第11話 滝都フォール①
「ひゃー!」
「フリス、怪我だけはするなよ」
「はーい」
「……分かってるのかしら?」
「俺が治せるしな……」
滝壺にて水浴び中の3人、真夏なので仕方が無い。……1人だけ滝下りになっているが。
「はあ……」
「憂鬱そうね」
「だってなぁ……ずっとつけられてた上に勇者の師匠だぞ?何を言われるか分からん」
「そうね。それで、どんな人達なのか気になるわ。ソラが気付かないんだもの」
「かなり高い技量を持った連中だろうな……オリクエアの手駒の中でも、上位クラスか」
「町中だけでも、気付けなかったものね」
「外までつけてきてたら、流石に気付く。光宮や風宮にいた期間は見失ってたんだから、確定だ。ただ、町中だけって言ってもな……」
ソラは大きめの岩に座る。ミリアもその隣に腰掛けた。
「ソラは気配に聡いものね」
「流石に本職に敵わないってことは分かっていたが……感情的には無視できないな」
「でも、自信をなくすことは無いわ。ちゃんとやってるじゃない」
「何だよそれ、皮肉か?」
「いいえ、違うわ。信頼してるのよ」
「……そんなこと言うな」
「そんな顔で言っても、説得力無いわよ?」
顔を綻ばせていては、威厳も何もありはしない。まあそんな感じなので、ソラとミリアは水浴びをして涼んだ。
ただ町中ではないので、2人とも警戒は怠らない。
「いぇーい!」
1人だけ思いっきり遊んでいるが。
「……フリスは楽しんでるな」
「ええ。本当、まるで子供ね」
「それは前からだろ?そこが可愛いんだが」
「あら、フリスだけなの?」
「ミリアは優しいじゃないか。こういう時もな」
「まったく、口が上手いわね」
先ほどのソラと同じように、微笑んでいては責めているように見えない。まあ、この2人の間にそんなことは無いのだが。
なので、話の内容はこの後のことに移る。
「さてと、オリクエアのことは町に着いてから考えるか」
「対面してからの間違いでしょ?」
「まあ、その通りなんだが。……アルを使ってやろうか」
「やめてあげて。心労で倒れるわよ?」
「親バカな分、ダメージは大きいが……確かに倒れそうだな」
「でしょ?今倒れられると帝国が困るわ」
「アルもだな。何かするのは確定だが、せめて穏便にしてやるか」
「穏便に、ね……」
「ああ、穏便にだ」
含みを持たせているだけでなく、ソラは悪い顔もしている。隣にいるミリアも似たような感じだ。
なお、オリクエアがこのタイミングで寒気に襲われたかどうかは、定かではない。
「っと、魔獣だな」
「まあ、出るわよね。何処にいるのよ?」
「向こうの森の方だ。これは……狼か?」
「……疑問系なんて珍しいわね。取り敢えず、フリス!」
「うん!分かってるよ!」
「なら良いわね。それで、ソラ?」
「ああ、原因は分かった。半分が狼で、もう半分がウルフウッドだ」
「2つの群れが1つになったってこと?珍しいわね」
「狼の方はブラウンウルフだな。珍しいというか、普通ないだろ」
「うん。魔人がいないと、滅多に見ないよ」
「帰って来たな。とはいえ、この規模だと魔人はいないはず……自然にできたか」
基本的に、魔獣が別種と群れることはない。別種相手では、下手すれば同族相手ですら、殺し合いをしたりするのだ。一部の高い知能を持った魔獣以外、獣とほとんど変わりはない。
「まあ、その辺りはどうでもいい。町に入る前の手土産だ、殲滅するぞ」
「ええ」
「うん」
その後は語る必要も無いだろう。
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「やっと来たか」
「お久しぶりです!」
「アル、元気そうだな」
「はい!」
「背が伸びたみたいね」
「元気すぎて倒れないでね?」
「ミリアお姉さんもフリスお姉さんも、お久しぶりです」
帝国内でも有数の都市、滝都フォール。ここの領主は前述の通りゼーリエル侯爵家だ。オリクエアがいてもおかしくないし、ソラも覚悟していたが……やられたことを考えると腑に落ちなかった。
また、その隣にいるアルベルトはもう10歳である。貴族の跡取りである彼は、帝王学なども学んでいるのだろう。前よりも責任感が強く、他人を見下すことのない、しっかりした為政者となる下地ができているようだ。
「それにしても、遅いぞ。こっちは明後日にはここを出るんだが」
「そうか、こっちはつけられてたって聞いたばかりで腹が立ってるんだ」
「子供だな……それより依頼だ。帝都まで護衛してくれ」
「断る。3日後からダンジョンに潜るからな」
「指名依頼にするぞ?」
「商人や貴族からの指名依頼は断っても問題無い。多少信頼が落ちても、すぐに取り戻せる」
