第6話 古都ロスティア⑨
「ここは……」
「……ソラ?」
「ソラ君……ソラ君!」
「ミリア、フリス……戻ってきたんだな……」
懐かしい木目の天井。だがここは日本では無く、バルクの料亭の奥の部屋だ。そして、ミリアとフリスが顔を覗き込んでいる。
「高い熱が出てて、心配したんだよ!」
「そんなことになってたのか……すまない」
「でも、もう元気みたいね。顔色が良いわ」
「ああ、変な感じは無いな」
「良かった〜」
寝転がっているだけを嫌がったのか、ソラは上体を起こした。ミリアとフリスは手伝おうとしたが、それより早く起き上がる。
そこへ、家主も入って来た。
「よお、起きたか」
「バルク、布団を借りて悪かったな」
「良いさ。それにしても、3日も目を覚まさなかった割には元気じゃないか」
「3日?」
「うん。水はちょっとだけ飲んでたけど、何も食べて無いんだよ」
「今言うと、そんな所まで人間離れするなよって感じだけどな。俺が惨めに見えるじゃないか」
「まあ、そうだな……」
「ん?どうした?」
「いや、何でもない。少し3人だけで話させてくれ」
「ああ、良いぞ」
バルクが出ていった後、ソラは部屋に結界を張り、外へ声が漏れないようにする。
「これで良し。さて、ミリア、フリス」
「どうしたのよ。厳重すぎるわよね」
「うん。何かあったの?」
「2人は自分の変化に気付いてるか?俺が寝込んでる間に、何か変わったことはあるか?」
「そういえば……周りのことがよく分かるようになってるわ」
「わたしは、何だろう?魔力と神気が濃くなった?」
「そうか、そうなったか」
「知ってるのね?」
「ああ。前提だが、俺は……多分、もう人間じゃない。人だった部分は、人格と記憶だけだろうな」
「それって……そっか……」
「遅かれ早かれ2人もそうなるはずだ。辛いかもしれないが、理解してくれ」
「……まったく、ソラはソラね」
「どうした?」
呆れられるとは思ってなかったのか、ソラは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。だが、2人は容赦無く続ける。
「何で今さら言うの、ってことよ。とっくの昔に心は決まってたわ」
「うん。ソラ君と一緒になれるんだったら、その方が良いもん」
「仕方ないだろ。前にも聞いたが、改めて覚悟を聞きたいからな」
「心配性だね」
「悪かったな」
心配事が終わった所でソラは結界を解き、店の方へ向かう。多少のふらつき程度は問題無いのだが、ミリアとフリスは寄り添っていた。
「これだと、どっちが心配性か分からないな」
「仕方ないもん」
「ええ、ふらついてるじゃない」
「これくらいなら大丈夫なんだが……まあ、良いか」
そのまま3人は表へ顔を出す。
「良い身分だな、おい」
「家庭を持ってるお前が言うな」
そう言っているが、バルクの顔は嬉しそうだ。また彼だけでなく、マリーやメルやアルも笑っている。
「ソラさん、元気になったんだね」
「ソラお兄ちゃん、大丈夫?」
「ああ、もう大丈夫だ。心配かけたな」
「じゃあ、遊ぼー」
「良いぞ。どこでだ?」
「こっちこっち」
「アル、ちょっと待ってよ」
2人に引っ張られ、ソラは個室の1つに連れていかれる。そしてそのまま座らさせられた。
「ソラ君、人気者だね」
「メルもアルも心配してたし、仕方ないわ」
「ソラは病み上がりだぞ、まったく……」
「しばらくは任せましょう。まんざらでもなさそうですから」
積み木や折り紙など、自分達の部屋から出してきては机の上に広げていく。そしてソラと一緒に遊び始めた。
外へ行かないのは……ソラに勝てるわけがないと思っているためかもしれない。
「えへへ、どう?」
「お、凄いな。これどうやったんだ?」
「次はこれ!」
「ちょっと待て、何だこれは」
「えー知らないのー?」
ソラは交互に2人の相手をし、様々なオモチャを使っていく。中には大人の知らないような遊び方をするのだから、子どもは凄いものだ。
「さあ、もう寝る時間よ。片付けましょう」
「はーい」
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
気付いたらもう日が暮れていた。ソラが起きた時にはかなり日が傾いていたらしく、もうこんな時間になっていたが……大人の時間はまだまだこれからだ。
「さてと……何本か貰えるか?」
「おう、熱燗か?」
「そうだな……寒いし、それで頼む」
「あ、わたしも!」
「私も欲しいわね。結構良かったもの」
「呑んだことあるのか?」
「俺が前に作ってみたからな。魔法を使ったから、本物とはだいぶ違うが」
「何だよ、便利な手を使いやがって」
ぶつくさ言いつつもバルクは火を起こし、熱燗を作っていく。そして出来上がったそれと同時に、スルメや新香なども出される。
