第8話 人魚姫③
「このあたりかな?」
「そうね……どうかしら?」
「大丈夫だ。そこの岩、目印で言われたのと同じだろ?」
「あ、本当だ」
今日の狩場は海岸線の岩場で、ここへは歩いてやってきた。海に潜る予定もあるため、また3人とも水着だ。
……海岸の近くとはいえ、変な絵である。
「今日は……ハンマークラブとバブルシェルだよね?」
「ああ。どうせ他も倒すだろうけどな」
「そうね……探すのも大変そうだけど」
「まあな……蟹と貝だから仕方ないか。どっちもCだけどな」
前回はBやAばかり、挙げ句の果てにSランクが出てきたが、この辺りならこれが普通だ。だが、また異常である。
「……小さいやつしかいないな……」
「それって……どういうことよ?」
「分かんないけど……あれ?何か来てるよ?」
「やっとね。いつでもやれるわ」
「ちょっと待て、これは……」
待ってましたとばかりに臨戦態勢を取るミリアだが、ソラとフリスに制止される。ミリアは訝しんでいたが2人が止めた理由、海の中からエルザが飛び出してきた。
「そこの貴方……ソラさん!」
その顔はかなり切羽詰まった様子で、何かあったのだろう。ソラ達もすぐに察した。
「エルザ⁉︎どうしたんだ!」
「どうしたの?」
「魔獣が……村に……」
「襲撃か?状況は……不利なんだな」
「はい……今は何とか保ってますが」
「……手加減されてるんだな?」
「はい……」
「ちっ、ミリア、フリス、行くぞ」
「ええ。魔法はちゃんとお願いね」
「わたしもどんどん撃つね」
「ああ、頼む」
「え?ソラさん?」
「せっかくお前が来たのに見捨てられるか。行くぞ!」
ソラは水中活動用の魔法セットをかけ、飛び込む。ミリアとフリスもそれに倣った。慣れてきたその移動速度は、かなり速い。
「エルザ、魔獣の詳細を教えてくれ」
「ランクはほとんどがE〜Cで、少しだけBとAも見つかってます。魔人の見た目は……」
「どうした?」
「……私達にそっくりなんです」
「人魚族に似てる、か……海の中だと戦いにくそうだな」
「今の戦況は?」
「魔獣は散発的な襲撃しかしてきません。村の戦士達が何とか防いでいますが……」
「一気に来られたら終わり、か……城壁が無い分、陸の町より守りづらいだろうな。フリス、それを考えておけよ」
「うん」
陸では飛行系の魔獣の侵入を防ぎづらいのと同様に、海の中では壁があっても意味をなさない。水際での迎撃戦しかできないのだから、防衛戦が不利になりやすいのも当然だった。
「見えたわ」
「フリス、捕捉できてるか?」
「うん、いつでもやれるよ」
「ならフリスは魔法を撃ちつつ、人魚側の真ん中に下りろ。俺とミリアは群れの上へ移動、そのままかき乱す」
「分かったわ」
「頑張ってね」
フリスがエルザを連れて下りていってからしばらくした後、高圧水流と水刃を含んだ水の竜巻が群れを飲み込み、多くの魔獣が倒れていった。さらにその後、無数の水の針が飛ぶ。
「やるわね、フリス。やりづらいって言ってたのに」
「そうだな。俺達も行くぞ!」
「ええ!」
魔獣達は上のソラ達に気付いていない。目標が人魚の村1つに絞られているのもそうだろうが、フリスに混乱させられたというのもあるだろう。絶好の奇襲チャンスだった。
「ブチ抜け!」
闇魔法を併用し、ソラは大量の魔獣を雷で焼き尽くす。そうしてできた穴へ、2人は飛び込んでいった。
「やぁぁ!」
「しっ!」
ミリアのルーメリアスが振られるたび、鮫や魚が切り裂かれる。ソラの薄刃陽炎が振られるたび、海が紅くそまっていった。
「な、あんた何で」
「それは後!さっさと撃退しろ!」
「は、はい!」
そう言いつつ、ソラは雷を連発していく。今倒した集団にハンマークラブとバブルシェルが何体もいた気がするが……誰も気にしない。それどころでは無いためだが。
「ミリア!右から魚の群れだ!」
「分かったわ。任せなさい!」
「頼む」
ミリアは水を蹴り、ソラの言う方向へ進む。特大の戦力が1つ減るが、その間ソラがこの場を守る……使えるものは何でも使うが。
「お前達は俺を抜けたやつだけ攻撃!正面だけじゃなく囲んで殴れ!」
無茶苦茶ではあるが、この方が効率的だ。1匹も通さないというのは神経を使うが、これなら倒せるだけ倒すで済む。
もともと数はそう多くなかったため、大した時間はかからず殲滅し終えた。
