第13話 テンプレはここに
「はぁはぁ」
森の中を駆ける少女。
金色の髪と赤色の眼を持つ彼女は、胴や両手の防具こそ立派なものの、戦士にしては動きはぎこちなく、素人然としている。
そんな彼女が焦って走る理由は……
「「「グルアー!」」」
「ひぃ!」
後ろから少女を追う3頭の巨大な熊、Cランクの魔獣であるビックベアーだ。大柄で剛力、かつ知能も高いために、討伐するにも被害を覚悟しなければならないような魔獣である。
ビックベアー達は己の住処である森の中で、その巨体に似合わぬ速度を出していた。
「きゃっ!」
少女が木の根に足を取られて転んでしまう。受け身は取れたため怪我は無いが、ビックベアーに追いつかれてしまった。
「グルル……」
「ひ……ああ……」
3頭の中でも更に巨大な1頭が、少女を手にかけようと近付き、腕を伸ばしてくる。
少女は目を閉じ、蹲る事しかできなかった。
「……え?」
顔に何か生暖かい物がかかったことに気になった少女が目を開けると、3頭のビックベアーは全て殺されていた。
「君、大丈夫か?」
パーティーであろう3人の中から声をかけてきたのは、殆ど防具を着けず、手に刀を持った黒髪黒眼の男だった。
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「あれだけいたんだし……追加報酬は必要だよな」
「依頼書には50体位って書いてあったわよね?」
「増えすぎだよ」
ハウルの近くの森の中、Cランクの依頼でゴブリンの集落を潰したソラ達は、適当に魔獣の相手をしつつ、ハウルへと戻っていた。
依頼自体はギルドが出した物で、Dランク冒険者の発見した、上位ゴブリンを含む約50体の集落の処理だったが、ソラ達が着いた時にはゴブリンの数が200体程に増えていた。
短期間で群れが4倍に膨れ上がる事も異常なのだが、当然の如く殲滅した3人も大概である。
「ん?あれは……ヤバくないか?」
「マズイわね……早く助けに行くわよ!」
「2人は先に行って!後で追いつくから」
「分かった。気を付けろよ」
ソラが見つけたのは、熊3頭に襲われる少女だ。木の間を危なっかしく走って逃げているが、少しずつ差が縮まってきている。
ソラとミリアは身体強化を使い、100m以上離れた少女へと向かっていく。
「ヤバい、一気に行くぞ!」
「デカブツは頼んだわよ!」
残り30mといった所で、少女が転んでしまい、最も巨大な熊が少女の側まで近付いていた。少女は恐怖からか、動くことさえ出来ていない。
ソラは木を蹴って加速し、すれ違いざまにデカブツの首を斬り裂く。ミリアは後ろの1頭へと駆け込み、脇と首を斬って血の滝を作り出す。
その後、反対側の木に足をかけたソラはデカブツを岩槍で貫いて殺し、最後の1頭を風刃で斬り刻んだ。
後に残ったのはソラ達と、デカブツの血を浴びて汚れてしまった少女だけだ。
「君、大丈夫か?」
まだ座り込んでしまっている少女へ、ソラは話しかける。
少女の見た目はミリアやフリスよりも幼く、日本でいうところの中学生くらいだろうか。
「え、ええ。大丈夫よ」
「あーと。ごめんな、熊の血がかかっちゃったか」
「これくらい平気よ。後で洗えばいいし」
「駄目よ。血って固まると肌に悪いんだから。綺麗に落とさないと」
「あ、ちょっと、止めてよ!」
「追い付いた〜、大丈夫?」
そう言うと、ミリアは水を含ませた布で少女の顔や腕を拭き始める。
幼さの残る顔で精一杯凛々しくしていた少女も、この時ばかりは年相応の振る舞いとなっていた。
フリスが混ざったせいで、揉みくちゃにされている。
(血って肌に悪いのか?聞いたことも無いが)
ソラはこちらの方に気を取られていたが。
