第7話 人魚姫②
「おっしゃー!」
「バンザーイ!」
「あいつらの敵が討てたぜ」
「討ってもらっただけどな」
人魚の村は、お祭り状態となっていた。まあ、見つかったばかりのSランク魔獣が討伐されたとなれば、騒ぎたくもなるだろう。
そういった場合、為した本人はかえって冷静だったりするものだ。
「馬鹿騒ぎだな、本当に」
「仕方ないわよ。私達みたいにあういう相手と戦い慣れてるわけじゃないもの」
「俺達だって、こうなったのは最近だけどな」
「でも、いろんなことに巻き込まれたのはソラ君と会ってからだよ?」
「俺にだってあれは予想外だ」
このお祭り、村の各所にある住居を自由に使っていた。村長の部屋を含め幾つかある集会所が主な会場だ。
「ありがとうありがとう……」
「息子の敵討ちをしてくれて、感謝する」
最初ソラ達は村長の部屋の中で、感謝されていた。特に、犠牲となった2人の親族は長い。多少の慣れがあっても、大変なのに代わりはないだろう。
またそれがひと段落しても、次はまた別の相手が来る。
「どうぞどうぞ、お食べください」
「美味しいですよ」
「いただきます」
「美味しそうだね」
「あ、2人とも待った方が……」
今度はまだマシ。というか好意に甘えればいいだけなので、ミリアとフリスは勧められるままに人魚独特の料理を口に運ぶ。ソラは嫌な予感がして止めたのだが……
「んぐ⁉︎」「んん⁉︎」
止まらなかった。そして予想通りの結果となった。2人は苦しそうにもがきつつも、何とか飲み込む。
「何よこれ!塩辛いにも程があるわよ!」
「口の中がヒリヒリする……」
「やっぱりか……まあ、海の中だしな……」
「え?何で?」
「塩漬けと同じだ。海水の中に入ってるんだから、それだけ濃い味になる」
「それって、つまり……」
「ああ、ここでは何も食べられない」
「そんなぁ……」
食べることが好きなフリスにとって、これは辛いだろう。これは主催の人魚側もそうで、話を聞いたエルザはすぐにやってきた。
「今まで気付かなかったんですか?」
「水は必要な時に俺が魔法で作ってるし、食事は小船の上だったからな。気付かないのも無理は無いか」
「分かってたなら教えてよ……」
「すまん。気付いたのがついさっきだった」
「う〜……」
人魚達は好きな料理を好きなだけ食べている中、主賓は1つとして口にできない。約1名、特に恨めしそうな目をしていた。ソラもそんな状態で放置はできない。
「……他の所に行くか?」
「……うん」
「まあ、ここにいるのは少し辛いわね」
「申し訳ありません」
「いいわ。エルザのせいじゃないもの」
「ああ。俺達が知らなかったのが悪い」
多少の挨拶をしつつ、ソラ達は部屋を出て行く。他の集会所をいくつか冷やかしたりもしたが、3人はとある場所に惹かれていった。
「あれ?何の音かな?」
「あそこだな。人が集まってる」
「お祭りではよくあるけど、何をやってるのかは気になるわね」
ある場所まで来ると、人が争っている音が聞こえる。だがそれと同時に、「やれー!」だの「負けるなー!」だの聞こえてくるため、問題は無いのだろう。
ソラ達は進んでいき集まった人魚達の壁を抜けると、2人の男の人魚が取っ組み合いをしていた。
「格闘技か」
「人魚だと少し違って新鮮ね」
「やるの?」
「混ざるのも面白そうだな。行くか」
ソラは近くにいた、まとめ役らしき4人の人魚に話しかける。どうやら彼らが審判らしく、1人から詳しいルールを聞いた。
8つの灯りにより立方体ができており、そこがフィールドらしい。立方体から出たり、降参したり、継続不可能だと審判が判断したら負けだそうだ。また相手を殺したり怪我を負わせてはいけない、武器を使ってはいけない、怪我をしかねない魔法を使ってはいけない、降参させた相手を攻撃してはいけないなど。スポーツとしての面がとても強いものだった。
