第9話 花都フラワリア①
森を抜けるとそこは……
「おお……」
「うわぁ……」
「綺麗ね……」
一面の花畑だった。今は初夏、ヒマワリが特に目立っている。
「凄いな……色んな種類の花が咲き乱れてる」
「うん、こんなの普通ないもん……あ、あれって町だよね?」
「城壁にまで花が咲いてるのね。気付かなかったわ」
「ツタ系の植物だろうな。岩の間に入り込んで、上まで登ってるはずだ」
「それって、弱くならないの?」
「それが、岩どうしの隙間を埋めるから強くなるらしい。火には弱くなるが、上まで届いてないからそこまで気にしなくて良いんだろうな」
「周りも花畑だし、魔獣が来ても分かるものね」
「花は散るけどな」
「それは仕方ないよ」
そんな話をしているうちに、門のすぐそばまでやってきた。徒歩の者は荷馬車を持つ商人とは別の列なので、順番がくるのは早い。
門番には決まりでもあるのだろうか、また壮年の男性だ。
「次、職業は?」
「冒険者です。この2人も同じく」
「冒険者カードするものは?」
「どうぞ」
「確かに……ってSSランクだと⁉︎」
驚愕する門番。周りも騒がしくなる。が、ソラ達にとってはいつものことだ。
「それで、もう良いですか?」
「は!お通り下さい!」
「お仕事お疲れ様です」
周囲も騒然としている中、3人は無視して町の中へ入る。何人かは声をかけようとしていたが、いつものことと無視した。
「中も花だらけだね」
「建物は少なめで、道わきに木が植えてあるのか……梅と桜、これも花が咲く種類だな」
「春?」
「ああ。春に来ればよかったか」
「……懐かしいのね?」
「バレてるか……それはまた追々な。それにしても、町の収入源はどうなってるんだ?」
「綺麗な花が咲く、薬の原料になる植物もあるわよ。多分それね」
「ドクダミとかか?」
「そうだけど……綺麗ってわけじゃないわよ?よく使ってるのは藤や菊ね」
「……それも薬に?」
「ええ」
実際、昔は薬に使われていたらしい。ソラの知らない花も含め、かなりの種類が使われているのではないだろうか。
そんな風に会話しつつ、露店を冷やかしつつ進んでいると、あるものが目に入った。
「ん?あれは……」
「大道芸人みたいね」
「でも、騒がしすぎない?」
その人垣の中心となっているのは少女のようだ。そしてその周りには……黒い狼が3匹いた。
「シャドウウルフ⁉︎」
「何で町の中に!」
「……魔獣を手懐けたのか?」
「「え⁉︎」」
2人が驚くのも仕方のないことである。ベフィアにおいて、魔獣は不倶戴天の敵なのだ。ゲーム等でそういう存在を知っていたソラも、簡単には受け入れられない。
だが、一般人までそう思ってるわけでは無いようだ。シャドウウルフが何かをするたび、歓声が沸いていた。
「……できるの?」
「できたみたいだな。本能レベルで敵対してるわけじゃないってことか……」
「ありえないわよ。魔獣って、種類に関わらずまとまって町を襲うもの」
「それに関しては、魔人が操ってるって話がほぼ確定してるだろ?それに、普段は魔獣も互いに争ったりしてる」
「あの人も魔法で操ってるってことはないの?」
「いや、それはない。シャドウウルフは少女を信頼していることが分かるし、彼女も家族のようにに思ってるみたいだ」
「なら、本当なのね……」
「ああ」
ソラが思い浮かべているのは、ペットとロボットの違いだ。些細な違いのように思う人もいるかもしれないが、これは大きな違いを生む。常に指示しなければならないか、考えて動いてくれるかどうかは、指揮する側にとって全く異なるものだからだ。
「害は無いんだよね。そう考えると、ちょっと可愛いよ」
「そうか?厳つい顔だろ」
「そういう意味じゃないもん。なんていうか……仕草?」
「それなら分かるわね。確かに可愛いかも」
「まあ、それならな……」
側転やらバク宙やらを繰り返すシャドウウルフから離れ、通りを歩いていく。
すると、再び目に入ったものがあった。
「ん?あれは……」
「どうしたのよ?」
「ソラ君?」
本日2回目のこのセリフ、見つけたのは……
「花?」
「珍しくも無いわね」
