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~八月二十七日~ 模造の宝石

   模造(もぞう)の宝石


―――創生不朽のエリュシオンッ!


 死を超越した人々を頂点に、絢爛華美(けんらんかび)な世界を築いた至高の楽園ッ!万人(ばんにん)はどこまでも対等であり、純然たる魂だけが住む事を許される絶対平等の理想郷ッ!

 しかし、この楽園で最も神がかっている事と言えば、楽園の住民として生れ落ちるその瞬間に他ならないであろう。我々人間は、自身の意思なく俗世に産み落とされ、心も体も境遇も、万事が万事、運命に委ねられて、そこには寸分の自由もなく、両足で立つのも覚束ない内から、険しい道を歩まされる事さえままある。それがこの楽園においては、生まれ落ちる前に、体躯、器量、才能、すべてが思い通りに、ありたい姿、生きたい道を、無明(むみょう)の闇から自由に選べるのであった。

 楽園に生まれた住民は、なに不自由なく己の才能を発揮できて、そこには不可能も挫折も失敗もなく、偉大なる先人の説く道を辿っていけば、必ず先人と同じ強さを得られる。だから我々の大半は先人の導きをなぞって、この段階ではこうして、あの段階ではどこどこへ行ってと、鼻息荒くする教育ママのごとくに育てる。必ずしもそうする必要があるわけではないが、先人の勧める道は最適にして最短のルートな上に、自身も先人と同じ才能、資質を持っているとわかっているのだから、そうするのが一番と思うのは自然の流れであった。そうして、果てにたどり着くのは無個性な自分で、無個性な自分は無個性な仲間と共に、新たな試練へと挑む。無個性と言えば、聞こえが悪いかも知れない。しかし、全ての個性が見えていて、脅かされる事がまるでなければ、誰も劣等や不安を抱かずに済むのである。

 皆平等(みなびょうどう)。そう、無個性こそが平等にして、安らぎであり、楽園が楽園たる由縁で、住民は無個性の群衆に混ざって、現実を楽園の底に薄めていくのであった。


「デッドアングルボーナスがマックスになったんだけど、次は何取るのがいい?」

 と、サトルは技能の取得をタークスに相談してきた。連日に渡りブレードタイガーを狩りづづけて、つい今しがた、ようやく一つの区切りがついたのであった。彼もまた無個性を目指す狩人で、無個性を目指す理由はまた人さまざまではあるが、彼の場合は単に考えるのが面倒らしかった。

「アローレインとかは?集団戦がきついんだよね」

「いや、サトルは一撃必殺型だからダメ。範囲技なら、シュートエクスプロージョンまで我慢するべき」

 サトルは技能リストを確認して、

「シュートエクスプロージョンって、使えるのかなり先だよね?」

「うん」

「マジかよ」

 と、うんざりそうであった。タークスはサトルが高校生と言うのを思い出して、大量の宿題を前にしたような反応に、口元が緩んだ。しかし、この世界もあと四日で終わる。サトルがどう頑張ったところで、シュートエクスプロージョンは使いこなせないであろう。思えば、残りわずかなのに、将来の事を考えているのも、おかしな話であった。

「まあ弱いけど、取ってもいいんじゃない?アローレイン」

「なぜ?」

「あと四日だし」

「ふむ」

 サトルは不意に駆け出して、

「取ってみた」

 と、幼い子供っぽく戻ってきた。

 早速、試し射ちしてみたいという話になり、二人はブレードタイガーの棲息するサバンナに戻ると、さすがは狩人らしい身のこなしで物陰から物陰へ、容易く獲物を射程圏内におさめて、

「使ってみる」

 と、サトルは数本の矢を束ねてつがえると、蒼空(そうくう)へ引き絞った。慣れない曲射の軌道をよく計算して、しかし迷わず手を離した。矢は黒く細い影となって、空へ吸い込まれたかと思うと、わずかな後に、のんびりと佇んでいたブレードタイガーにどんぴしゃッ!矢の雨が降り注いだッ!狙いは完璧だったッ!

 しかし矢の雨とは言っても、覚えたてのサトルが撃ったものは、突き刺さるどころか、ふにゃふにゃと弱々しく、雨と言うより霧雨のような柔さで、ブレードタイガーの丸まった背に当たりはするものの、ぴちぴちと弾かれてしまうのであった。

「弱い!」

 サトルは笑った。

 一方、ブレードタイガーにして見れば、冗談では済まされず、怒りの咆哮をあげて、まっすぐに突っ込んできたッ!

 油断していたサトルは、あっという間に距離を潰され、ブレードタイガーの鋭い爪がもう目の前で死が見えたが、硬質な音がそれをさえぎった。タークスが素早く間に入り、ブレードタイガーの一撃を受け止めていて、そのまま振りかぶると、十文字に切り裂いた。

