第8話 氷都アイシティ②
「魔人?」
「また?」
「そうみたいだな」
「まあ……そういうことだ」
氷宮への扉を見つけて町へ戻ってきた3人。宿で休んでいた所でギルドの職員に呼び出され、そのままギルドマスター室まで案内された。
「正確には、魔人らしき人影が目撃されているという話だ。それが事実か否か、もし事実なら討伐を依頼したい」
「目撃証言の数と場所はどうですか?」
「それがだな……総計で100人以上が見ているんだが、場所がバラバラだ。この町を中心に、様々な方角で上がっている」
「こんな時に外に行く人がいるの?」
「冒険者や狩人は時々出ていくな。それと、薪を取りに行った商人と、その護衛達もだ。その半数が人影を見た」
「多いが、バラけてる……こちらを探ってるのか?」
「どうした?」
「いえ、独り言です」
ギルドマスターである竜人の男は、だいぶ温和そうな人物だった。現役時代は厳しかったらしいが、今はまったく違う。
「それで、引き受けてくれるか?」
「……受けましょう」
「ソラ?」
「良いの?」
「ああ。もしいるなら、倒しておくべきだ。ただ、な……」
「何かあったのか?」
「ここ数日外に出ていましたが、俺達はその人影を見ていないんです。もういなくなった可能性もありますよ?」
「それならそれで構わない。SSランク冒険者の結果なら、皆納得するだろう」
「分かりました」
そう簡単に納得するとは思えないが、見つからなかったらどうしようもない。心配なら集団で固まったり、護衛を増やしたりすれば良いだろう。
話を終えてソラ達はギルドを出、1番近い南門へ歩いていく。
「ソラ、本当に探す気?このままダンジョンに行けば良いじゃない」
「後でそうするつもりだ。だが数日くらいは日帰りじゃないと、数十日もいなくなる言い訳をしづらいだろ?」
「いつもと同じで良いわよ。遠出するとか」
「安心できる材料はあった方が良い。それに、少し確かめたいこともあるしな」
「何?」
「見つけてからのお楽しみだ」
ソラは何か分かっているようだが、ミリアとフリスに心当たりはなさそうだ。必然的に、案内する人物は決まる。
「そう……なら、ソラが先導してくれる?」
「ああ。多少は魔獣に会うかもしれないが、注意しろよ」
「それ、わたし達に注意すること?」
「形だけでも言っておかないとな」
「まあ、一応言うだけでも意味はあるわね」
「そういうことだ。行くぞ」
「うん」
そして3人は昨日までと同じように町の外へ出ていった。
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「今度はこっちなの?」
「一応、全方位を探しているように思わせた方が良いだろ?昨日は西門から帰ったしな」
「確かにそうね。少しでも疑われたら面倒だもの」
「そっか」
2日目。昨日は何も見つけられなかった3人は、今日は北門から外に出ていた。まあ、最初から本気で見つけるつもりは無いのだが。
「さてと……やっぱり遠いな」
「急ぐの?」
「ああ、走るぞ。風魔法で壁は作るから、向かい風は無い」
「なら、安心できるわね」
「神気を使えればマシなんだろうが……すまないが、まだ上手く扱えない」
雪原や雪山を歩くのも、もうほとんど問題無い。氷魔法は使っているが、初めよりかなりスムーズに進めるようになっている。
だいぶ余裕も出てきていた。
「ん?……ゴブリンか」
「冬の山にいるの?」
「冬籠りみたいだ。洞窟の中だな」
「探してる所は?」
「もっと遠い。別目標だが……やるか?」
「ええ、少しの手土産は必要だものね」
「うん。私も良いよ」
「じゃあ、進路変更だ」
迷うことなく進んできた道を曲げ、見つけた場所へ向かう。ソラの方が魔力探知の範囲が広くなった結果、またソラが担当することになった。まあ、今はちょうど良い。
「あそこだ」
「冬によく生きていられるわね」
「こんなに寒いのにね」
「キングはいない……上位までか。適応してるのか、もしくはそれなりに対策はしてるんだろうな」
「そっか。食べ物だって取れないもんね」
「野菜を育てていたりするなら話は別だが、冬に狩りはほぼ不可能だろうな。ゴブリンは……せいぜい日持ちのする果物を集める程度か?」
「加工するなんて聞いたことないし、気にする必要は無いわ。それに、全滅させれば分かることよ」
「そうだね。行っちゃおっか」
「ああ。俺とミリアが先行するから、援護は任せる。洞窟から出てきた所を叩くぞ」
そしてソラとミリアは気配を消し、洞窟へ少しずつ近づいていく。そして残りは約10m、至近と言っても良いくらいの距離になっていた。
洞窟に籠りきりなのもあるだろうが、雪に紛れる白いコートのおかげでバレていない。
「今だフリス、派手にやれ」
『うん』
そこへ炎弾が叩き込まれる。炸裂半径は狭いが高火力の魔法により、入り口付近の雪や物が消し飛んだ。
「フリスはそのまま警戒しつつ魔法を使え。ミリア、ヒットアンドアウェイで数を減らすぞ」
「ええ、任せなさい」
『分かった』
そして木の葉のように散っていく。上位ゴブリンが出てきても、結果は変わらなかった。
「これで終わりね?」
「うん。もういないよ」
「間違いない。他に反応は……いや、また来たか」
「え?えっと……外?」
「ああ、アイスウルフだ」