改めて少女を見ると、彼女は血で濡れた防具以外には武器すら持っていない。この場においては、明らかにおかしな状況だ。
「それで、なんでこんな所で武器も持たずに走っていたんだ?」
「あ!一緒に来た人達がいるの!早く助けに行って!」
「魔獣と戦ってるの?」
「まだ戦ってるはずよ。私は武器を壊されたから逃げる事しか出来なかったけど……」
「急いで行くぞ!ええと……取り敢えず案内してくれ」
「私の名前はリーナよ。こっちだから、ついて来て!」
「分かった、リーナ。ミリア、フリス、行くぞ!」
「勿論よ!」
「行くよ〜!」
4人が身体強化も使い暫く走ると、遠くに魔獣と戦う3人の騎士がいた。
騎士達の鎧は少し装飾が施されており、その意匠はリーナの鎧と似ていた。
「はあ⁈何で騎士が⁈」
「あの人達よ!早くしてあげて!」
「……分かった。ミリア、フリス、リーナを守ってやってくれ」
「分かったわ。こっちは任せておいて」
「頑張ってね!」
一気に加速したソラは、騎士達へと接近する。近付いて行ったソラの目には、彼等が30匹程のシャドウウルフと戦っているのが見えた。
3人共盾と剣を持っていて、背中を預け合いながら、攻撃を盾で防ぎ、剣で反撃している。内1人は他2人より技量が一段上だった。普通ならこれだけの実力があれば十分なのだが、、30匹以上のシャドウウルフの群れを直ぐさま追い払うには足り無い。
「助太刀する!」
「誰かは知らんが、辱い」
騎士達を囲うシャドウウルフに対し、ソラは大量の氷矢を落とす。上から降った氷矢はブラウンウルフに突き刺さり、大半を殺した。生き残った数匹も、ソラと騎士達で直ぐさま片付ける。
「なんという……ありがとう、お陰で助かりました」
「いえいえ、困った時はお互い様です」
「では、我々は行きます。さるお方を守らなければ」
「私ならここよ」
「リーナ殿下!よくご無事で!」
「え……?」
「殿下って……」
「まさか……」
「ああ、うん……王女なのよ、私」
「「「王女⁉︎」」」
「ライハート、この3人が助けてくれたの。私の命の恩人ね」
「そうでしたか。御三方、改めてお礼を申し上げます、本当にありがとうございました」
リーナは王女、つまりはこのオルセクト王国の王位継承権第1位の保持者である。
今現在、ソラの頭の中は、『王女が何でこんな所にいるんだ……』『何で護衛が3人だけ?』『さっきの対応はマズかったよな……』などの考えで埋め尽くされ、マトモな対応が出来ていなかった。
「ええと……王女殿下、知らずとはいえ失礼を働き、申し訳ありません」
「……敬語禁止」
「はい?」
「敬語禁止って言ったの!」
「……はい?」
「……え?」
「……どういうこと?」
漸く再起動したソラは、慌てて片膝をつき、臣下の礼の形を取り、謝る。
ミリアとフリスもそれに続いたが、リーナは3人の予想外の命令をした。
ソラ達は理解不能状態に陥っていたが、答えは騎士からもたらされた。
「殿下は実力を認めた相手に、敬われるのがお嫌いなのだ」
「それは……」
「ああ、言うことを聞かなかったら不敬罪にする、とも仰っていたな」
「……分かった。これで良いのか、リーナ?」
「そうそう、それで良いのよ」
実力が一段上の騎士が言ってきた。
かなり横暴な言い分だが、王女だからと威張るよりかはマシなのだろうか。
「因みに、貴方方は認められていないのですか?」
「私は認められています。ですが、少なくとも近衛騎士だけは駄目だと、陛下が仰ったのです。風紀に関わるからと」
「鎧が綺麗だと思いましたが、近衛騎士なのですか」
「ええ、私は今回の護衛のリーダーを務めています、オルセクト王国近衛騎士団副団長のライハート・ベルニリーオです。後の2人はアノルドとリンダ・メリスティ。まあ、リンダの方はお連れの2人と一緒にいますね」
