04 村の雑貨屋で
泰海宅に引き取られて二週間、このところ漸くまともに家事こなせるようになった椿佳は、午前の修練を終えた俊雷と共に村の昼市へ出向くこととなっていた。
親を、家を、村を失うという憂き目に遭った椿佳を慮り、泰海は椿佳を人と関らせることを避けていたのだが、最近では明るい表情を見せるようになった椿佳に安心し、そろそろ良いであろうと、俊雷に村の市へ連れていくよう申しつけたのだった。
「ふー、ご馳走様。椿佳、市場へ行こうか」
「はーい」
一頃を思えば元気な返事を返すようになった椿佳を伴い、俊雷は昼下がりの町を行く。
時折、村の人々とあいさつを交わし、椿佳を紹介していたが、村人が椿佳に向ける眼差しに憐れみを感じ取り、二人はそれぞれ別の意味で複雑な心境であった。
俊雷と村人とのやり取りに飽きてきた椿佳は、村の様子を眺めていた。
(村っていうよりは、小さな町って感じだなー)
桃花村とは比較にならない活気に、椿佳は驚いていた。
彩花としては、村と名の付く場所に足を踏み入れたことはなく、テレビで見る長閑な風景を想起するが、それともまた異なる雰囲気だ。
そういえば、このごろ椿佳と彩花の境界が曖昧になってきたな、などと考えていると、雑然と商品を並べる店が目に入った。
(雑貨屋さんかな?)
食料品や衣料品などの生活用品を売る店とは異なり、土産物や玩具を並べた店内は、何とも子供心をくすぐる甘美な空間だった。
いや、子供心って、私は子供じゃないし、と言いつつも吸い寄せられるように店内に足を運ぶと、土産の置物などが置かれた棚の一角に、それらは並んでおり、寒村で育った椿佳にも、現代っ子の彩花にとっても珍しく映った。
それは椿佳の手のひらに載るくらいの、小さな四足獣の形をした白い置物で、顔や体には赤、黄、緑の鮮やかな模様が施されているのだが、果たしてこの置物は何の動物を模したものか椿佳には分からなかった。
(むぅ、いまいち可愛くない)
いまいち可愛くないと評を下して白い置物を戻し、次に複数の竹筒を繋ぎ合わせ、横方向に動くようにしてある蛇の玩具を手に取る。
左右に動かすと、蛇が進むようにクネクネと動く玩具は、ご丁寧に体の動きに合わせて口が開閉している。
(お、おー、動いた! ははっ、楽しー)
満面の笑みを浮かべ、しばらく一人ではしゃいでいた椿佳だったが、店の奥でにこやかにこちらを見つめる、年のころ14、5歳の少女を見つけて我に返った。
(はっ! どうして私はこんなものに!?)
「お譲ちゃん、一人?」
「え、いいえ、俊雷さんと…(居ない!)」
先ほど村人と話していた俊雷を探し、通りを振り返るが、俊雷は既に居なかった。
それもそのはず、往来の中で立ち止まって話をできるはずもなく、ゆっくりと歩きながら会話を交わしていたのだ。
「どうしよう、俊雷さんが迷子になっちゃった」
椿佳の言葉に、店番の少女は思わず噴き出す。
俊雷がこの言葉を聞けば、迷子はお前だと返しただろう。
「俊雷って、泰海老師の所の?」
「え、知ってるんですか?」
「そう、じゃあ、あなたが椿佳ちゃんね」
名前を言い当てられ若干驚くが、俊雷の知り合いの様であることから、椿佳の名も伝え聞いていたのだろう。
「まぁね、村の中はみんな知り合いみたいなもんよ」
「それに、ここいらの子供たちは、大抵泰海老師に拳法を教えてもらってるから」
(へぇ、泰海さんって有名人だよね、そんなにホイホイ教えていいのかな?)
さすがは泰海さん、太っ腹だなぁ、と思っていると、店番の少女は店の奥に向かって声を張り上げた。
「明星ー、ちょっとおいでー」
「なぁにー」
暫くすると、店の奥から返事が聞こえ、とてとてと走ってくる少女が見えた。
年のころは椿佳と同じくらいか。
「泰海老師のところの椿佳ちゃんだって、椿佳ちゃん、仲良くしてやってね」
「明星だよ、よろしくー」
「椿佳です、よろしく」
「私は紅蘭、よろしくね」
店番の少女、紅蘭に紹介され、予想外なところで友達が出来てしまって苦笑していると、後ろから俊雷の声が聞こえた。
振り返ると、買い物を済ませたのか両手に荷物を持った俊雷が歩いてくる。
「居た、椿佳、こんな所で何やってたんだ?」
玩具に引き寄せられたとは言えず、もじもじしている椿佳を見やり、ははぁ、さてはと笑みを浮かべる。
「欲しいのか?」
「いや、そういうわけじゃ」
「紅蘭さん、これひとつください」
「はいよ、まいどあり」
そうして俊雷は、いまいち可愛くない、あの置物を手に取った。
どちらかというと、椿佳が夢中になった蛇は、男の子向けの玩具だった。
「え、ホントに良いですから!」
「なに、遠慮すんなって」
そう言って俊雷は、白い置物を親指と人差し指で前後から挟み込んで二度押すと、プップッと音を立てる。
聞き様によっては犬の鳴き声に聞こえないことも無い。
(そういう物だったのかー)
白い置物の真相に目をまん丸にしていた椿佳だったが、今度はすぐ我に返って俊雷に礼を言う。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
家に戻った椿佳達は、泰海と共に食卓に着いていた。
「椿佳、最近はちゃんと料理できるようになってきたな、偉いぞ」
「俊雷さんに教えてもらいましたから」
本当に明るくなって良かった、今日村に出たのも良い気分転換になったかと考える泰海であったが、しかし、と続けた。
「しかし、今日の味付けは少し濃いな、体には薄味の方が良いのだぞ?」
「はい、ごめんなさい」
その日の食卓には俊雷好みの濃い味付けの料理が並んでいた。