第15話 勇者
「彼らは1ヶ月前に召喚されたばかりだ。この世界や魔法について知識はあるが、戦いの経験はほとんど無い。それで、お前達に頼みたい」
「召喚って……先代勇者と同じ?」
「ああそうだ。残念ながら、見つからなかったからな」
「見つからなかった?どういうことよ?」
ゲームや小説などの例だが、ソラにとって勇者とは召喚か神託で生まれる存在だ。そのため、ガイロンの言葉に大きな違和感を感じていた。
「そうだな……お前達は勇者についてどれだけ知っている?」
「勇者って言われても……バードンのギルドマスターから聞いた話くらいだ。聖剣を持っていて、従者ともどもとんでもなく強いとか」
「ほぼ合っているな。他は一般的じゃないから仕方が無いが」
「……どういうことだ?」
「これを覚えているか?」
ガイロンが出したのは、見覚えのある全長20cmほどの棒だ。
「それは……前に来た時見せてもらった物よね?」
「それがどうかしたの?」
「これが、勇者を探す道具だ?」
「……は?」
「特定の人物が持つと、光るんだよ。勇者なら赤、従者なら青だな」
「なるほど。俺達も勇者か従者じゃないかと思われたわけか」
「そうだ。見るか?」
「いや、いい。それで?」
「これは全部で108本あってな。内100本は調査員が持ってベフィア中を旅していたんだ」
「そして見所のある相手を調べていたと?」
「ああ。だがいなかった」
「騎士や冒険者以外は調べなかったのか?農村にもいるかもしれないし、戦う職に就いていない可能性もあるだろ?」
「流石にそこまで調べてる余裕は無い。毎年出てくる新人だけでも、何人いると思ってるんだ?」
「なるほど……それで、聖剣は?」
と言いつつ、ソラも予想はできている。勇者と聖剣はセットのようだし、召喚された5人のうち1人の腰には軽い装飾のされた剣があるからだ。
「今、勇者が持っているのが、聖剣ミリアリアスだ」
「……ミリア?」
「違うわよ⁉︎」
「偶然だろう。聖剣の名を知っている人は少ないからな。それで聖剣には、勇者と従者の身体能力と魔力を増やす力がある」
「なるほど。それで強大な魔獣や魔人とも戦えるわけか」
「それと、もう1つは……」
「まだあるの?」
「魔王を殺す力だ」
「……何だって?」
ここでガイロンが嘘を言うとは思ってないが、ソラは自分の耳を疑った。聖剣ならアンデットや魔獣、魔人へのダメージ増加ならあるかもしれない。だがソラは、魔王限定という現象を考えられなかった。
「魔王を殺しきる力、と言うべきかもしれないがな。他の武器や魔法でも魔王は傷つけられるが、トドメを刺せれるのは聖剣だけだ」
「……本当なのか?」
「勇者以外に魔王を追い詰めた存在がいないから分からないが……神が作ったと言われる聖剣だ。ありえない話ではないだろう」
「まあ、そうね」
「勇者ならありかな?」
「……」
ミリアとフリスは納得しているが、ソラはまだ訝しんでいる。
(そんなことがありえるのか?魔力の流れに変な感じはしないし……神気らしいものは感じないぞ?)