SSランク冒険者なら、仕事に困ることはない。特にソラ達は今までに立てた武功が滅茶苦茶なため、多少の無茶は効くのだ。
「ふ、変わらないな」
「まったくだ。こっちは良い迷惑だぞ」
「部下に後をつけさせていたのはすまなかった。帝国として、勇者の師匠の情報は少しでも多く欲しかったからな」
「だからって、その後もつける必要は無いだろ」
「情報が必要だと言っただろう」
「本当か?」
「……アルを喜ばせたくてな。すまない」
その理由は分からなくもないが、もう少しやり方というものがあるだろう。そう思いつつ、ソラは視線を隣に移した。
「さて……アル、練兵場はあるか?」
「向こうにありますけど……稽古をつけてくれるんですか?」
「ああ。前からどれだけ成長したのか、楽しみだな」
「はい!」
アルベルトが先導し、ソラは練兵場へ向かう。
「ミリちゃん、わたし達はどうする?」
「そうね……ソラ達と一緒に行きましょう。見てあげるのも良いわ」
「うん。それで良いよ」
そしてミリアとフリスもついていった。オリクエアは仕事でもあるのか、悔しそうに屋敷へ戻っていく。ソラの目論見通りだ。
練兵場は直径150mほどの広さであり、その内部には様々な装飾が凝らされていた。そんな芸術館にもなりそうな練兵場に到着した4人、そのうちアルベルトの手には木剣が、ソラの手には木刀が握られている。この2人は練兵場の中央へ向かい、ミリアとフリスは上の観戦用の椅子に座り待つ。
「ここか」
「はい。ここはゼーリエル侯爵家の町なので、帝都より大きな練兵場を使えます」
「この見た目だと、祭りの会場にもなりそうだな」
「凄いですね。何で分かったんですか?」
「オリクエアが、お前の父親が、この綺麗な内装を何にも使わないと思うか?」
「……絶対使います。先祖代々なんて関係ない、とか言いそうです」
「確かに言いそうだな……まあ、雑談はこの辺りで終わりにするか。さあ、かかって来い!」
「はい!」
そのセリフを受け、アルベルトは木剣を構えた。ソラは特に構えなどは取っていないが、油断は一切存在しない。
「やぁぁ!」
アルベルトが初手に選んだのは突き。格上の相手に対し、威力よりもスピードで勝負するというのは悪くない選択だ。
それでも、ソラが相手では通じない。アルベルトの攻撃は全て避けられ、何度も首筋に鞘が当てられる。圧倒的な実力差だが、アルベルトは諦めず立ち向かう。
「大振りはするな。無駄無く鋭く、だ」
「は、はい!」
「相手の動きも予想しろ。土壇場だといつか手詰まりになる」
「分かりました!」
ソラは適時アドバイスをし、稽古を続けていく。そこに容赦は欠片も無い。それが無茶だとしても、やってほしいからだ。
確かに、ソラはアルベルトの成長の上限は低いとみている。だが、それが乗り越えられないものだとは限らない。教え子にはできる限り成長して欲しいのだ。
とはいえアルベルトはまだ子ども、そんなことを考えているうちに限界に達した。
「よし、ここまでだ」
「ありがとう、ございました……」
アルベルトの疲労はそう多いわけではなく、休めばすぐに回復する程度だ。ソラはアルベルトを連れて壁の方まで行くと、水を与えて休憩にした。その際、魔法で岩の椅子を作ったりしている。
「順調に強くなってる。努力は怠らなかったみたいだな。偉いぞ」
「でも、ヒカリさんはもっと凄いです。魔法があるのに、剣も使えるんですから」
「高い才能があるってことだ。諦めて、自分の道を進むしかない」
「そうですか……」
「そんなに気を落とすな。誰にでも、埋められない才能の差はある」
「ソラさんもあるんですか?」
「ああ。例えば、俺はミリアほど速くは、っと」
ソラは薄刃陽炎を抜き背後へ一閃する。それは2つの刃を振るった人影ごと弾き飛ばした。
その人影……ミリアは着地するなり、口を開く。
「何言ってるのよ。ちゃんと反応して、反撃までしてくるじゃない」
「色々と裏技があるからな。正攻法だと、俺が負けかねないぞ」
「そんなの関係無いくらいの技があるでしょ?」
「無茶を言うな。知覚できなかったら反応できないぞ」
「……見えませんでした」
完全な不意打ちであり、アルベルトが反応できなくても仕方がない。知覚どうこう以前に、隔絶した速度差があったのだ。……ソラなら殺気だけで反撃をしそうだが。
「さて、戻るか……すみません、アルを風呂に入れておいてください」
「かしこまりました」
「ちょっ、ソラさん」
「流石にそんな土まみれは許容されないぞ」
