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図書館司書と町案内と過去語り


本当に、あの第二王子は何を考えているのだろうか。


シュリエラは苛立ちを募らせつつ、図書館の防御魔法がかかっていることを何度も確認してから、城門に向かう。

格好はいつもより気持ち質の良い襟付きシャツとパンツ、そしていつもの使い古したブーツではなく、会議の時以外ほとんど履かない、やや上質の編上げで履きにくいブーツ。

髪も、いつものように束ねきれていない髪がはみ出しているようなことはなく、いつもよりは丁寧に一つに纏められていて、眼鏡の汚れは拭き取られている。


この日はルディーノと共にお忍びで来ている外国からの客人に城下町を案内するという、シュリエラにとってはおおよそ専門外の仕事がルディーノより命じられていた。

外交官に任せればいいものを、しかし外交官は貴族であり城下町に詳しいものはそれほど多くない。それよりも城下町に詳しいのは悲しいかな、最下層出身のシュリエラだけだった。

当然ルディーノが直々に案内するほどの客人であり、国にとっても髪の毛一本すら傷つけてはならない超重要人物だ。お忍びなので目立つこともできず、少数で行動しなければならないため、護衛に配属されたのはナノひとり。

いざとなれば、シュリエラもルディーノも護衛程度できないこともないが、正直はた迷惑な客人というのがシュリエラの感想だった。

門のところに集まっているのは平民よりやや上質な服を着たルディーノとナノ。そしてもう一人。


「非公式の場では、お初にお目にかかります。シュリエラ=レオネイドです。」

「はじめまして。メルディ=ランディス=アルストロメルダ十一世です。」


隣国の女王だった。


そろったメンバーをシュリエラは改めて客観的に見てみると、とある事情で平民に紛れるのが得意なルディーノは違和感がないが、あとの二人は高貴さが隠しきれていない。狙ってくれと言っているようなそれに、シュリエラは盛大に溜息をつきたくなった。


(あいつらに手をまわしておいてよかった……。)


少なくとも、雑魚は寄ってこないだろう。おそらく。


「本日はよろしくお願いいたします。気になるものがあれば、何なりとお尋ねくださいませ。わかる範囲ではありますが、精いっぱいお答えさせていただきます。」


シュリエラの言葉に、女王が満足げに頷いた。



「ここは、何かしら。大きい建物、それにいいにおいがするわ。」

「そこはパン屋です。城にもパンを卸しているほど味の良いパンを売っております。」


「あら、あちらは?」

「露天商ですね。地方の特産品をここまで売りに来ているのでしょう。あれは……この国の東の方で生産が多い絹と綿を使った、上質な織物ですね。

露店商は仲買を通さないので、定価より安く購入できますが、質の良し悪しを見分けられる者でなければぼったくられますから、注意が必要ですね。」

「それでは、普通の布の専門店もあるのかしら。」

「ええ。一般市民は露天商や専門店で布を購入して自分で服を作り、貴族や富裕層は専門店で布を購入して同時に服の作成も依頼するというのが普通ですね。」

「そういった棲み分けがあるのね。」


「……ねぇ、先ほどから気になっていたのだけれど、道路の両端にはどうして石の板が並んでいるの?」

「その石板の下には溝があるのです。水を近くの川から引いて排水設備として使っております。

こういった大通りで馬などの往来があるとどうしても発生する、汚物による道路の汚れを防ぐのです。

誰しも、家の前が臭いのも疫病の発生原因を放置するのも嫌ですから、家の前が汚れればこの石板を退けて道路に水を流し、この側溝に汚物を落とします。それくらいの手間は惜しみません。」

「では、その排水はどこへ行くのかしら。」

「この城下町を抜けると、農家がたくさんあります。そこの大体中心あたりに大規模な肥溜めがありまして、そこにつながるように配備してあります。」

「よく考えられているのね……それから、やけに働いている子供が多いのが気になっていたのだけれど。」


シュリエラの頬がピクリと動いた。


「……その子供たちは、最下層と呼ばれる、親に捨てられた孤児たちです。日中は一般市民以上の者たちの雑用をこなすことで日々の糧を得ています。

たとえば、通常この町では孤児たちが居なければ郵便物を各家庭に届けたり、それ以外の物の運搬や子守や掃除も行いますし、犯罪の現場に居合わせたら詰所の騎士が来るまで取り押さえておいたり、市民を逃がしたりもしますし、火事があれば火消しに遁走し、傷病者が出たら医師が到着するまでの応急手当もいたします。それから先ほど申し上げた排水設備の設置なども子供たちの手によって工事を行いました。排水設備の先の肥溜めの管理も行っています。

簡単に言えば何でも屋をやっているわけですが、それに対して、市民たちは払える範囲での駄賃を子供たちに渡したり、食べ物やいらなくなった服などを対価として支払います。肥溜めの管理は、農業組合から正当な報酬も出ているようですし……だからこそ、働いている子供たちが多いのです。」


女王の目が、同乗の光を帯びた。


「まぁ……。孤児院はないのかしら。それに、教育が子供たちに行きわたらないのではなくて?」


「孤児院もないことはないのですが、子供を預けるにも僅かではありますがお金がかかります。それすら払えない親も、払わない親もいますし、そういった閉鎖空間での虐めに耐え兼ねて逃げ出してきた子もいます。どこにも行き場のない子供たちは、自分で働いて生きる術を身に付けるしかありません。