「もう一回やる?」

 なんでもないような顔をして振り返ると、

「もういいや」

 サトルは苦笑いをして、格の違いに萎縮したようであった。

「使い物にならないね」

「いや、使えるよ。サトルの進むべき道と合わないだけ」

「道は外れるもんじゃないね」

「うん。素直に先人の言う通りにするべき。アローレインは速射型だから、ファストリロードと、マルチヒットボーナスがないと、威力が出ない」

「そろそろ寝るわ」

 と、相変わらず簡潔に背を向けて、タークスは焦った。

「あ」

「なに?」

「今週の日曜日は、リル来なかったんだけど、なにかあった?」

 聞こう聞こうと思いながら、機をうかがっていた話を慌てて切り出した。

 サトルは少し沈黙してから、

「さぁ、用事じゃない?」

「そう。来週は来る?」

「わからん」

「あの、ちょっと伝言いい?」

「リルに?」

「そう」

「なに?」

「やっぱり会いたいですって」

 タークスはそれからと続けようとしたもののそこまでで、頭の内は想いで虹色の輝きを放っているのに、我も我もと口へ押し寄せて、うまくまとまらなかった。

「会いたいですって言えばいいの?」

「いや、そうだな」

 続きを促されて、タークスはいよいよ焦った。

「まだ?」

「いや、う~ん」

「会うって、現実に会いたいって事?」

「そう」

「わかった。それから?」

「あ~、いいやそれで」

 結局もやもやした思いのまま、諦めた。サトルはさっぱりした性格だから、要件を受けて、そっけなく立ち去ると思いきや、意外にも動かなかった。

「一ついいかな?」

「うん?」

「リルに伝えるは伝えるけど、会ってどうするの?」

「どう?」

 と、タークスはまた押し黙った。胸の内もうまく伝えられないのに、具体的にどうと浮かぶはずもなかった。

「リルとこれからも関係を続けたいとか、そういう事?」

「そう」

「それはあきらめた方がいい。もうやめるって決まったんだから」

「知ってる。けど必要なんだ。俺には彼女が」

 タークスは思い切って言った。

「必要って会ってもないのに?」

「うん」

「でもそれってつまりはさ、この世界の幻想のリルが必要って事だよね。現実のリルはタークスさんが思ってるような人じゃないし、幻滅するだけだよ」

「幻滅はしない」

「なぜ?」

「リルの中の彼女が好きなんだ」

「中の彼女は知らないだろ」

「顔は知らない。けどここで話していたのは中の彼女、現実のリルだろ。俺は心を知ってる。俺は彼女の魂が好きなんだ」

 魂とまで言われて、さすがのサトルも詰まった。勢いに任せたとは言え、とんでもない大仰な言い回しにタークスは自分ながらに驚いた。

「リルの発した言葉も、幻想だとは思わないの?」

「何の得があって、そこまでするんだ?詐欺じゃあるまいし」

「タークスさん、幻想はやっぱり幻想だよ。どこまでいったって現実じゃないんだ。そして、その幻想はもう終わるんだ。俺達はあるべき現実にそれぞれ帰るんだよ」

「その現実に、俺は彼女を持ち帰りたい」

 勢いにのってさらに大胆に言うと、サトルはもう黙って、言葉のかけようもないようで、おもむろに背を向けると、

「まあ、伝えるだけは伝えとく。リルが決める事だし。でも君はリルの事をなにもわかっちゃいない。幻滅するよ絶対」

 捨て台詞を残して、ふいと消えた。広大なサバンナの中心で、タークスの胸はドキドキと打っていた。その興奮は、恋から来るものか、サトルとの言い合いから来るものか、雑然としていたものの、充実した熱気を感じていた。ただサトルが反感を覚えているのは確かで、(なか)ば喧嘩じみた風に別れてしまったから、わざと取り次がないのでは、とだけ心配であった。

 楽園を去り、布団に入っても目は興奮に冴えていて、板張りの天井がほの白らんで月明かりも眩しかった。また起きだして楽園に戻るも、なにもする気が起きず、ただわだかまる情熱と、サトルに対するわずかな後悔がちりちりと胸の内にくすぶっていた。

 ベランダも楽園と同じような青空が広がる頃、ようやくタークスに眠気が訪れて、目を血走らせてリルの返事を待ち焦がれていたが、常識的に見れば、こんな明け方に返事が来ると思っている事がおかしかった。今日はあきらめて楽園を去り、布団の中で明日こそ返事が来ますようにと祈りつつ、眠りに落ちた。


 翌日の夕方、散歩から帰って楽園に戻ると、ほんの一時間前に手紙が届いていた。


 こんばんは

 サトルの方からいろいろと話を聞かせてもらいました。少しきつい言い方になったとも聞いて、もし嫌な思いをさせていましたら、お詫びを申し上げます。

 日曜日は来れなくて、ごめんなさい。大事な用があって、来れませんでした。

 会いたいとの話ですが、サトルから聞いていろいろと私なりに考えてみましたが、あなたと会ってみようと思います。むしろ一度会うべきで、それは避けられない事だったように思います。ただ一緒にゲームをする事はもうできません。これは決まった事なので、それだけは許してください。

 あなたがよろしければ、最後に一度会いましょう。来月から忙しくなってしまうので、本当に勝手で申し訳ないのですが、来週の日曜日などはいかがでしょう?私がそちらの方まで伺います。あなたの住んでいる近所のトゥルーマンという喫茶店で午後二時に会いませんか?

 このメールの返事を見る事は、おそらくできないと思います。だから、勝手ながら午後二時にトゥルーマンで待たせていただこうと思います。あなたがよければ、来てください。

 それでは、さよなら。

            リルより


 タークスはメールを読んで震えた。会うべきとまで言ってくれたその部分がうれしくて何度も読み返した。何も言わずとも二人は通じ合っていたのだ。蓋を開けてみれば何のことはない。わかっちゃいないのはサトルの方ではないか。リルの言った通り、たとえ兄弟でも、わかりきれやしないのだ。ましてまだ高校生のくせに大人の機微がわかるものか。

 と、勝ち誇って、しかも近所の喫茶店を具体的に指定してきたのは、この辺りをよく知っている。つまり、リルがそう遠くないところに住んでいるという推測も間違いないようであった。


 自分の思う通りに話が進んでいる。神様が味方してくれている。千間神社へ、大はささやかに感謝した。




 次回 8月31日最終話

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