第7話 氷都アイシティ①
「さ、寒いよ〜」
「本当に、冷えるわね……」
「まあ、そうだな」
雪山、それもかなりの豪雪地帯の中、氷河の隣を歩いて行くソラ達。雪自体はソラが退かしているが、寒さだけは防げない。
なお、氷河の上の方が雪は少なく近道にもなるが、ソラが歩くのは禁止した。魔法があるとはいえ、素人にはどこにクレバスがあるかなど分からないのだから。
「ソラ君は寒くないの?」
「少しは寒いが、そこまでじゃない。何故かは分からないが」
「……人を辞めたせいじゃないかしら。影響が出てるのかもしれないわ」
「ああ、そうかもな」
「ズルイよ!」
「魔法をかけてやるから落ち着け」
2人は装備の上からコートやマフラーや手袋などで本気の防寒をしているが、ソラは少し多い程度、差がありすぎる。
このままでは魔獣が出た時に支障があるため、火魔法と風魔法を使い、ミリアとフリスを温めた。
「あ、あったかい」
「周りの空気だけだ。走ったりしたらまた寒くなるから、注意しろよ」
「もしそうなったらどうするのよ?」
「……走れば温まる」
「ソラ?」
「すまん、すぐに改良する」
「良いわよ。我慢するわ」
「いや、中途半端な所で放棄するのは嫌いだからな。そこまで難しくはなさそうだから、やってやる」
「じゃあソラ君、お願い」
寒さが和らいだことで、歩くペースも自然と上がる。話すペースもだ。
とは言っても……疑問は尽きないが。
「でも……本当にこんな所に町があるの?」
「話に聞いた通りならな。冬はほとんど町から出ないらしいが」
「当たり前よ。寒いもの」
「ソラ君が魔法を使えなかったら大変だったね」
「この時期でも、わざわざ来る商人はいるらしいぞ」
「たくましいわね」
「本当だね。護衛もいるのに」
「ああ……それにしても、採算は合うのか?」
「食料は高くても売れるでしょうけど、持っていくまでが大変よ」
「流石商家の娘、分かってるな」
「冒険者になった時点で、ほとんど関係無くなってるわ。冒険者にはいろんな人がなるしね」
「うん。元兵士の人や、元料理人の人もいたよ。子どもだって、町の中のお使いはやってたもんね」
「なるほど」
元料理人の冒険者、何だか強そうだ。逆の方がもっと強そうだが。
そうして話しながら、3人は山道を進んでいく。そして尾根を越えた所で、人工物が見えた。
「町、本当にあるんだね」
「残りは……山3つ分、まだまだ遠いな」
「でも、山登りはしなくて良いからマシよ。早く行きましょう」
「門は……やっぱり閉じてるか。まあ、交渉して開けてもらうぞ」
「ギルドカードを見せるだけで終わりそうだけどね」
「それを言ったらおしまいだろ」
「でも、本当のことだよ?」
「そうだけどな……」
目標が見えているのに野宿するのは嫌だとフリスが言ったので、3人は町へ向かって走った。
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「それにしても、こんな時期に来るなんて珍しいな」
「覚悟はしていましたけど、ここまでとは思いませんでした。魔法が使えなかったら凍え死んでいたかもしれませんね」
「実際、そういう奴もいる。だからな、冬に来る新顔は珍しいんだよ」
「迷惑でしたか?」
「いや、高ランク冒険者はいつでも歓迎だ。ゆっくりしていってくれても構わんぞ」
門に辿り着いた後、いつものように手続きを始めてもらう3人。案の定時間がかかってしまっているが、急いでいるわけではないので問題無い。むしろ、門番の人との雑談できて良かったと思っている。ソラの相手は壮年の男だが、ミリアとフリスの相手は同じくらいの歳の女性だった。
「それにしても、その歳でSSランクってのは凄いな」
「実力は高くなりましたけど、運もありましたから」
「大きな怪我なく来れてるみたいだし、強運持ちだな」
「大袈裟ですよ」
本当は圧倒的な実力でもぎ取っただけなのだが。まあ、言っても信じてもらえないだろう。
