第5話 海都シーア②
「今日はギルドに行くからな?」
「そうね。遊んでばかりもいられないし」
「ミリちゃん、結構遊んでたよね?」
「フリスもだろうが。俺が言い出さなかったら、いつまで続けるつもりだったんだよ?」
「うーん……後1日かな」
「3日も遊んでたからで、全然説得力が無いな」
「それは酷いよ〜」
ソラの言う通り、3日間遊び呆けていた3人。昨晩ソラが言い出し、ようやく冒険者ギルドにやってきた。
「海辺だからか。討伐依頼は水棲魔獣が多いな」
「それだけ被害が出てるってことよね」
「倒しづらくて残ってるっていう可能性もあるぞ。水の中の相手をするのは、人魚や半魚人以外には難しいからな」
「そうね……私達も陸でやるべきかしら?」
「いや、海の方でやるぞ」
「大丈夫?」
「ああ。というか、前にダンジョンでやったじゃないか。あれに少し改良を加えてある」
「それなら、海の方が良いかもね」
海の方の依頼は受注できる人が少ないため、全体的に報酬が豪華だ。達成できるのなら、おいしい依頼である。
そのため3人は依頼を受け、港へやってきた。のだが……
「それで……2人とも、1つ聞いていいか?」
「どうしたの?」
「ええ」
「本当にその格好で行く気か?」
「そうよ」
「そうだよ?」
ミリアとフリスは水着姿なのだ。薄着とはいえ、ソラは普段通りの装備なのだから違いがありすぎる。
「海水に濡れたら、服が痛むじゃない」
「それは鉄や木だって一緒……ああいや、そっちは気にしなくて良いんだったな」
「忘れてたの?」
神器となった3人の武器は、状態保存とも呼べる効果がついている。使用していれば錆びたり痛んだり欠けたりしないのだから、気にする必要はなかった。
「服と鎧にはそれがないから、水着なのか?」
「ええ。乾かす手間も多いしね」
「……分かった。ただし、怪我はするなよ?」
「ソラ君が治してくれるでしょ?」
「海の中で怪我すると大変なんだから、やめてくれ」
「善処するわ。ソラも着替えたら?」
「ああ、そうする」
結局ソラも下に着ていた水着のみとなり、ギルドが貸し出した小船に乗って海に出る。ソラはオールではなく水魔法で小船を動かしており、かなりのスピードを出している。
そのため、ポイントに着くのも早かった。
「このあたりだな」
「そう、ね。それで、どうするのよ?」
「さっさと行くぞ」
「ちょっ!ソラ⁉︎」
「行こ、ミリちゃん」
「フリスも⁉︎」
碇と同時に飛び込んだソラと、それに続いたフリス、そしてフリスに引っ張られたミリア。ミリアだけは少しパニックになりかけたが、沈んでいた体は途中で止まり、息もできている。
「……え?」
「これって……どうなってるの?」
「呼吸と動きやすさは前と同じだ。それに加えて、足の裏に水圧で力場を作ってる。足の下に地面がある感じだな」
「どんな感じで進めばいいのよ?」
「地上とほぼ同じだ。前後左右上は地面と同じ、下に行きたい時はひっくり返れば良い」
「う〜ん……ちゃっと練習していい?」
「ああ、慣れれば簡単だろうけどな。ミリアもそれで良いか?」
「勿論よ。むしろ、私達の方が必要じゃない」
前回は水の抵抗を大幅に無くす魔法だったが、今回はそれに加えて足場を作る。前の方が地上と違和感無く動けるとはいえ、立体的に動いた方が良いのはミリアが証明済みだ。3人、特にソラとミリアは熱心に練習していた。
「ソラ……慣れるのが早いわね」
「まだまだとはいえ、作ったのは俺だからな。頭では分かってるから、後は実践するだけだ」
「ズルいわよ……」
「開発者の特権と言え」
ミリアがまだ転んだり、加速しすぎたりしているのに対し、ソラは割とスイスイ動いている。開発者の特権を使いまくっていた。
そして、そこへ近づいてくるフリス。たどたどしい動きだが、少しずつ慣れてきているらしい。
「ねえ、ソラ君……」
「フリス、どうした?」
