第7話 風宮①
「今さらだが……とんでもない場所だよな」
「うん。見たこと無いもんね」
「こんなの、神気がないと無理よ」
ここでは雲のような白い物体が通路となっており、空中立体迷路が形成されている。幅は広めだが、通路の左右に柵などの気が利いた物は無いため、踏み外せばどこまで落ちるか分からない場所だ。
また階層として区別されている様子は無い。そのためソラ達は、行き止まりを避けて進むしか方法がなかった。
「そのせいで、かなり時間がかかってるけどな」
「終わりが分からないからよ。階層ごとならまだ別なんだけど……」
「入り口が見えないくらい、遠くまで来ちゃったもんね」
「本当、早く抜けたい……ちっ」
面倒なダンジョンは早く終わらせたいが、そう簡単にはいかない。ソラは振り向きざまに左手を振るい、5本の光線が放った。
「邪魔をするな」
それにより、空から来た鳥型の魔獣が撃ち落とす。この程度ではミリアもフリスも大きな反応しない。
「また来たよ。今度は床に50匹くらい」
「よく来るわね。この程度の数だったら問題にもならないのに」
「試すにしても、少なすぎるよな……何か考えがあるのか?」
光宮と比べれば、試練的な要素さ薄い。疑問に思うのも当然だった。
だが魔獣が近づいてきているので、すぐに戦闘態勢をとる。
「さてと……ウィンドバイソンか。少し面倒だな」
「前は大丈夫だったけど……」
「問題になるのよね?」
「ああ」
獣窟では他の魔獣とともに、殺虫剤をかけられた虻蚊のごとく倒されていたAランク魔獣だ。だが同族のみと群れていると、その特性から厄介になる。
「ちぃ!」
「やっぱり、近寄れないわね」
「こんなの多すぎだよ」
群れが暴風となって突進してきた。ウィンドバイソンは全身に風を纏って突撃する魔獣で、同族と一緒ならば相乗的に強くなる。気性が荒く、普通なら1体、多くても4体程度なので大きな問題ではないが、今回は魔法が弾かれる程の大問題だ。
だが……
「今だ!」
「うん!」
止まってしまえば、その風もやんでしまう。
方向転換のために群れが静止した瞬間、ソラとフリスは魔法を放つ。そして守るもののない魔獣など、紙のごとく引き裂かれた。
「やっぱり、こういう相手とミリアは相性が悪いな」
「ええ……遠距離攻撃ができないと、こうなるわね」
「何か投げたら?ナイフとか」
「投擲をやっても、効果は低いぞ?あれは正確に投げてこそ意味があるからな」
「ほとんどやったことのない私じゃ、弾かれるだけよね」
「そっか……じゃあ、どうするの?」
「このままやるしかないわね。何か身につける努力もするべきだけど……」
「まあ無理なら、俺達がサポートすれば良い。そこまで気負うなよ?」
「ええ、分かってるわ」
3人は空中迷路を進んでいく。
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「掃討完了、か」
「やっと休憩できるわね」
「多かったもんね」
通路と比べてかなり広い広場を占拠し、結界を張って野営の用意を始める3人。夜の無いダンジョンだが、リズムを狂わせるわけにはいかないのだ。
元々ここには、グリフォンやジズに加え多数の小型魔獣がいたが、ソラ達の障害にはならなかった。多少時間を稼いだ程度だ。
「それにしても、休憩するのに適した場所が少ないのはどうなんだ?」
「逆に言えば、魔獣の大集団と戦うことが少ないってことよ。普通の冒険者には、かなり辛いわ」
「俺達には無関係だろ。100以上が一斉にきてたじゃないか」
「大型も普通にいたもんね」
「私達には無関係でも、他の人には関係あるわよ」
「まあ……他に来るかは分からないが、コンセプトは分かるな」
SランクやSSランクをぶつけても倒されるだけなら、何度も戦わせて消耗させる。このダンジョンのように広い空間なら、魔獣を集めることも容易だ。……流石に、ソラ達が戦う数は異常なのだろうが。
「落ちちゃった魔水晶が多かったのは残念だったね」