「ほい。ツマミはこれで良いか?」
「少し追加するぞ」
「干し肉……普通のとは違うな」
「ああ。濃いめの味付けで、そこまで堅くない。探すのは少し大変だったな」
「ジャーキーみたいな感じか……良いな、これ」
「食うか?」
「当然」
カウンターと厨房、対面して呑み会う2人。見ると、ミリアとフリスもマリーと呑み始めていた。
「ふぅ……この町に来てから忙しかったな」
「でも、ソラが来てくれて助かった。ありがとう」
「やめろ。俺がやりたいことをやっただけだ」
「変わらないな……それで、この後はどうするんだ?」
「そうだな……出るまではゆっくりするか。もう慌てる必要も無いしな」
「そうだそうだ。今日は呑め」
「そのつもりだが……呑みすぎて倒れるなよ?」
「そう何度もやらねえって」
「どうだか」
結局、バルクが倒れた段階でお開きとなった。
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「さて、世話になったな」
「それはこっちのセリフじゃないか。迷惑だったろ?」
「俺達は依頼を受けただけだ。どこも迷惑じゃない」
「ソラ……分かってて言ってるだろ」
「勿論」
ソラが起きてから10日ほど。ギルドで依頼を受けたりしつつ、3人はこの町に留まっていた。
そしてその最後の日、別れの朝だ。今門の外まで来るのは危険なので、バルクの店の前でだが。
「元気でね」
「メルも、元気でいろよ」
「うん」
「ソラお兄ちゃん、また来る?」
「ああ。時間はかかるだらうが、必ず来る」
「約束だよ」
「ああ、約束だ」
メルと話をした後、アルと指切りをする。その時、メルは2人の方へ向かっていた。
「メルちゃん、もう拐われないでね」
「そうね。少し危ないところがあるもの」
「大丈夫だよ!」
「大丈夫?」
「むしろ心配ね。無理してるわ」
「してないもん!」
メルの口調が若干幼児退行してる気もするが……と言うか、ミリアとフリスに煽られた結果だろう。年の離れた姉妹か従姉妹のようにも見え、微笑ましい。
ただ、こんな風に話していてはキリがないので、ソラは適当な所で区切った。
「じゃあ、またな」
「おう。また来いよ」
「またね」
「じゃあね〜」
「さようなら」
「バイバーイ」
「またいらっしゃいね」
3人はバルクの店に背を向け、西へ歩き出した。その足取りは……重くはないが、何となく変だ。
「はあ……もうここには近付きづらくなるかもしれないな」
「どうしてよ?」
「俺はもう、不老になっている可能が高い。数年に1度ならまだマシだが……バルク達は良いとしても、周りがな」
「そうなの?」
「いつまで経っても歳をとらないっていうのは、相当忌避されるはずだ。冒険者としていられるのも、後10年位だろうな」
「そう……まあ、仕方ないわ。それに、それまでに全てを終わらせれば良いもの」
「ああ、やってやるさ。ん?……フリス?」
「……美味しそう」
「フリスったら……」
「まったく、何か買うか?」
「うん!」
屋台で適当に食べ物を買い、食べ歩く。よくやってることだが、3人は楽しんでいた。
「ん〜、美味しい」
「バルクの所でも食べただろ。まあ、こういうのも悪くないが」
「それなら、良いんでしょ?」
「まあな」
「まったく、ソラは甘いわね」
「そう言うな」
「でも、ミリちゃんも食べてたよね?」
「言わないでよ……もう少しで門ね。早く食べちゃいなさい」
「は〜い」
最後まで持っていたフリスに急がせ、食べ物を全てを片付ける。そして西門から町を出て、3人は道に沿って歩いていった。
「そう言えば人を辞めたって言ってたけど、具体的にはどんな感じなのよ?」
「まずは、神気の量が増えたな。魔力と同じような感じで操れるようになってる。それに、身体強化無しでも肉体の限界がかなり上がった。多分2人も大なり小なり変わってると思うぞ」
「うん……そうかも」
「そうね。いつもより早く歩けてる気がするわ」
「それだな。やっぱりできるか」
「それで、ソラ君は何か凄いことができるようになったの?」
「確かに、もしあるなら知っておいた方が良いわね」
「今までとほほんど変わりないが……神術に関しては少し試してみたいな」
「今は周りに誰もいないし、ちょうど良いよ」
「ああ」
ソラは手を前に出し、握り込む。ただそれだけ、熱も音も無い。だが……
「たったこれだけでこの威力か。勝手に比率が変わるし……制御にも難がありそうだな」
「凄いね」
「私は見えないのよ?」
「後で上から見せてやる。だから、今は我慢してくれ」
「それで良いわ。その代わり、ね?」
「わたしも!」
「分かったから落ち着け」
道から大きく離れた森の中。そこにできたクレーターは、誰にも気付かれずに草原へと変わっていった。