「取り敢えず、今の分は終わったか」
ソラ達としては日常だが、人魚の戦士達には驚異的な光景だったようで……
「すげぇ……」
「強すぎだろ……」
「何で雷を使えてるんだ?」
最後の疑問は尤もだが、ソラも有利な点の1つを答えるわけにはいかない。答えたところで使えないとは思うが、念のためだ。
「ソラ」
「ミリア、そっちはどうだった?」
「抑えるのには苦労したけど、何とかできたわ。新しい怪我人も無しよ」
「分かった。なら村の方に行くか」
「ええ、フリス1人だと心配だものね」
「そこまで酷くはないだろ」
近くにいた人魚達に感謝されつつ、ソラとミリアは村へ向けて進む。ちょうどそこでは、フリスがエルザとその父の2人相手に歓談しているところだった。
「エルザちゃんに呼ばれたんだもん。来るよ」
「駄目元だったが……まさか来るとは……」
「本当にありがとうございます」
「大丈夫だよ。ソラ君だって、感謝されたいからやってるわけじゃないもん」
「フリス、来たぞ。それと、よく分かってるな」
「ソラのことだもの。私達が1番よく分かってるわ」
「うん」
「……それは後だ。遅くなりましたが、助けに来ました」
「……ありがとう」
村人として、村長としては、感謝を表すしか無いだろう。だが、ソラとしてはそんなことどうでもいい。
「そんなことよりも、戦況はどうですか?」
「先の規模が大きすぎる。かなりの戦士がやられた」
「そろそろ最大の攻勢が来ますね……でもそれがチャンス」
「何だと?」
「俺達が群れを突っ切って、魔人を倒します。人魚の皆さんはその間村の守りを」
「なっ⁉︎」
「えっ⁉︎」
「できますから、心配しないでください」
「前にも同じことしてきたわ」
「3回目だもんね」
突拍子も無い提案だが、すでにクラーケンを倒した実例があるのだから、まだ受け入れやすいだろう。
会議はこれで終わりにして、ソラはついでに簡単な疑問を聞いてみる。ほぼ予想はついていたのだが。
「ちなみに、何故エルザをシーアの方へ行かせたんですか?他の人魚や半魚人の村にも送ったんですよね?」
「え、まあ、それは……」
「援軍を求めるという体裁で、エルザを逃したかったのでは?」
「お父様⁉︎」
「……隠しきれないか。その通りだ」
「お父様、何で……」
「途中で魔獣に会う可能性はあったが、ここにいるよりは安全だからな。死なせるわけにはいかなかった」
「私だって村のために……」
「そういう話し合いはもう良いでしょう。俺達が倒してきます」
「……頼む」
「お願いします!」
元からそのつもりだったのだから、頼まれて断るなどしない。まあ、思うところはあったようで……
「まったく……俺達は変な縁しか作らないな」
「本当ね。何かに巻き込まれてばかりだもの」
「でも、逃げたりなんてしないんだよね?」
「当たり前だ」
緊迫の村の中を、3人はいつも通り過ごしていた。
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「……ソラ君」
「ああ、さっきより多いな。準備しろ」
「やっとね」
ソラとフリスの魔力探知範囲、そこに入り込んで来た魔獣の数は多い。恐らく村を潰すため、最後の攻勢に出たのだろう。
「では、後はお願いします」
「いや、本来なら君達には関係無いことだ。こちらこそ頼む」
光の遮られる海の中では、多少は視界が狭くなる。目に見えた瞬間、開戦となるだろう。
「俺とフリスが魔法を放ちつつ中央突破、魔人を探す形だな。魔人が見つからない時は、魔獣を後ろから削るぞ」
「ええ。暴れていれば魔人も来るでしょうしね」
「でも私、遅いよ?」
「ああ、フリスは奥まで俺が抱えて走る」
「やった」
「…………」
「……ミリアにも後でやるから、今は我慢しろ」
こんな時に不機嫌になったミリアを宥めつつも、ソラは気を待つ。そして、その時が来た。
「ぶっ放せ!」
「行っけぇ!」
フリスは魔獣のいる範囲の水を操り、高圧部分と真空部分を無数に作り出した。それにより巻き込まれた魔獣は押し潰されるか内臓破裂、さらにその後の乱流で陣形はバラバラになる。
そしてそこへソラが無数の雷を流し、進む道を作り出した。
「後は各個撃破だ。ミリア」
「ええ、準備はできてるわ」
「わたしも大丈夫だよ」