その名前から極寒地域に住む狼と間違えられることもあるが、実態は氷でできた狼、ゴーレムに近い存在だ。ウルフアイスに変えた方が良いような気も……いや、そんなことはないか。
「消えろ」
そして20体近くいたアイスウルフは、ソラの放った1本の雷で全て消し飛び、周りの雪は溶け、火がつく木々もあった。火はすぐに消えたが。
「やりすぎね」
「まだ上手くいかないな……繰り返すしかないか」
「頑張って。わたしはこんなこと知らないから、何も言えないけど……」
「これは俺が解決すべき問題だ。フリスが気を病む必要は無い」
「そっか。でも、イメージはしっかりやったほうが良いよ」
「そうだな……改めて、最初みたいに丁寧にやってみよう」
やはり魔法の扱いに関しては、ミリアやフリスの方に分がある。久方ぶりに2人が講師となっていた。
そんな風に多少練習を行いつつ、3人はゴブリンのいた洞窟の中へ入っていく。
「……予想以上の惨状だな」
「うわ……」
「こうなるのね……」
外にほとんど出られないせいだろうが、洞窟の中はかなり汚れていた。入り口からすぐの所でも、相当だ。それに、普通のゴブリンの巣には無いようなものもある。
「共食いか。確かに必要だろうが……」
「死ぬほど痩せてるようには見えないわよ?」
「いや、恐らく殺された奴だ。後頭部を殴られてる」
「こんなことまで……」
「それだけ厳しい場所ってことだ」
これ以上進む気にもなれなかったので、3人はその場で引き返した。
「さて、燃やすぞ」
「ソラ君がやるの?」
「できればやりたいが……良いか?」
「ええ、良いわよ」
「うん。ソラ君が早く使えるようになってほしいもん」
「分かった。じゃあ、やるぞ」
ソラは薄刃陽炎を洞窟に向け、魔法を使う。その切っ先から出た蒼い炎は火炎放射器のように真っ直ぐ進み、洞窟内を満遍なく燃やし尽くす。多少岩が赤熱した程度で、今までとは大違いだ。
「まあ、これは成功か」
「上手くできたわね。さっきとは大違いよ」
「求められる威力が高かったのもあるだろうが、フリスがアドバイスしてくれたからな」
「ううん、ソラ君が上手だからだよ」
「そうか?ありがとな」
そしてゴブリンの洞窟から離れ、また目的地へ向けて歩いていく。そしてかなりの時間をかけ、ようやくたどり着いた。
「あった、ここだな」
「探してたのはこの洞窟なのね」
「ああ。氷河の上を歩いていた時、下に洞窟みたいなのを見つけたからな。その入り口だ」
「大きな氷柱もあるね」
「氷柱というか……奥には鍾乳石もあるな。分かれ道も多いし、結構な規模だな」
「迷わないわよね?」
「当然だ」
光魔法で灯りをいくつも作り、洞窟の中を進んでいく。元暗闇ということで3人は蝙蝠系魔獣の襲撃を警戒していたが、何もない。どうやら、この洞窟に魔獣はいないようだ。
「ソラ君、ここってどうやって見つけたの?」
「俺の魔力探知の範囲が広がったことは教えたな?」
「ええ、フリスの倍以上って言ってたわね」
「精度は変わらず……いや、少し上がったな。おかげで、地下の探知もできるようになった」
「地下の?」
「ああ。今回はほぼ氷の下だったが、1つの洞窟を見つけたんだ」
「それがここなのね」
「ああ。そして、その洞窟の出口が氷河の下で、そこにちょうどクレバスがあることも分かった。それで、2人にこの先を見せたいとも思ってな」
「何があるか分かるの?」
「集中的に調べたから、予想を立てられる程度には分かる」
曲がりくねった分かれ道も、ソラは迷わない。魔獣も出ない道を進んで行き、そして洞窟の風景は一変した。
「うわぁ」
「綺麗ね」
とあるクレバスの底なのだろう。両側を青い氷に囲まれ、蓋をしている雪が少しずつ粉雪のように落ち、青い光を反射している。
「予想以上だったか……凄いな」
「ソラ君、どこまで続いてるの?長いよね?」
「山1つ分だったか?結構長いぞ」
「なら、景色を見ながら歩くのも良いわね」
「そうするか。魔獣もいなさそうだしな」
「うん。ここで急ぐのも変だもんね」
3人はこの風景をゆっくり楽しんでいった。
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「そうか、いなかったか」
「たった2日なのでなんとも言えませんが」
「いや、その前の探索の結果も含めれば十分だ。これで依頼を終えても良いが、どうする?」
「俺達はこの後、町から大きく離れて探します。数十日はいなくなると思います」
「冬に野営をする気か?死ぬぞ」
「土魔法で簡易の小屋を作ります。氷魔法も使えるので、雪を退かすのは簡単です」
「食料と薪は?」
「空間収納の指輪があるので、問題ありません。火は魔法を使えば十分です」
「……分かった。しっかり帰って来いよ」
「勿論です。では」
そう言って、ソラはギルドマスター室を出ていく。何人かの職員とすれ違いつつ、下の酒場にいた2人と合流した。
「ソラ君、どうだった?」
「許可は出た。明日から行くぞ」
「そう、よく許したわね」
「半分脅しみたいなものにしたけどな。少し殺気を出した」
「まったく……まあ、良いことにするわ。それで、いつも通りで良いわよね?」
「そうだな……少し食料を買い足すか。予想以上に消費が多かったからな」
「そっか。じゃあ、行こ」
「ああ」
そう言ってソラ達はギルドから出ていった。