「見た目だけはな。すみません、これ3つください」
「まいどありー」
ソラが持ってきたのは、藍色と白が混じった花弁を持つ花、それが一房に7〜10個ほどついている。葉にはヨモギのようなギザギザがあった。
「ワザワザ買うこともないわよね?」
「どうするの?」
「こうするんだよ」
ソラは花を顔に近づけ……半分ほどかじる。
「ちょっ、ソラ君⁉︎」
「は、吐き出しなさい!今すぐ!」
「問題無い」
「そんなわけないでしょ!」
「ど、どどどどうしょう⁉︎」
「何でそんなに慌ててるんだ?いいから、2人も食べてみろ」
「え、何で……」
「大丈夫……え?」
ソラは勧めるので、2人も恐る恐る口に入れた。が、顔はすぐに驚きに変わる。
「あれ?美味しい?」
「……甘いわね」
「花の形をした菓子だ。見た目がそっくりすぎるけどな」
「凄い……」
「それにしても、2人は何であんなに焦ってたんだ?食べられる花だってあるだろ?」
「だって、ね……」
「この花、本物には毒があるんだもん」
「……どんなブラックジョークだよ」
なおこの花、トリカブトがモチーフだ。ソラは知らなかったが、間違ってたらかなり危険なことである。
「お、おい!何でトリカブトなんか売ってやがるんだ!」
「ぶっ!」
あ、気付いた。
「こ、これトリカブトだったのか⁉︎」
「トリカブト?……ああ、そうね」
「お菓子だけどね」
「……本物だったら俺死んでたのか」
「でも、治せるよね?」
「まあ、一応……神術を使えばな」
そして滅茶苦茶な解答だ。
「はぁ……取り敢えず、ギルドに行くか?」
「そうね。登録しなきゃいけないもの」
「ソラ君もここから離れたそうだしね」
「そういうのは黙っててくれ」
逃げるようにこの場を去っていく。だが、騒動の種は放っておいてくれないようだ。
「キャァァァ!」
「に、逃げろー!」
「オラァ!死にたくねぇなら金出しなぁ!」
「それか女でも良いぜぇ。女は保証しねぇけどなぁ」
真っ直ぐ30mほど行った先、そこにある店でいきなり騒動が起きる。この町にきてからあまりに色々とありすぎて、ソラは一瞬オリアントスが関わってるのではないかと疑ってしまった。
「何だ、泥棒か……」
「強盗よ。やる気を無くしてる場合じゃないわ」
「大きな商家みたいだね。行く?」
「仕方ない……俺が先行する。後詰めは頼んだぞ」
「ええ」
「うん」
ソラが見た犯人は筋骨隆々、身長2m近い男が4人。
「ん?兄貴、ガキがなんかきましたぜ」
「はっ。こんな奴、邪魔にもならんだろ」
「ちげえねぇ」
「……それはいい。だが……」
「何言ってんだよ、おい」
「おいてめぇ、そこを退くんなら見逃してやってもいいぜぇ」
「あー、どうしよう……」
「あ?」
つまり何の問題もない。
「やっぱり、傷つけない方が良いのか……」
が、沸点の低いゴロツキには問題大有りのようだ。
「このクソガキィ……」
「やっちまえ!」
「「応!」」
「まあ、骨折くらいなら問題にはならないな」
正当防衛であり、ベフィアで過剰防衛で罪に問われる心配は無い。
よって周囲の悲鳴に答える必要も、容赦する必要も、無い。
「ぎゃぁ⁉︎」
「グァァ!」
「うぉぁぁ⁉︎」
「は?」
「やっぱり、この程度か」
突っ込んできた2人を一回転して投げとばし、残った片方にぶち当てる。そのまま3人は壁まで飛び、気絶した。
「さて、あとはお前だけだな」
「お、おま、お前。な、なな、何をした?」
「ただ投げただけだぞ?」
「そ、そん……」
「黙れ」
残る1人も肘鉄を鳩尾に決め、落とす。その時、ちょうど2人もやってきた。
「派手にやりすぎよ。まったく」
「また目立っちゃうね」
「まあ、な……少しやりすぎたか」
細めの柱が3本、壁が1枚ほど壊れているが、許容範囲内だろう。森を焼き払ったり、山を消し飛ばしたりするよりはマシだ。
「な、何事だ⁉︎これは!」
「やっと衛兵が来たか……遅いな」
「き、貴様ら!」
「はい」
いちいち説明するのも面倒なので、ソラ達は冒険者カードを提示した。そして衛兵は固まる。
「こ、これは……」
「この店に強盗が入ったが、俺達が片付けた。それで良いか?」
「は、はい!」
