第21話 光都ニーベルング①
「宗教の総本山って聞いてたからどんなものかと思ってたが……普通だな」
「3国全部に広がってる宗教は1つだけだけど、教義が厳格って訳じゃないもの。こんなものよ」
「地域宗教ってのもあるらしいけどね」
「そういうのが許されてるなら、厳格じゃないのも納得だ」
ベフィアの住民は感性がかなり日本人に近いため、こういった宗教の方が馴染みやすいのだろう。神道と同じように、生活に根付いていた。
だがそんな中で、気になる点が1つ。
「……そのままの格好で歩いている神官や修道女が多いな」
「他の町だと、着替えてるみたいだったもんね」
「ただ歩いてるってわけじゃないみたいよ」
「何がだ?」
「あそこ、見れば分かるわ」
街の中に幾つかある似た見た目の建物、そこの庭では、神官や修道女が多くの子ども達と戯れている。そして門の両脇には、純白の鎧を着た騎士が立っていた。
「神殿に関係してるのかな?」
「神殿騎士が入り口にいるもの。きっと、神殿が建てたのよ」
「保育所、にしては大きな子もいるし……孤児院か?」
「はい、そうですよ」
急に声をかけられて、3人は振り返る。するとそこには懐かしい顔がいた。
「あ、クリミさん」
「ええ、お久しぶりです」
「お久しぶりです。こちらにいるということは、栄転ですか?」
「はい。といっても、私のように階級の低い人は、2年ごとに近くの町へ移っていくんですけどね」
「大変そうだね」
「最後の方は1つの町に落ち着いている方が多いので大丈夫です。ちなみに、御三方はどうしてここへ?」
「旅の途中なのよ」
「色んな町に行ってるんだよ」
「へえ……ずっと一緒なんですか?」
「ま、まあ、ね」
「う、うん」
「まあ、夫婦になりましたし」
「あら、否定なさったのではありませんでした?」
「狙っていた、というわけでは無いですから。第一、俺はこの2人に押し倒されましたし」
「そこまで想われてるなんて、良いですね。私もそんな人に出会いたいものです」
「結婚しても大丈夫なんですか?」
「神職と言っても、結婚してはいけないわけではありませんから。地域宗教だと、駄目なところもあるそうですが」
「……ソラ?」
「ソラ君、ちょっと良い?」
「ちょ、2人とも……ではクリミさん、またどこかで」
「ええ、ではまたご縁がありましたら」
連行されていくソラを、クリミは微笑んで見送る。周りも修道女がいるためか、そこまで騒がないでくれていた。
「何であんなに言うのよ。恥ずかしいじゃない」
「知らない町で顔見知りに会ったんだから、仕方ないだろ。口が滑ったのは事実だが」
「あの人が欲しいの?」
「それは無い。断じて無いから信じてくれ」
こういう時に男の方が弱いのはどこも同じようだ。しばらく引きずられたソラは、周りの目線が痛くなってきたあたりで解放された。
「孤児院だと分かったのは良いが、何ヶ所あるんだ?」
「あそこで5つ目だね」
「今思い出したんだけど、孤児はこの町に集められるそうよ」
「そうなのか?」
「ええ。神職の移動に孤児を同行させて、集めてるらしいわ。こうやって面倒をみるためにね」
「この町は神職も多いし、個々で育てるよりは良いのか」
孤児院といった施設はあるが、雰囲気に他の町との大きな違いは無い。巡礼者だけでなく、観光客も多いようだ。
「そして荒くれ者もいる、と」
「まあ、普通はいるわよね」
「魔獣はどこにでもいるもん」
ソラ達の目の前で、ケンカをしていた男達が衛士や神殿騎士にしょっ引かれていく。この程度のことに騎士が関わるのは珍しいが、彼らはよくやるのかもしれない。手際よく連行していく。
だが、急に彼らは立ち止まった。その前には、1人の男が怪しいロザリオを持って立ち、何やら神殿騎士達と言い争っている。
「何だ?」
「……嘘よね?」
「……こんな所で出てくるなんて」
「知ってるのか?」
「魔神の信者よ。色々とやってるわ」
「破滅信仰、どこにでもあるんだな。だが……馬鹿じゃないか?」
「あれは馬鹿よ」
「馬鹿だね」
「まあ、確かにな」
「それに、今は魔神信者はほとんどいないわ。昔は闇魔法が象徴だったらしいけど……闇魔法も使う勇者が出たせいで衰退したのよ」
「事件もほとんど起こしてないしね」
「具体的には?」
「王国中で……1年に1回くらいかな」
「それなら俺達は無視しても大丈夫か」
この1団は暫く言い争っていたが、魔神信者が手を出したことで決着がついた。勿論、神殿騎士達の勝ちだ。
「捕まったか。簡単に終わったな」
「魔神信者って、弱い人が多いんだよ。でも、何でかな?」
「破滅信仰には、自分で何もできない奴がはまりやすいらしいからな。現実逃避とも言うが」
「でも、それに巻き込まれる人は災難よ」
「それはそうだろうな。あいつだって、犯罪者として扱われるんだろ?」
「多分ね。捕まえた後の話なんてほとんど聞かないけど」
「確かに、公表はしないよな……今の俺達ならどうにかなるかもしれないが」
「そうね。SSランクだもの」
「そんなことしても大丈夫なのかな?」
「公的に認められた権力だから、やっても変では無い。やらないけどな」
魔神信者とは今まで何の縁も無かったのだから、わざわざ首を突っ込む必要は無い。バラバラになっていく野次馬に紛れ、ソラ達はこの場を後にした。
もし関わることになったのなら……その時はその時だ。
「さてと、何処に行くか」
