第13話 滝都フォール②
「これ、換金を頼む」
「ま、魔水晶が、こ、こんなに……お手持ちの分は、これで全てですか?」
「いいえ。魔法使いがいるから、いくらか残してあるわ」
「早くお願い」
「は、はい……少しお待ちください」
宿屋で一晩寝て疲れを取り、ギルドへやってきたソラ達。山ほど出した魔水晶のせいで、受付嬢に驚かれてしまった。
これでもAランク以下のものしかないのだが。
「さてと……どうする?」
「まだ休みたいわね」
「わたし達はソラ君みたいに強くないもん」
「おい、俺を変人みたいに言うな」
「「え?」」
「おいおい……」
しばらくして、受付嬢が戻ってきた。
「お、お待たせしました」
「終わったのね」
「Cランク魔水晶が58個、Bランク魔水晶が22個、Aランク魔水晶が8個。合計318万8000Gになります」
「それじゃあ、金貨は2枚だけで、もう1枚分は銀貨にバラしてくれ」
「そっちの方が分けやすいもんね」
「分かりました」
置かれた金貨は3枚だったため、受付嬢は1枚を持ってまた奥へ戻る。
この買取。ソラ達としては普通だ。だが、これだけの数、これだけの金額を取引していれば、否が応でも目立ってしまう。
「何だあいつら」
「お前知らないのか?」
「あの3人、SSランクの冒険者だぞ」
「はぁ⁉︎SSランク⁉︎」
「そうは見えねぇよな」
「だが、領主様の屋敷へ入っていったのを見たやつがいるらしい」
「お貴族様とも何かあるのかね」
「それにあいつら、さっき山ほど魔水晶を出してたぞ」
「ここで大量の魔水晶だと……あそこか」
「でもあそこ、10階より下の情報無いじゃないか。どうなってるんだ?」
魔巣の鬼畜さはよく伝わっているようだ。偶然ながらも、3人の実力を証明するちょうど良い機会になっていた。
そんな中、ソラ達へ近付いていく人影がある。
「なあ、あんた」
「ん?」
その少年は灰眼に銀の短髪を持ち、頭からは銀色の狼の耳、さらに銀色の尾もあった。どうやら狼獣人の中でも強いと言われる種族の1つ、銀狼獣人のようだ。
「あんたら、強いんだって?」
「まあ、SSランクだからな。それなりには強いぞ」
「自己評価では、よ」
「だったら……」
背負った槍に手を当て、ソラを睨む。その目に宿る意思は、強い。
「オレと勝負しろ!」
そして槍を取り、ソラにそう告げた。
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「さて、この辺りでいいか」
「何でわざわざ外でやるんだ?ギルドの中に場所があるじゃねえか」
「素直なやつに手の内を明かさせたく無いからな。俺達は仕方ないとしても、有象無象に見せるのは気が進まない」
「オレは気にしないぜ?」
「その中の誰かが敵になるかもしれないのにか?人生、何があるか分からないんだぞ?」
「そうなのか……」
銀狼獣人の少年、ドラの得物は両端に両刃の刃がついた槍、長さは2.5mか。刃は比較的長く、30cmほどある。両端に刃があるというのは珍しい。
「さてと……剣で槍の相手をするには、相手の3倍の技量が必要だって話は知ってるな?」
「ああ。有名だろ?」
「それを踏まえて戦え。せいぜい、抗ってみせろ」
「なめたことを……」
「将来的には分からないが、今はそれだけの差がある。それを感じ取れるようになれ」
「それが間違いだってこと、照明してやる!」
槍というものは、基本的には突きと払いのどちらか、まれに薙ぎで動く。これは形状と歴史からそう組み立てられてきたものであり、剣の側にはそれに対する対抗策もある。
なので……
「オラァ!!」
「はぁっ⁉︎」
こんな剣のように振り回す者の相手をすることなど、剣士側は考えていない。薙ぐを超えてアクロバットショーのような見た目だが、実際に的確な攻撃をしてくるため甘く見ることはできなかった。
