05 弟子入り
「俊雷、型をやってみなさい」
ある日の午前、椿佳は泰海に誘われて修練の見学をしていた。先ほどの泰海の言葉、型を見せよとは、妹弟子にお前の演武を見せてやれと言われでいるのだ。その言葉に俊雷は居住まいを正し、型の演武を始めた。
「椿佳、よく見ておきなさい。これが我が影手拳の最初の型だ。この中にほぼ全ての技が詰まっている」
「は、はい!」
全てと言われれば見逃す訳にはいかない。実際は「全て」と言いつつも、それぞれの技の変化、応用、コンビネーションも重要ではあるが、確かに基本的な理念は詰め込まれていた。
(むー、何をやっているのか分からない…。あ、今のはパンチかな?)
俊雷の動作を眺めるが、椿佳には時折パンチをしているのが分かる程度で、その他は何をやっているのか想像できなかった。とはいえ無理はない、通常は片手で行う受け技を両手で同時にやっていたり、自分の片腕を敵に掴まれたと仮定して空いた腕で払い退ける技であったりするのだ。
受け技に関しては右も左も動作は同じであるから、同時にやってしまえ、というものだったが、はじめて見る人には右手と左手を交差させた状態で上下に手を動かしているだけのように見えるし、腕を掴まれる前提などは傍から見ていて分かろうはずもない。
最後に連続パンチをして、俊雷が元の体勢に戻ると、泰海は俊雷に指導を始める。椿佳が見ていると、自ら型の動作をやって見せて、俊雷の手を取って「これくらいだ」と指導している。腕の角度や肘の位置、足の開き具合などなど、細かい部分にも注意点が有るようだった。
(結構細かいんだなー)
椿佳の中では、格闘技とは荒っぽいもの、即ち雑なものといったイメージを持っていたが泰海の指導は非常に論理的且つ繊細であった。
椿佳は知る由もないが、泰海の指導方法はこの世界で一般的なやり方とは一線を画していた。通常は師匠は椅子に座ってただ弟子の練習を眺めるだけで、たまに脇をもっと締めろ、腰をもっと落とせだのと声をかけるくらいのものなのだ。
泰海に子供の頃から手ほどきを受けた村の若者は、実は結構強い。数日前に知り合った雑貨店の紅蘭などは、なかなかの武勇伝を持っていた。
その武勇伝の一つに、買い物に行った街で男に付きまとわれ、通りすがりの若者が助けに入ったのだが敢え無く返り討ちに遭ってしまい、痛めつけられていた所を紅蘭が逆に助けたという話があった。後日この顛末を耳にした椿佳は目を丸くし、以降は紅蘭姐さんと呼ぶようになるのだった。
「椿佳、一緒にやってみようか」
「えっ、はい!」
先ほど俊雷が行った動作を、泰海に教えてもらいながら付いていく。ひと通りの動作を終えた後で、動作の意味と注意点を解説していく。
どうやら、泰海・俊雷師弟の中では、椿佳の弟子入りは決定事項のようだった。
「まずは動作と順番を覚えよう。俊雷、明日からしっかり教えてやれ」
「はい、分かりました」
(こ、この流れは…。 空気読んどいた方がいいよね?)
「よろしくお願いします。老師、兄さん」
老師と呼ばれた泰海は、弟子入り承諾と受け取って相好を崩し。兄さんと呼ばれた俊雷は、初めての兄妹弟子に盛大にニヤけ、椿佳の中の勝手な「微笑み王子」というイメージは、一瞬にして瓦解したのであった。