第19話 火都バードン④
「やっと見えたな」
「長かったね」
「本当、やっとね」
次の目的地である火都バードンが見え、安堵するソラ達。そしてそんな彼らは……ゴブリンの群れを掃除しつつ、町へ進んでいる。
「それにしても、何でこんなにいるんだ?」
「しかも道の上に、よ。道まで出てくる魔獣なんて、そんなにいないのに」
「1つの巣全部じゃないかな?」
「多分そうだな。理由は分からないが」
「追い出されたのかな?」
「無謀にも町を攻めようとしてたりして」
「フリスの方がまだありえるか……ミリア、いくらゴブリンでも、流石にそんな馬鹿では無いだろ」
「そう?」
「ゴブリンだよ?」
ミリアが双剣を振るうと、5匹のゴブリンが一気に倒された。それを見てもなお、ソラ達をエサのようにしか見ていないようである。
「……馬鹿かもしれない」
「でしょ?」
「だってゴブリンだもん」
「だが、その判別は早計だと思うぞ?」
「……どういう意味よ?」
「俺達がゴブリンの集落を攻めた時、怯えたやつがかなりいたじゃないか」
「それは……そうね」
「それを考えるとおかしいよね」
「だから、何かあるはずだ」
低ランクの魔獣は知能が低いが、生物としての本能はある。絶対的強者と戦った時、怯えない個体が0というのはありえない結果だ。
「まあ、これは今考えても意味の無いことだな……っと、また来たか」
「目的に関しては、私が正解みたいね」
「多分そうだよ。集落が1つじゃなくて3つくらいになったけど」
「どっちにしろ、ここで倒すだけだ。行くぞ」
「うん」
「ええ」
そして3人は雑草を刈るかのように、そのまま進んでいった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「騒がしくなってきたな」
「何だろうね?」
「魔獣の群れか何かを見つけたのよ。私達が関わる必要は無いわ」
「そうだと良いが……」
「どうしたのよ?」
「何か嫌な予感がしてな」
「え〜」
バードンにある冒険者ギルド。そこに到着して寛いでいた3人の耳に、入る話し合う声。冒険者が集まっている理由はそう無いので、内容の推測も簡単だ。
ソラ達としては放っておいてほしいのだが……その集団が3人の意思を尊重するとは限らない。
「そこの3人、あんたらも参加しないか?」
「あ……」
「何にだ?」
「キングゴブリン狩りだよ。ここから数日行った先の巣で見つかったんだぜ」
「なるほど、それであの騒ぎか」
「それで、あんたらも参加しないか?Bランクはあるだろ?」
「でも、私達が行くと……」
「……いや、行こう」
「ソラ君?」
ミリアとフリスの予想とは異なり、ソラの返答は参加だった。そんな2人の疑念に気付かず、男は話を進める。
「そうか、助かるぜ。出発は明日の朝、集合は東門だからな」
「ちなみに、帰って来るまで何日の予定だ?」
「行くのに1日半、戦闘で半日、帰りに1日半だから、3日と半日だ」
「それなら良い。明日の朝に東門だな」
「ああ、頼むぜ」
「こちらこそ」
その男が戻っていった先には、20人近い冒険者が集まっている。まだ声をかけている段階だろうが、かなりの人数が集まりそうだ。
そして3人だけになったところで、追求は始まった。
「ソラ、何で引き受けたのよ。キングゴブリン何て巣の中にいても私達の敵じゃないわよ?」
「ここに来る前のゴブリンの様子、忘れたのか?」
「何か変だったよね……あ」
「……キングゴブリンに何かあるってこと?」
「可能性は高い。キングゴブリンじゃなくても、魔人の可能性だってある」
「……そういうことね」
「魔人が1人だけならあの面子でも勝てるだろう。だがもし複数いたら、全滅する可能性だってある。この町にいる冒険者の上位層だろうし、それだけは避けたい」
「温泉があるからね?」
「……まあ、それは否定しない」
「ソラ君ったら」
その可能性は十分考えられるため、ミリアもフリスも否定できない。そしてソラはこの仮説を念頭に、可能な限り万全で丸く収まる策を打つつもりだ。
「だが、ゴブリン狩りでは前に出るなよ?他の連中の稼ぎを邪魔するのだけは、やめておいた方が良い」
「分かってるわ。私達、お金に問題は無いもの」
「警戒くらいで良いよね?」
「ああ。あの様子なら、キングゴブリン程度を倒すには十分だろう」
「一切手助けしないっていうのは怪しまれそうだけど」
「だったら、夜のうちにある程度狩っておこう。広く警戒しておけば、怪しまれない程度には倒せるはずだ」
「夜営の時に魔獣が来ないと変だもん」
「そうすれば、上手く説明できるわね」
「そういうことだ。魔人がいなければ、それを功績にできる」
食料等は自分達で用意するとはいえ、何もしなければ不信感を抱かれるだけだ。SSランクだと知られた場合は別だが、このままならこれが最良だろう。