「じゃあ、残りは頼んだ」
そして3人は店を出る。野次馬は多少の威圧も使ってどかし、大通りへ戻った。
「……最近、厄介ごとがまいこみすぎてる気がするな」
「というか、実際そんな気がするわ」
「気のせいじゃないよね」
「はぁ……取り敢えず行くか」
色々とあり、足取りはゆっくりとなってしまったが、ソラ達はギルドへ向かう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ソラ様、よろしいでしょうか?」
「どうしました?」
「ギルドマスターがお呼びです。2階の執務室にお越しいただけますか?」
「分かりました。ミリア、フリス、依頼は適当に選んでおいてくれ」
「はーい」
「分かったわ」
ギルドでこの町への登録を終えた後。依頼をどうするか話し合っていた時、ソラに声がかかった。ギルドマスターと話をするのはよくあることになったので、特に物怖じもしない。
「こちらです」
「ありがとうございます」
案内された執務室にいたのは、黒い翼を持った黒髪黒眼の翼人だ。翼人だから背中が開いているのだろうが、他にも大きな胸が半分近くさらされ、ロングスカートの横のスリットから素足が見えるというかなり扇情的な服装をしている。
「来たわね。そこのソファに座ってちょうだい」
「では、失礼します」
「その歳でSSランク、ね……素晴らしいわ」
「経緯はご存知でしょうが、あのような状況でしたので」
「ええ、分かってるわ。それにしても……オリクエアの旦那の話とはイメージが違うわね。笑いながら生意気なガキとか言ってたのに、好青年じゃないの」
「……あいつと何か繋がりが?」
「私は旦那の密偵みたいなものよ」
「ギルドマスターが貴族と深く関わって良いんですか?建前だとしても、中立公正のはずですが」
「だから、私は情報もたくさんもらってるわ。対等ってことにするためにね」
「なるほど」
「取り敢えず、旦那からの言伝があるわ。ヒカリちゃんは貴方に憧れて冒険者を始めたそうよ。それと、フォールに来たら屋敷に寄れ、だそうね」
「……はい?」
「知らなかったの?フォールは旦那の領地よ。次の目的地でしょ?」
「そうですが……行くのやめてやろうか」
「それはやめてあげてちょうだい?旦那もご子息も、楽しみにしてるんだから」
「……いつからつけられてたんですか?」
「ハウルの時からだそうよ。勇者の師匠の情報なんて、旦那なら簡単に手に入れられるわ。ウィンディアでは1ヶ月近く、ニーベルングじゃ2ヶ月も見失ってたそうだけど」
「そうですか……」
行動を把握されていたとあって、ソラは少し恐ろしく思った。諜報の専門家では無いが、気配を察知する程度はできるのだ。彼らを弱く見ていたわけではないが、ずっとつけられていて気付かなかったのは、武道家としてかなりショックなことである。
光宮と風宮までついてこられなかったことには、かなり安心しているが。
「それで、何でミリアとフリスを置いてこさせたんですか?今の話なら2人がいても問題無いはずですが」
「そんなの、決まってるじゃない……」
ギルドマスターは席を立ち、ソラの隣に座る。さらに、腕に抱きついた
「男女のお付き合いをするためよ」
「お断りします」
そしてソラは即刻腕を振り払う。
「そう言わずに。こんな美人のお姉さんとできるなんて、男としては嬉しいでしょう?」
「それでもお断ります。どうせ、オリクエアに何か言われたんじゃないですか?」
「いいえ、旦那は関係無いわ。個人的によ」
「だとしても、です。断固拒否します」
「ふふ、そういうのも……」
「やらせませんよ」
出してきた左手の手首を取り、ひっくり返して腹ばいに抑え込む。その鮮やかな手並みに、ギルドマスターもかなり驚いていた。
「今のは……あら、強引」
「お生憎ですが、俺にそんなつもりはありませんよ?このまま凍らせてやろうか、とかは考えてますが」
「つれないわねぇ……」
ソラは手を離し、ギルドマスターもすぐに起き上がる。だが、ソラにはもう警戒の色は無かった。何故なら……
「まあ、旦那からは絶対に嫌われるなとも言われてるし、諦めるわ。無理矢理襲うことも無理そうだもの」