アルベルトをメイドに預け、ソラ達は屋敷へ戻る。この町には諜報関連の者が多いのか、例の事件についてのことを知っている人が多く、感謝の目で見られることが何度もあった。
「ミリア、フリス」
「何?」
「どうしたのよ?」
「一応言っておくが、言いくるめられないよう注意しろよ」
「え?」
「オリクエアの奴、多分まだ諦めてない」
「まったく、早く諦めてほしいのにね」
「仕方ないだろ。皇帝に何か言われてるかもしれないし、親馬鹿だし」
「そっか、そうだね」
前者はともかく後者はあれだが、本当のことだから仕方がない。そしてこんなこと、ソラ達には関係無い。
「さてと、取り敢えずは他人の金でメシを食うか」
「酷いこと言うのね」
「笑ながら言っても説得力無いぞ」
「だって本当のことなんだもん。ね?」
「ええ。報酬の残りみたいなものよ」
「予想よりしたたかな答えだな」
したたかというレベルでは無い気がする。
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「しっ!」
「はぁ!」
「そこ!」
真夜中、丑三つ時のあたり。ゼーリエル家の屋敷に借りた寝室にて、ソラ達は黒服を相手に戦っている。
黒服は暗殺者らしく、短剣やスローイングダガーなど、小さな刃物を多用している。その表面には薬が塗られているだろう。それをソラ達は避け、的確に反撃していく。すでに部屋の中には30近い人の山ができていた。
突然の襲撃だが、こいつらの所属は明らかだ。それゆえ、血が噴き出したりはしない。
「ふぅ、これで終わりだな?」
「はい……おっしゃる通りです……」
「素晴らしいな」
「……何処で見てたんだよ」
伸びているのは、ゼーリエル家の私兵達だ。諜報を担う家とはいえ、諜報だけではない。暗殺も業務の1つに入っている。それをソラ達を使って訓練したのだーーソラ達には一切伝えていなかったのだが。
そのため、ソラはいきなり現れたオリクエアに批判的な目を向ける。
「流石は勇者の師匠だ」
「勇者に暗殺者は関係無いぞ。あいつらは逆にあしらわれる。というか、何でも俺達に伝えない」
「伝えたら訓練にならないだろう?」
「危うく最初の10人くらいを殺すところだったぞ。これが1つだけだったら、確実に殺ってたな」
そう言ってソラが手に取ったのは、ゼーリエル侯爵家の家紋の入ったアクセサリーだ。黒服達はアクセサリーを3つ以上、見えるように身につけている。
ただ、これをつけさせた張本人であろう人物は、素知らぬ顔で別の話題を出してきた。
「追跡は気付かれなかったから、これも上手くいくと思ったが……蹂躙されただけか」
「当たり前だ。戦いは俺達の本業だぞ」
「気配は分からなかったんだろ?」
「いくら諜報関連に疎くても、殺気をぶつけられれば別だ。達人クラスからしたら、この程度隠したとは言わないぞ」
「達人だと自分で言うんだな」
「察知の方は簡単だ。隠す方が難しい」
殺気は殺したい相手だけでなく、攻撃を加える部位にも向けられることが多い。ソラの戦闘技術はこれも利用しており、同じ方法を取られないよう、殺気を分散させたり隠したりする技も身につけている。
そんなソラからすれば、黒服達は及第点には程遠い。ソラを基準としたらほとんどの人が落第になってしまうのだが。
「だが、寝ている間によく気付いたな」
「仕方ないだろ。3人しかいないんだから、夜営の時はどうしても寝ながら警戒する必要がある」
「それで大丈夫なのか?」
「まあ、必要な睡眠時間は短いからな。不都合が起きたことはない」
「なるほど……」
実際は、魔法で警戒する癖がついていただけだ。ただ、迂闊に話すとどうなるか分からないので、おくびにも出さない。
また、神気による肉体の変化も影響を及ぼしている。こちらはより言えないが。
「さて、これで失礼する。お前達、この者達を連れて行け」
「「「「は!」」」」
「彼らは?」
「半分は見習いだ。見学にもならなかったがな」
「そう言うな。まだ話したいことはあるかもしれないが、もう寝させてもらうぞ」
「分かった。夜遅くにすまないな」
「次からはちゃんと言ってくれ」
倒れている黒服を別の黒服が担ぎ出すと、オリクエアとともに扉の外へ出ていく。
それを見送った3人は、すぐにベッドに腰掛けた。やはり、慣れていても辛いものは辛いらしい。
「まったく、迷惑にもほどがあるだろ」
「ここで奇襲されるなんて思ってもいなかったわ。ソラが気付かなかったら負けてたわね」
「そんなことより、眠いよ〜」
「そうだな。寝るか」
「うん」
「普段よりは気楽に寝れるものね」
翌日、アルベルトに非難されるオリクエアを見て3人は爆笑すのが、今は夢の中にいる。