実在しているとしたら、最早呪いだ。聖剣にそんな機能があったとしても分からないだろうが、ソラは一応調べてみた。結果は予想通りだったが。
「……まあ良いか。それで、勇者達の師になるってのは依頼だよな?」
「ああ。今は近衛騎士がやっているが、戦闘経験が多い方が良いだろうからな」
「やっぱり知ってるのか……確かに、勇者は騎士というより冒険者だしな」
「そういうことだ。それで、なんだが……」
「どうした?」
「……魔王を倒しに行く時もついて行ってくれないか?戦力が足りないんだ」
「いや、良いぞ」
「本当に⁉︎」
「ああ。ただし、ずっと一緒にいろってのは無しだ。今からの稽古と旅の途中で会った時、それと魔王の時以外は自由に旅をさせてくれ」
「ああ。それくらいなら良い」
「なら受けよう。報酬は?」
「1日20万Gでどうだ?」
「高すぎる。今からの特訓なら……5万Gで十分だ。他は兵士達にでも使ってやれ」
「……分かった。これで契約成立だ」
1日だけで5万Gというのも高いのだが、そこは国のメンツを立てた形だ。あまり安いと、王国自体が軽んじられる可能性がある。
まあ、流石にそれは無いだろうが、兵士の方に使ってほしいのは本心だ。
「さて、互いに自己紹介でもしてくれ。ジュン達も待たせてすまないな」
「いえ、大丈夫です」
「相変わらず、緊張しすぎだ。リーナには普通だろうが」
「固いわね、ジュンは」
「生真面目か」
3人からフルボッコにされるジュン。ノリが面白そうなので、ソラはさらなるイタズラを仕掛けることにした。
「初めまして、勇者様。不肖な身でございますが、師を務めさせていただきます」
「ちょ、ちょっと、そんなのやめて下さい!」
「そうか?ならこの口調でいく」
「変わり身早いですね……」
「ここの王国のルールは知ってたからな。大方、予想はついてたさ」
「……じゃあ、何でですか?」
「遊びだ」
「……」
勿論すっとこんな感じでやることはしない。次は真面目に自己紹介をした。
「改めて自己紹介だな。俺はソラ、剣と魔法を使う半前衛半後衛だ。よろしくな」
「剣ですか?刀じゃなくて」
「知ってるのか?使ってる奴はかなり少ないんだが」
「え、ええ。元いた世界では有名でしたから」
「なるほど」
ソラは努めて知らないフリをする。ここで転生者だとバレると、厄介でしか無いと考えたからだ。黒眼黒髪はベフィアでは珍しいが、他にいないわけではないというのもあり、勇者達にはバレなかった。
「私はミリアよ。武器は主に双剣、魔法は身体強化しか使えないわ。速さで撹乱、トドメを差す役目ね」
「わたしはフリス、火・水・風・雷の放出系しか使わないよ」
「こう言ってるが、護身用の棒術もかなり上手い。その辺りも教えてやってくれ」
「はーい、お父さん」
「お父さんじゃない!というかそれネタにするのか?」
フリスの時だけ少し雰囲気が和んだが、すぐに緊張感のある自己紹介は再開される。
「じゃあこっちも。俺はジュン・ホグリ、聖剣に選ばれた勇者です。魔法は身体強化と、光魔法の放出と付加を両方使えます」
「オレはトオイチ・タカヨシ、大剣を使う剣士だ。身体強化の他は、火と土の付加も使えるぜ」
「僕はカズマ・フジデラ、火・水・土・雷の4属性を使う魔法使いです。主に長杖を使います」
「あたいはハルカ・ナツメ、短剣士よ。付加は風と氷、放出は無いわ」
「私はアキ・フユカゼです。風・氷・光を使う魔法使いです。お願いします」
5人が自己紹介を終えた段階で、ソラは教え方を決めていた。だがリーナが立ってジュンの隣に移動し……
「そして私がリーナ・オルセクト。水・雷の放出と付加を使う槍士よ」
「いや知ってるって、リーナもか⁉︎」
「そうよ?」
これには大層驚いた。まあこれがあるなら、以前のあの雰囲気も納得できるのだが。
「……王様の一人娘、王位継承権第1位の王女様が行っていいのか?」
「魔王の脅威はどの国も共通だ。王族だろうと、従者に選ばれれば行くものだぞ」
「そう……じゃあ、守れるように強くしないとね」
「そうだね。リーナちゃんは友達だし」
「どっちにしろ魔王を倒してもらわないといけないんだから、基本は叩き込むべきだろ」