夜間は年長の者が年下の者に読み書きや簡単な計算や武術を教えることで教育に関しては最低限ではありますが何とか賄っています。

……それに、そこまで不幸ではないのですよ。手先が器用な孤児は細工師に見初められて弟子入りしましたし、子供のいない農家夫婦に引き取られた力持ちの子もいますし。」


女王の目からは同情が消え、代わりに驚嘆のみが残る。


「随分詳しいのね。」

「私も孤児ですから。」


女王がひゅうと息を飲んだ。

ルディーノが微笑み、ナノが切なそうに目を伏せる。


「昔は、孤児は町の害悪と見なされていて、情けをかけてくれる人は少数派。町の大通りを一歩外れれば子供たちはスリや追剥をしていて、おまけに餓死している子もちらほら。そんな子供が一度大通りに出れば袋叩きにあって、死んだら路地に放り投げる。ひどい有様でした。」

「どうやったらここまで町に受け入れられたの!?それに、追剥やスリを行っていたような子供たちが改心するまでに、町の人たちと和解するまでにどういったことがあったのかしら。」


シュリエラは気まずそうに頬を掻く。


「それはですね……。」


代わりにルディーノが口を開いた。


「シュリエラですよ。彼女が、この町の孤児たちを纏めあげて、一つの組織にしたんです。町の不便なところをつぶさに見つけては、痒い所に手が届くような案を町の人に提案して、誠実さを以てそれを実行に移した。始めは受け入れられなかったそれが、徐々に受け入れられていったからこそ今のこの町があります。餓死するものはほとんどいません。」


なぜかルディーノが威張っている。対して、シュリエラは普段の不遜な態度が嘘のように萎縮している。


「そうなの!?貴女が立役者なのね!?」


女王の声が期待に満ちている。シュリエラの気まずさは頂点だ。


「……いえ、あくまで私は提案をしただけですから。支えてくれた、私やほかの孤児を足蹴にしなかった少数派の市民と、何より他の子供たちが信じてくれなければこんな風には制度は発展しませんでした。それに、この制度が回り始めるまでに、何人かの子供が死にましたし、私も何度か死にかけましたから、あまり立役者と呼ばれても気分のいいものではありません。」


女王は、毅然とした態度で言った。


「大きなことを成し遂げるのに犠牲はつきものですもの。残酷だけれど、これはいかなるときにも真実。貴女は、もっと堂々として然るべき人ではなくて?」

「私は矮小な人間です。そのような言葉はもったいない。それに、中途半端なところで事業を投げ出して結局4年前からは完全に私の手を離れていますから、今私が行っているのは資金援助のみなのです。今後ほかの町にも事業を広げていくとかいう話を現在の纏め役から聞いていますが、私はそれの問題点を指摘したり……まぁ、意地悪な姑みたいなものです。」


シュリエラが悪戯っぽくそう言うと、女王はクスクスと笑い声を零した。


「さて……女王、ほかに気になるところはございませんか?」

「えぇ、そうね……」


またあれこれと質問の受け答えをしていると、少年の叫ぶ声が聞こえた。


「シュリ――!!そっち行ったぞ――!!」


シュリエラはナノに視線を飛ばし、女王を声の聞こえた方と反対の方に庇う。ルディーノもすばやく女王を反対側から庇い、死角をなくした。


「な、なんですか!?」


女王が困惑したらしく、うろたえている。


「いくら治安が改善したといっても、子供たちが犯罪に手を染めないといっても、欲に目が眩んだ大人はどうしようもないということです。動かないでくださいね。」


ルディーノがやれやれといった風に零した。

ナノが無言で腰に佩いた剣を抜き、身構える。

シュリエラは両足に力を籠め、油断なく周囲の気配を探った。


「ルディーノ、一応退路の確認しといてくれ。私は上の警戒もしとく。」

「はいはい。シュリエラ、口調が素に戻ってるよ?」

「非常事態だ、不問にしろ。」

「全く、王子に命令する人間なんてそうそういないよ?ま、いいけど。」


今までの固い口調が一転、荒々しいものとなったシュリエラに女王は更に驚いているが、言われた通り体は動かしていないようだ。


「すんません、女王さん。どーも育ちが悪いもんで、すぐにボロが出ちまうもんだから、ご容赦くださいっ!」


襲い掛かってきた人物はざっと見て5人以上はいた。

ナノが3人食い止めている間に、残りがすり抜けてくる。


シュリエラは落ち着いて1人に狙いを定め、足払いを繰り出した。

ルディーノも魔法を繰り出す準備をしつつ、剣を振るう。


「シュリエラ、非常事態だから言葉遣いと攻撃も許可する!」

「りょーかいっ!」


シュリエラは基本的に丸腰だ。だが、幼少期を雨後してきた環境が環境だけに、丸腰での戦闘に慣れていた。というか、却って武器が邪魔になるのだ。

鋭い蹴りが相手の急所を狙って繰り出され、的確に抉るように蹴り上げることに成功し、一撃で伸す。


続いて、ルディーノの後ろの女王が無事であることを確認すると女王のもとに素早く移動し、その手を掴んで駆けだした。


「ルディーノ!あの場所だ!!ナノも必ず連れてこい!」


一目散、という言葉が相応しい鮮やかな逃走。

シュリエラと女王は大通りから路地に飛び込み、あっという間にその姿を消したのだった。






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