第15話 滝都フォール④
「……なるほど、そういうことですか」
「ご存知なのですか?」
「独自に調べていましたから。異常は感じていたので」
「なるほど……流石は御当主様が認められた方ですね」
「そんなんじゃないです。それより、早く場所を教えてください」
「は、はい。貴方、地図を」
フォール領主代理、つまりオリクエアのいない今、フォールで最も偉い人物。若い女性だというのは驚きだったが、オリクエアが任せるのだから優秀な人物なのだろう。
そんな彼女は部屋の隅に控えていた若い執事に、地図を取って来させた。
「ここに谷があります。そこを左に行った先で……」
「そこが発見場所……となると、寝ぐらはここかここか……だいぶ絞られますね」
「できますか?」
「見つけられれば、必ず。それに、この地形なら見つけやすいでしょう」
「分かりました。では、報告はまたここへ」
「死体はどうすれば良いですか?全身持ってくることも可能ですが」
「そうですね……可能なら、いただきたいです。民を安心させられるので」
「分かりました。そうしましょう」
「はい。ソラ様、この町をお守りください」
「ええ、任せてください」
安請け合いと言われるかもしれないが、ソラ達なら問題無い。
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「兄貴!」
館を出ると、3人が別れたままの状態で待っていた。ドラは何も分かっていないようだが、やはりミリアとフリスは察しているようだ。
「どうしたんだよ!いきなり領主に呼ばれるなんて……」
「ミリア、フリス」
「ソラ、分かったのね」
「ああ。この町にとっては、予想以上に大変な事態だぞ」
「話は途中で?」
「急いで外に行くぞ。時間がない」
そして4人は町を出て森の方へ進んでいく。そこは今まで訪れていた森とは反対方向だった。
「ドラ」
「は、はい!」
「少し静かにしててくれ」
「あ、兄貴、なんなんです、その殺気……」
「これから言うことを一切漏らさず、驚かず、騒ぐな」
「え、何でだ?」
「良いな?」
「お、おう……」
殺気に押され、萎縮するドラ。かわいそうだが、これから言うことを考えると必要なことだ。
「ドラゴンとベヒーモスがいる。互いに争っているそうだ」
「そ「黙れ」……おう。だけど兄貴、それってヤバいじゃねえか」
「そういうことね。なら、仕方ないわ」
「早く倒しちゃおっか」
「奥にいるから直接的な被害は出てないが、時間の問題かもしれない。行くぞ」
「……は?」
ただ、こんな簡単に言われると疑問にもなる。
「いや兄貴、何でそんなに気楽なんだよ」
「どうした?」
「オレがSランクまで成長するとしても、まだ早いぜ。無理を言うのはやめてくれよ」
「……なあ、ドラ。何でお前が倒すことになってるんだ?」
「いやでもなぁ……いくら兄貴達が強くたってSランク2体は無理だろ」
「お前も知らなかったのか……」
言ったことは見当違いも甚だしかったが。
「俺達はSSランクの冒険者だぞ?」
「え?……もしかしてあの噂の……?」
「その噂がどんな話かは分からないが、ドラゴンとベヒーモス程度簡単に倒せる」
「なっ……」
「さっさと行くぞ。最後にこれを見せるのも悪くない」
そしてこれも気になった。
「最後だと?」
「ああ。もう俺が教えられることは無いからな。あとは自分で考えて、強くなっていけ」
「まあ、兄貴に認められたなら……」
「ちなみに、今のお前が100人同時に来たって俺には勝てないぞ」
「なんだそりゃ……」
持ち上げられて落とされたドラ。そんなドラは気にせず、ソラ達は森の奥へと進んでいく。今回は比較的平坦な道だった。
「はぁ、はぁ……」
「ドラ、遅いぞ」
「兄貴達が速すぎるだけだぜ……こんな岩道、簡単に進めるか」
「簡単に進めないと困るな。こんな場所でも、魔獣は来るぞ」
「そう言われてもなぁ……」
「さっさと行け」
ドラに発破をかけつつ、進んでいく。そして目印である谷のそばを進んでいたところ、ついに見つけた。
「いたな」
「睨み合ってるわね」
「どんな状況なのかな?」
「縄張り争いってところだろう。争ってる最中に奇襲するのが最良か」
「兄貴、そりゃ当然だぜ。ウチの村の狩人連中も、争ってる鹿は終わってから狩ってる」
「なるほど。まあ、もう少し待つか」
「風下だし、多分大丈夫よね」
ドラゴンの鱗は赤く、手足がかなり発達している。地上での活動を念頭に置いた個体なのだろう。
ベヒーモスは獣窟のボスと同じように筋肉の塊だが、体毛は青色だ。魔法を持っているわけでは無いが、個体によって色が違うらしい。
「それにしても、ゴツい体だな」
「切りにくそうね」
「牽制だけだと倒せないよね」
「姉御、それは当たり前だぜ。ドラゴンとベヒーモスが弱いわけねえじゃねえか」
「1撃で倒せるような獲物だけどな」