「問題は魔人がどれくらい強いか、ね」
「そうだが、俺達より強いってことはないだろう」
「何で?」
「数万のゴブリンに勝る戦力を持つ相手が、わざわざ苦労してゴブリンを使うか?」
「そう……そうね」
「そっか、そうだよね」
「そういうことだ。そう気負わなくて良い」
適当な料理を食べつつ、3人は会合が終わるまでギルドに残っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ん……こういう場所のお酒っておいしいよね」
「本当、楽しいわ」
「そういえば聞いたこと無かったが、2人は高級な酒場とかに行く気は無いのか?金銭的には問題無いが」
「ええ、嫌ね。色々と厳しいもの」
「マナーか?」
「そうよ。商人の娘が言うことじゃないけど、かしこまった場所はそんなに好きじゃないわ。ソラが一緒なら良いけど」
「わたしも同じだよ。ソラ君が行くなら、着いて行くけど」
「いや、2人に無理はさせないし、俺もこういった自由な方が好きだからな」
「じゃあ、このままで良いわね」
「もっと呑もうよ」
ギルドを出た後、日本酒を呑みつつ、話に花を咲かせるソラ達。3人の言う通り、ここは場末にある普通の酒場だ。中程度の冒険者や仕事終わりの職人、さらに中小商人など、平均的な人々が多くいた。
こういう酒場なら、他の人の話も耳に入る。
「おいお前、知ってるか?」
「何が?」
「勇者様だよ。王国が召喚したってのは聞いてるだろ」
「それか。聞いたことはあるな」
「ああ、あの噂?王国の人以外は何も話さないわね」
やはり勇者であるジュン達は有名になっているようだ。噂程度ではあるが、王都から離れたこの町でも話が出るのだから、相当なものである。
さらに2人の商人らしき男が話している席へウェイトレスが向かい、彼女も会話に参加した。
「その勇者様が、帝国に来るらしいんだよ」
「その話、どっから聞いたんだ?」
「ステイドから来た行商人だよ。1ヶ月前に、コロッセオに行こうとか話してたそうだぜ」
「だったら、もう来てるかもしれないわね」
「確かにな。この町に来るのも早いかもしれない」
「良いわね。未来の英雄様に会えるなんて」
「サインでも貰うか?」
「おいおい、気が早いぞ」
そういった有名人ならば、こういった話もあるだろう。
「ジュン達、結構有名になってるんだな」
「あの性格だもの。人気も出るわ」
「黒髪黒眼って、珍しいもんね」
「それだと俺も入るだろ」
「1人だけだもん」
「そうよ。それに、ソラはもう有名じゃない」
「限られた相手だけだがな。広がり具合はあいつらほどじゃない」
「そうかな?」
「違うと思うわよ?」
「ん?」
別の席でも、噂話は進んでいた。
「そう言えば、こんな噂知ってる?」
「なになに?」
「あの勇者様に、戦い方を教えた人がいるんだって」
「それって騎士でしょ?」
「それが冒険者らしいのよ。騎士団が束になっても敵わないような、ね」
「私、カッコ良い男の人って聞いたわよ?」
「実際そうだって」
「へぇ〜」
「勇者の師……うん、良いじゃん」
「狙うの?」
「見つかれば、よ。でも、悪くないでしょ?」
「悪いどころか最高よ。冒険者なら、私達だって芽があるもの」
冒険者という身近な存在である分、こういう人も普通にいるだろう。
だがその噂の人物、すぐそばにいるのだが。
「……そこまで噂になってるのか」
「さすがにこれは……ソラ、色んな意味で気をつけなさい」
「今のままでも十分目立ってるけど、それ以上だよね……」
「話が繋がったら最悪だ……というか絶対誰か繋げる……」
いつかは今までやって来たことと、勇者の師が繋がるだろう。だがソラとしては、今はまだやめてほしかった。最良は精霊王のダンジョン全てを攻略した後だが……その願望が叶うとは限らない。
なお、容疑者筆頭はオリクエアである。
「まあ良い、呑むぞ」
「現実逃避?」
「ソラにしては珍しいわね」
「今考えてもどうにもならないんだから、仕方ないだろ」
「そう言ってるけど」
「実際のところはどうなのよ?」
「……想像してみると嫌になってきたから、考えるのをやめたい」
「そうだよね」
「ソラらしいわ」
「お前ら……俺を何だと思ってるんだ」
「ソラ」「ソラ君」
「……何も言い返せないな」
こう言われると何も言い返せなくなるのは、いつも通りだ。
「まあ良いわ。呑むっていうのは賛成ね」
「じゃあソラ君、お酒持ってきて注いでね」
「待て、それ完全に俺が下っ端みたいだろ」
「え、違うの?」
「違うに決まってるだろ!」
「違うわよ、フリス。ソラは私達のために色々やってくれるじゃない」
「あ、そうだね」
「……はぁ」
こんな風に冗談に言い返せなくなるのも、いつも通りである。