不安そうな顔だったためソラは心配したが、そこまで考え込む必要は無かった。
「魔法って、どうしたら良いかな?」
「ん?魚道の時と同じで良いんじゃないか?」
「だってあの時はほとんど倒せなかったし……」
「そうだったな。俺は闇魔法で導電率改変できるから良いが……高圧水流を使え」
「大丈夫なの?」
「水をぶつけるだけだと意味無いが、切断系になれば効くだろ」
「だったら、水刃でも?」
「十分な威力があれば……いけるか」
水中においても普通に使える魔法は水・氷・闇・光の4種。こうやって上げると多いように思えるが、水以外は使い手が比較的少ない属性だ。特にフリスは、4属性持ちの利点が完全に死んでしまっている。その結果、魔力を余分に使うしか無かった。
「っと、こんな風、ね」
「お、上手くなったな」
「ソラの動き方を見ればだいたい分かったわ。フリスの魔法と似てたしね」
「実はあれからヒントを得てた」
「やっぱり?」
「ああ。それで、まだやるか?」
「いいえ、進みましょう。その方がすぐに慣れれるわ」
「そうだね。わたしも試してみたいし」
「分かった。じゃあ、行くぞ」
そうして水中を歩いていった先。3人の頭上には全長8mの鮫が2匹。狙われているのだがサメが慎重で、奇妙な膠着ができていた。
「あれって……」
「メガシャークの番ね」
「Aランクか……まあ、練習にはちょうどいいな」
メガシャークは3人の頭上を回りつつ、包囲を狭めていく。ソラ達は得物を構え、いつでも迎え撃てるようにしている。
「……ソラ君」
「言いたいことは分かる気もするが、何だ?」
「私とフリスで1匹ずつ対処させてくれる?」
「良いぞ。2人の方が大変だしな」
そんなことを話しているうちに、メガシャークがソラの左右両側から突っ込んできた。
「ミリちゃん!」
「ええ!」
そしてそれへ、ミリアとフリスが対処する。
「小回りは、こっちが上よ!」
ミリアはメガシャークへ正面から突撃することでコースを限定、直前で避けて側面を取った。そこから目、エラ、胸ビレ、尾ビレを切り裂いていく。
「エラが弱点かな?」
フリスは高圧の水の針を大量に用意し、ミサイルのように誘導して放った。だが、水の中なので視認できない。メガシャークも魔力を知覚しているようだが、数が違いすぎた。
「……また凄いのを作ったな」
「そう?」
「圧縮率だけじゃなく、狙いも上手いからな。アレなら1本だけでも倒せるぞ」
水の針はメガシャークのエラを中心に、頭部に集中して刺さった。ソラの目が正しければ、脳や大動脈に何本も突き刺さっているはずだ。
「じゃあ、正面から迎え撃てるのね」
「ああ。フリスなら、弾幕を張るのも簡単だからな」
「ソラ君もできるでしょ?」
「俺は闇か光にするぞ。威力重視なら雷だしな」
水中、しかもイオンが大量に溶けている海水中で雷を使うなど、普通なら自滅行為だ。そしてそれが、ソラの持つ大きなメリットでもある。
「そんな話より、魔獣を探しましょう」
「そうだな、と言いたい所だが……」
ソラが視線を向けた先には、点が多数。この距離からは何も分からないが、全長2.5mの鮫の群れだ。
「見つけたぞ。クラウドシャークの群れだ」
「何匹よ?」
「28匹だな。いけるか?」
「当たり前よ」
「当然だよ」
ただし相手の数が多いため、海底の岩場に下りる。周囲を囲まれたら面倒だからだ。……面倒でしか無いのがソラ達らしいが。
「でもソラ君、何であんなに早く見つけれたの?」
「魔力探知の範囲を変えれるようになったからな。点が見えた時に、他を減らしてその方向に延ばしてみた」
「……凄いことやるんだね」
レーダーなどを例にすると分かりやすいだろうが、基本的には円形球形に広げる方が楽だ。それをソラは、楕円形に探るということをやったのだ。
ソラにとっては、指向性を持たせて気配を探るのと同じだそうだが……同じことをできる人が何人いるのだろうか?