「仕方ないわよ。こんなダンジョンすら初めてなんだしね」
「足場以外進めないってのはな。魔湖と少し似てるが……他にもあったら、それはそれで苦労するだろうが」
「ない……はずよ。未発見のダンジョンがそうなら別だけど」
「未発見……いや、あってもおかしくないか」
話をしていても、手は動かす。ミリアが調理している間、ソラはレンガと土魔法でカマドを作りつつ、手伝っていた。
「ソラ、火をつけてもらえる?」
「ああ、分かった。どうすればいい?」
「火力は強めで、小さな火が良いわ。フライパンが小さいもの」
「こんなものか?」
「ええ、ちょうど良いわね」
指輪の中には炭も入っているが、ソラが調節した方が酸素は消耗しないし早いし正確だ。コンロみたいに使われてるのだが。
とはいえそのおかげで料理は完成する。ダンジョンの中ということで、手早く作れる簡単なものではあるが、味に手抜きは無い。
「これで完成よ」
「魔獣が来てたみたいだな」
「でも、全然だったよ。Bランクだけだもん」
「この辺りの魔獣は一通り殲滅したからか……いや、それにしても湧きが早い」
「そういう場所なんでしょ。数で押してくるダンジョンなんて、他にもあったものね。それより、冷めるわよ?」
「あ、食べる食べる」
「勿論、食うぞ」
1度話し込みすぎて料理が冷めきってしまった時、ソラとフリスは2度としないと誓っていたりする。
「さて、このダンジョンについてだが……」
「間違いなく風の精霊王よね」
「ボスは風の古竜だよね」
「ああ、その通りだろうな。これで外れていたら、精霊王のセンスを疑う」
「あからさますぎるもの。でも、仕方ないと思うわよ?」
「どういうこと?」
「精霊が、それも精霊王が、自分の司らない属性をここまで自在に操れると思う?」
「確かにな。得意不得意どうこうじゃなく、他が使えない可能性は十分ある」
「そっか……じゃあ、ソラ君が中心になっちゃうね」
「土や氷は有効だろうからな……もっとも、威力が高ければそんなに関係なさそうだが」
「それもそうだね」
食事を終え、片付けを済ませた後は大抵このように話している。当たり前だが、寝るのが遅くするような自殺行為をしたりはしない。
「さて、もうそろそろ休んだ方が良くないか?」
「あまり長く話してるのも駄目だし……その通りね。じゃあ、警戒はお願い」
「おやすみ〜」
「任せろ。まあ、俺も寝てるけどな」
結界が貼ってあるとはいえ、警戒は必要だ。その役割は、大抵ソラが担っていた。
ソラが最も必要な睡眠時間が短く、かつ警戒しながらでも寝れる。また、魔力探知と同期させて自動で周辺警戒を行う魔法もあるため、ミリアとフリスとは別で寝起きしている。周辺警戒の魔法だけで十分なのだが。
そんなソラだが、今回は少し違う理由で起きていた。
「さて……試してみるか」
ソラは床に神気で3重円を作り、その中に五芒星や六芒星を幾つか描く。そして、声に力がこもるようにして唱えた。
「始源の光よ、終わりの熱よ、今ここに喚び醒まさん……不死鳥の始火」
赤、黄、青、紫。4色の炎が混じり合い、陣の中央で燃え盛っている。そしてソラが神気の流入と止めても、炎は燃えたままだ。
「維持には成功したが、投入した量に比べると弱いか。まだ試行錯誤が必要……ん?」
「気付かれちゃった。凄いね」
「フリス、寝れないのか?」
「うん……それで、何やってたの?」
「設置型の神術の実験だ。アポロンが似たようなことをやってただろ?」
「あの綺麗なの?」
「ああ。まあ、いきなりあの規模は無理だが、この程度ならできそうだったからな。成功とは言えないが」
「規模が小さいんだっけ?でも、最初からできるのは凄いよね」
「まあ、確かにな。これから改良すればいい」
「その意気だよ」
改良というか、魔改造にならないか心配ではあるが……自分達に害があるようには作らないだろう。使われた相手がどうなるかは分からないが。
