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06 修行の日々

 その日から椿佳の修行の日々か始まった。泰海の下での修行は実に八年間続く事になる。

 見学の後は昼食を摂り、午後の修練から本格的なデビューだ。


「よーし、椿佳。じゃあ型の中に有った技を実際に試してみようか」

「はい!」


 椿佳の指導は主に俊雷が付く事となった。組手等で背丈が合わないから、という単純な理由も有ったが、教えることで俊雷の理解度を上げようという泰海の目論みも有った。身長を合わせるのは、影手拳では二人一組で行う対人練習の比重か高いためだ。もちろん俊雷と椿佳の身長差は大きいが、泰海とやるよりは幾らかマシである。


「ほら、肘が開いてるぞ」

「うっ、難しいよ」

「じゃあ、攻守交替だ、良く見ておけよ?」

「はーい」


 元気良く返事して椿佳は掌底を打ちこむ。今二人が行っているのは、前腕部を接触させたまま、一人が掌底を打ちこみ、相手が肘に体重を乗せることでてガードするという型の分解動作とも、限定的な組手とも取れる基本練習だ。肘の重圧が弱かったり、力が相手の方向を向いていないとガードの用をなさないため、打ちこまれてしまう。


「よっ、うっ、それっ!」


 攻守を交代し、椿佳は掌底を入れるどころか少しも腕を前に進める事が出来なくなってしまう。椿佳が俊雷の肘の重圧に苦戦していると、俊雷から反撃が来る始末だ。


「うっ、ずるいよ兄さん、反撃するなんて言ってない…」


 椿佳が眉根を寄せて不平を言っていると、面白そうに俊雷がアドバイスを始めた。


「良いか椿佳、攻撃も防御も同じなんだ。肘に体重をしっかり載せて相手に当てれば攻撃、相手の攻撃を潰せばそのまま防御になる」

「えっ、一緒なの?」

「そうだ。肘から先の形や向きはそれぞれ違うけど、基本の突きと考え方は全部…いや、ほとんど一緒だ」

「そうなんだ」


 椿佳にはどうしても同じ動きには思えなかった。しかし修行初日からそんな事が分かるようなら、この世の中には達人だらけになってしまうだろうと思い直し、手を動かす。


「うん、まぁ、習うより慣れろ、だ。こうやって対人練習を主に行うのも、反射的に技を出せるようになることが目的だ」

「反射的に?」

「そう、頭で考えていたら遅いんだ。咄嗟に、何も考えなくても体が動くまで繰り返すんだ」

「うへー、できるかな?」


(パブロフの犬ですか、てかそれ、某最強の暗殺拳の最終奥義じゃん!)


 情けない顔をして、パブロフの犬ですかと感想を持ったのだが、考えてみればそれはすごい事だと椿佳は思った。それが実現できれば反射的に動くだけで敵を倒してしまえるのだ。実際は反射だけで100%戦えるものでは無いのだが。


「できるさ。それに時間ならたっぷりある」

「そうだね、考えるな、感じろ!だね」

「お前それ、…義鷹さんが言ってたのか?」

「え、あー、どうだったかな?」


 何気なく某映画スターの有名な言葉を呟いてしまい、あせる椿佳だった。





 半年もすると、椿佳の動きもなかなか様になってきた。対人練習で使う技もバリエーションが豊富になっている。この頃には俊雷の言っていた基本は同じ、という言葉も意味が何となく分かってきていた。


「いいか、影手拳の基本の考え方には、水のようにってのが有る」

「水って、雨とか川とかの、あの水?」

「そうだ。これから突きを出すから、止めてみろ」

「はい!」


 そう言って俊雷の突きを受ける椿佳、しかし俊雷は肘を曲げて椿佳のガードを越えてくる。


「わっ!」


 咄嗟に開いた手で俊雷の肘をガードする椿佳だったが、俊雷はさらに肘から先を延ばして裏拳を放つ。


「ぷっ!」


 俊雷は椿佳の顔に当たる寸前に拳を開き、手のひらを向けて椿佳の顔を掴んだ。


「こういう事だ」

「兄さん、分かんないよ」


 顔を掴み、ほっぺたをぷにぷにしている俊雷の手を、椿佳は眉根を寄せながら払いのける。しかし分からないのも仕方がない。今までに教えられた技を食らっただけだった。


「川の水は、障害物が有っても止まらずに下流に流れるだろ?」

「うん。水が積み上がってる川は見たこと無いね」

「最初の突きを止めても、勢いを殺さずに肘を打ちこんだろ?」

「そうなの?」

「…。うん、やってみろ」


 椿佳は水、水と呟きながら突きを繰り出す。バシッと止められて技が続かない。


「そこから肘の勢いのまま突き進むんだ。手が止められたら肘、肘が届かなかったら裏拳だ」


 言われた通り、突きを止められてから肘を曲げて次の攻撃に続ける。最初はぎこちなく形をなぞっていたが、何度か続けるうちに徐々に要領を得てくる。


「あっ、なんか分かったかも!」

「そうそう、大分良くなってきたぞ。その調子、才能有るんじゃないか?」

「えへへっ」


 しっかり飴と鞭を使い分けられている事には気付かず、俊雷に褒められてご機嫌の椿佳だった。好きこそものの上手なれ、である。必要に迫られ、必死に修練するものは強い。しかし拳法が好きで修練するものはもっと強い。それが泰海の指導方針である。


 泰海より経験の浅い、言い替えれば椿佳に近い俊雷に指導させるという泰海の方針は成功していた。達人の域にいる泰海では気付けなくなってしまった初心者故の悩みという物を、俊雷は的確に指導していた。


 こうして、椿佳の修行の日々は続いていった。


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