説明が終わった直後に今の試合が終わり、ソラはフィールドに入る。
「お、オレの相手は英雄さんか」
「英雄なんて呼び方はやめてくれ。知ってるかもしれないが、ソラだ」
「分かったぜ、俺はバーフェスだ。相手が誰だろうが容赦はしないぞ」
「それはこっちのセリフだ」
互いに構え、審判の合図を待つ。
「始め!」
「しゃぁ!」
「来い」
そしてその瞬間、バーフェスが突っ込んだ。ソラは待ち構え、組み付く。そしてそのまま力比べとなった。
「はっ、俺は村一番の力持ちだぞ?このまま押しつぶしてやる」
「俺に対して力比べ……本当に良いのか?」
「何?」
水中を泳ぐ人魚と水中で踏ん張れるソラ、どちらの方が力を入れやすいかは明白だ。
「お、おおぉぉぉ!!」
バーフェスは投げ飛ばされ、外の人垣の中に突っ込んでいく。
「しょ、勝者、ソラ!」
「よし次だ。来い」
ソラの技量、その一端を見た人魚達は盛り上がった。そして当然、挑もうとする者も出てくる。ソラが手加減するわけないが。
「なら俺が!」
スピードファイターであろう細身の男は……
「オワァァァ!」
腕を取られ、背負い投げもどきで投げ飛ばされた。
「じゃあ、私が」
水魔法で押し出そうとしてきた女性は……
「キャァァァ!」
逆に莫大な水量に圧倒され、押し出される。
「さあ、どんどん来い!」
次第にソラものってきて、3人同時や5人同時などもやりだした。もっとも、素手での戦いならソラに分がありすぎる。無双しか起こらなかった。
「楽しんでるわね」
「本当だね。あんなに笑ってるソラ君、久しぶりかも」
「……もしかしたら、前の世界のことを考えてるのかもしれないわよ。バルクさんといた時も、あんな感じだったしね」
「そういえば言ってたもんね。こんな風に大人数相手に、教えてたって」
「私達相手も楽しいのかもしれないけど、懐かしいのはこっちなのかもね」
「聞く?」
「やめた方が良いと思うわ。ソラは前を向いて考えてるんだし、私達が思い出させるのは駄目でしょ?」
「そうだね」
しばらくすると、周りも飽きたのか自然と人魚同士に戻る。それに合わせてソラも2人の所に戻ってきた。
「あんなの久しぶりにやったな……どうした、2人とも?」
「ううん、何でもないよ」
「ええ、たわいの無いおしゃべりよ」
「そうか」
格闘技の他、踊りや楽器など様々な催し物がある。3人はどこでも歓迎され、楽しんだ。
「良い所だな」
「ソラさんにそう言ってもらえると嬉しいです」
「エルザか。あの部屋から出れるんだな」
「お父様もただのまとめ役ですから。地上の貴族の人達ほど忙しいわけではありません。それにしてもソラさん、何で驚いてくれなかったんですか?」
「あの程度だと隠れてるとは言わないぞ。気配も分かったし、水の流れも感じたからな」
「無理よ、そんなことは。魔力探知無しでも、知覚能力は化け物なんだから」
「そんな言い方は無いだろ」
「殺気だけで反応してるのに、それを普通なんて言えないわよ」
「……そうか」
宴はその後も続いていく。
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「すっかり暗くなってるか」
「町に入れるかな?」
「多分無理よね。港で野宿だと思うわ」
「そうなるだろうな。他の町だって同じなんだし、ここだけ別とは思えない」
人魚の村での歓待を終え、小船へ戻ってきたソラ達。頭上には満月と星が輝いており、かなり夜遅い時間帯だということがわかる。
「できたわよ。魚を取る時間が無くて、保存食になっちゃったけどね」