「それなら良い。行くぞ!」
ソラがフリスを抱え、ミリアがその近くを走る。近寄るものは魔法で排除し、近寄られた場合はミリアが倒す。後ろに回してしまう数は多いが、突破するには問題無い。それ故に、気付いたことがあった。
「……数が少ないな」
「え?」
「全体数は分からないが、魔獣の密度が低い。エリザベートは論外だが、フリージアの時だってもう少し多かったぞ」
「他の場所にも攻撃しているとか、まだ隠してるとかはありそうよ?」
「他も攻めてるなら、ここの担当魔人が1人とは限らないが……もし1人しかいないなら、襲撃はここだけだ」
「どうして?」
「集団で何ヶ所も同時に攻めるなら、連絡をする人員が必要だ。俺達みたいな方法があるなら別だが……」
「伝令が必要ってことね。確かにそうかも……」
「シーアで見つけた魔人とも関係があるのかな?」
「あるだろうな。むしろ、無い方がおかしい」
こんな会話をしているが、ソラ達は休みなく魔獣を葬っていく。3人が通ってきた場所は紅く染まり、とても見通しが悪かった。作り出している先頭にそんな被害は無いため、当人達に自覚はほぼ無い。
そして群勢も終わりに近付いた頃、ソラはある提案をした。
「ミリア、フリス、別行動をするぞ」
「え?」
「魔獣の数を減らしておいてくれ。それともう1つ、頼みたいことがある」
「大丈夫よ」
「ソラ君が言いたいことなら、簡単に予想できるもん」
「すまんな」
2人がペアとなってソラの進路から外れる。そのまま後方から魔獣の群れを襲っていった。
ソラはそのまま海底を進んでいく。そして、対象が見えた。
「あれか。確かにエルザの言う通りだな」
確かに、見た目は人魚に似ている。だが肩のあたりからトゲのついたヒレのようなものが出ており、また眼の白目の部分が黒いのだから、到底人魚と同じとは思えない。濃い紫色の髪と赤い眼、そして黒い鱗の魔人はさらに三叉の銛を持っており、ファンタジー系マンガの登場人物さながらだった。
「あらら?自由に泳げないはずの地上の民が、何故こんなところにいるのかしら?」
「煩いぞ、エセ人魚」
「ほほほ、被害が大きいからと来てみればこうですか。立場をわきまえた方が良いですわよ」
どうやら、優越感に浸っているタイプらしい。ソラとしてはこんな性格の人と会いたく無かったが、敵なのでまだマシだ。
「立場だ?それがどうした」
「地上の虫風情が……こちらのことを知らないようですわね……」
「へえ、どうなるのか教えてくれよ。俺は地上の虫だから、海の中はほとんど知らないからな」
「よくもぬけぬけと……泳げぬ者など、このアルネーラ様の餌食になりなさい!」
そしてこの瞬間、両者の間で大量の水がぶつかり合う。
「これほどの……⁉︎」
「何だ、この程度か?」
「まだまだですわ!」
「ちっ、流石に速いな」
アルネーラの泳ぎは速いが、飛んでくる水弾はしっかり避ける。そして海底に立つソラには近寄らず、泳ぎ回って水魔法や闇魔法を撃ち込んでいた。ソラは水弾を撃ちつつも水と土の壁でやり過ごす。
「おほほほほ〜泳げないのに来るからこうなるのですよ」
「でもまあ、雷は当たるな」
「ほ?」
雷はソラの狙い通り、正確にアルネーラへ向かう。水の中で雷は使えないという常識、そしてクラーケンと違って知能が高いため魔法を無駄撃ちしないこと、この2つが仇になった。
さらに雷なので、水の盾で受け止められても、多少のダメージは与えられる。そしてソラはアルネーラがどれだけ傷付こうと、雷を容赦無く放っていった。
「この私が……」
「そんなこと言ってる場合か?フリス!」
「はーい!」
そして細く絞られた高圧水流が20本、アルネーラとその周囲へ飛んでくる。アルネーラは避けようとしたが、下半身を中心に7本が命中した。
「この……」
「もう終わりよ?」
そして上から落ちてきたミリアに首を刎ねられる。完全にソラの目論見通りだ。
「2人、良くやったな」
「ソラが囮になっていてくれたおかげよ。回り込み易かったわ」
「うん。」
「そうか。魔獣も逃げ始めているし、頃合いだな」
「でも、今からだって倒せるだけ倒すんだよね?」
「ああ」
「ふふ、付き合うわ」
この後もしばらく3人は狩りを続け、人魚の村へ帰還した。
エイプリルフールですが、嘘ではありません




