第4話 古都ロスティア⑧
「メル!」
「お母さん……お母さん!」
バルクと店の前で待っていたマリーと、ソラ達に連れられたメル。2人は同時に走り出し、往来の真ん中というのも気にせずに抱き合った。
「良かったな」
「ええ。頑張った甲斐があるわ」
「怪我も無かったもんね」
「2回連続、感謝のしようもない。アルも……やっぱりな」
「姉が帰ってきたんだ。仕方ないさ」
遅れてそれに参加するアルと、その様子を見ている4人。1人以外は仕事を完遂した側とはいえ、感動は分かち合える。
「さて、凶事が吉事に変わったことだし……」
「もう良いわね」
「うん!」
むしろ最初からこれが目的だった気もするが……
「宴会といくか」
「任せとけ」
宴の準備が始まった。
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「……身内だけのつもりだったんだが」
「人、多いね」
「いくらなんでもね……」
「仕方ない……まあ、来てるのは常連ばかりだから、空気も読める連中だ。邪魔だったら出て行かせてやる」
救出成功ということで、宴会が開かれることは知っていた。ただソラ達の予想と違ったのは、そのお祝いは町のとある通りが丸ごと会場となったことだ。バルクの店もそこに面しており、巻き込まれた形になっている。
「大将、そう言うなって」
「そうだ。めでたいことじゃないか」
「メルちゃんが助かったんだろ?騒がねぇと」
「女将さんの復帰祝いもな!」
「そうよ。ちゃんとやらないと」
「というわけで、乾杯!」
「「「「「乾杯ー!!」」」」」
騒ぎたいだけな気もするが。まあ、勝手に騒いでくれるとソラ達はほとんど何もしなくて良い。
「まったく……片付けるのは誰だと思ってんだ」
「ご愁傷様」
「ん?……なあソラ、やけに顔が赤いんだが、呑みすぎか?」
「いや、この程度で酔い潰れたりはしないぞ?」
「それなら良いけどな……」
「それにしても、いつもより美味いな」
「そりゃあ、普段は使わないような高級食材を山ほど使ってるからな。美味くないと話にならないだろ?」
「他の客にも出してるのか?」
「いや、ソラ達だけだ。報酬だからな」
「なるほど。ちなみに、売るとしたら?」
「定食にすると……銀貨は必要か」
「高いな」
物流や畜産などがそこまで発展していない世界だからこそ、高級品の貴重度は跳ね上がる。すぐに手に入るものであっても、それは変わらないのだ。
「それだと……無理をさせたか?」
「いや、そうでもない。俺にだってツテはある」
「そういうものか」
「当然。そうじゃなかったら、仕入れなんてできないぞ」
「なるほど。俺達に例えたら「あのね、ソラさん」……ん?」
2人で料理を食べつつ酒を呑みつつ、色々と話をする。そんなことをしていて気付かなかったが、メルが真横まで来ていた。
「大きくなったら、メルがお嫁さんになってあげる」
そして爆弾を告げた。
「ぶふぅっ⁉︎」
「ちょっ、待てメル、考え直せ!」
「あらあら」
「お姉ちゃん、ソラお兄ちゃんのお嫁さんになるの?」
「アルも落ち着け。いや、落ち着いてるのか」
「落ち着くのはソラよ」
「ソラ君、大丈夫?」
半ばパニック状態の男衆と、冷静な女性陣。幼いアルを除けば対照的……というか、気付いているか気付いていないかの違いだろう。
「おいソラ……もう1回聞く。メル、本気なのか?」
「うーんと……ねえお母さん」
「ふふ、メルが本気だったら、こんな風に言わないでしょ?」
「おいバルク、自分の娘のことくらい理解しておけ……つまり、嘘か?」
「嘘だけど、嘘じゃないよ。お嫁さんになってあげても良いっていうのは、本当だもん」
「……だが、自分から結婚したいわけじゃないと」
「うん」
「ビックリさせるなよ、まったく……」
「じゃあ、大きくなったら迎えに来てね」
「ゲホガホゴホ⁉︎」
「あはは」
大の大人が、完全に子どもに遊ばれていた。
「はぁ、メル」
「ミリアお姉ちゃん?」
「そういう風に遊んじゃ駄目よ」
「はーい……」