「すでに嫌われてるとか考えないんですか?」
「貴方の目を見れば分かるわ。本気じゃなくて悪ふざけだったってことも、分かってるんでしょう?」
「その通りですけど……ちなみに、俺が襲ったらどうするつもりだったんですか?」
「その時は、私に有利な条件で色々と教えてもらうだけよ。帝国から出ないっていうのも良いわね」
「……ここじゃ下手なことも言えないですね」
「懸命な判断よ。貴族を相手にするなら、この程度はできないとね」
「そんなつもりは無いんですが?」
「勇者の師匠が、一切関わりを持たずにいられるとでも?」
「……無理ですね」
「そういうことよ」
流石にここまで考えられていたとは予想外だったが。
「それで、俺を試したってことで良いんですか?」
「ええ。でも素っ気なくされて、ちょっと寂しいのは事実なのよね……下の子と遊んでこようかしら」
「いつか刺されますよ」
「あら、心配してくれるの?」
「いいえ。ただ、ギルドマスターがいきなり死んだら、職員の人達が大変なことになります」
「あら、そんなことになるかしら?」
「男だって嫉妬するものです。甘く見てると痛い目にあいますよ」
「お生憎様、私が遊ぶのは可愛い女の子だけよ。貴方みたいなかっこいい男の子も良いけど、強くて可愛い女の子の方が好みね」
「……そっちの趣味でしたか」
「ええ。それと貴方の女の子、一晩だけ貸してくれないかしら?金髪の子の方が好みなんだけど。貴方も見て良いわよ?」
「お断りします」
「つれないわね。女の子は自分で鳴かせたいとかそういう理由?」
「まあ、そういうのが無いとは言いませんが……ミリアが断るからですよ」
「ゾッコンってことね。羨ましいわ」
「……どの口が言うんですか」
「私はお遊びだもの。本気にしてくれる娘なんていないわ」
「男相手にする相談じゃないですよね?」
「それもそうね」
だが、ためになる話もあり、ソラとしては悪くなかった。とはいえ、長居するのは2人に悪い。
「長引いちゃったけど、話はあれだけよ。呼び出してごめんなさいね」
「いえ。こちらこそご忠告、ありがとうございました」
「相談があったらいつでもいらっしゃい。歓迎するわ」
「もう来ることは無いと思いますが……それでは、失礼します」
「つれないわね。ああメルフィちゃん、その人の案内は良いから、中に入ってきてもらえる?」
「は、はい……」
扉の向こうには案内してきた受付嬢がいたが、ギルドマスターに呼ばれて執務室へ入っていった。受付嬢の方も嬉しそうに顔を赤くしていたので、そういうことなのだろう。
「このギルドの何人と関係を持ってるんだか……」
後で聞いたところ、詳細はギルドマスター本人しか知らないが、3桁に届くレベルだそうだ。
まあ今はそんなことは関係なく、ソラは2人と合流する。
「おかえり。何の話だったの?」
「ここのギルドマスターはオリクエアと個人的な繋がりがあるらしくてな。ヒカリは冒険者を始めたそうだぞ」
「そう、良かったわね」
「それと、次の町はあいつの領地だから屋敷に寄れ、だとさ」
「……本当?」
「本当だとさ。どうやら、もういるそうだぞ」
「何よそれ……つまり、つけられてたのね?」
「そうらしい。俺も結構ショックだった……」
「ソラ君が1番そういうのに敏感だもんね」
「やめてほしいし、直接文句を言いましょう。アルのことで貸しはあるじゃない」
「その貸しは……ヒカリと貴族摘発を頼んだせいで、逆に借り1つになってるからな……何をさせられるやら」
「あ、そうだったね……」
「どうしましょう……」
「まあ、その時になってから考えれば良い。オリクエアだって悪い奴じゃないからな。それで、何を受けてきたんだ?」
依頼の内容は確認するのが普通だ。2人に任せていたとはいえ、ソラも受けるのだから当然である。
なので2人も答えた。だが、それが答えになるとは限らなかったりする。
「雑草駆除と、大木伐採だよ」
「薬草採取と観賞用の花集めもあるわ」
「……なんだそりゃ」
流石に、これを言葉通りに受け取ることはできない。どう考えても怪しかった。




