第9話 海都シーア③
「美味しいね。面白いし」
「こんな料理もあるのね」
「まあ確かに。こういうのは聞いたこと無いな。それで、だ……」
机の上には調味料を一切使わない、素材を組み合わせただけだが、香辛料のような海藻のおかげで美味い、そんな料理が多数並んでいる。
「何でまた宴会をやってるんだ?しかも今度は陸で」
「今さらだよね?」
「今さらね」
「まあそうだが……」
3人は村の一部の人魚達に囲まれ、海岸で宴会をしていた。人魚達の料理も海の中でなければ普通に食べられるらしく、ソラ達もいくつか口にしている。……1人だけ大量に食べていたが。
なおこの机、主にソラが魔法で岩を操って作り出したものだ。人魚の中にも土魔法の使い手はいるが、ソラの練度には敵わない。というか、この程度なら並列処理で100個だろうと一気に作れた。
「人数は少ないけど、活気は変わらないわ」
「主賓の俺達が楽しめてるのもあるだろうな。前は何も口にできなくて、フリスに関わりづらかっただろ?」
「確かにそうかもしれないわね。今日はフリスが笑顔だから」
「そんなこと無いもん!」
「すまんすまん。それにしても、人魚って足にもなるんだな」
「びっくりしたよね」
「これは人魚独特の能力で、調べることが好きな人からすると、幻術みたいなものだそうです。感覚はあるんですけどね」
「それは何と言うか……専門家じゃないから分からないな」
今はエルザ、それだけでなく他の人魚達も、下半身は人間のように2本足になっている。というか、この状態だと人間と区別がつかない。
ただし人魚達は男も女も、下半身にスカートのようなものを履いている。おそらくはそういうことなのだろう。
「というか、近くにいた冒険者まで巻き込んでるんだな」
「お酒を呑んだりして、一緒に騒いでるね」
「むしろお酒があったことに驚きよ」
「お酒といっても、地上の人達のように液体ではありません。海藻の1つですよ」
「海中で飲み物なんて無理だから、当然か。まあ、あの辺りは酒盛りをやってるみたいだが」
「シーアに行った人の楽しみでもありますから。私も少し嗜んでいますし」
エルザの目線の先にあるのは丸い球体、果実のようにカラフルな海藻の実と、種族に関係無く酔っ払っている集団だ。
後者は無視してソラは海藻の実を1つ取り、口に入れてみた。
「……結構美味いな」
「そうなの?」
「普通の酒に比べれば甘みが強いが……海の中で食べるには丁度良いか。果実酒みたいなものだな」
「本当ね。美味しいわ」
「たくさん食べれそうだね」
「接待する側ですけど……私もいただきます」
「食い過ぎるなよ。一応、酒なんだからな」
「はーい」
酒も入り、多少口も軽くなった4人。内3人は女性なのだから……そういう会話にもなる。
「あの……お2人って……」
「ん?」
「ソラさんと……結婚……してるんですよね……」
「うん。そうだよ」
「でも親には何も言ってないから、婚約者って言った方が正しいのかもしれないけどね」
「……良いなぁ」
「ねえ、エルザちゃんには良い人いないの?」
「え?いや、いませんけど……」
「へえ、じゃあどんな人が好きなのよ?」
そしてどうせ2対1になるのだから、こうなるのは仕方が無いだろう。孤立した1、エルザはソラに助けを求めたが……
「……ほどほどにしておけよ」
「はーい」
その視線は無視された。というかこの2人、年下を弄るのが好きらしい。ソラも止められないのは分かっているので、助けにはいけない。
まあ話の種が少なかったのが幸いか、話題はすぐ別のものに移った。
「そういえばエルザちゃんって、どんな風に戦うの?」
「接近戦は護身術程度で、ほぼ魔法を使います」
「完全な後衛の魔法使いだな。属性は?」
「水と雷をよく使っています。後は闇を少々……」
「へえ、良い属性を持ってるじゃないか」
「良い属性、ですか?」
「ああ。水中では水魔法が主だし、雷魔法は速い上に高威力だ。闇魔法は魔法の無効化に便利だしな」
「ソラ君、よく使ってるもんね」
「使わないとフリスには勝てないしな」
ソラ達は普通のことのように語るが、エルザには疑問しか無かった。大群を一掃していたフリスに、一体全体どうやって勝ったのだろうかと。ソラやミリアの活躍も見ていれば別だったかもしれないが、フリス1人しか見ていないのだから当然なのかもしれない。
「えっと……どうやってですか?」
「何がだ?」
「どうやってフリスさんに勝ったんですか?」
「どうやっても何も、普通に魔法の撃ち合いをしただけだぞ?」
「ソラ君はミリちゃんと戦いながらだけどね」
「……へ?」
「まあ2人も上手くなって、2対1だとだいぶキツくなってるけどな」
「それ、毎回言ってるわよね?」
「ま、毎回?」
「何回かは忘れちゃったけど、模擬戦は全部ソラ君が勝ってるよ」
「ぜ、全部……?」
「ああ。技と魔法の使い方で勝っているようなものだけどな」
「…………」
「エルザちゃん?大丈夫?」
「…………」
「ダメだな。固まってる」
「びっくりしすぎたかな」