「教会は?聖堂とかもあるらしいわよ」
「行きたいとも思うんだが……行くべきじゃないとも思ってるんだよな……」
「なにそれ?」
「勘、というか……ただ、無視するのは駄目な気がする」
「はっきりしないわね」
「俺もそう思う。だが、拒否できないのがな……」
ミリアもフリスも、ソラのこういうことには慣れている。伊達に1年以上一緒にいるわけではないのだから。
「そう……じゃあ、ギルドに行きましょう。登録して損は無いんだしね」
「そうだね」
「すまないな」
「ううん、大丈夫だよ」
「いつものことじゃない。それに、私達の中心はソラだしね」
「……すまない」
「良いのよ」
そして3人は冒険者ギルドへ向かった。だが……
「……もの凄く既視感があるんだが?」
「最初にギルドに来た時もこうだったよね」
「それにしても……久しぶりね」
「なに無視してくれてんだよテメェ」
何故か、大柄な冒険者に絡まれている。周りの冒険者も新入りへの恒例行事と思っているのか、手を出そうとはしてこない。
ただ3人として、こんな低ランクな相手に絡まれるとは、予想外すぎた。
「はぁ……仕方ない」
「何だテ……」
「少し眠ってろ」
男にかざした手の平から膨大な魔力を出し、魔力過多で失神させる。一瞬すぎて、気付けたのはミリアとフリスだけだ。
「はい?」
「は?」
「え?」
「何があった?」
そのため周りの冒険者達は何が起こったのか分からず、戸惑っていた。そんな中でも、2人はいつも通りである。
「ソラにしては大人しいわね」
「……俺にしては、ってどういうことだ?」
「最初、どうしてたっけ?」
「……全員殴ってたな」
「その後、盗賊も全員血祭りにしてたわよね」
「冒険者狩りにもだよ」
「……確かに大人しい方だな」
実際、ソラはこういった相手を容赦なく叩き潰してきた。遠慮が無さすぎる気もするが、他に害を与えていないのだからまだ許される。というか、マトモな相手に力を振るったことがないのだから当然だ。
「まあ、そんなことはどうでも良いわね」
「そうだな。やることやっておくか」
「ソラ君、頼んで良い?」
「ああ、良いぞ」
話している内容だけを聞けば、犯罪者とみられてもおかしくないかもしれない。というか、ここにいる冒険者の一部には、強盗のように思われているようだ。
「さて、良いか?」
「な、何の用でしょうか?」
そして緊張している受付嬢、ソラは努めて無視する。大方、止めようとしなかったのを責められるとでも思ったのだろう。
「SSランク冒険者、ソラ、ミリア、フリスだ。登録を頼む」
「……はい?」
「SSランク冒険者、ソラ、ミリア、フリスだ。登録を頼む」
「え?」
「SSランク冒険者、ソラ、ミリア、フリスだ。登録を頼む」
持ってきたのはそれ以上の爆弾だったが。九官鳥のように繰り返したソラだが、聞き入れられず……
「「「「「ええぇーー!?!?!」」」」」
ここでも、ギルド中に大絶叫が響き渡った。
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「これだけか」
「少ないね。ノルマには足りないよ」
「やっぱり、ハウルへ行ったのよね?」
「多分な……数が少なかったからって甘く見てたか」
「それで、どうするの?」
「手当たり次第に探して倒すしかないだろ」
ゴブリン2匹を斬り捨てたソラ。だが3人はいつも通り大量に依頼を受けたため、これだけでは全然足りない。他の場所も探すしかなかった。
「それで、どこに行くのよ?多分どこも同じでしょうけど」
「そうだな……」
『こっちだよ……』
「そうそうこっち……は?」
「今の何?」
「どうしたのよ?」
突如聞こえた謎の声。それをソラとフリスは確かに聞いたが、ミリアには何も聞こえていないようだ。
「何か声が聞こえたんだが……」
「何も聞こえないわよ?」
「でも、聞こえたよね?」
「ああ……」
『こっちこっち、きゃはは』
「また?」
「何なんだろうな」
「……2人とも大丈夫よね?」
「ああ、たぶん大丈夫だ」
『あのお姉さんは聞こえてないの?』
「うん、そうみたいだよ」
『なんだ、つまんなーい』
『だったら、お兄さんがお話してよ』
「何処かに呼んでるんじゃなかったのか?」
「……この光景、物凄く心配になるわよ」
虚空へ向けて話しかけるソラとフリス。確かに、頭がおかしくなったのかと心配になる。本人達はいたって正常だが、不安は尽きない。
「子どものような声が聞こえるんだよな……正体は分からないが」
「何なのよ、それ」
「ゴーストとか、レイスじゃないのは確かだよ」
「幻術、というか幻聴っていう可能性も低いな」
『あ、そっちじゃないよ』
「じゃあどこ?」
『君から見て右だよ』
『行きすぎ行きすぎ……そうそこそこ』
「こっちか」
『そうこっちこっち』
よく分からないが、何処かへ誘導しようとする声。そんな声の中には……
『ここだよ!ここ』
『早く早くぅ!』
こんな催促もあった。こういった声を手掛かりに歩き続けることしばらく。
「何処に行かせたいんだ?」
『すぐに分かるよ』
『もうすぐ見えるよ!』
「もうすぐって、いつ?」
『その先だよ』
「あ、森が終わる、って……何これ?」
「何よ、これ……」
「何だこれは?」
森を抜けた先、そこにはダンジョンのような、それでいて異常なほど力の出ている白い扉があった。