「美味しいよ?」
「夜の漁は慣れがいるらしいし、これで良いさ。フリスの言う通り、美味いからな」
「そう?ありがと」
3人とも遅い食事を取りながら、かつ村での話をしながらだったため、小船の進みは遅い。行きの3倍近い時間をかけて、漸く港まで着いた。
「やっぱり、人はいないんだな」
「壁の上の見張りの衛兵の人くらいね」
「そうだね……あれ?」
「……殺気?何でこんな時間に」
「何かいるのね。場所は?」
「向こうだ」「あっちだよ」
「……行きましょ」
「ああ」
ソラ達が進んだ先にいたのは、全身黒ずくめの3人組。港の外れ、草むらの中に潜んでいた。
「おいお前ら、こんな時間に何をやってる」
「なっ⁉︎何故人が!」
「お前は先に行け。ここは任せろ」
「はっ!」
「ミリア、フリス、ここは任せた」
「うん」
「ええ、任せなさい」
姿と現状だけでも怪しかったが、これで確定だ。ミリアとフリスは残った2人を牽制し、その間にソラが逃げた1人を追う。
「女2人か……悪いが容赦しないぞ」
「我らの主がため、死んでもらおう」
「フリス」
「うん」
黒ずくめ達の不幸は、前衛後衛が1人ずつだったことか。
「死ねぇ!」
「はぁ!」
「なっ⁉︎がっ」
前衛は振るった長剣ごとミリアに切り刻まれ、
「燃えよ!」
「行って!」
「ウソ、が……」
後衛は放った火球をフリスに防がれ、風で首を飛ばされた。
「まったく。相手を知らないで挑むなんてね」
「気付かなかったのとは違うんじゃないかな?多分、あの人を逃すためだよね?」
「確かに……そうかもしれないわね。でも、こんな風に命を捨てられるものかしら?」
「何か持ってるんじゃないかな?少なくとも仕事道具とかは」
「そうね……え?」
「あれ?」
「これって……」
暗闇で黒ずくめを相手にしていたため分からなかったが、2人はあることに気付く。
一方、ソラも黒ずくめを追い詰めた。
「くっ、逃げ道は無いか……」
「ああそうだ。何を企んでるかは知らないが、おとなしくしておいた方が身のためだぞ?」
城壁のそばまで逃げてきた黒ずくめだが、ソラの魔法により周囲を岩の槍で囲われ、逃げ場が無い。
こういった相手がおとなしくすることは……無い。
「こんなところで……人なんかにぃぃ!」
「はぁ……ふっ!」
ナイフを両手に持ち、破れかぶれの突撃をする黒ずくめ。だがソラにより、一瞬で両腕を斬り飛ばされた。
「な、あ、う、腕がぁぁぁ!」
「うるさい」
「がっ!」
そして居合の勢いそのままに、ソラは薄刃陽炎で心臓を貫く。
「追い詰められて特攻なんて定番だけどな……ん?」
相手を知りたいと思うのは当然だろう。詳しいことは門外漢とはいえ、気にならないわけがない。
「こいつは……」
そう考えて黒ずくめの死体を観察していたソラだが、こちらもあることに気付いた。
「「「魔人?」」」
そう、魔人。黒ずくめなのは全身が黒い肌で黒い服を着ていたためだった。ソラの方は女で、こめかみの所に黒い羊の角が生えている。ミリアとフリスの方は黒い肌の男だが、それぞれ黒い1本と2本、鬼のような角が生えていた。
「魔人の女か……ミリアとフリスの方もそうか?」
「ソラ君!」
「そっちも終わったか。どうだった?」
「魔人だったわ」
「やっぱりか……町に入るつもりだったみたいだな」
「何で?」
「ここが逃げた先だが、城壁のそばだろ?」
「……もしかしてここを乗り越えて?」
「ありえるな……すぐに衛兵に知らせよう。町に被害は出なかったが、問題に代わりはない」
なお見張りに報告したことで町の中に入れたのは良いものの、事情聴取が朝まで続いてしまった。翌日3人は泥のように寝たという。