「もっと本気でやらないと」
「おい!」
訂正、妻にも遊ばれている。何回もやられて気力を無くし、ソラは机に突っ伏していた。
「はあ……」
「大丈夫?」
「ありがとな、フリス。今のは気疲れだから、すぐに直る」
「でも、何でそんなに疲れてるの?からかわれただけでだよね?」
「子どもがああいうのに絡むと神経使うんだよ……気を抜いて変な約束をしたらマズいからな……」
「そっか。じゃあ、わたしと約束するのは良いんだね」
「ああ、それはそう……いや、今のは無しだ」
「ふふ〜ん、聞いちゃったもんね〜」
「……あとで覚えてろよ」
気を抜いていた所で言質を取られる。ソラは完全に手玉に取られていた。そこへバルクが声をかけてくる。
「おいソラ、要望が来たぞ。宴会芸でも見せてやれよ」
「芸ってなんだ、おい」
「持ちネタだろ?」
「できるだけだ」
人はそれを持ちネタと言うのだが。
「兄ちゃん、何かやるのか?」
「おー見せろよ」
「バルクさんとは旧知なんでしょ?何かやってくれるわよね?」
「メル、こっちで見るわよ」
「はーい」
「ソラお兄ちゃん、何やるの?」
「アル君、見たい?」
「うん!」
「じゃあこっちだよ」
「……逃げ場が無い」
今日は厄日か、と叫びたくなるほど、色々と重なり続けている。そして、もう諦めたようだ。
「どうするんだ?準備なら手伝うぞ」
「……仕方ない。バルク、用意しろ」
「分かった。それで何を?」
「そうだな……」
多少酒は入っているが、この程度の余興なら問題無い。
しばらくして用意されたのは、鶏が丸ごと1羽と白菜、人参、牛蒡、椎茸、榎茸、豆腐。そして土鍋だ。
「さて、始めるか」
ソラはおもむろに鶏を手に取ると、土鍋の真上で放り投げる。
「なっ」
「は?」
「え?」
そして鶏を薄刃陽炎でバラバラにし、鶏ガラだけを土鍋に落とした。肉はまな板の上に戻されている。そしてその直後、椎茸も石突を斬り取られ、バラバラになったものが鍋の中に落ちた。さらに火魔法で加熱が始まる。
「流石、速いわね」
「うん、凄いよね」
「お姉ちゃん達、分かるの?」
「ええ。私達はずっとソラと一緒にいるもの」
「凄ーい」
今の動きを認識できたのは3人だけ。ミリアとフリスと、ギリギリだがギルドマスター……
「って、何でいるんですか」
「たまたま入った店に貴方達がいただけよ。さあ、続けなさい」
「はあ……」
出汁が取れた所で水魔法を使って鶏ガラを取り出すと、皮を剥がれた牛蒡と人参が輪切りになって落ちてきた。しかも、わざわざ風魔法で突風を抑えたり、火魔法で加熱を調節しながらだ。宴会芸というか、戦闘技術の無駄遣いな気がする。
「これで、ラスト!」
そして暫く煮込まれた後、榎茸、白菜、鶏肉が入れられ、味噌が入って調理は終わる。
「これで一煮立ちすれば完成だ。どうする?」
「どうするもこうもない。みんなで食うぞ!」
「流石大将、分かってる!」
「よっしゃぁ!食うぞー!」
「楽しみだね」
「うん!ソラお兄ちゃんが作ったんだもん」
「メルは?」
「わたしも」
今見た光景に感動でもしたのか、全員やたらとテンションが高い。ただ材料を入れただけなのだから、特別美味くなるわけではない。ソラは興奮を抑えようとした。
「はは、そこまで期待するほどの、物じゃ、無いぞ……」
ただ、ちょっと息が切れている。
「ソラ、大丈夫か?」
「少し疲れた、だけ…だろ……」
普段ならこの程度で息が切れたりはしない。
「ソラ君、どうしたの?」
「何だか急に、フラフラ……して、な」
それに、体幹の維持も難しくなっている。だが、意識すればちゃんとできるので、問題が出るレベルには達していない。
「顔色が悪いわ。奥に行って休みましょう」
「大丈夫、だ。そこ、ま…で、は……」
だから、そこまで心配する必要は無い。そう言おうとして……倒れた。間一髪、ミリアとフリスが床に落ちる直前で支えたが、既に意識は無い。
「ソラ!」
「ソラ君⁉︎」
「おいおい、どうしたんだよ!」
騒然となる店内。そこに返る声は、1つだけ足りなかった。