「あ」
「ちっ、やっぱり狩りは慣れてるか」
「どうしたのよ?」
「クラウドシャークが5つの群れに分かれた。上から1つ、海底を這うように進んでるのが4つだな。同時にしかける気だぞ」
「でも、私達にとってもやりやすくなったわね」
「そうだな。上以外は……前と右、少し遅れて左側が2つだ」
「その通りだけど……どうするの?」
「3人だとやりづらいわよね?」
「ミリアは右からのやつを、フリスは上からのやつを迎撃しろ。俺はまず前から来るのを倒す」
「他はどうするの?」
「遅れてるからな。ここに来る前に倒せるだろ?」
「勿論よ」
「うん、分かった」
「じゃあ、やるか」
そしてソラ達は迎撃するため、3つに分かれる。
「これだけ……行って!」
フリスはその場から、水刃を大量に放った。そして向かってきた6匹のクラウドシャークは、1匹の例外もなく真っ二つとなっていく。
「やぁ!」
ミリアは4匹の群れに突っ込み、エラを集中的に切り裂いた。クラウドシャークは血管の多いエラを切られ、大量に出血しながらのたうちまわっている。ミリアはそれを放置し、元の場所へ戻った。
「導電率改変、行け!」
闇魔法で電気が通る道を作り、雷を放っていくソラ。その1撃は5匹中4匹を殺し、もう1匹も死にかけとなった。すぐさまソラはトドメを刺し、フリスのもとへ戻る。
「後2つね」
「うん。後13匹、早くやっちゃおうよ」
「そうだっ⁉︎ミリア!フリス!避けろ!」
3人が通路の1つに隠れた直後、先ほどまでいた広場に触手が雪崩れ込んできた。そして、クラウドシャークが遅れて突入してきたが、3匹が触手に刺され、絡め取られ、引きづられていく。残る10匹もパニック状態だ。
「何⁉︎」
「えっ⁉︎」
「イソギンチャクだ。ついさっき魔力探知にかかったばかりだし……隠れてる状態だと魔力を出さないのか?」
触手を避けながら、海面へと近づいていく3人。そこから見たのは、巨大なイソギンチャクだ。
先ほどまで岩にしか見えていなかったそれは本体だけで全高4m、さらにその上から無数の触手が生えており、今もクラウドシャークを捕獲している。
「何よあの大きさ……」
「Aランクのギルアナマニーか。毒持ちでもあるし……多少だが、不利だぞ?」
「不利なのは前もよ。ランクは下とはいえ、こういう敵は久しぶりじゃない」
「うん。それに、ここで逃げるソラ君じゃないでしょ?」
「分かってるじゃないか」
こんな会話をしている間にも、クラウドシャークは全て捕らえられ、ギルアナマニーに取り込まれていた。そこへソラ達は近づいていった。
すると触手の先端に魔力が集まり、高圧の水流が放たれる。
「水⁉︎」
「水魔法だな。ミリア、触手の対処が終わるまで待て」
「分かったわ」
ギルアナマニーは捕獲を諦めたのか、次々と水流を放っている。ソラはそれよりも高圧な水を用い、傾斜をつけて壁を作ることで防いでいた。
「とは言ったものの……触手をどう潰すか……」
「雷は?」
「無理だ。俺の導電率改変はその範囲の水を対象にしてるから、ここまで荒らされると無意味になる。光や闇を使うとしても、荒らされすぎて簡単にはいかないぞ」
「そっか……水でどうにかできるの?」
「水でも、あいつの魔法を突破しないといけないからな。高圧の水塊でどうにか……ん?」
「どうしたのよ?」
「土を使えば良いか。直接やれる」
「「あ!」」
水中で土や岩を動かすのは抵抗があるため難しいが、地面を直接操るのならほぼ問題無い。
その結果、ギルアナマニーは地面から生えた岩の槍に貫かれ、動かなくなった。
「……簡単に終わったわね」
「まあ、普通なら触手の対処が先だからな。俺達もそう思ってたが」
「そうだね。土魔法を使える人が水の中にいるとは思えないけど」
「人魚とか半魚人に使える人がいるかもしれないだろ?こんな使い方をするかは分からないが」
「水棲魔獣って、海底に近い所は少ないわよね?あまり使わないんじゃない?」
「それもそうか。だか……魔獣が強くないか?」
「確かに、南の方にしては強いけど……海の中は分からないわよ?」
「うん、初めてなんだし」
「そうだが……気になるな……」
そして3人は、水中を歩いていった。