「さて、早く寝ろよ。魔獣がいつまでも来ないとは限らないからな」
「分かってるよ?でも……」
「どうした?」
フリスはソラの腕に抱きつく。腕を包み込まれたソラだが、この程度で狼狽えるような仲ではない。
「……しばらく、こうしてても良い?」
「まったく。仕方ないやつだな」
「ソラ君のせいだよ?好きにさせたんだもん」
「はは、こいつめ」
「ふふん」
この後、目が覚めたミリアに見つかり、結局3人で寝ることになるのだが……2人だけの時間は、もうしばらく続いた。
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「これはまた……」
「……無茶苦茶だね」
「負けたりはしないけど……消耗が大きすぎるわよ」
雲のような階段の影に隠れ、3人は先を伺う。
勿論ソラ達なら、普段からこんなことをする必要はない。だが、今は必要だった。
「さて、どうやって抜けるべきか」
「回り道……なんて無いわよね」
「道は幾つかあるけど、全部警戒されてるよ」
「だが、正面突破だとなぁ……」
風属性だけとはいえ、ドラゴンにエンシェントドラゴン、エレメンタルやエレメンタリアン、さらにSSランクの青龍までいるのだ。大半がSランクだが、これだけの数がいると、消耗が激しすぎる。
「それだけは嫌よ。こんな足場の悪い場所で、あんなにたくさんの魔獣も戦いたくなんて無いわ」
「同時に来られたら、対処できないよ」
「ああ、それだから……ん?……まさか……」
「ソラ?どうしたのよ?」
「周回ルートが決まっているのか?」
「え?」
「ちょっと待て。もし、その通りなら……」
ソラは魔獣を見つめ、観察する。そしてかなりの時間が経った後、ようやく口を開いた。
「……やっぱり、一定のルートを進んでいる。時間によっては死角もあるぞ」
「進めるのね?」
「ああ。かなり注意しないといけないがな」
「じゃあ、そうしようよ。その方が良いんでしょ?」
「こっちだ。行くぞ」
ソラが死角だという場所を通り、ミリアとフリスもそれに続く。2人はかなり心配していたが、見つかったような雰囲気は一切なかった。
「本当に見つからない……死角なんてよく分かったわね」
「エレメンタルの探知範囲は結路で覚えてる。ドラゴン系は視界にさえ入らなければ、音は消すから問題は無くなる。エレメンタリアンだけは予想外だが、今までの傾向から推測はできる」
「凄いね。前はそんなにできなかったでしょ?」
「2人が強くなってる分、俺も何かしらで実力を上げないといけないからな。先読みに繋がるから、優先して上げた」
「先読みって……簡単にできるものじゃないわよ」
「まあ、そうかもな。だが……」
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
ソラには何か思う所があるようだが、余計な思考をするような余裕は無い。3人は黙々と歩いていく。
「……順調だね」
「ああ。もう少し苦労すると思っていたが……スムーズすぎる」
「そんなこと考えていたらキリがないわ。今は進みましょう」
「そうだな……ん?何だ、この魔力の流れは……」
「……え?」
「あれ?」
ソラが違和感を感じて振り返り、それに呼応してミリアとフリスも振り向くと……緑色のゴツゴツとした壁があった。
「「「……あ」」」
「グルル……」
生まれたばかりなのだろう、先ほど通ったばかりの場所に、古竜が立っている。古竜も驚いているのだろう、すぐさま戦闘が起こる気配はない。
だが他にも気付かれたようで、他の魔獣も集まってきた。こちらは戦意むき出しだ。
「…………逃げるぞ!」
「う、うん!」
「囲まれるなんて悪夢よ!」
そして3人は脱兎の如く走り出す。神気も使った時の最高速度なら、風のエンシェントドラゴンでも振り切れる。背中を追われるが、囲まれるよりはマシだった。
「つーか、何で急に生まれてくるんだ!」
これが誤作動だと知ったのは、少し後のことである。




