└さて、ここで一句。
と、絵を描き始めて暫くしたらまた携帯が震え出した。
僕はキリの良い所で手を止めて、鉛筆を持っている方ではない左手で携帯を開く。
まぁ当然というか何というか、先輩からだった。
『6/3 19:02
frm 遠山先輩
sb 聞いてくれ
トゥルーエンドで明らかになったのだが、主人公は神から与えられた力で幾つもの世界を何度も渡り歩いて来たらしい。
本来は不死身の身体なのだが、ひとつの世界で死を迎えた場合は強制的にその世界から弾き出されてしまい、また別のよく似た世界に飛ばされるのだとか…。
つまり今までのヒロインのエンディング全て(勿論あの恐ろしい数のバッドエンドを含めてだ!)、主人公が渡り歩いて来た世界という事なのだ。
それは解った。まぁ元々ストーリーを書いたのはこの業界では有名な破狭身氏だったからな、きっとどんでん返しがあるだろうと思っていた。
だからあのバッドエンドフィーバーにも耐えられたのだがね、しかしだな…。
私が異議を唱えたいのはだね、後輩君!
トゥ 』
…妙な所で切れている、と思えば真下に『メールサイズが大きい為、これ以上は受信出来ませんでした』の文字が。
僕の携帯は三年前に買った物で、古いからあまりの長文は読めませんよ、って何度も言っているのになあ…。
本題に入るまでの前置きが長いのはメールでも変わらない。
よく実際に話している時とメールの時とでは喋り方とかが全く違う人がいるって聞くけど、先輩にはそんな様子は皆無だ。
返信は…まあ普通に『最後まで読めなかったので簡潔にお願いします』でいいか。
…こんな風に、僕と先輩は普通にメールをやり取りする仲でもある。
けれど、僕らの関係は母さんが言うような友達じゃない。何度も言うようだけれどただの契約関係でそれ以上でも以下でもないんだ。
――僕が先輩と初めて会った時、あの時も先輩はさっき見せた碧い髪と瞳を持っていた。
最初先輩は自分の事を『魔法少女なんだよ!』とかごまかしていたけれど、やっぱり実際は違う。
僕も詳しくは知らない。けれど、一応簡潔に教えては貰った。
先輩曰く、この世界には人でも動物でもない異形のモノが存在していて、それらは普段は世界の裏側にいるけれど度々人の世に姿を現す。
先輩はそれを祓うのを役目とする家の生まれで、あの小人は異形のモノとは似て非なる存在…らしい。先輩はよく『妖精さん』と称している。
先輩の力は小人…『玄武』と呼ばれている彼に借りている状態だとか。
それは傍目には所謂『魔法』のようだけれど…そんな便利な物ではない、とは先輩の弁だ。
「…あ」
また返信が来た。
なになに…。
僕は携帯に視線を落とす。そこには古い僕の携帯でもちゃんと受信出来る、これ以上ない程簡潔な短文。
…なんだけど、これは…。
『6/3 19:04
frm 遠山先輩
sb Re:
エンディング
迎えりゃやっぱり
鬱エンド
―遠山明日葉― 』
…一句?
とりあえず言える事は、悪い予感は当たったらしいという事だ…。
これは明日、愚痴を聞かされる事は確実だな…。
と、うん?
またメールが来た。珍しく先輩じゃない人からかな。
…と思いきや相手は先輩だった。まだ返信はしていないし、このタイミングのメールは先のメールを見た僕の反応を見越していなきゃ出来ないはず。
僕は何だか『君の反応はお見通し』だと言われているようであんまりいい気分ではない。
『6/3 19:05
frm 遠山先輩
sb とりあえず
明日は、君がささくれ立った私の心を癒やしてくれるのを期待してるよ(笑) 』
何をしろって言うんだ…。
普段から膝枕だの抱擁などを日常的にしたがる先輩の事だ、どうせ碌なもんじゃない。
僕は何も見なかった事にして、携帯を閉じた。
――翌日。
僕は放課後、鞄を持ってひっそりと自分の教室を出た。
先輩が待ってるだろう教室に向かう為だ。
「あ、土浦君」
「はい…?」
その時、なぜか生徒指導の先生に呼び止められた。
普段関わらない先生―しかも生徒指導担当―に呼び止められる理由も解らず、僕は訝しげに眉を寄せた。
「突然呼び止めてすまないね」と笑う先生は、別段僕に対して何かある訳ではないように見えるけれど…。
「君、3-Bの遠山さんを知らないか」
その問いに、ああ、そういう事かと僕は納得した。
曰く、昨日の二時間目に先輩が授業中急に教室を抜け出し、そのまま三十分帰って来なかった件についてらしい。
確かに先輩からそんな話は聞いていた。抜け出した理由は勿論サボリではない事も。
「気が付けば教室からいなくなっていてね。参ったよ」
どうやら僕が先輩と一緒に歩いているのを目撃した誰かの話を聞いて、僕なら先輩がいそうな場所を知っているのではないかという事だった。
まぁ先輩は僕以外の人間とは必要以上に関わるのを避けているみたいだからなあ…。
「放送で呼び出してもいいんだが、出来ればそれは避けたいからね」
「? どうしてですか?」
そうだ。わざわざ僕に聞いたりせずとも、校内放送で呼び出せばいいじゃないか。
思わずどうしてかと問う僕に、先生はなぜか照れくさそうに笑って。
「…土浦君。君は、私の名前を知っているかい?」
「えっ…」
…まずい。覚えてない。顔の雰囲気で何となく生徒指導担当の先生だと認識しているだけなんだけど。
僕の反応は答えを明確に示していて、それをすぐに察知した先生は「やっぱりな」と笑った。
「…怒らないんですか?」
正直拍子抜けした僕は、先生が笑う理由が解らず素直に尋ねた。
教師の名前を覚えていないとは何事か、なんて怒られるものだと思ったんだけれど、どうやらこの先生は僕が考えていた生徒指導担当とはちょっと違う人なのかもしれない。