確かに両刃なのだから、振り回して使うこともできる。だが斧などより軽く、剣より刃が短い槍を振り回すのは、普通なら有効ではない。薙ぐというのは、相手を追い詰めるための技であり、直接倒すためのものでは無いからだ。
だが、ドラはそれをやってのけている。かなりのスピードで、刃先がブレず、正確に振るっていた。薙刀や斧槍などに威力では劣っているが、槍が効く相手なら殲滅力で勝っている。恐らく、天性の才能を持っている上に、努力も惜しまなかったのだろう。
「ちっ、厄介な」
「まだまだぁ!」
またドラの槍が比較的長めなこと、穂先には風の付加がかけられていることもあり、並大抵の相手では近寄れないだろう。まさに暴風だ。
だが、駆け引きはまだまだ。ソラには敵わない。
「けどな……よっと」
「なっ、はぁ⁉︎」
ソラが槍に手を当てて少し体を動かした瞬間、ドラの体が宙を舞った。
原理としては、振り回される槍の支点を変え、運動ベクトルを変える、という技だ。合気道と同じようなものだが、こちらは元々、相手を頭に叩きつけることを目的にしている。危険度は圧倒的に高い。
今回はそこまでやらないが。
「い、今のは……」
「ただ投げただけだ。俺は武器も抜いて無いぞ?」
「そんな馬鹿な……」
「これが俺とお前の違いだ。さて、今ので心が折れたわけじゃないなら、もう一度かかってこい」
「……ああ、行くぜ」
「良い度胸だ」
ドラは構えを取り、ソラを真っ直ぐ睨む。一度やられたのに再び挑もうとするその心意気、ソラも感心し、薄刃陽炎を抜いた。
「武器、抜くのか」
「その気概に答えるのに、武器無しだと失礼だろ?」
「……変なやつだな」
「礼に始まり礼に終わる。俺の教わった武術でと考え方だ」
「どういう意味だ?」
「簡単に言えば、相手を尊重しろってことだな」
「それなら、分かりやすくて良いぜ」
その言葉を最後に、両者構える。ドラはいつ動くべきか迷っているようだが、ソラは動じない。
「オラァァァ!」
「しっ!」
そして両者はほぼ同時に動いた。その結果……
「……くそっ」
「今のはなかなか良い手だったな。成長の芽もある」
ドラは無手となり、薄刃陽炎を首に突きつけられている。ドラの槍は離れた木に突き刺さっていた。
「何が起きたんだよ……」
「スピード的には大したこと無いが、客観的に見ないと難しいかもな。ミリア、分かるか?」
「ええ、あれくらいならね。ソラ、刀で払うよう見せかけて、蹴ったわよね」
「なっ……」
「ああ、その通りだ。刀ばかりに注意がいっていたからな」
「ひ、卑怯なことを……」
「卑怯?戦いにおいてやれること全てをやるのは基本だぞ?それと俺は、徒手空拳も専門だ。それをお前が知らなかった、それだけだな」
「た、確かに……」
何だか騙されているような気もするが……実際その通りだ。そしてその駆け引きに関しては、ソラはミリアやフリスの数段上にいる。
「他にはこの槍……中に鉄が入ってるようだが、それで安心するのはいけないな」
「何がだよ」
「俺なら鉄ごと斬り落とせる」
「……は?」
「本当だよ」
「私も最初は目を疑ったわ」
「でも、できちゃうんだよ」
「槍だと、穂先を斬り落とされる可能性もあるからな。そういったことも考えろ」
「なんだよそれ……だが……」
ドラは何かを決めたような目をして、口を開いた。
「オレに戦い方を教えてください!」
「……どうしたんだ?急に」
「オレ、村のために強くならないといけないんだ。みんなを守れるように……」
「なるほど。まあ、良いぞ。見所もあるからな」
「ありがとうございます!」
「俺の稽古は厳しいが、ついてこれるか?」
「はい兄貴!」
「ちょっと待て」
ソラにとって、弟子入りの許容は簡単だが、こちらの許容は難しかった。
「え、駄目か?」
「駄目というか、俺にも弟がいるからな……そんな呼び方はされなかったが」
