第8話 商業都市イーリア③
翌日、2回目となった北の森からの帰り道。
「ふぅ、今日も多かったな」
「でも楽だったよ。2人だったら、この半分以下しか出来ないもん」
「そうね。それにしてもソラ、結構お金貯まったわよね?」
「ああ、3人で分けてはいるが……15万は超えているな」
「早いよね。けど、わたし達より強いし、当然かな?」
「今だって、私達に合わせる為に手加減してるでしょ?」
「2人だって同じようなものだろ。相手にしている魔獣が弱いせいで本気でやれてないんじゃないか?」
「間違ってはないわね。それで?そろそろ旅に出る?」
「そうだな……明日はイーリアを見て回らないか?折角来たんだし、観光ぐらいはしておきたいからな。その後は……依頼を全部終わらせてから出発、で良いか?」
「良いわよ。予定は私達が決めるから、明日を楽しみにしておいてね」
「面白い所もたくさんあるよ!」
「ああ、よろしくな」
そうして3人は多くの魔獣の討伐証明部位を持ってイーリアへと戻っていった。
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翌朝
「ソラ、おはよう」
「おはよ〜……」
「ああ、おはよう。フリス、どうかしたのか?」
「ううん、何でもないよ」
「そっか、だったら良いけど」
朝食の時、先に待っていたソラに2人が声をかける。今の2人の服装は、ミリアが青系統の色で揃えた長袖長ズボンで、動きやすそうだ。
フリスは赤系統の色のカーディガンとスカートで、可愛くきめている。
「ミリアちゃん、フリスちゃん、今日は休みかい?」
「そうよ。ソラが町を見て回りたいっていうからね」
「間違ってはいないが、決めたのはミリアだろ?言った後、ノリノリだったじゃ無いか。フリスもだが」
「あらそうなの。じゃあ、デート楽しんで来てね」
「マーヤさん⁈何言ってくれてるの⁉︎」
「デート……」
「……大分慣れてきたな……」
その後朝食を食べ終えると、ミリアは急いで2人を町へと連れ出した。
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「まずはここね」
「ここは……劇場か?」
「そうだよ。今からね、250年前の勇者の冒険譚をやるの」
「250年前か……相手の魔王は今とは別だよな?」
「そうよ。今の魔王は……確か100年前からね」
「ま、俺には関係無いだろうな。それよりも行くぞ、良い席を取りたいだろ?」
「そうね、行きましょうか」
「入〜場〜」
「恥ずかしいから止めなさい!」
そうして劇場の中に入って暫く待った後、劇は始まった。
今から300年前、この大陸の中央に魔王が生まれた。その時あった4つの国はそれぞれで戦ったが、国同士でも対立していた為に負け続け、50年で国土の半分も取られてしまう。
そんな時、1つの国で異世界から女性の勇者が召喚された。彼女は4つの国を訪れて互いに協力させ、自身は4人の従者と共に魔王を打ち倒す。
魔王が居なくなり弱体化した魔王軍は4ヶ国連合軍によって駆逐され、世界に平和が戻った。
そして、勇者は惜しまれつつも元の世界へと戻る。
その時に言った一言が……
「互いに協力して、より良い発展をしていって下さい。それが私の、この世界での、最後の望みです。」
4国はこの言葉を守って平和を繋ぎ、今も受け継がれている。
『皆さん、今現在も魔王がいて大変な時代ではありますが、彼女の言葉を忘れず協力して、生き残っていきましょう!』
マイクのような魔法具を使って大きくされた声を聞くと、観客は惜しみ無い拍手を送り、それを受けて役者達は大きく頭を下げる。
そして幕が降り、劇は終わった。
「どうだった?」
「面白かったでしょ?」
「確かに面白かったが……現状を見るとハッピーエンドじゃ無いんだよな」
「そうよね……私達が生まれる前だけど、ああなっちゃったもんね……」
「そ、その話は後にしようよ。次に行こ!」
「ちょっと、引っ張らないでよ」
「分かった分かった。止めるから」
暗い空気を何とかしようと、フリスは2人を引っ張り、劇場から出て行った。