「よし、こっちのも終わった。もう良いぞ」
「ありがとうございました」
そして3人は門番の詰所を出る。そこもまた寒いが、吹きっさらしの町の外よりはマシだ。
「流石に屋台は無いか」
「どこか店に入るしかないわね」
「どんなのがあるかな?」
「分からないが……寒いから、何となく予想はできる」
「そうなのね」
「2択だけどな。片方は当たってほしくないんだが」
「そんなの?」
「俺は大丈夫だが、食える相手を選ぶ。ある意味それも面白いとはいえ……」
「なに?」
「どうしたのよ?」
ソラは多少不安に思いながらも店を選び、オススメの料理を注文する。その結果……
「……真っ赤だね」
「唐辛子、よね?……多すぎないかしら?」
「やっぱりこっちだったか……」
運ばれてきたのは赤いスープ、ではなく担々麺だ。1つだけなのは、2人の反応を見るためでもある。
「さて、食べれるか?」
「辛いのも好きだけど……」
「これは違いすぎよ。食べ物なのよね?」
「それは間違いない。この程度なら……凶器では無いな」
「凶器って何よ⁉︎」
テレビで見たあんな物、実際に目にしたくはない。少なくとも、ソラはそう考える人間だ。
だが、この程度なら食べられる。そう勧められて2人は少量を口に入れるが……即刻水を手に取った。
「無理……辛すぎだよ」
「私は食べれるけど……進んで食べたくは無いわ」
「そうか。なら、これは俺が食べる。幸い、辛さ控えめのものもあるみたいだ」
「試したの?」
「凶器レベルだと別だが、この辛さがこの町の基本らしいからな。1番工夫されてるだろ」
「そうね……この町の基準もおかしいけど」
「言うな。恐らく、外から来た人は誰しもが思うことだ」
町単位なのだから仕方がない。まあ、普通の辛さのものもあるから、そういう所は考えられているのだろう。というか、さっきのミリアとフリスは見世物にされていたようだ。
ソラはガンを飛ばして追い払う。
「さて、後で服を買うか?」
「ええ。やっぱり、この町にある物の方が暖かそうだもの」
「うん。今のはまだ寒いもん」
「分かった。それなら……魔獣の皮製の良いものだな」
ソラがそう言った時、何人か椅子から落ちた。ただ、それも当然かもしれない。魔獣の皮製のものは、かなりの高級品だからだ。それも防寒用のコートで、さらに良い物を選ぶとなると、銀貨1桁では足りなくなる。
まあ、3人は現金だけでもそれぞれ金貨2桁分以上所持しているので、一切問題は無いが。
「だったら、良いお店を探さないといけないわね」
「ギルドに行く?」
「確かに、あそこなら答えてくれるだろうな。そうするか。ついでに登録もするぞ」
「本業がついでなのね」
「今はついでだ」
食べ終えた3人はギルドへ向けて歩いていく。目的は……本来と違うが、まあ良いだろう。
そして登録し終えた後、情報を聞く。複数の店を提示されたが、出てきた話から1つの店に決めた。
その店は年季の入っていそうな柱や扉を持ち、それが派手でないながらも高級感を出している。
「この店か」
「古そうだね」
「ボロボロじゃないんだから、そんなこと言っちゃ駄目よ」
「まあ、良い所らしいから大丈夫だろう」
そしてソラは扉を開け、店の中に入る。するとすぐに老齢の男性店員に迎えられた。執事風の服装なのは、客に貴族等が多いからかもしれない。
「ようこそおいでくださいました」
「コートを買いに来た。できる限り良い物を頼む」
「どのくらいのご予算でございますか?」
「無制限だ」
「え……かしこまりました。では、こちらへ」
ソラ達は奥の方へ案内される。やはり、表にあるのは比較的安い物らしい。
この3人を奥に案内するのは予想外のようだったが。
「こちらが当店の中でも高価な品を集めた場所になります。何かお探しの物はございますか?」
「取り敢えず見て回るわ。えっと……」
「同じ素材は揃えて置いております。ご期待には添えますので、ご安心ください」
