第18話 水宮②
「古竜だな、安心した」
「まあ、他の魔獣が出てくるよりはマシよね。少しは慣れてるわけだし」
「水の古竜なのに水が無いっていうのは変だけどね」
『貴様ら、何を言っておる』
津波に追われて、ようやくたどり着いたボス部屋。そこにいたのは予想通りの相手だった。
そこは普通の広間で、水のようなものは一切ない。後で古竜が作るのかもしれないが、作らせなければ問題無い。
「ソラ君、どうするの?」
「俺がやる」
「え?」
「そう、任せるわ」
『ふん、我が人などき……』
古竜の例に違わず、人を侮っている。種族として隔絶とした差があるのだから、それも当然だろう。
だが、鬱憤の溜まったソラは遠慮など知らない。
「さぁ……」
「えっ⁉︎」
「ちょっ!」
『何だ、それは……』
ソラが作り出したのは鉄の槍。土魔法に神気を組み合わせて作り上げたそれを、古竜を囲むよう無数に展開している。
そしてそれらは、雷を纏っていた。
「降り注げ!」
そして、レールガンと同じ原理で打ち出す。なおこの槍、水魔法と風魔法で対摩擦熱の防御もしてあるため、短距離なら燃え尽きることは無かった。
音速の数倍の速度で、数kgの鉄槍が、数百本も飛んで来れば、古竜もなすすべもない。
「……容赦無いわね」
「これは酷いよ」
「肉片が飛び散りすぎたな」
ダンジョンの魔獣でなければ大惨事だ。四肢は吹き飛び、翼は千切れている。頭が胴についているだけでもまだマシだろう。
が、流石は古竜である。
『ぐぬぅ……』
「ちっ、まだ……」
『我は未だ……』
「うるさいよ」
「生きて、って……」
直後に蒼い雷が駆け抜け、古竜の額を貫く。それがトドメとなったようで、古竜は倒れて動かなくなった。
まあ、今の3人には関係無い。
「フリス、今の神術か?かなりの威力が出せるようになったな」
「でも、ソラ君には負けちゃうよ」
「それは俺の方が先に使ってたからだ。ちなみに、なんで蒼なんだ?」
「ソラ君、青い炎を出してたよね。あれって強かったから真似たんだ」
「……まあ、イメージしやすいなら良いか」
神術に今までの常識は通用しないのだから、細かいことを考えるだけ無駄だ。
3人はボス部屋を横断し、奥の扉を開ける。そこで待っていたのは……全身ムキムキのゴリマッチョだった。
『ようこそ、ソラ殿、ミリア殿、フリス殿。我が家へ』
「お前がここの精霊王か?」
『ああ。我が水の精霊王、ポセイドンだ』
「あの津波はお前の仕業だな?」
『その通り。あの対応の早さは素晴らしかったぞ』
「だったら、何であんなことをする?アポロンやアルテミスから話は聞いているんだろ?」
『そうだとしても、自分で試したくなるものだ。精霊王ならば、な』
「……つまり後5回は同じような目に遭うのか」
「そうみたいね……」
ここでクリアした精霊王のダンジョンは3つ目、後5つある。その全てで同じようなことがあるとすれば、気落ちするのも仕方がない。
『ところでフリス殿、先ほどは神術を使っていたようだが?』
「ソラ君も使えるよ?」
「フリスが使えるって聞いてなかったからか?」
『その通りだ。使えるようになったばかりとは思えないほど強かったのでな』
「お前な……人間の上達スピードをなめるな」
「60日あればできちゃうよ」
「多分私も、もう少しでできるわね」
『……そうなのか』
ミリアにも実感があるようだ。寿命が無いという精霊王には時間の感覚が人と違うようだが、3人は気にしない。
「さてと、ここではどうするか……」
「神術を教えてもらうんじゃないの?」
「教えてもらうだけじゃなくて……戦ってみるのはどうだ?」
「え?」
『……は?』
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするポセイドン。それを無視してソラはさも当然と話を進め……ようとした。
『待て待て待て、なぜ我と主らが戦わねばならない』
「なぜって、力試しに決まってるだろ。俺達だって死にたくないからな」
『そうかもしれんが、だが……』
「どうしたのよ?」
「もしかして駄目なの?」
『……いくら力が強くとも、我ら精霊王は戦いが苦手だ。3人の魔力を考えると、ほぼ確実に負ける』
「……勝負にすらならないのか?」
『恐らくな……我らが精霊王ゆえ、戦いで登ってきた半人半神と巫女に勝つことは不可能だ』
「なら仕方ないか……だったら、お前の神術を見せてくれ」
『それならば良い』
自信満々に言い放ったポセイドン。その力、ソラ達は期待して待っていた。
『我が力、篤と見よ!』
部屋の中を大量の水で満たし、ソラ達が濡れないよう制御する。さらに水を鳥や動物、花なとの形にして自在に操っていた。
確かに綺麗である。だが……
「……地味だな」
「アポロンもアルテミスも凄かったけど……」
「それくらいなら、わたしもできるよ?」
『なん、だと……』
ソラやフリスくらいの魔力と制御力があれば、魔法でもできる。完全に選ぶ術を間違えた。
「さてと、神術の講師としては駄目そうだな」
「どうしよっか……もう帰っちゃう?」
『頼むから待ってくれ……』
「なら、代わりでもあるのか?」
『そ、それなら地上に大津波を……』
「やめろ馬鹿。本気でやるつもりなら、手加減無しでお前を殺すぞ」
『じょ、冗談だ。本気にしないでくれ』
一気に精霊王としての威厳が無くなったが、ソラ達としてはそんなもの無くてもいい。変なことをされない方が大切だ。
「ミリア、フリス、こっちで勝手にやるぞ」
「ええ、良いわよ」
「分かった〜」
