第1話 古都ロスティア⑤
「新年」
「明けまして」
「「「おめでとうございます」」」
紋付袴と黒留袖の3人。去年も見たとは言ってはいけない。
「まあ、ネタ系は去年やったからいいな」
「ちょっとソラ君」
「そういうこと言ったら台無しじゃない」
「良いだろ。それでは、本年もこの作品をよろしくお願いします」
作者からも、よろしくお願いします。
「もうちょっとだね」
「ああ。もともと、バードンとロスティアは近いからな。日程にそう狂いは出ない」
「そうね。近いと、予定を立てるのが楽で良いわ」
「そっか。それで、バルクさんのお店、楽しみだね」
「そういえば、2年ぶりか……元気にしてるか?」
「大丈夫よ。むしろソラの方が心配されてるわよ、きっと」
「確かに、そうかもしれないな」
次の町へ向かう3人は今、他の13人の乗客と共に乗合馬車に乗っていた。馬車に揺られること2日、後1日なので、だいぶ慣れている。
馬の足が遅いベフィアだが、その分力は強い。それに他の町へ行く人間が全員旅慣れているとは限らないため、乗合馬車の需要は高い。
なお、ソラ達は依頼を受け、護衛のような形で雇われている。報酬は乗車料金と相殺されてゼロだが、隣町へ行くにはちょうど良い。
ちょうど良い、はずだった。
「と、盗賊だ!」
外にいる御者から言われ、馬車の中は騒然とする。
大抵の場合、乗合馬車に乗るのは単独で戦う力の無い者だ。ソラ達のように護衛の冒険者を求めているのだが……一般的に言って、盗賊の数に対処するには少ないことも事実だ。
「落ち着け。人数は?」
「さ、30人以上だ……頼むから大人しくしていてくれるか?」
「何故だ」
「抵抗したら殺されるだろう……あいつらは抵抗しなければ殺されないから、頼む……」
「御者としてなら、その判断は間違いじゃないだろうが……人としては駄目だろ」
「ソラ君……」
「ああ。そうなるだろうな」
盗賊には、大きく分けて2種類いる。今までソラ達が倒してきたのは、問答無用で商人や護衛を殺したりする盗賊だ。こちらは強い馬鹿がいたり、切羽詰まってあとが無い者達に多い。なお、被害が派手に大きくなるため、発見しだいすぐに騎士や冒険者などによって討伐される。
そしてもう片方は、脅して金品を巻き上げる盗賊で、頭の回る者がいる場合に多い。人数も、馬車を包囲するために少し多めだ。こちらは抵抗しなければ殺されはしない。そして短期的な被害は小さいため、上のような盗賊や魔獣より優先度が低く、長期に渡って被害が続いてしまう。
ただ下記の場合でも、若い女性や子どもは攫われる可能性が高い。この馬車の中では、約半分が範囲内だろう。ミリアとフリスも確実だ……攫えるなら、だが。
「俺としては2人が攫われるなんて認められないから、今の段階で依頼を放棄して逃げても良いんだが……」
「おいあんた!それは無いだろ!」
「まあ、それだと後味が悪いからな。行ってくる」
「私達はここにいるわ。別の方向から来るかもしれないもの」
「ソラ君、頑張ってね」
「ちょ、ちょっと、やめてくれ……」
「俺がやりたいからやるんだ。外野は黙ってろ」
騒ぐ乗客を宥め、騒ぐ御者を黙らせ、ソラは1人で盗賊の前まで歩いていく。
「あ?男が1人だぁ?」
「何考えてんだよ」
「女を出せよ、女を。分かってんだろ?」
「いや、分かってないのはお前達だ」
「あ?」
「降伏勧告だ。抵抗するなら容赦はしない。大人しく降伏するなら……町くらいまでは連れてってやる」
「はぁ?立場分かってんのか?」
「ざけんなよ……」
「てめぇら、やっちまえ!」
「忠告はしたからな」
盗賊達は20人が同時に突っ込んでくる。1人に対しては多すぎるが、恐らくそのまま馬車へいくつもりなのだろう。見せしめを持って。
だが……
「この程度、刀を抜くまでもない」
首を折られ、心臓を潰され、頭を砕かれ、ソラの背後には死体しか残っていない。
残った盗賊10人も、何が起きたか分かってないようだ。
「は?」
「あ?」
「さて、お前達はどうする?」
「なっ……てめぇ何やった」
「何って、普通に殺しただけだ。不思議か?」
「あんなあっさりと……」
「降伏するなら、命だけは助けてやるぞ?」
「ざけんな!」
殺気を放ちつつ、ソラは少しずつ近付いていく。盗賊は自分達が不利だと分かっていても逃げられず、結局、降伏したのは3人だけだった。7人は抵抗し、一瞬で殺されている。
「畜生が……」
「恨むんだったら、盗賊なんて始めた自分を恨むんだな」
「ちっ」