「それどころじゃないわよ。フリスよりも強いって時点でね」
「まあそうか。この辺りの魔獣なんて、1万いようと俺達は殺せないしな」
ここで自分達が常識外れだと出てこないというのも、何かおかしい気もするが……ソラを含めて、そのあたりの感覚がマヒしているのかもしれない。
「あ、またやってるよ」
「格闘技か。また参加するのも良いかもな」
「行ってくれば良いわよ?私達も見ていて楽しかったし」
「そうか?なら、面白くなるように戦ってくるか」
「いってらっしゃーい」
2人の意図することには気付かず、ソラはその人垣に向かう。繰り広げられる光景は……以前とあまり変わりがなかった。
「楽しそうだね」
「そうね」
「はっ、私は何を」
「あ、エルザちゃんが戻った」
「遅かったわね」
宴会は続く。
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「この町でも、色々あったな」
「そうね。巻き込まれすぎとも思ったけど」
「エルザちゃん達とも仲良くなれたしね」
早朝、少しずつ人が出てきたシーアを歩いていく3人。旅の準備はできる時にやっているため、普通前日は休むのだが……疲れを溜めないという考えは、3人の中には無かった。
「まさか最後の最後に、また海水浴をするなんて思わなかったが」
「最後なんだもん」
「途中で何回もやっただろ。というか、あの水着外でも使うつもりだったんだな」
「当たり前よ。何のために勝ったのか分からないじゃない」
「他にも使ってる人がいたから良いものを。あんな服装した人の連れは大変なんだからな?」
「そうなの?」
「……ベフィアだとそうでもないか」
ベフィアにはそういう文化の元が無いため、少し奇抜という印象しか持たれていない。ソラの心配は的外れだった。
そんな風に話をしながら歩いていく3人。そして、門の近くに見慣れた人影を見つけた。
「あれ?」
「エルザだな。どうしたんだ?」
「私達の見送りって考えは無いのね。伝えてたじゃない」
「村にも行ったし、流石に1人は……ありえるか」
ちょうど昨日、ソラ達は海水浴の後に人魚の村に行き、シーアを離れるという話をしたのだ。そして送別会のような宴会が行われたが、最初の1人としては個別に話もしたいだろう。
「ソラさん」
「エルザ、見送りか?」
「はい。お世話になりました」
「お世話になったのはこっちよ。人魚と親しいってことで、いくつか依頼をもらえたもの」
「といっても、元から俺達に来そうな依頼だったけどな」
アルネーラの影響で北の方にいる水棲魔獣が南下してきたらしく、ソラ達は高ランクの魔獣を何種類も倒してきた。指名依頼となると報酬も良いので、3人にとっては良い臨時収入だった。
……もう既に下手な貴族よりも貯蓄があるのだが。
「……やっぱり凄いです」
「どうしたの?」
「ソラさん達、やっぱり凄いんですね」
「そうか?好き勝手やってたようなものだが」
「それでもです。私……」
エルザにとって、ソラ達は別次元の存在だった。そしてそれ故に、思うこともあった。
「私……ソラさん達に憧れてたんだろうって思います。村長の娘ですけど、何もできることが無いので……何でもできるソラさん達に憧れたんです」
「村の危機に無力な自分は関われず、本来無関係な俺達が解決したからか?」
「ちよっと違いますけど……だいたい合ってます。私にはできないことをしてくれたから……」
「強さに憧れたの?」
「はい。結局、弱い自分を許せなかったんでしょうけど……」
強き者に憧れる。戦いの続くベフィアでは普通の感覚だ。そしてそれに必要なもの、それは地球と変わらない。
「……為せば成る」
「何ですか?」
「古い言葉の1つだ。何かを為そうとする強い意志があれば、それは確実に結果として現れる」
「でもそれって……」
「エルザ、強い意志を持っていれば、絶対にできる。才能がありそうだからな」
「え?」
「確実とは言えないが……エルザの魔力は相当なものだ。自信を持って良いぞ」
「……本当、ですか?」
「ああ」
「わたしもそう思うよ」
「……ありがとうございます!」
実際、ソラが感じ取るエルザの保有魔力は多く体内循環も活発だ。これからの修練次第ではあるが、強くなる保証はできる。
「じゃあ、この辺りで良いか?」
「はい、ありがとうございました」
「そうじゃないわよ。また会いましょうね」
「またね〜」
「分かりました。また会える日を楽しみ待っています」
「ああ、またな」
門を少し過ぎたあたりでエルザと別れ、ソラ達は歩いていく。旅を始めて1年半となるが、ソラ達にはようやくここまで来たという感じだった。
「さて、次の町は国も変わるんだったな」
「やっと王国に戻れるのね」
「ついでに里帰りでもするか?」
「じゃあ、ソラ君は挨拶しないとね」
「……そういえばそうだな」
「ふふ、まだ良いわよ。バレたって邪魔されないしね」
「そうだね。普通に楽しく旅をしようよ」
「ああ。それじゃあ、次の町に行くか」
3人の旅路は、まだまだ続く。