「…………」
ソラの無茶苦茶な言いようにドラは無言となるが、それでも状況は動く。にらみ合いに耐えかねたのかベヒーモスが突進し、ドラゴンはそれを迎え撃った。
「よし、始まったな。移動するぞ」
「音をたてなければ、もう少し進めるもんね」
「でもドラは……いえ、あれだけ戦ってるなら、問題無いわね」
「姉御、何すか」
「気にしないで。それでソラ、どっちが勝つと思う?」
「そうだな……ブレスを直撃させればドラゴンが勝つな」
「でも、ベヒーモスに簡単には当たらないよね」
「ああ。だから今みたいに、ただの肉弾戦になるってことだ」
「なるほど……だが、ずっと膠着ってのは無いだろ?」
「勿論。さて、もうそろそろ行くぞ」
「もっと弱ってからじゃねえのか?」
「そんなに時間が過ぎてからだと、強い方は俺達に全力を注ぎ、弱い方は逃げようとする。互いにまだ余裕が残っていて、三つ巴になってる方がやりやすい」
「そうなのか……」
「ドラはここで見てろ。ミリア、フリス、行くぞ」
争っている2体には、飛び出した3人には気付かない。そして気付いた時にはもう遅い。
「ふっ!」
「やぁ!」
「いっけー!」
ソラはドラゴンの両翼を斬り裂き、ミリアはベヒーモスの両足の腱を削ぎ、フリスは雷魔法でドラゴンの4足を貫く。
「これで逃げられない。次で仕留めるぞ」
『ベヒーモスの首は私がやるわ。ソラはドラゴンの首をお願い』
『じゃあわたしは心臓だね』
「よし、それで行くぞ」
そして再度3人が突っ込んだ後、ドラゴンとベヒーモスは首を落とされ、心臓を貫かれ焼かれていた。
「っと、これで依頼は完了だな」
「他にはいないのよね?」
「聞いた限りではこの2体だけだ。他にいたら、多分もっと荒れてる」
「でも、いたらどうするの?」
「その時はまあ……他の町から強い冒険者を呼べばいい。もしかしたら、俺達になるかもしれないが」
「なら、いないことを祈るだけね」
隣の町へ行ってすぐトンボ帰りなど、やりたくない。それはソラ達全員が一致している。
ただその3人は、少しの間だが残る1人のことを忘れていた。
「兄貴……」
「ドラ、これが俺達だ。今まで見せなくて悪かったが「すげぇ!」……そっちか」
「何だよアレ!ドラゴンの首が落ちた⁉︎つか何であんなに速いんだよ!」
見たものがド派手だったためか、途轍もなく興奮している。とはいえドラも戦いの経験は多い。少し経つと落ち着き、途端に静かになった。
「すまねえ兄貴、興奮しちまって……」
「まあ、弟子に尊敬されるのは悪くない。気にするな」
「そういえば、Sランク以上との戦いを他の人に見せたのは初めてね」
「そういえばそうだね。じゃあ、仕方ないのかな?」
「そうでもないだろ」
おそらく、これだけ興奮するのはドラだけだろう。むしろ知り合いの中にはまだまだいるとか、考えたくもない。
「さて、いつもの場所に行って、最後の稽古でもするか。最初と同じく、1対1でだ」
「おう!絶対1撃入れてやるぜ!」
そしていつも通り、1撃も入れられずに終わった。
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「兄貴、ありがとうございました!」
「いいさ。それより、頭を上げろ」
翌日、フォールの門前にて頭を下げるドラ。弟子卒業ということでもう関わらなくても良いのだが、律儀である。
なお昨日は領主代理から感謝と別れの宴が開かれていた。そしてソラ対私兵の酒呑み大会が開かれていたが……どちらが勝ったかは明白だろう。
「それでも、オレの感謝の気持ちだ。強くしてくれたんだぜ」
「俺がやったのは手伝いだけだ。ドラ、お前が自分で強くなったんだぞ」
「素直じゃないわね」
「うんうん。自分の手柄だ、とか言っても良いのに」
「本当のことだろ」
よくある掛け合いなので、3人とも笑っている。ドラも慣れたようで、少し驚きつつも笑っていた。
「それでドラ、お前はこの後どうするんだ?」
「この辺りでもう少し強くなったら……兄貴達みたいに旅に出るぜ」
「そうか。なら、気の合う仲間を見つけておけよ」
「仲間を?」
「ああ。できればお前に見合った実力の方が良い。1人でできることに限界はあるが、仲間がいれば乗り越えられることも多いからな」
「そうか……他の種族ならオレのことも知らないし、良いな」
「見付けた仲間は大切にしろよ」
「おう」
戦いばかりのこの世界、1人で歩むのは苦行に近いだろう。そういうことを好む人もいるかもしれないが、ソラは弟子にそんなことをさせたくなかった。
こうして話しているのは楽しい時間だが、いつまでも過ごしてしまいそうなのでそろそろ終わらせる。
「じゃあ、ミリア、フリス、そろそろ行くぞ」
「ええ。ドラ、元気でやりなさいよ」
「うん。ドラ君、じゃあね」
「ありがとうございました!」
そうしてソラ達は次の町へと進んでいった。