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「お、美味いな」
「でしょ?ここはイーリアの名物なのよ」
「(もぐもぐ)」
「初日に通ったのは1本隣だったか?結構変わるもんなんだな」
「ここは大通りだしね。食事時はこんなものよ」
「(もぐもぐもぐ)」
「フリスはいい加減喋りなさい!」
「(もぐ)……ミリちゃん、痛いよ」
「ずっと食べてばかりじゃ無い。遠慮くらいしなさい!」
「だって、ソラ君が遠慮しなくて良いって言ったんだもん」
「そうだとしても、食べ過ぎないのがマナーでしょ!」
「こらこら、喧嘩するなって」
ここはイーリアを中央から東側に走っている大通りの中程。多数の出店や屋台があり、多くの人で賑わっている。
そんな中、ソラとミリアは、ミリアお勧めの串焼きを買い、フリスは色々な店を廻って大量に買い食いをしている。
ちなみに、今までのお礼という事で、お金は全てソラが出した。ミリアは頑張って断ろうとしていたが。
「ふぅ。あ、あのお店のケバブもオススメよ」
「それなら食べてみるか……うん、確かに」
「当然よ。それから「ソラ君!あのクレープ買って!」「ちょっと待った!買ってやるから引っ張るな!」……フリスは大人しくしてなさい!」
「ミリちゃんだって買って貰えば良いのに〜」
「い、良いわよ私は。ソラに迷惑でしょ?」
「そう言ってるけど、目は正直だね?」
「ん?ミリア、あのクロワッサンが欲しいのか?」
「違う違う違う!それはフリスが勝手に言っただけよ!」
「まあ良いや、俺は買うから。おっさん、このクロワッサン5つくれ」
「はいよ!それにしても兄ちゃん、美人さん2人もいるのかよ。良いねえ」
「やめてくれ、ただのパーティーメンバーだ。それでミリア、いるか?」
「いや…私は…その……」
「正直になろうよ」
「貰うわよ……美味しい……」
「(このクロワッサンね、ミリちゃん毎週買ってるんだ)」
「(だからか。そうだったら、正直に言えば良いのにな。そっちの方が可愛いし)」
「余計な事言わない!」
元々ソラが居た世界と同じ名前・同じ見た目・同じ味の食べ物がかなり多い。普通なら疑問だが、ソラは知っている。
(オリアントスが入れた知識に在るんだよな……食事関連の神が地球から取って来たって……俺は楽しめてるから良いんだけどさ……)
オリアントスがソラに入れた知識には、かなりの割合で無駄な物がある。しかもジャンルはバラバラで。
今の食事の事は疑問解決にはうってつけなのだが、中には『炎神のオススメ溶岩風呂』という物ももあり、ソラも扱いに困っている。
「なあ、2人共」
「何?」
「どうしたの?」
「次に行く町はどこにしたら良いんだ?」
「そうね……直接行けるのは雷都ライデン、魔法都市ネイブ、港町のバーディア、王都ハウルよ」
「ハウルが良いんじゃないの?仕事も多いだろうし、ダンジョンもあるよ?」
「ダンジョン?そんな物があるのか?」
「ええ、だいたい……150年前だったかしら。世界中に急に出てきたんだって。イーリアの近くなら、ハウルとネイブに在るわよ。その2つなら……ハウルの方が良いわね」
「へぇ、じゃあハウルに行って、暫くしたらダンジョンに挑んでみるか」
「そうしましょう」
「賛成〜」
次の行き先を決めた3人であった。
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「ここは?」
「吟遊詩人の歌い場だよ」
「ここはイーリアでも珍しいカフェでね、いつも何人かの吟遊詩人が居て、歌ってもらえるのよ」
「へぇ、面白そうだな」
「カフェだから、何かを頼まないといけないけどね」
「まあ当然か。飲み物でも適当に頼めばいいだろ」
「そうだね。じゃあ行こ〜」
「フリス、大人しくしなさい」
全体が木で出来た、大人しめな感じのするカフェへと入っていく3人。
ソラはホットコーヒー、ミリアはアップルティー、フリスはホットミルクを頼み、1人の吟遊詩人の近くに席を取る。
「1曲頼めるか?」
「いいぜ、そっちの嬢ちゃん達も聞いててくれよ」
「勿論よ。良い話をお願いね」
「楽しみにしてるよ〜」
「そんなに期待し過ぎないでくれ。じゃ、始めるぞ」
