第1話 迷宮都市ロストイク①
「さぁー!賭けた賭けた!」
「SランクとSSランクの決闘だぁ!見ないと損だぞ!」
「全員集まれ!」
このようなお祭りごと、見逃されるはずがない。声を聞いた者達はほぼ全員集まり、冒険者ギルドに隣接している訓練所の観覧席はすぐに埋まる。こういったこともある程度予想して作られたとはいえ、入ろうとする人数が多すぎた。
なお、この当事者達は……
「何でこうなったんだよ……」
「ソラは悪く無いわ。非があるのは全部向こうよ」
「それでもな……」
「ミリちゃんを賭けて決闘って、ね……」
「はっきり言って、意味が分からない。というか、人の妻を奪うってどうなんだよ」
「殺すわ」
「取り敢えず燃やすよ」
「容赦無いな。まあ、同意だが」
言われた相手がここまで嫌っているのに、こんなことをする意味はあるのだろうか?
その男は大剣を持ち、訓練所に入ったソラを睨みつけていた。
「来たか、悪魔」
「悪魔って何だよ」
「複数の女性を侍らせるなど言語道断!そのような者は悪魔で十分!」
「その言葉遣いはおかしいし、2人だけだろ……というか、他人に言われる筋合いは無い」
「貴様は黙って負ければ良いのだ!」
滅茶苦茶である。言葉遣い的に貴族の関係者のようだか……貴族なら一夫多妻も普通なのではないだろうか?それとも、何か嫌なことがあったのか。
「面倒な……何でそんなに熱くなってるんだよ」
「あの女性を貴様の魔の手から救うのだ。これに命を賭けないでどうする」
「何を言われようが貰おうが、ミリアはやらねぇから安心しろ。それと、もし、万が一、億が一お前か勝っても、ミリアを取るなよ?」
「何故だ。これが決まりだろうが」
「ミリアがお前を殺す。というか、俺が同意した記憶も無いしな」
「女性にそのようなことをさせるなど……恥ずかしくないのか!」
「いや、お前が思いっきり嫌われてるだけなんだが」
「そのようなわけがない!」
よくここまでポジティブに考えられるものだ。ソラとしては面倒なのでさっさと諦めてもらいたかったのだが。
「さっさと終わらせようぜ、この茶番」
「茶番だと……後悔させてやる」
「後悔も何もないだろ」
「安心しろ、殺しはしない」
「まったく……一瞬で終わらせてやるから安心しろ。手加減はしないけどな」
安い挑発だが、すでに激昂している相手に効果は高い。というか、しなくても勝手に動いただろう。
「死ねぇ!」
殺さないと言っていたのはどこにいったのか。男は大剣を振りかぶり、頭を狙っている。だが、好きが大きすぎるのが難点だ。
なので、ソラは大剣に蹴りを放ち……
「なっ⁉︎」
「意外と脆いな」
へし折った。そして顎を蹴り上げる。男の体は10mほど飛び上がり、落ちてきたので……
「ふん!」
さらに蹴り飛ばす。そしてそのまま地面と水平に飛び、壁に突き刺さった。
ちなみにこの男、まだ死んではいない。流石はSランクと言うべきか、即死はしない程度には身体強化が硬かった。
「やっと終わったか」
いくらSランク以上の実力差は階級によらないとはいえ、ソラに喧嘩を挑むなど自殺するようなものだ。だが、それを知るものはこの場にほとんどいない。
呆然とした雰囲気の中、ソラは訓練所を後にした。
「お疲れ様」
「疲れるほどじゃなかったけどな。Sランクにもあんな雑魚がいるのか」
「ソラ君と比べちゃ駄目だよ。でも、死んじゃったりはしてないんだね」
「一応治療はしてやったからな。死なないように、内臓だけは」
「つまり、骨は粉々なのね」
「ああ」
治癒魔法を使ったとしても、最低で全治1ヶ月はかかるだろう。もしかしたら再起不能になるかもしれないが、ソラ達は気にしない。あれだけ意味不明な因縁をつけられて殺さなかっただけ、まだ優しいのだから。
そして3人は早足でギルドを出る。有名になってしまっただろうが、他の場所なら逃げればいいだけの話だ。
「さてと……これからどうする?」
「目立っちゃったもんね」
「普通にギルドを使ってたら、絶対面倒よね」
「やっぱりダンジョンに潜り続けるしかないか。未踏破ダンジョンは4つあるし……100日もすれば、静かになってるだろ」
「情報はどうするの?」
「我慢して集めるしかないな。最悪の場合は、フードを深めに被ったりして顔を隠す」
「それ、完全に不審者よ」