生き残りは縄で手と首を縛られ、少しも抵抗できないようになっている。そして馬車の側方に括り付けようとした時……予想外のことが起きた。
「おいルーザス!何でこんなのを連れてきやがった!」
「そ、そんなことを言われても、こんなに強いなんて思っても……ひっ⁉︎」
「……お前も同罪か」
いくら叫ばれたとはいえ、正直に答えるなんて馬鹿すぎる。まあ、知らないと答えても結果は変わらなかっただろうが。
「あ、あああ……お、お助け……」
「するわけないだろ!」
「ぎゃあ⁉︎」
容赦無く蹴りを叩き込み、縛り上げた。まあ、御者から悲鳴が上がれば、当然乗客も心配する。
「何なんだ……?」
「御者も盗賊の仲間だった。襲撃も仕組んでいたみたいだな」
「そ、そんな……」
「もう捕まえた。盗賊も残りはその3人だけだ。もう終わったから、心配するな」
終わったと聞き、安心する客達。だが、問題はここからだった。
「馬車は……ミリア、フリス、できるか?」
「少しなら、ね。でも、本職の人と比べたら下手よ?」
「わたしも、ミリちゃんと同じくらいだよ」
「できないよりはマシだ。それで……御者はミリアとフリスが交代でやってくれ。見張りは俺がする」
「分かったわ」
「任せて」
この後、報奨やら乗客からの感謝やらで大変なことになるのだが……今までド派手ににやってきたことに比べれば、まだマシだったりする。
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「結構な値段になったな」
「使える馬車一式だもの。大きいし、最低でも金貨数枚分の価値はあるわね」
「その見立てだと妥当なのか……流石商人の娘、凄いな」
「褒められるほどじゃないわ。これくらいなら、家の皆は普通にできるもの」
「うん。わたし達は護衛の人の真似ばっかりやってたから。お兄ちゃんの方が凄いよ」
「まあ、本職ならそうか」
朝から衛兵に説明して盗賊を引き渡し、ギルドへ行って依頼の結果を説明し、乗客達からの感謝を聞き、馬車と馬を専門の店に売り、ようやく一息つけたソラ達。
店では売るなんて勿体ないとも言われたが、駿馬すら凌駕するスピードを長時間出せるのだから、この3人が馬を所有する意味は無い。むしろ色々と面倒だ。
「さて、バルクの店に行くか」
「う〜ん……わたし、ちょっと小物が欲しいんだけど」
「私も欲しいわね。それに、こんな朝早くから行っても迷惑よ?」
「いくら俺達が上客でも、限度はあるか……分かった。先に買い物に行くぞ」
「うん!」
あの店がやっているのは昼と夜、残りは仕込みの時間だ。ソラ達なら拒絶はされないだろうが、迷惑なことに変わりはない。
3人は通りを進み、店を少しずつ見ていった。
「あ、ここなんて良いんじゃないかな?」
「そうね。外から見えるものだけでも、綺麗よ」
「2人が良いなら、ここにするか」
「うん」
「ええ、良いわ」
そして、ミリアとフリスが目をつけた店へ入っていく。中には髪留めや根付などの装飾品が多くあり、早速2人は試し始める。
「ソラ君!これ、可愛いよね?」
「ああ。似合ってるぞ」
長い髪をまとめ、宝石のついた簪を刺したフリス。似合うからと色留袖に着替えているが、それも間違いではなかった。
「ソラ、これは?」
「可愛いな……本当に可愛い」
「そ、そんなこと言わないでよ……」
こちらも着替え、和紙でできた花のついた簪で髪を留めたミリア。普段は凛々しいが、こういった可愛い物をつけると雰囲気が変わる。
「っと……これで良いか?」
「あ、お土産忘れてた」
「ここで買っても意味ないだろ。他の町で買った物にしておけ」
「そっか……アレかな。じゃあ、これも買うね」
渡すお土産の代わりに、もう1つ追加するフリス。ソラは2人が選んだ物を持って会計へ行き、全額支払った。金貨数枚程度、この3人には大した金額ではない。
「時間は……ちょうど良いくらいか」
「そうね。ここからはちょっと遠いし」
「寄り道もしたら、ちょっと過ぎちゃうかな?」
「昼の忙しい時に行くよりはマシだろうな。ゆっくり話せるから、むしろ良いはずだ」
途中にあった呉服屋で新しい色留袖を買ったりしつつ、目的地へ向けて歩いていく。そして着いたバルクの店には……暖簾が無かった。
「ん?閉まってるのか?」
「でも、鍵は開いてるよ」
「変ね。全然やってる気配が無いわ」
「入る?」
「ああ。問題は無いからな」
引き戸を開け中へ入る3人。予想通り、とは言い難い状態が中にはあった。
「よおバルク、久しぶりだな」
「……ソラ。2年ぶりか……」