「だったら、良いじゃない。好きにさせましょう」
「うん。問題は無いんでしょう?」
「ありがとうございます、姉御!」
「……やっぱりか。まあ、それで良いぞ」
だが、こうなるともう諦めるしかない。ミリアとフリスに言われなくても、本人が本気なら訂正するようなことはしない。
ソラ自身、久しぶりの弟子に喜んでいるのだから。
「さて、対人戦に関してはさっき見たし……次は魔獣相手に戦ってみてくれ」
「分かりました!」
「でもソラ、ここ滝と岩山ばっかりよ?」
「探すの大変じゃない?」
「任せて下さい!オレ、鼻は効きますから!」
「そういう問題じゃ無いんだが……」
こういった地形でソラ達に同行するというのは、他人が簡単に考えるようなものではない。そしてしばらく後……ソラの心配は当たってしまった。
「いないな……次は向こうに行くぞ」
「でも、あの山の近くの方がいるんじゃない?」
「いえ、向こうは滝が多いらしいわ。地上の魔獣じゃないと、ドラの実力を見ることにはならないわよ」
「ま、待ってくれ……」
10m近いジャンプを繰り返し、岩を軽々と超えていくソラ達。そしてその後を、岩を1つ1つ登りながら追いかけるドラ。銀狼獣人の前衛でも、フリスの身体強化には敵わなかったようだ。勿論、これを実現するには膨大な魔力が必要なのだが。
「この程度で音をあげるな。これから先が辛いぞ」
「身体強化もちゃんと練習した方が良いわよ」
「でも、フリスの姉御は、魔法使いだろ……」
「だって、ソラ君よりわたしの方が魔力多いんだもん」
「それに、魔力の扱いは本職の方が上手い。恒常的な強化だから戦闘には使えないが、強化する母体が弱くても、十二分に効力を持つ」
「そうなのか……」
「いくら素の身体能力が高くても、強化無しで倒せる魔獣は限られる。怠けるなよ」
「お、おう」
ベフィアに来たばかりの頃と比べれば、途轍もない成長を遂げたソラ達。順に成長した故、こういった基礎を疎かにすることはない。
「まあ、そんな状態だと実力を見る以前の問題か。もう少し進んだ岩山の上で急するぞ。そこからしばらくは平坦だからな」
「は、はい……」
「大丈夫かな?」
「慣れない運動をして変に疲れただけだろ。すぐに問題無くなる」
その地点に到着し、ドラが休息を取っている間、フリスは魔力探知で範囲を球から変える練習をしつつ、獲物を探す。またソラは望遠鏡のような魔法を使い、少しずつだが魔力探知の範囲外を探していく。
しかし、フリスの方が早かった。
「見つけたよ」
「ん?ああ、あのビックベアーか」
「Cランクね。大丈夫?」
「ドラの今の実力なら間違いなく勝てる。やれるな?」
「おう!」
「よし。もっと近付いたら、戦い始めろ」
4人はビックベアーの風下にいるため、気付かれにくい。ソラ達の基準に達していないドラでも、バレないように行動することはできた。
そして視認が容易な距離になった時、ドラは突撃した。
「ラァ!」
「……はぁ」
ドラの振るった槍はビックベアーの左足を切り、左腕を裂く。反撃されるも、全て避けるか槍で逸らした。
「ダラァ!」
さらに両眼を突く。ビックベアーは闇雲に腕を振るうが、そんなものが当たるわけがない。
「トドメ!」
そして最後に心臓を貫いた。
1つも傷を負うこと無く仕留めたのだ。ドラは自慢気で、褒められると思っただろう。
「どうだ!」
「……まず1つ」
「おう?」
「なんで最初に首を攻撃しない!狙えただろ!」
だがソラとしては、及第点には程遠い。確実に仕留める手があったのに、それをしなかったからである。
「え、それは実力を見るって……」
「だからって、仕留められる時に仕留めないのは言語道断だ!だいたい……」
この説教は、天頂近くにあった太陽が木に隠れ始めるまで続いた。ドラとしては予想外だっただろうが、良い薬だ。