『わ、我は……』
「黙ってろ」
「静かにしてなさい」
「変なことしないでね」
訂正、危険人物扱いされていた。恐らく、ソラ達はおちょくっているだけだろうが……時折目がマジになっている。
「ミリア、神気込みで打ち込んでこい」
「ええ、もう少しだもの。やれることは全部やるわ」
「わたしも後でね」
「ああ」
『……はぁ』
ポセイドンが赦されたのは、一通り稽古が終わった後だった。
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『あ、おかえり〜』
『おかえりさーい』
『王様に会った?』
「ああ。変なこと言ったからしばらく無視してたが」
『何言ったの〜?』
「津波を起こすって言ってな」
「言って良い嘘と悪い嘘があるわ」
「そんなことしないでね?」
『はーい』
「……精霊相手に何を言ってるんだ」
「……それもそうね。私は見えないけど」
「だって話せるんだもん」
「それもそうだけどな……まあ良い、町に戻るぞ」
「分かったわ」
「じゃあね」
『『『またね〜』』』
水宮から出てきた3人は、そう言って精霊と別れる。
ポセイドンには色々言ったが、きっちり貰えるものは貰っているのが抜け目ない。ちゃんと仲良くなっていたので問題は無さそうだが。
「それで、これからどうするの?」
「いつも通り、適当に魔獣を狩っておくぞ。ティアへの説明は……そこまで詳しくしなくて良いか」
「町周辺の調査ってことにしてるものね。ギルドを納得させるには、かなりの量が必要だけど……」
「このあたりに魔獣は少なそうだからな……もう少し森の方へ行くぞ」
「いるかな?」
「ゴブリンの集落くらいなら、探せばあるはずだ」
「偏らないように、狼や水棲魔獣も狩りたいわね」
「鳥とかもいるかな?」
精霊王のダンジョンは誰にも周知されておらず、あんな所に一般人が入っても死ぬだけだとソラ達は隠しているため、何らかの隠蔽工作が必要になる。3人は3回とも、数十日かけて町の周囲を見回るという言い訳で逃れていた。
その分、一般的な空間収納の指輪に入るだけの魔獣の素材が必要になるのだが……この3人なら大丈夫だ。
「さてと……ん?」
「どうしたのよ」
「向こうの方、森か途切れてるみたいだ」
「あ、本当だ。行くの?」
「ああ。何だか気になる」
ソラの言う地点へ、獲物を探しつつ向かう3人。そうして着いた場所では、木々がなぎ倒され、所々燃えていた。
「酷い……」
「何か大型の魔獣が通り過ぎた跡みたいだな。燃えてるってことは、火魔法も使えるのか……」
「燃えてなければ、あのドラゴンが暴れたって思うわね……でも、もしかしたら」
「あいつの番がこっちに移ってきたってことか?考えたくもないな」
「それって、追いかけられてるんじゃないかな?」
「そうなるわね」
「もしそうだったら、怒り狂ってそうだ」
ソラはありえないと考えているが、最悪の可能性は常に頭に入れている。ドラゴンなど簡単に倒せる相手でしかないが、怒っていたら何をするか分からない。
だが、その必要は無くなった。
「ねえ、ソラ君」
「……ミリア、探し回る必要が無くなったぞ」
「つまり、それだけ大きな魔獣がいるのね?」
「ああ。エルダードラゴンだ」
「……本当よね?」
ミリアが疑いたくなるのも無理はない。精霊王のダンジョンでは散々倒した相手だが、本来なら人の手がほとんど届かないSSランク魔獣なのだ。普通、こんな所にいるはずがなかった。
「間違いない。何でこんなところにいるのかは分からないけどな」
「フォールにいたドラゴンと何かあるのかも……あ」
「バレたわね」
「散開しろ!」
ソラ達が三方へ散った直後、立っていた場所をブレスが駆け抜ける。町へ行かせるのはマズイので、3人はここで即刻倒すことにした。
「俺がトドメを刺す。2人は援護してくれ」
『ええ、任せなさい』
『うん、任せて』
フリスの雷が目を焼き、ミリアの双剣が翼を切り裂き、ソラの刀が首を落とす。流れるような連携、流石である。
「それにしても、何でここにエルダードラゴンが……」
「フォールのドラゴンとは関係ないのかなね?」
「一概に無いとは言えないけど、その可能性は薄いと思うわ」
「ああ。番とは思えないし、親子だとしてもどちらも成体、偶然っていう可能性の方が高い」
「だから……え?」
そして死体を見ていた時、ミリアが気付いた。
「ソラ、これを見て」
「これってまさか……鞍か?」
「ドラゴン用なんて初めて見たけど、その通りよ」
「誰かが乗ってきたってこと?」
「いや、いくら何でもそれは無い。人が乗っていたなら、先に俺達に攻撃することは……魔人ならありえるか」
「え……?」
「それって……」
「急いでここを離れるぞ。分からない相手となんか戦いたくなんかない」
もし勝つ可能性の方が高くても、奇襲されたら話は別だ。それ以前に、エルダードラゴンを足とする魔人がどれだけ強いのか、比較対象がいないため想定ができない。
そういう理由でここから帰ろうとしたソラだが、1つだけ忘れ物があった。
「ソラ君、エルダードラゴンは持ってかないと」
「……すまん、忘れてた。頭と翼、胴体、四肢と尾に切り分けて持っていくぞ」
「何で切るのよ?今のままでも良いじゃない」
「その方が偽装しやすい。これだけしか入らなかったって言えば良いからな」
「……その通りね。早く移動したいし、私も手伝うわ」
「わたしは見張りをしてるね」
「頼んだ。急ぐぞ」
急いで作業を終えた3人は、森を駆けて町へと戻った。