「どうしたのよ。元気がないわね?」
「何かあったの?」
「何か……ああ、まあな」
「……深刻か?」
「この上なく」
「教えてくれ」
「……奥へ行くぞ」
バルクに案内され、店の奥にある居住区へ向かう。前に来た時は、学校から帰ってきたメリアールや暇なアルファードが遊びまわっていたのだが……
「マリーさん!」
「……何があった」
「病気だ……もう長くないらしい」
「メルとアルは?」
「俺の両親の家に預けている。感染るかもしれないし……こんなマリーを見せたくはない」
「そうか……」
今はマリーが布団に伏しているだけ。埃や汚れは無いが、寂しい空間になっていた。
そのマリーは元気が無く、顔は土気色だ。ミリアやフリスと話しているが、相当辛そうである。
「どういう病気だ?」
「風土病、というべきなのか……この町にいる人が、稀にかかる病気だ。ここまで重篤になる話はほとんど聞かなかったけど……マリーは……」
「治療法は無いのか?」
「あるにはある。だが……」
「どうした?」
バルクが言い淀む意味が分からず、首を傾げるソラ。だが、その答えはすぐにやって来た。
「……向こうの山を幾つも超えた先、そこだけに生える特別な薬草が必要って言われたよ……片道1ヶ月だとさ。しかも、道中は魔獣が大量にいるそうだ……何でこんなことに」
確かに、これは納得できる話では無い。ただバルクは、目の前にいるのがどんな人間か忘れていた。
「……ミリア、フリス」
「準備したものはまだ残ってるわ」
「わたしでも……10倍くらいは大丈夫かな?」
「何の話を……」
「バルク、薬草の詳しい場所を教えてくれ」
「行ってくれるのか?それでも……」
「身体強化全開で走れば、10倍速くらいなら余裕だ。魔水晶もストックが大量にあるし、問題無い」
「地図、貰えるかしら?流石に場所が分からないと行けないわ」
「それと、薬草についても教えて貰える?」
「確かにそうだな……薬草の絵か何かあるか?特徴も詳しく書いてあると良いんだが」
「ああ、あるぞ。もし持っている人がいたら買い取るために、な。少し待っててくれ」
「結局、使われる場面は変わったが」
収入が途轍もなく多いソラ達は、様々な場所でお金を使うことで貯まり続けるのを防いでいる。そのおかげで、すぐに旅立つとしても問題無いだけの物資が手元にあった。
「……よし、これだけあれば大丈夫だな。ああそうだ」
「何だ?」
だが、冒険者としてはこれは外せない。
「依頼、俺達への使命依頼で冒険者ギルドに出しておけよ。冒険者がギルドを通さずに依頼を受けるのは、褒められたことじゃないからな。勿論、成功報酬を十分用意してだぞ?」
オリクエアの時は貴族同士ということで揉み消していたが、普通はそうもいかない。緊急時以外でギルドを通さず冒険者を使うのは、一般的には許されていないのだ。
「だよな……」
「冒険者は安くない。まあ、俺達とプライベートな繋がりがあるって言えば、かなり少なくても問題無くなるが」
「……具体的には?」
「金貨1枚もあれば受け取ってもらえるはずだ。それ以上を提示されたら、脅してでも下げさせる」
「そんな金額だと流石に……この店を担保にしてでも」
「やめろ。そんなこと望んでない」
「だがな、それくらいの話だぞ。金払いが悪いと、ウチの信用に関わる。料亭でも、そういうのはあるんだ」
「そうだな、だったら……」
どうしても折れないバルクへ、ソラは言い放った。
「治した後、美味いものをたらふく食わせろ。文句は言わせないぞ」
「……はっ。だったら、ありえないくらいの高級食材を買い占めてやる。腰を抜かすなよ?」
「その意気だ。さて、ミリア、フリス、良いな?」
「ええ」
「行こう、ソラ君!」
「……ソラ、改めて言いたい」
全ての準備を終え、出発するソラ達。そこへバルクは声をかけ、頭を下げる。
「頼む。マリーを……助けてくれ!」
「……普通なら、もう助からない。それは分かってるな?」
「ああ、分かってる。だから……」
「その通り、この時に俺達が来て良かった」
本当に、運命を操られているのではないかと疑いたいほど、運が良い。
「俺達3人なら、確実に救ってやれる」
「良いんだな?」
「SSランク冒険者、なめるなよ。どんな不可能だって、可能にしてやる」
「ソラ……」
救いたい命を救えないなんて、そんな後悔はしたくない。決意を新たに、ソラは行く。
「まったく。変わんないな、お前は」
「それはお互い様だろ?」
「違いない。さあ、行ってくれ」
「ああ、任せろ」
そして3人は駆け出した。