「ああ、頼む」
彼がギターの様な、琵琶の様な楽器の演奏を始める。悲しいような、それでいて和む音が店中に流れていく。
「イーリアから北方にある小さな村。そこに1組の夫婦が居た。2人は元冒険者で、Aランクにまで上がった強者だ。
その日は村の祭りの日。夫婦の元仲間や同業者、知り合いも多数村に居た。
そんな日、村に魔獣の大群が現れた。戦える者は武器を取り、戦えぬ者は町へ逃げる。
混乱の中、夫婦も勇敢に戦った。夫は剣で断ち、火で燃やす。妻は槍で穿ち、水で防ぐ。元仲間達も互いに補い、戦った。
しかし、押されていく。数が違い過ぎた。仲間達も次々と傷つき、時には死んでいった。
夫は焦った、夫は恐れた、妻が死んでしまうことを。
妻は望んだ、何時までも夫と共にいるこおを。
夫は頼んだ、仲間が妻を連れていくことを。
妻は拒んだ、夫を置いて逃げることを。
仲間は決めた、生き残りを増やすことを……
その村は地図から消えた。多くの者が傷つき、少なくない者が死んだ。妻は夫を探した、何日も。だが、見つけられなかった、夫の形見となるものですら……
彼女は再び冒険者となった。しかし、その顔に笑顔は無い。都市を巡り、村を巡り、魔獣を倒し続けるだけだった。
そんな中訪れた小さな村。そこで彼女は見つけた、何一つ変わらない彼を。顔も、声も、体格も、髪も、目も、武器も、鎧も、技も、魔法も、癖も、仕草も、昔と変わっていない彼を。
ただ一つ、記憶が無いことを除いては……
彼はその小さな村に辿り着き、周囲の魔獣を狩っていた。執念深く、執拗なまでに。
彼女はその村に住む事にした。記憶が無くても、自分が愛し、生涯を誓った彼と共にいるために。
彼女は幸せだった。昔と変わらぬ日々を過ごせたのだから。
彼は救われた。戦いだけが全てでは無いと知れたのだから。
だが、その幸せも長く無かった……
村は魔獣達に襲われた、あの日のように。
2人は戦った、あの日と同じように。
しかし違う、あの日とは。
あの日は仲間が居た、味方が居た、2人きりでは無かった。
今は仲間は居ない、味方も居ない、2人だけの戦いだった。
彼は焦った、彼は恐れた、彼女が死んでしまうことを。
彼女は望んだ、何時までも彼と共にいることを。
彼は頼んだ、彼女が逃げることを。
彼女は拒んだ、彼を置いて逃げることを。
彼は諦めた、彼女を説得することを。彼女は喜んだ、あの日と同じにならなかったことを。
2人は戦い続けた、何時までも。互いを守り、互いを庇い続けた。
彼の後ろを彼女が守る。
彼女への凶刃を彼が庇う。
彼は思い出した、彼女のことを。夫は思い出した、妻との日々を。
彼女は知った、彼の変化を。妻は知った、夫が戻って来た事を。
2人は夫婦へ戻った。だが、それにも終わりが見えていた。
夫は失った、己の左腕を。
妻は失った、己の右腕を。
2人は誓った、来世での再会を……
しかし、誓いは叶わない。
騎士団が来た。冒険者が来た。そして、かつての仲間達が来た。
夫は喜んだ、妻との日々を続けられることを。
妻は喜んだ、夫と離れなかったことを。
夫婦は助かった。幾つものものを失いつつも、大切なものは守り通した。
失ったものを庇い合い、互いの愛を確かめ合った。
そして2人は、何時までも幸せに暮らしたとさ、めでたしめでたし」
「ありがとう、良かっ、ってうわっ!」
「……良い話だったわね」
「……奥さん良かったね」
「泣き過ぎだぜ、嬢ちゃん達……」
2人は号泣していた、そりゃもう盛大に。
「ありがとね、はい」
「ありがとう、はい」
「……同じ額を出さなきゃいけない気がしたから、はい」
「……こんなに良いのか?」
「一応Cランクだからな。ある程度稼げてるんだ」
吟遊詩人が貰ったのは鉄貨20枚×3、合計6000Gもの大金だ。ソラ達ならすぐに稼げる額だが、一般で言えば十分多い。
「さて、他の曲も頼めるか?」
「ああ、良いぞ。嬢ちゃん達もそれで良いか?」
「そうね、お願いするわ」
「あ、おかわり取ってくる〜」
この後、幾度となく泣いたミリアとフリスであった。
ちなみに、この吟遊詩人が1日の内に3人から貰った金額は、2ヶ月分の稼ぎに相当したそうだ。




