らし過ぎたか……」
『ええ、手応えが無さすぎるわね』
「作戦変更だ。このまま殲滅する」
『はーい』
『分かったわ』
ソラとミリアがいる辺りは魔獣が搔き消え、それがドンドン広がっていく。フリスの放つ火球も1発で1体を倒し、周りにもダメージを与えていた。
「終わりだ」
最後に残ったフリーズレオパードを斬り裂き、群れの掃討を完了する。神気で強化されていなければこの程度だ。
「呆気ないね」
「仕方ないさ。それだけ、俺達が例外なんだ」
「私達に数は効かないもの」
「流石にSSランクがこれだけ来れば分からないけどな」
その場合、ソラが先手必勝の大規模神術で殲滅しそうだが。
「そんな時は、ソラが全部倒すような気がするわ」
「無茶を言うな。流石に数百のSSランク魔獣を殲滅するのは難しいぞ」
「え?ソラ君ならできるでしょ?」
「まあ、神術を使えば何とか……っち」
気配を察し、思考を中断する。そしてソラ達を中心とした半径30mの円、そこから無数の影が飛び出した。
「アイスハミングだ」
「近いわね」
「雪の下から出てきたもん。早く倒しちゃおうよ」
全長5cmほど。小型のハチドリのようなCランク魔獣だが、そのサイズが厄介だ。だが……
「ふっ!」
ソラの技量の前には、何の問題もない。小さかろうと、どれだけ素早かろうと、正確に両断していった。
「よくそんなことできる、わね!」
「ソラ君だもん」
「それで片付けるな。ただの修練の結果だ」
ミリアは圧倒的なスピードで剣の檻を作り、逃げられないようにしてトドメを刺していた。フリスは壁のように大きな魔法を撃ち、逃げる暇を出させない。ソラほどスマートにはいかなかった。
「纏めてかき消す。伏せろ!」
2人が伏せた瞬間、炎の壁が周囲を包み込む。その結果、ハチドリ達は全て消え去った。
「やっと終わりね。長く感じたわ」
「嫌な相手だったからじゃないかな?」
「面倒な相手だったのは確かだな。普通ならかすり傷程度だろうが、強化されている可能性が高いしな」
「まあ、これは終わったことよ。必要以上に気にしなくて良いわ」
「そうだな。先に進むか」
「うん」
そして3人は雪原を進んでいった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「吹雪いてないし、問題無いわ」
「雪も浅いし、大丈夫だね」
「……そうたな」
『ふむ、侵入者か。初めてのことだな』
幾つか階段を抜けた先。ソラ達はボス部屋にて、氷の古竜と対峙する。いや、対峙させられていると言うべきか。
『まあ最初だ。我も気が短いわけではない。ほれ侵入者よ、何か話せ。我を満足させたら生かして帰してやるぞ』
「……さい」
『何だ?』
「うるさいって言ったんだ!黙ってろ!」
『な、何だ……』
ソラの右手の平には蒼い炎が乗せられている。それは全て神気からなっており、純粋な破壊に向けられている。紛れもなく全力だ。
「消えろ!」
それをただの古竜が防げるわけもなく、閃光とともに跡形も無く消滅した。
「ふぅ、はぁ……」
「ソラ、怒りすぎよ。気持ちは分かるけど」
「結界を消されちゃったんだもん。でも、落ち着いてね」
「取り敢えず何かにあたりたかっただけだ。あれの可能性を考えて無かった俺が悪いしな」
「私達だって思ってもいなかったわ。仕方ないわよ」
「うん。それでソラ君、もう大丈夫なの?」
「ああ、すまないな」
寝ている間に急に結界を壊され、魔獣の群れに襲われたとあっては不機嫌にもなる。破られないと高を括って神気の少ない結界を使っていたソラ達にも責任はあるが、それはそれ、これはこれ、だ。
「それで、いるんだろ?」
『ご存知でしたか』
「そっちも、俺が何に成ったのかは分かってるはずだ。それで、名前は?」
『氷の精霊王、ペルセポネにございます』
「ペルセポネ……ああいや、良いのか」
「ソラ君?」
「気になることでもあったのね」
「俺自身の話だし、何か問題が起こるわけでもない。気にしなくて良いぞ」
冬を作った、という意味では合っている。問題無いだろう。
本人は無視された形になったが。
『……ご案内してもよろしいでしょうか?』
「ああ。少しの距離だが、頼む」
『お寒いでしょう。断熱いたします』
「頼めるか?」
『わたくしの居場所でございます。不可能はほぼありません』
寒さを作り出している張本人だからか、それはとても簡単に行われていた。流水のごとき滑らかさだ。
「あ、あったかい」
「寒さが遮られて、俺の魔法の効果が上がったからだ。それにしても、凄いな」
『いえ、人の身で成られたソラ様ほどではございません』
「分かったの?」
『はい。視点が人とは違いますので』
「へえ、凄いわね」
『わたくし達は仕える者。当然でございます』
「それで、俺達は何に成った?」
ほぼ確定しているとはいえ、聞けるものなら聞いておきたい。予想通りだとしても気持ちの問題があるし、予想外なら対処が必要なのだから。
『ソラ様は下級とはいえ、神と呼ばれる存在に成られました。ミリア様とフリス様は半神半人に、人を超えた存在と成られております』
「やっぱりか」
「そう……」
「そっか……」
「明確に聞いて後悔は……してるはずも無いな」
「ええ。ただ、実感が強まっただけよ」
「ソラ君と一緒に居られるんだもん。後悔なんてしないよ」
「……ありがとな。ようやく、安心できた」
明らかにホッとした表情をするソラ。それには2人も疑問を抱いた。
「安心って?」
「……心の何処かに少しだけ、1人で生き続けなければならないんじゃないかって思ってたみたいだ。2人が人として死んで、思い出しか残らない。辛いだろうってことは、簡単に予想できた」
「そう。でも、いらない心配だったわね」
「ああ、3人で生きていけるからな」
何があろうと、絶対に乗り越える。そういう覚悟を再度決めた。
まあ……また忘れ去っていたのだが。
『あの……』
「「「あ」」」
『……またですか。いえ、もう良いです』
「すまない」
「ごめんなさい」
「ごめんね」
『大丈夫です。それで、どういたしますか?』
「取り敢えず、休ませてくれ。疲れも溜まってるからな」
『かしこまりました』
そう言って、ペルセポネは外の雪の中へ消える。3人と一緒にいるのが辛くなったのかもしれないが。
「何も言わなかったね」
「試すっていう意味合いでは間違ったことはしてないからな。俺達が言っても、そう答えただろう」
「それに、もう気にする必要は無いわ。今は休みましょう」
「うん。それで、ご飯は何?」
「まったく、フリスったら」
「いつも通りだな」
「そうね」
「どうしたの?」
ソラ達はしばしの時をこの部屋で過ごし、神術について学んだ後、帰路へ着いた。