「はーい」
まあ、これはバレていたようだ。
「この辺りで使うから……やっぱり白だな」
「そうね。でも、それ以外は染められたものよ。ほとんど同じみたいね」
「魔獣のはあるかな?」
「魔獣製のものでしたら、こちらの棚にございます。数は少ないですが……」
「いや、これだけあれば大丈夫だ。あとは探せば良い」
「では、どうぞご自由に」
ここからは普段服を選ぶのと同じように、3人で話しながら決めていく。違いは店員が説明をしてくるかどうかだ。
「これは?」
「アイスベアの皮製でございます。防寒性と撥水性に優れており、町の外でも十二分にお使いいただけますが……」
「少し毛が長い。動きにくそうだから駄目だな」
「そっか」
「このコートはどう?動きやすそうよ」
「そちらはフリーズレックスの皮の裏に、フリーズレオパードの皮を重ねた物になります。10年以上売れておりせんが、良い物でございます」
「Aランク2種か。ちょうどサイズもあるし……これにするか?」
「ええ、良い感じだもの」
「うん、良いよ」
「承りました。3点で、金貨3枚と銀貨75枚となります」
「やっぱり高いな。それで、ここで払えば良いか?」
「奥の部屋へ越しください。採寸の後、調整をいたします」
「分かった」
フリーズレックスとフリーズレオパードを討伐するだけでは25万G、コートはその10倍以上もする。無傷の大きな皮が珍しいこともあるだろうが、それを生かすだけの職人の腕もあるのだろう。値段以上に良い物かもしれない。それにこの2種なら、防具としてもある程度期待できる。
「どこを測るのよ?」
「肩までの高さと肩幅です。冒険者でしたら、腕の方も必要ですか?」
「俺とミリアはいるな。フリスは……ローブを入れるスペースがいるか?」
「うん。でも、これはちょっと大きめだから大丈夫じゃないかな?」
「なら良い」
採寸といっても、コートではそう多くない。肩幅と背丈からちょうど良い大きさに合わせるだけだ。
「どうかしら?」
「似合ってる?」
ミリアのものは動きやすいよう軽装鎧に密着しており、双剣も問題無く振れそうだ。だが各所にほぼ白色の刺繍や飾りボタンなどがあり、可愛さも醸し出している。
フリスのものは体に比べてかなり大きく、ローブを背中に回せば簡単に収まるほど大きい。こちらには飾りボタンは無いが、全体で大きな1つの刺繍を作っており、これもかなり良い。
「ああ、似合ってるぞ」
「ありがと。ソラも似合ってるわ」
「うん。かっこいいよ」
ソラのものはミリアに近いが少し大きめで、上半身は布の厚い学生服のような感じだ。なお、薄刃陽炎も手甲脚甲も振るいやすいサイズとなっている。
どれも白地に薄く黄色っぽい豹柄があり、刺繍と合わさって、目立たないが豪華なコートだ。
「あとは……手袋と耳当てもいるな」
「手袋は選ぶのが大変よ?」
「音が聞こえなくて良いの?」
「確かに、滑り止めがいるからな。それと、耳が凍るぞ。選ぶのに注意しなきゃいけないのは同じだが」
この世界の人は蒙古襞に似たものを持っており、極寒の地でも目が凍ったりすることは無い。
だが手や耳が冷えやすいことに変わりはない。
「これは?」
「こっちも良いわね」
「お、それも似合うな」
他にもいくつか防寒グッズ、また2人は町中用のオシャレグッズも多数買い、金貨を5枚分以上使って店を出た。
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「どこにあるかな?」
「さあな。だが、これだけ歩いて見つからないとなると、雪山の中には無いかもしれないな」
「それだと、どこにあるのよ?」
「1つあるだろ?まだ探してない場所が」
「え?……でも、それだと簡単に見つかっちゃうよ?」
「いや、表面にあるとは限らないからな。下の地面にある可能性も高い」
「それってどれくらいなのよ?」
「最低でも……10mは下か」
「そこまで掘るんだ……」