「そうですね。リーナも混ざって、女子会状態ですが」
プレートアーマーのヘルメットを取った近衛騎士ライハート。その顔は茶髪黒眼で、20代後半の人間だった。
アノルドは銀髪黄眼で、犬耳が生えていた。寡黙で、ソラ達相手には一言も喋っていないのだが。
リンダは早い内にリーナに連れて行かれ、ミリア、フリスと共に会話に花を咲かせていた。彼女は金髪碧眼だが、より特徴的な部分がある。
「耳が長い……彼女、エルフなんですね」
「ええ、その反応からすると、エルフを見るのは初めてですか?」
「はい、自分の故郷自体が人間しか居ない村だったのが原因なんですけどね」
「珍しい村もあるんですね」
ファンタジーでお馴染みのエルフ。このベフィアでも、魔法に優れた種族だ。
先程の戦いでは火のシールドを多用していたため、恐らく積極的に攻撃をするタイプでは無いのだろう。
盾も、杖のように魔法の媒体として使うようで、表面にシールドを張ったりもしていた。
「それと、今更ですけど、敬語は無しにしませんか?殿下の命の恩人に敬われるのは気が引けるので」
「そういうことなら、良いぞ。まあ、敬語はそっちも止めてくれると嬉しいけどな」
「ああ。改めてよろしくな、ソラ」
「こっちこそよろしく、ライハート」
かたっ苦しい言葉使いが嫌になった2人。10歳近い年齢差はあるようだが、こちらの方が自然に見える。
「因みに、何で護衛が3人だけなんだ?」
「それは……殿下がな……」
「リーナがどうかしたんだ?」
「護衛が多いと魔獣が逃げると仰ってな……」
「それはまた……次からは増やせよ」
「陛下へ報告するからな……殿下が何と仰ったとしても増えるだろうさ」
リーナには、我儘王女という言葉がピッタリだ。ただ、年齢的な物もあるのだろうが、それだけでは無いようにソラは感じた。
「さて、さっさと後処理して帰らないか?」
「いいが……頼めるか?騎士って殆どやらないからな」
「ああ、良いぞ。討伐証明部位は貰うがな」
「ソラが倒したんだ。当然だろ」
「まあそうか。ミリア、フリス、片付けるぞ!」
この場のシャドウウルフだけでなく、ビックベアーの処理も終わらせたソラ達は、ハウルへ向けて歩いて行く。
「さて、良かったなリーナ。また帰ってこれて」
「そうね……ソラ達が来てくれなかったら、死んでたかも」
「我々のせいですよね……」
「助かったんだから良いじゃないの」
「良い方で考えでいこうよ」
「そうですよ。リーナ様も一緒にいらっしゃるのですから」
獣道を通り、森の中の開けた道まで戻ってきた7人。既にハウルも見えている。
基本的に冒険者はこの道を歩き、目的に応じて奥へと入り込んで行くため、周辺に魔獣は殆どいない。
森の中でも数少ない、緊張感を緩められる場所だ。
「さてと、ソラ?」
「どうした、リーナ?」
「多分今回の事で父上が貴方達を喚ぶと思うから、宿の場所を教えてくれる?」
「ああ、そういう事か。宿の名前は松竹亭、西の大通りの北側だ。ギルドから大体100mってとこかな?」
「ありがと。多分非公式に喚ぶだろうけどね」
「そっちの方が気が楽だから、有難いな」
こうしていると、王女の一行の様には見えない。会話の内容では意識される事があっても、本人の性格からか、気楽に話せるのだ。
そうしているうちに、門のすぐ近くまでやって来た。
「今日はありがとね、ソラ、ミリア、フリス」
「俺からも礼を言わせてくれ。ありがとう」
「困った人を助けるのはお互い様だ。その相手が王女様ってのは、もっと気分が良いしな」
「王族と繋がりを持てるって貴重だしね」
「話も面白かったよ〜」
「じゃあ、またね」
こうしてリーナは3人を連れて離れて行った。
この出会いが歴史を変えることも知らずに。




