眠れない司書の敵わない女友達
シュリエラの全身から、緊張が滲んでいた。
何度か深呼吸をする。軽くジャンプして、体をほぐす。
そして。
「……邪魔する。」
心なしかいつもより低い声で入室を宣言し、シュリエラは薬学研究室に入った。
薬学研究室には、ずらりとデスクが並び、その上で怪しげな薬品が数多く作られている。その1番奥。
「あら、シュリエラじゃありませんか。どうしましたの?」
金髪で妖艶な見た目をしたマッドサイエンティスト。薬学研究室研究主任、アイラ=オースターが、男性を虜にする笑みを浮かべてシュリエラを迎え入れた。
シュリエラは手招きされるままに奥に入る。
「……睡眠薬、もらいにきた。」
シュリエラは小さな声で、用件だけを、端的に述べる。
アイラの笑みが消え、眉が吊り上がった。
「なんですって?」
「睡眠薬、もらいにきた。」
「聞こえてたわよ。」
「じゃあ何で聞いた。」
カツンカツンと踵の高い靴の音を鳴らしながら、アイラはシュリエラに近付いた。
「私、こうなる前に相談しなさいって言いましたわよね。」
「…あぁ。」
シュリエラは顔を伏せる。アイラと目が合わせられなかった。
シュリエラが薬学研究室に来る時。
それは、彼女が5日眠れていないことを意味する。
アイラは、シュリエラの顎を掴んで上を向かせ、強制的に目を合わせさせた。
「あなた、このままでいいと思っているのかしら。」
「思ってない。」
「あなたの使っている睡眠薬は、使えば使うほど効果が薄れるものですわ。」
「知ってる。」
「これ以上強い睡眠薬を使えば、安眠どころか永眠する危険だってありますのよ。」
「……そうだな。」
「意味がお分かり?」
「死ぬかも、って事だろ。眠れなければ結局は死ぬじゃねーか。」
「私は薬を使わず眠れって言ってるんですのよ!」
あぁ、今回も負けた。
シュリエラが夢を見ずに眠る為の手段は二つ。
一つは睡眠薬。
もう一つは。
「私が隣で寝て差し上げますわ。」
誰かに隣で寝てもらうことだった。
「……すまん。」
「私は別に迷惑だなんて思っていませんから、謝る必要はどこにもありませんわ。
それに、完全無欠だと思っていた親友が弱みを見せてくれるのって、案外嬉しいんですの。」
アイラは親友。
シュリエラはこの親友に敵わない。
唯一、言いくるめられてしまう相手が、たった一人の女友達だった。
この日、薬学研究室の研究は進行しなかった。