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「疲れた〜」
「水の中は慣れてないもの。疲れるわよね」
「そうだな。もう少しゆっくりの方が良かったか?」
「ううん、大丈夫だよ。ソラ君とミリちゃんこそ、疲れてない?」
「俺は問題無いな」
「私もよ」
あの後何度か魔獣を倒した後、一旦小船に戻ったソラ達。時間も良いくらいなので、昼食をとることにしていた。
「鯛の……カルパッチョか?」
「ええ、そうよ。捕まえれたもの」
「早かったよね」
小船に上がる前、ミリアは岩場にいた鯛にルーメリアスを突き立て、捕まえている。
「美味いな。刺身も良いが、これも良い」
「お刺身も美味しかったけど、ミリちゃんのも美味しいよね」
「ありがと」
鯛のカルパッチョ以外にも、いくつか料理がある。そのうち1つはソラが作ったものだ。
「それでソラ、これは?」
「一応、タコ焼きのつもりだ。専用の器具が無いから、ほとんどお好み焼きだけどな……」
「何それ?」
ソラは、岩陰にいた蛸を捕まえていた。見えていた足を引っ張り、本体を真っ二つにするという乱暴なやり方だが。
そして調理も乱暴だった。タコ焼き器が無いためフライパンを使ったのだが、形は卵焼きに近い。生地自体に醤油を混ぜているため、上には何もかかっていない。
「あ、美味しい」
「美味しいわね……こんな風も良いわ」
「本物はもう少し小さい球形なんだがな……タコ焼き器があれば良かったが……」
ロスティア周辺には蛸がいないため、タコ焼き器は手に入らなかった。バルクも食べてはいないらしい。
「でも、海の中って面白いね」
「そうね、綺麗な海藻もあるし。あの綺麗な岩が何か気になるけど」
「それは珊瑚だな。一応あれでも生き物だぞ」
「そうなの?」
「ああ、小さな生き物が集まってるものだ。小さな貝が大量にいるって考えるのが近いか?」
「へえ、そんなのもいるのね」
「詳しいね」
「前の世界だと、結構知られてることだったからな」
|正確には違う《クラゲやイソギンチャクの仲間》が、2人に教えるには最も簡単な例えだ。
こんな感じで3人は食事をしつつ、たわいの無い話をしていた。そんな中、フリスがあるものを見つける。
「ねえソラ、あれって……?」
「ん?遠いな……人が……襲われてる⁉︎」
「え⁉︎」
「急ぐぞ!」
人が大きなサメのような魔獣に襲われていた。距離があって分からないが、女性のようである。
ソラはボートの後方に水を集め、一気に放出する。所謂ウォータージェット推進だ。ただし、小船に触れている水を魔法で集めて使っているため、摩擦は無いに等しくなっている。
つまり、とてつもなく速い。
「速い!速い!速い!」
「ちょっとソラ!どうなってるのよ!」
「説明は後だ!衝撃に備えろよ!」
猛スピードで海面を突き進む小船、その先端には衝角のように氷がついており、ソラの狙いを表してした。
サメ型の魔獣は半分水面から出していたのが仇となり、小船に追突され真っ二つとなった。
「うわぁ……」
「何とか間に合ったか」
「そうね。ちなみに、どうやって止まるのよ?」
「こうする」
水を逆噴射され、小船は急停止する。いきなり行われたため、ミリアとフリスは慣性に従い前に倒れこむが、ソラが支えた。
「乱暴すぎるわよ!」
「仕方ないだろ。急に止めるのは大変なんだからな」
「それでも限度があるわよ」
「いつもはもっと速いじゃないか」
「そうだけど……」
「ミリちゃんには普通でも、わたしにとっては速いんだよ?」
「そこは本当にすまなかった」
「フリスには謝るのね……まあいいわ。それで、襲われていた女性は?」
「目を回してるみたいだよ。ソラ君が波を2つもたてたから」
「巻き込まれたのね……」
「助けたんだから良いことに……できないよな……」
女性を小船の上に引き上げるが、小船に乗った瞬間に3人は固まった。
「……ねえソラ君。似たようなのを最近見た気がするんだけど」
「……ソラ?」
「……ああ、あいつと同じだな」
助けたのは蒼髪をポニーテールにし、濃い青色の眼を持った女性。上半身は胸部を覆う水着らしき物のみと、遊泳の途中だったようにも見えるが……
「人魚、か。また変な縁だ」
「はぃぃ……」
彼女の下半身は水色の鱗で覆われた、魚のようであった。




