ラスボス二人とかマジ無理ゲーだった件。
暦の上では春だが、体感では未だ冬。
星座は移ろっているなあ、と仰ぐ空が吐く酒気に白く濁る。
少し限度を越してしまっている。
火照った身体に吹く風は心地よいが、身体の芯が熱いような冷たいような、足元がふわふわと地につかないような。
吐き出した息は冷気に押し負けて消える。
潰されるつもりで挑んでいたが、酒を勧める上司の細君が見かねてベランダに逃がしてくれた。
階下の宴会のような空気と喧騒が、ここまで響いてくる。
今戻ったらSAN値もライフもゼロになる。
コンティニューだ。
今戻ったら勇者になれる。
敗北ではない。ゆけ、俺。勇者になるんだ。
今日だけは勇者になるんだ!
「 見 ぃ つ け た 」
はい俺終了。
背後から掛けられた声がナチュラルにホラーでした。ありがとうございます。
誰か、腰を抜かしてへたり込まなかった俺をほめて。涙目だけど倒れなかったよ。
振り向けない俺の脇に、男が立つ。
こんなところに居た、と穏やかに笑うのは来年義理の兄になる人だ。
ねえ待った? とデートの待ち合わせで腕を組んで来る彼女なら可愛いが、男は笑顔で有無を言わさずグラスを握らせ一升瓶から並々と酒を注ぐ。
厳つい上司は酒が入って丸くなったが、最初から笑顔だった男は更に笑顔になっていくのに、何だこのプレッシャー。
本能が逃げろと囁いている。
最初は戦略的撤退ー! と叫んでいた本能がもう萎縮してしまっているのだが。諦めるな、勝機はなくとも敗れるな。
「宝物があってね。僕は大事にしてた」
話し始めた男は、ザルというかもう枠なんじゃないのか。平然と一気飲みをした男は、水でも飲む様に手酌でドンドン杯を重ねる。
俺は相づちを打つべきか、酒を止めるべきか悩んだ。本来酒を注ぐべき立場だが、それはしなかった。出来なかった、というのが正しい。男がそれをさせなかった。
「小さな箱に閉じ込めたなら。大事にポケットにしまっていつでもどこにでも持ち歩きたいくらい大切で、大事な宝物」
僕には可愛くてしょうがなかった、と男は目元を緩める。蛙の息の根を止めかけていた蛇のプレッシャーが消える。
子猫でも愛でるような優しい目。男が初めて笑った気がした。
グラスを呷って、男はベランダの手すりから少し身を乗り出し庭を覗き込んだので、その笑みも俺の視界から消えたが。
「僕はかなうなら誰にもその宝物を譲りたくなかった。子供がお気に入りのおもちゃを友達に貸したがらないみたいな、愚かな独占欲で」
笑い話の様に話す声がどこか感傷に聞こえるのは、今夜が俺の決戦の日だからか。
「死蔵、という言葉を知っているかい?」
「いえ」
「僕がそうやって大事に大事に箱に入れていたら、それは死蔵なんだ。例えば、服飾品。母は父から贈られた真珠のネックレスを大事にしてる。真珠は汗にも皮脂にも弱いし傷付き易いけど、イベントがある度に身に付けてる。宝石箱で眠ったままなら確かに美しいままだけど、ネックレスは首を飾ってこそ美しいのじゃないか?」
俺は頷く。
「だから、僕は手放そうと思った。君の隣に居るナナコが、今まで見た中で一番幸せそうだから」
嬉しそうに男は言った。僅かに淋しげに響いたのも、多分俺の感傷だ。
男は頑なに庭を見ていたので、実際のところはよくわからない。
聞くところによると、共働きの両親に代わって長い月日、年の離れたこの男がナナコの世話をして来たらしい。
兄には本当に可愛がって貰ったのだと彼女は言っていた。
きょうだいのいない俺にはわからないけれど。とても強い思い入れがあるのだろうとは、わかった。
つまり、目の前にいる男がラスボスだ!
道理でプレッシャー半端なかったわけだ。
俺は深呼吸し、腹を括る。
「絶対幸せにします。妹さんを俺にください!」
がばっと頭を下げる。
「あげないよ」
まさかの即答に思わず俺は頭を上げる。
「ナナコはモノじゃないからあげない。預けるだけだよ」
テライケメンな男は半分程中身の残った一升瓶をラッパ飲みする。
やけ酒は解るけど待って、この人これで何升目? 顔色変わらないけどハラハラするレベル。
うるっと来る場面で死亡フラグとかマジで止めて! 俺今日そういう意味で倒しに来たんじゃないから! イケメンだけどハゼろとか爆発しろとか言いません、長生きしてくれ、ナナコの為にも!
「ここ寒いんで、中入りましょう。お義母さんのツマミも凄い美味しいですし」
「 見 つ け た ぞ 」
上司登場。
待って、俺のライフはもうゼロよ。戦闘不能なの。ちょ、マジで無理、ぎ、ぎゃ……。
俺は宴席に連れ戻され、今度こそ酔い潰された……。




