第6話 人魚姫①
「まず確認したいんだが、人魚だよな?」
「はい。ここの近くにある人魚の村にて、村長の娘をしております、エルザと申します」
「村長の娘って……また変な縁ができたわね」
「変、ですか?」
「こっちの話だ。気にしないでくれ」
ベフィアの至る所で様々な縁を築いてきた3人からしたら、エルザもまた変な縁の1つでしかない。
はぐらかしたソラ達だがその時、エルザの尾の先にある鱗が赤くなっているのに、フリスは気付いた。
「あれ?怪我してるの?」
「はい。先ほど襲われた時に……血は止まりましたが」
「海の中でも止まるんだな……回復魔法をかけるから待っててくれ」
「ありがとうございます……って、え?」
「どうしたの?」
「いえ……神官や修道女以外は使えないと聞いていたものですから」
「そんなこと無いわ。光魔法を使える人は少ないけど、普通にいるのよ」
「神職以外に使う人は少ないかもしれないけどな」
ソラが手をかざすと、光とともに怪我が治る。エルザはいたく感動したようで、とても興奮していた。
そのためしばらく話し続けていたのだが、急にテンションが下がり……
「それで……よろしければ村にお招きしたいと思ったのですが、海の中なので……」
「いや、行けるぞ」
「無理です……え?」
「ソラ君の魔法を使えば行けるよ?」
「……本当ですか?」
「ああ。見るか?」
「是非!」
また上がった。まあ、種族の問題で行けないと思っていた場所に恩人が行けるのだから、当然かもしれないが。
あまりにもせがんでくるため、ソラは碇を下ろし、海に飛び込む。それに3人も続いた。
「こんな感じだな」
「凄い……人間が本当に海の中で……どんな魔法ですか?」
「水と風の複合魔法だ。説明は……難しいが、水の中でも問題無く動けるようになる」
「へぇ、凄いですね」
恐らく理解はしていないだろうが、その程度でも構わない。ソラ自身、理論が完璧とは言えないのだから。
しばらく話をした後、4人は人魚の村へ向かっていった。
「結構下に来たが、まだ潜るのか?」
「もっと下ですよ。ですが、流石に日の光は届きます」
「良かった。もし真っ暗だったら、ソラ君頼みだもんね」
「そういえば先ほど、回復魔法を使っていらっしゃってましたね」
「ああ、洞窟の中は光魔法で照らしてる。ちなみに人魚の村だと、灯りはどうしてるんだ?」
「珊瑚の1種に光るものがありまして、それを利用しています」
「珊瑚って、あの綺麗な岩だよね?」
「光る珊瑚か……確かに使えるな」
「流石に電光石から作ったものには負けますけどね。最近は地上との交易で貰ってます」
「確かに、便利だものね」
電光石と魔水晶を使った灯りは、松明とは比べ物にならないほど明るく、ある程度の稼ぎがあれば平民でも手に入るほど安い。脆いため冒険者達は使わないが、ソラ達もよく恩恵を受けていた。水に浸しても問題無いのに、人魚の村で使われていなかったら、逆に変な話だろう。
そんな風に会話をしながら進んでいくと、目の前に崖が見えてきた。水深は25mほど、普通にしていると物が青く見えるが、身体強化を施せば普通に見える。人魚は適応しているのだろう、エルザから身体強化の魔力は感じなかった。
「村はこの下です」
そのエルザの示す崖の下5mほどには、幾つか洞窟がある。いや、人魚が出入りしているのだから、そこが住居なのだろう。
そこをソラ達が覗いていると、見張りらしき槍を持った男の人魚がやって来る。最初険しかったその顔は、人魚がエルザだと分かると驚愕に変わった。
「エルザ⁉︎無事だったのか!」
「はい。こちらの方々に助けていただきました」
「こいつらに?……って人間か⁉︎」