聖剣の話が本当なら、ソラ達には何もできない。魔王の脅威をワザと残すようなことはしたく無いので、ソラは本気で教えるつもりだった。
ただしその前に、さらなる誘導をかける。
「そういえば……聞くのが遅れたが、ジュン達は貴族なのか?」
「どうしてそんなことを聞くんですか?」
「名字があるじゃないか」
「え?」
「ジュン、この世界だと、貴族にしか名字は無いのよ。アノルドは平民出身だから、名字が無いじゃない」
「あ、そういうこと……」
理解しつつ残念がるジュン。その様子にリーナは困惑していたが、ソラは分かっていた。この一言で、ソラが同郷では無いと理解してしまったのだろう。
「僕達の世界では、全員が名字を持ってるんです。貴族はいませんし」
「なるほど、不思議な世界もあるんだな」
「不思議か?」
「むしろどうやって成り立ってるんだ?治める人がいないじゃないか。貴族が絶対的に偉いとは言わないが、そういった専門家がいないと大変だろ?」
「えっと、誰にでも総理大臣……宰相みたいな
人になれて、その人が官僚っていう政治の専門家を働かせるんです」
「それでも大丈夫なのか?いや、大丈夫だから成り立ってるのか」
わざとらしい気もするが、ジュン達に疑われていないから良いのだろう。なお、ミリアとフリスは必死に笑いを堪えている。
「……違うんですね」
「何がだ?」
「同じじゃないってことです」
「ん?……ああ、この眼と髪か。5人と同じだし、俺も召喚されたと思ったのか?」
「ええ、まあ……」
「同じ黒眼黒髪だし、元の世界で有名だっていう刀を使ってるから仕方ないか」
実際、嘘は言っていない。召喚者ではなく、変則的な転生者なのだから。騙しているようなものだが。
「自己紹介も済んだし、稽古を始めるか」
「それなら練兵場に行けば良いぞ。今ならそこまで多くはいない」
「じゃあ、ジュン達もそれで良いか?」
「はい。練兵場は何度も使ってますから」
そうしてソラ達は6人を連れ、練兵場へ移動していく。
「戦闘経験はあるのか?」
「戦闘というか……ケンカも無いよね」
「剣道ならやったけどよ……」
「剣道?何だそれは?」
「竹刀っていう棒を使ったスポーツです」
「スポーツってことは遊びか。だが剣ってついてることは、扱い方も学べるのか?」
「まあ、ある意味では」
「何だか心配になるな……素人ってことで良いか?」
「はい、むしろそうしてください。ここへ来て少しはやりましたが」
ソラのような例外を除けば、現代の日本人の若者がいきなり殺し合いをできるはずが無い。多少の配慮は必要だろうが、慣らす必要もある。
「あ、4人は実剣を使えよ。俺達は模擬剣を使うが」
「え?良いんですか?」
「人を殺せる武器を人に向けることにも慣れておけ。これから先、やっていけないぞ」
「そうな……のか?」
「どうせ魔人は殺すだろうし、普通に盗賊が出るからな。俺達は盗賊によく会ってる気もするが……1年で100人以上殺しているぞ」
「そんな……」
「お前達がいた世界がどんな風だか知らない。だがここではこれが普通だ。慣れろ」
「……はい。今はまだ無理でしょうが、いつかは」
「その覚悟だ。じゃあ、スパルタで教えていくからな。覚悟しておけよ」
ソラは師らしくなろうと、少しガラにないことを言った。だが……
「スパルタ?」
「分かる?」
「ううん」
「え?……もしかして」
「……やっちまった」
カズマは気付いてしまったようだ。ソラも気付いたが、時既に遅し。
「ま、まあ、早く稽古を始めるぞ」
「ソラさん、話があるってこと、分かってますよね?」
「いやいや、何を言ってるんだよ……」
「オレからも聞きたいことあるぜ」
「あたいもね」
「私もです」
「えっと……何?」
他4人も、少し遅れて気付いた。5人に詰め寄られ、ソラもたじたじである。
なお当たり前だが、リーナだけは分かっていない。
「ソラ、諦めなさいよ」
「完全にバレてるね」
ミリアとフリスも、6人が何をやっているか分かったようだ。助け船を出せるわけが無いが。
「これだから嫌だったんだよ……」
そしてソラは、顔に困惑しか浮かべていなかった。




