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●第一話『僕+先輩=契約関係です』



僕は昔から、暗い子だと言われてきた。

『一緒にいてもつまらない』だの、『なに考えてるんだかわからない』だの。その回数は少なくはなかった。


しかし僕自身としてはそんなつもりは全くないのだ。

ほんの少しだけ、人より行動するペースが遅かったり。

ほんの少しだけ、人より落ち込みやすかった…かもしれない。とにかくそれだけだ。


それに、もうそれらは昔の話。

今の僕は一年前の美術部での件もあり、昔より断然心が強くなった…と思っている。


美術部は四月の入学式前に辞めてしまったけれど、僕は絵を描くのが好きだ。

物心ついた時から描いていた絵は、僕にとってかけがえのない財産と言って良かった。


だから僕は美術部を辞めてからも、もう何冊目になるか解らないスケッチブックを手に、学校の休み時間や放課後にふと目についた景色を描いていたんだ。



――それがまさか、あんな人と出会う事になるなんて…思いも寄らずに。






「なんだこれは!」

携帯機のゲームを操作しつつ、先輩は画面を睨みつけながら声を上げた。

先輩から少し離れた席に座って絵を描いていた僕は顔を上げて、なんだかんだと唸っている先輩を見る。


「先輩、今度はなんですか」

僕が聞けば、先輩はよくぞ聞いてくれた!と立ち上がり、ゲーム機を持ったままつかつかと僕に近付いて来る。

そして僕の机をドンと叩くと(結構耳に響いた)、右手のゲーム機の画面を僕にずいと見せて来た。

…黄色の髪の女の子が大雨の中で佇んでいる絵が画面いっぱいに表示されていた。女の子の表情は前髪で見えないようになっている。

どう見たって楽しいシーンではない。

…こういったものの知識が全く無かった僕も、先輩があれこれと勝手に教えてくれたお陰で、これが何だかある程度予想がついた。

先輩が僕に何を訴えたいのかも。


「バッドエンド地獄にでもハマったんですか?」

「違う!」

あれ、違うのか。 一番これだろうと思ったんだけど。

先輩は大きな目をさらに大きくしながら、僕に鼻息荒く説明を始める。


「君の言う通り、このままメッセージを送れば即バッドエンド直行だ。それに気が付いたのは後輩君、私は君を誉めてあげたいと思う。だが、私が言いたいのはそんな小さな事ではないのだよ!」

芝居がかった仕草で顔を覆い隠す。さも私は嘆いていますと言いたげだ。

そしていきなり僕に視線を戻すと、先輩は弾丸の如く喋り出した。


「後輩君よ、君にこの痛みが解るかね!? 身を引き裂かれん程の痛み、これは身分違い故に結ばれず悩みぬいた末に心中を図り相手を殺したはいいがいざ自分となると急に命が惜しくなり死ぬに死にきれずしかしそんな罪深い自分に絶望して血の涙を流しながら咆哮を上げて場面暗転してエンドするレベルだぞッ!!」

「わけがわからないので、言うならさっさと言って下さい」

「…まだ君にはレベルの高い会話だったか? それはすまなかったな…」

「会話にすらなってませんから」

馬鹿にされている感じがしたのでぴしゃりと言ってやると、先輩は暫く不服そうに「むう…」と唸っていたが、やがて息を吹き返して再び語り始める。


「メインヒロインのトゥルーエンドに行く為のフラグが、他のヒロインのバッドエンドを『全て』見ないと立たないとは何だ!」


……先輩と知り合ったばかり―何だかんだでもう二カ月も経っている―の頃の僕には、絶対に理解不能であろう単語がポンポン飛んでくる。

先輩は今までストレスが溜まっていたのを解消するように、その後もあれこれと一方的に話し出す。


「メインヒロイン以外とのラブを許さないスタッフの嫌がらせか!? しかもそのバッドエンドが何から何まで鬱エンドときたっ!

メインヒロインのルートもノーマルエンドだろうがバッドエンドだろうがお構いなしに死別だの転校だの! これでトゥルーエンドも報われない終わりだったら、私は何の為にヒロイン達の自殺を止めたりそれに失敗して自分が死ぬエンドやらギャグエンドに見せかけて最後の最後に奈落の底に突き落とす半ばホラーエンドを見ていたんだか解らなくなるぞ!!


あぁ、くそ! 責任者出て来いー!!」



僕ら以外誰もいない教室に、先輩の叫びがこだました――…。



――遠山明日葉とおやま あすは先輩は、いわゆるオタクだ。

しかも美少女ゲームに傾倒している、隠れオタクというものらしい。

ちなみに俗にいう『ギャルゲー』という呼称は嫌いだそう。なぜなら、


「『ギャルゲー』と銘打ってはいるが、その実出て来るヒロイン達はみな所謂ギャルという言葉からかけ離れた子ばかりではないか!

私はこういったゲームは『淑女ゲー』と名付けたい。ギャルゲーと言うなら昔なつかしガングロやルーズソックスのギャル達を集めたゲームにするべきだろう!」


…だそうだ。


そんなギャルゲー…いや、淑女ゲーオタクな先輩だけれど、ひとたびこの教室から出てしまえば人が変わったように物静かになる。

…それは先輩の『もうひとつの秘密』にも関係していた。


僕はこの教室以外の校内での先輩の姿を思い出す。

窓際の席で、いつも外を眺めている先輩。その横顔を初めて見た時、オタクの顔を持つ先輩と同一人物には思えない程だった。

誰とも話さないどころか、他人を遮断する壁を造っているような、その姿は。


…かつての僕のように、クラスの人からも、誰からも顧みられない存在に見えた。





『――これは、『契約』だ』


僕らが初めて出会ったのは、本当に偶然が重なっての事だ。

先輩の秘密…オタク趣味ではない、もうひとつの秘密を偶然知ってしまった僕は、無理やり先輩に『契約』を結ばされた。


それは契約と言う程大きな事ではないと思う。けれど、先輩にとっては大事なのだろう。


――言うなれば、その契約とは『先輩の話し相手になる事』だった。

ふたつの秘密を誰にも話さず、かつ先輩の話し相手になる事。

これが僕らの交わした契約。


つまり僕…土浦櫂斗つちうら かいとと先輩は、奇妙な契約関係で結ばれているのだ――…。





「全く、後輩君のフラグはいつになったら立つのかな?」

「馬鹿な事言わないで下さい」

先輩はよくこんな戯れ言を口にする。ゲームのヒロインと一緒くたにされるこちらとしては溜まったものではないのに、先輩は僕が何を言おうとこの主張を止めてくれない。

『私は攻略されるのではなく、する側がいいのだ』とのことだが、先輩だって女の子なのだから、少しは自重すればいいのに…。


先輩は先程までとは違い、僕のと突き合わせた机に頬杖をついて自信満々な笑みを浮かべる。

「やはり君はツンデレなのだな。まあいい、今に君を攻略して大団円のトゥルーエンドに辿り着いてみせるさ」

それに対し、僕は先輩とのこういったやり取りの時に必ず言う言葉を、今回も口にした。


「難易度、高いですよ」



――何故なら僕は、未だに『あの子』の事を引き摺っているから。



そしてその事を、先輩には何ひとつ話してないから――。




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