「だからやめておいた方が良いだろうが……夜の酒場に行くか。あそこならそんな格好でも怪しまれづらい」
表通りから外れた酒場なら、不審者然とした格好でもそこまで不自然ではなかったりする。情報料は多少高くなるが……正確性はそこまで劣るものではない。
「わたし達も?」
「いや、俺1人で行く。2人がいると何が起きるかわからないからな」
「ソラが手加減できないかもしれないものね」
「ああ……って、よく気付いたな」
「気付かないわけないでしょ?私達が危険だからなんて理由で、ソラが置いていくわけないもの」
「大体、わたし達が危険になること自体少ないもんね」
「まあな。さっき騒動になったばかりなのにわすぐに次の問題を起こすのはマズい。しかもこの場合、俺達がお尋ね者になりかねない」
「SSランクだし、見逃してくれないかな?」
「その程度でかわせられるなら、もっと無法地帯になってる。1日拘留される程度だろうと、面倒だ」
「それもそうね」
訓練所では我に戻った人達がソラを探そうとしていたが、3人はもうすでに人混みに紛れ、見つけられなかった。
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「帰ったぞ」
「おかえり〜」
「おかえり。朝帰りね」
「変な意味は無いぞ?からみ酒で全然潰れないやつに付き合わされていたんだよ。情報はしっかり貰ってきたけどな」
翌朝、少し眠たげなソラが宿の部屋に戻ってきた。ミリアとフリスが起きてしばらく経った頃であり、かなり長引いたようだ。
「元気そうだけど、大丈夫?眠くない?」
「徹夜1回くらいなら問題無い。ただ、早めに寝させてくれよ」
「ええ、勿論よ」
「じゃあ、報告する?」
「ああ。2人はどうだった?」
「聞いた限りだと、そんなに特徴は無いわね。せいぜい外と比べたら魔獣が多い程度よ」
「わたしも同じだよ。ただ、魔獣が外より強いから、潜ってる人はそんなにいないんだって」
「情報に違いは無いか。信じられるな」
3人がバラバラになって情報を集め、後で統合するのはソラ達のクセのようなものだ。元々はソラが導入したものだが、2人にも馴染んでいる。
「でも、大変そうだよ」
「特に竜巣と結路ね。それぞれが強いか、数が多いかの違いだけど……」
「光宮よりは簡単だろ」
「それはそうだけど……」
「流石ソラね……」
比較対象がおかしすぎるが……ソラなのだから仕方がない。
「光宮……精霊王のダンジョンか……」
「どうしたの?」
「今さらだが、異常な場所だったと思ってな」
「そうね。普通のダンジョンとは大違いよ」
「でも、全部行くんでしょ?」
「ああ」
「だったら、一緒に行くわよ。私達も無関係じゃないみたいだしね」
アポロンの言い方に含みがあったことを、3人はしっかり覚えていた。ミリアとフリスにも何かあることは、十分予想できる。話題が移るのも、当然だろう。
だが、問題はその場所だ。
「それで、精霊王のダンジョンってどこにあるんだろうね?」
「手当たり次第に探すのは大変よ……」
「いや、それは無いだろうな」
「どうして?」
「ちょうどそれらしい名前の町が7つ……向こう側も含めれば8つある。もしこの通りなら、必要な労力は少なくて済むだろ?」
「……確かにそうね。それで、その通りなら……」
「次で分かるんだね」
「ああ。だが、一応明日は探索するぞ」
推測が正しいという確証は無いのだから、探さない理由も無い。砂漠に落ちたダイヤを探すようなものだが、あれば精霊が教えてくれるのだから、まだマシだろう。
「でも、今は休みなさい。結構無理したんでしょ?」
「いや、そんなことは……」
「じゃあ、休んでね。気付いてないだけだよ」
「……分かった、休ませてもらう。昼頃には起きるからな」
「もっと寝てても良いのに」
「流石にリズムが狂う。ダンジョンに入る前にそれは駄目だ」
「そうね。ダンジョンの中だと不規則になりやすいけど、最初からそうなのは駄目よ」
ソラは朝型で、夜は比較的早く寝る。一度リズムが狂ってしまうと大変なのだ。
「じゃあ寝るか。おやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみ〜」
なおこの後、寝ている間ずっと手を握られていたことに、ソラは気づかなかった。




