司書と女王と古巣の子供たち
右、右、左、右、左、左、左、右、左……
どこの角をどう曲がったのか、女王には分からない。
シュリエラに手を引かれるまま、ただひたすらに足を動かす。
女王の息は完全に上がり、シュリエラの息もやや乱れてきたころ、ようやくシュリエラは足を止めた。
「臨時の避難場所として使わせてくれるように頼んどいたんで、ここにひとまず隠れます。騒がしいし、正直ボロいので女王にはお辛いかもしれませんが、耐えてください。」
「構いませんが、えっと……ここは……」
「私の古巣ですよ。ほんとに古くてボロいですが。」
古い一軒家だった。屋根は雨漏りがするのかあちこち打ち付けてあるし、窓はほぼすべて破れていて木の板が打ち付けてあり、残る少数の窓もヒビが走っている。
見たところ廃屋なのに、中から明るく騒がしい子供の声と、時折それを怒鳴りつけるような大人の声が聞こえていた。
「孤児の子供たちが集う場所です。今いるのはおそらく7歳以下の子供たちと、休暇をとっている子たちでしょう。」
シュリエラは女王の手を引いたまま、玄関の扉を開けた。
「おい、邪魔するぞー!」
家中に響き渡る声でシュリエラが叫ぶと、家中どこからともなく子供たちが出てくる。
「あ、シュリ姉さんだ!」
「ほんとに来たね!」
「いらっしゃい、シュリ姉さん!!……と、オウジョ様?」
「女王って聞いたよ!」
「わぁ、すごい砂埃。すぐにお水と拭くもの用意するね!」
わらわらと集まってはそれぞれに言葉を紡ぐ子供たちに女王は目を白黒させ、シュリエラはじゃれつかれて本気で怒るわけではないにしろ眉を吊り上げている。
「おいこら、抱き着くな!路地走り回って砂まみれなんだっつーの!あ、ちょ、落ち着けって!!」
とうとう玄関先で子供たちに押し倒されてしまったシュリエラを、女王はクスクスと笑った。
「こーらお前たち、掃除途中で放り投げて何してんだ!それから、菜園の雑草抜いて水瓶の水満杯にしとけ!ほらほら!」
蜘蛛の巣を蹴散らすようにさあっと解散した子供たちとは逆に、新たな人物が現れた。くたびれた服の似合わない、日焼けした肌が健康的で精悍な青年だ。その青年はシュリエラの腕を引っ張り、あおむけに倒れていたシュリエラを起こす。
「シュリ、大丈夫だったか。」
「元気すぎんだろ……。まぁいい、やっぱり狙われちまったから、ほとぼりが冷めるまでは居させてくれ。後で男が二人来る、どっちも顔が無駄にいいからすぐに分かる筈だ。片方はルディーノだし。ちょっと休ませてくれ、私も女王も。」
「分かった。一応念には念をってことで、逃げやすい部屋にいた方がいいよな。……となると飯食うとこだな。」
ついて来いよ、と青年は女王を見て言った。
立場は分かっているはずなのに、随分あけすけな青年だ。女王はそれに好感と安らぎを感じつつ、頷いた。
シュリエラは女王に言う。
「すみません、あいつ、敬語使えないので。」
「使えないんじゃなくて使わないんだよ。人間みんな体のつくりは同じ、生まれた場所が違うだけで貴賤が生じて敬語を使う・使われる立場に分かれるのは可笑しいからな。もちろん仕事相手なら話は別だけど。今、女王さんはシュリが連れてきた、俺からしてみればただの見知らぬ人だ。」
「ええ。構いません。今の私はむしろ厄介者でしょうから。シュリエラさんも、非公式の場はずっと敬語抜きで構いませんよ。そっちの荒っぽい言葉の方が、貴女らしい感じがするから。」
「そりゃどーも。堅っ苦しかったから助かった。」
にいっと笑うシュリエラが、先ほどまで見ていた完璧な淑女のシュリエラより魅力的に見えるのはなぜだろうか。
女王は自然と笑みをこぼしていた。