朝に町を出て、夕方には戻るサイクルと繰り返し、雪山の探索はほぼ終わらせた3人。あとはこの山で終わりなのだが、目当てのものはまだ見つかっていなかった。
「残りは氷河の中だな……クレバスの奥かもしれないから、気をつけろよ」
「前も言ってたけど、クレバスって何なのよ?」
「氷河にできた裂け目だ。上に雪が積もっていたりして、見つけにくい」
「でも、魔法を使えばどうにかできるよね?」
「魔力消費を無視すればな。はまっても脱出はできるだろうが、面倒だぞ」
「そう?」
「ああ。クレバスは狭い上にかなり深い。ミリアは壁を蹴って出られるだろうが、氷は滑るし、脆いぞ」
「そうね……大変かもしれないわ」
アイシティの周囲には大きな氷河が3つあり、その面積は山2つ分以上ある。歩き回れば良いとはいえ、かなりの時間がかかりそうだ。
「さてと……山道と同じように、雪を退かしながら進むからな。違和感があったらすぐに言ってくれ」
「分かったわ」
「うん」
そしてソラ達は氷河へと足を踏み入れた。
「さ、寒いわね……」
「遮るものが無いからな……魔法の出力を上げるか」
「お願い。寒いもん」
今日の風は大人しめだが、障害物がほとんどない氷河の上ではかなり強く感じる。魔法は走っても剥がれないようになったが、風に吹かれれば温度は下がる。そのままというわけにはいかなかった。
「だいぶマシになったわね」
「すまないが、これ以上の消耗は無視できない。我慢してくれ」
「大丈夫だよ。コートがあるもん」
「なら良かった。それで、俺で良いか?」
「うん。問題無いもん」
「そうね、ソラも練習が必要でしょ?」
「ああ」
そんな時アイスリザードが3匹、ソラ達へ向けて飛びかかってきた。だが……
「バレバレだ」
炎弾1発でまとめて消し炭にされる。
「っと、まだ威力が強すぎるか」
「これはまだ無理なんだね」
「攻撃用にすると、どうしても神気が混ざるからな。量だけじゃなく、質も大きく変化したせいもある」
「手加減ができないのね。あの後、そんなに戦ってなかったことも影響してるのかしら?」
「ああ。魔獣相手じゃないとやりづらいからな」
今までも魔法に神気を加えていたが、今はその神気の量が増加し、質は跳ね上がっている。急に上がったせいで調節ができないでいた。長年武術をやってきたこともあり、身体能力の方は簡単に合わせられたが、扱い始めて数年の魔法ではそうもいかない。オーバーキルだったり、ほとんど効かなかったりとバラバラだった。
威力が不明確な以上、ミリアやフリスと稽古をするわけにはいかない。そういう意味でも、早く見つけたかった。
「私達が相手をするわけにはいかないし……難しいわね」
「まあ、少しずつ慣らしていくさ。感覚は掴んできてるからな」
『おーい』
「え?」
「ああ、近づいたのか……って、ミリア?」
「聞こえたの?」
「ええ。これが精霊の声なのね」
『こっちだよー』
「っと……向こうの雪の多い場所だな」
「ソラ君、頑張って」
『頑張れ〜』
「言われなくとも」
精霊の声を頼りに歩いていく。何故か雪がドンドン深くなるが、ソラが氷魔法で退かして行き、かなりの時間をかけて辿り着いた。そこは幅2m、全長100m近い巨大なクレバスだ。
「ここのクレバスの下か……結構デカイな」
「簡単に落ちちゃいそうだね」
「雪があったから気付かなかったわ……本当に危険なのね」
『早くー』
「無茶を言うな。まったく……氷魔法で足場を作る。先行するからついてきてくれ」
「ええ」
「うん」
そして3人はクレバスを50m以上降りていく。しばらく変化が無かったが、急に開ける。そこは氷がドーム状になっていた。
「綺麗だな……」
「うん、凄いね……」
「氷の天井なんて初めて見たわ……」
『ねえ、こっちだよ』
「分かった分かった。少し待ってろ」
「大変なのね」
その氷のドームを降りていった先、そこにようやくお目当の物があった。