「まあ、そうですね。魔法を使ってますが」
「確かに……動きが俺たちとも違うな……」
人魚は強力な下半身で泳ぐ。水を足場として動くソラ達は、確かにおかしく見えるだろう。
「エルザの恩人なら無碍にはできない。村長の所に連れて行こう」
「そのつもりですよ。ファーベルさんはどうするんですか?」
「見張りの仕事があるからな。頼めるか?」
「もちろんです。お父様には私から説明を」
「任せた」
ファーベルという人魚に見送られ、ソラ達は村の中へ下りていく。人間なので奇異の目で見られるが、エルザがともにいるためか警戒はされなかった。
「整ってるのね。普通の洞窟じゃないわ」
「確かに……魔法で作ったのか?」
「はい、昔に土魔法を使える人が掘りました。入り口は5ヶ所ありますが全て繋がっているんです」
「何人くらい暮らしてるの?」
「全部で500人くらいですね。戦士は100人ほどです」
「結構多いんだな」
「いえいえ。1000人以上暮らしている所もありますし、地上の町の方が多いですよね?」
「まあそうだが、村としては大きい方だ」
洞窟の中は入り組んでいて、道の左右に小部屋がある。そこが世帯ごとの部屋だったり、倉庫などになっているそうだ。集合住宅のようなものなのだろう。
すると、ソラ達の進んでいる通路は枝分かれが無くなり、周りの部屋も大きいものが増えてきた。
「この先です」
「村長の部屋は1番奥なのか?」
「はい。村の集会所も兼ねてますから」
「つまり、広いのね」
「といっても、何か特別なものがあるわけではありません。大人が使わない時は子どもの遊び場でもありますし」
「まあ、外は危険も多いからな」
歩いていった先、そこは聞いていた通り広い部屋となっている。そしてその中には蒼髪碧眼の壮年の男性、村長らしき人魚がいた。
「お父様」
「おお、エルザ。よく戻ったな」
「こちらの方々に助けていただいたおかげです」
「なるほど、別の村の人魚か半魚人に……人間だと⁉︎」
「まあ、驚くよな」
「そうよね」
「海の中だもんね」
驚きはしたが流石は村長、今までの経緯を聞くと、深々と頭を下げた。……浮いているため、そうは見えないのだが。
「なるほど……それは改めて感謝を」
「助けるのは当たり前よ」
「うん。やったのはソラ君だけど」
「ですが……今は何もできなくて申し訳ない」
「どうしたのですか、お父様?」
「……魔獣が出た。Sランク、我々には手の出しようが無い」
一般人どころか、普通の兵士ではまず勝てない相手。水中という条件下、ソラ達でも相手によっては苦戦は免れられない。
村の壊滅の危機と言ってもいいこの状況、当然ながら見逃せない者もいる。
「お父様!それはいつ⁉︎」
「ついさっきだ……狩人2人がやられた」
「そんな……」
「相手は?」
「クラーケンだ。20mの胴体と30mもある8本の脚、近寄るのも一苦労だ」
「魔法は使いますか?」
「水魔法を使ってくる。種類が多いわけでは無いが、出力は高いな」
「なるほど……」
話を聞きつつ、ソラは何ができるか考えていく。ミリアとフリスはソラを信用し、その答えを待つ。
「ところで、何故このようなことを聞くのだ?」
「討伐の仕方を考えるためです」
「い、良いのか?というよりも、できるのか?」
「ええ、可能です。これも何かの縁でしょうし、引き受けます」
「おお……ありがとう。この礼は必ず」
「お礼は終わってからで。他に気をつけることは?」
「いや無いが……この村の戦士も連れて行くと良い。多少は役に立つだろう」
「いえ、結構です。足手まといになりかねませんし、邪魔になります」
「……何をする気だ?」
「別に、問題はありません。ただ、派手に暴れるだけですよ」
ソラの回答に疑問を浮かべる2人と、それに納得する2人。前者の2人を除いた3人は部屋から出て、聞いた出現ポイントへ向かっていく。
納得していた2人……ミリアとフリスは、進みながらソラと細かい打ち合わせを始めた。
「それでソラ君、どうするの?」
「会った瞬間に雷で痺れさせて、後は一気に攻撃して倒すぞ」
「でも、ギルアナマニーの時は使えないって言ってたわよね?」
「大丈夫だ、消費魔力は多いが手はある。水中での動きにも、だいぶ慣れたしな」
「そうだね……クラーケンの魔法はわたしが抑えるよ」
「分かったわ。動けなくなった足は、私が切るわ」
「頼む」
覚悟を決め、3人は広い海へ飛び出していく。情報が伝わるのが早かったためか、すぐに見つかった。
「あれ、かな?」
「見つけたか?」
「多分。向こうにいるよ」
「ん?……見つけた」
「それで、周りはどんな所よ?」
「これは……谷の間だな。クラウドシャークを襲ってる」
「そう、なら今のうちね」
「ああ。急ぐぞ」
クラーケンに気づかれないようできるだけ音を立てず、ただし素早く移動していく。そしてすぐに、その谷へたどり着いた。
「この下だ」
「クラウドシャークはあと1匹だよ。捕まってるし、時間の問題」
「じゃあ、さっさとやるぞ」
ソラは闇魔法を放ち、海水の導電率を変えていく。だがそれがクラーケンの近くにまで広がった瞬間、動きが変化する。
「気付かれたみたいね」
「急いで!」
「分かってる……行け!」
薄刃陽炎の切っ先から放たれた無数の雷はクラーケンを覆い尽くし、食らいつく。クラーケンは大暴れし、水流を至る所に放つが、雷からは逃げられない。
「ずっと雷が当たってる?」
「最初から広範囲を改変した上で、今も改変し続けてるからな。逃がさないぞ」
「でもそれって……大変よね?」
「ああ、つらい。だが……止められないからな」
雷が弱点とはいえSランク魔獣、多少は耐性があるらしく普通に暴れていた。だが……
「足りないか……フリス!」
「うん!」
2人分になると耐えきれないようだ。次第に足の動きが衰えてきて、脅威度が減ってくる。だが、魔法だけは弱くならない。
「やっぱりまだか……ミリア」
「ええ、分かってるわ。ソラも行くわよね?」
「ああ、行くぞ」
そしてソラとミリアは崖の上から下りた。1人残ったフリスは水魔法に切り替え、高圧の水壁で足を抑え込む。
「ミリア、俺が囮になるから足を頼む」
「太いから、すぐにはできないわよ?」
「ファウガストを使えば良い。火は俺が調節する」
「ありがと。でもそこまでは、必要無いわ!」
ソラがクラーケンの正面に出て、ミリアが足の対処。1回の斬撃では傷つけるだけでも、2回3回と切れば半分となり、4回5回と斬れば切断される。それを繰り返して、ミリアは次々と仕事を終えていった。
「さて、俺もやらないと……「いっけぇ!」うおっ!フリス⁉︎」
自分に向かってくる足の相手をしようとした瞬間、ソラのすぐ横を高速の高圧水流が飛んでいき、クラーケンの目の間を貫く。さらに、目を衝撃で吹き飛ばした。
「……あ」
普通の烏賊と同じくそこに脳があったのだろう。クラーケンは一瞬震えた後、力無く浮かび上がる。
「あれ?」
「……フリス、知ってたのか?」
「えっと……何が?」
「……烏賊の弱点は目の間、そこに脳があるぞ」
「……知らなかった……」
「つまり、知らずに弱点を撃ち抜いたってことよね?」
「しかも1番攻撃が通りづらい水でな。何なんだよ、あの威力」
「ずっと溜めてたもん」
「……まあ良いか」
3人はクラーケンの死体を回収し、人魚の村に戻っていった。




