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01 盗賊団からの逃走

誤字訂正しました。

闇夜が赤く染まり、怒号と悲鳴が響く。

燃える村に蹄の音が聞こえる。


寝込みに家屋に火矢を射かけられ、炙りだされる人々。

逃げる村人の背に、容赦なく振り下ろされる剣。

往来は惨劇の末に、骸と血だまりに覆われていた。


「暑い」


燃える家の中、年の頃8つばかりの少女が呟く。

寝ぼけているのか、とろんとした目をこすり、徐に上半身を起こす。

明らかに状況を把握できていない少女は、このままでは煙に巻かれ幼い命を落とすだろう。


「何? 嘘、火事!?」


ようやく事態を悟ったが、時すでに遅し。

家には火が回り、8歳の子供が越えるには酷な炎が出口を塞いでいる。

しかしそれ以前に、彼女はこの家の構造を知らず、脱出は困難を極めていた。


(何で? 学校から帰って、ソファーでうたた寝していたはず…)


彼女の名は西村彩花。

つい先ほどまでは、日本の高校に通う16歳の女子生徒であった。

マラソン大会が近付き、体育の授業時間一杯を使ってグラウンドを走らされたのだ。

運動音痴で体力のない彼女は、帰宅後リビングのソファーに座り、そのまま心地よいまどろみに身を任せたのだった。

見覚えの無い部屋で火事と喧騒によって目覚めた彼女は、混乱の最中に有った。


「椿佳! はやく、こっちへ!」


と、突然の呼びかけと共に、男の腕に抱きかかえられた。

男は炎に向かって走り出す。


(な、ちょっと、危ない!)


男の行動に目を見開いた彩花は、迫り来る炎に思わず硬く瞼を閉じた。

炎を抜けた彩花の頬に、秋の夜風が触れる。

収穫の季節を迎えたここ桃花村に、盗賊達は目を付けた。

もとより貧しい寒村である。金目の物など眼中になく、収穫を終えた食糧と、売り飛ばすための女子供が目当てであった。


「生き残りを探せ!」


「男は殺して、女、子供は浚え!」


盗賊の頭目だろう男が指示を出し、30人程の男たちが村人を襲う。


(ころ…、って!)


彩花を抱いた男の背に矢が突き立ち、鈍い音と振動が彩花に伝わる。


「く、ヒュッ!」


「は、うぅ! 痛…」


男は彩花を抱いたまま転倒し、肺に矢が刺さったのか吐血する。

が、苦痛に顔を歪めながらも彩花を立たせ、その細い両腕を強く掴む。


「椿佳、父さんも後から母さんと一緒に行くから。先に逃げなさい、振り返らずに。いいね?」


何が何だか分からない彩花だったが、危機的状況であることだけは理解できた。

一般人相手にここまでの費用を掛けて騙すようなテレビ番組も無いだろう。


「お父さん…」


椿佳というのが自分のことで、この男が椿佳の父親であることが何故か分かっていた。

これは夢だろうか、何かこんなシーンの有る映画を見たから、夢を見ているのか。

しかし最近は映画など見ていなかったし、似たようなシーンなど、いくらでもあるのに、どうしてこんなにもリアルな映像を見ているのか。

しかも映画のような客観的な視点ではなく、全て椿佳の眼から見た光景であった。


「大丈夫、すぐ行くから、早く、早く」


男は彩花を反転させ、強く背中を押す。

2、3歩たたらを踏み、振り返る彩花に男は、早く、逃げろ、生きろ、と叫ぶ。

訳も分からず彩花は涙を浮かべつつも、男に背を向け走り出した。


恐怖で一杯だった。

さほど高くない山の中腹にある桃花村から、行き先も考えず、遮二無二駆けた。

息が切れる、何度転んだか分からない。

何時間、どこをどの様に駆けたのか、いつしか山を下り荒野の街道に出ていた。

彩花の膝からは力が抜け、終には立ち上がる力を無くしていた。

2度、3度と、瞬間的に意識が遠のき、目の前が暗くなる。

空が白みかけている。もうすぐ日が昇り、朝を迎えるだろう。


(でも、これは夢? ちゃんと戻れるの?)


抗えない倦怠感に、彩花は意識を手放した。




秋国の都、陽から東に向かって伸びる街道を歩く、2人の男の姿が有った。

初老を超え、老境に差し掛かろうかという男に付き従うように、12、3歳程の少年が大きな荷物を抱えていた。

街道に日が昇り、穏やかな朝の光が降りそそぐ中、少年が何かを発見した。


「老師、あれを、人が倒れています」

「ふむ、まだ幼い子供のようだな」


少年荷物を放り出し、少女のもとに駆けた。

衰弱しているが、まだ息が有る。


「老師!」

「水を飲ませてやりなさい、ゆっくりだ」


荷物を放り出した少年の替わりに、その大きな荷物を軽々と担いだ男が水筒を差し出す。

少女の衣服は所々焦跡があり、体中に煤が付いている。

焦げた臭いからは、焼け出されて然程時間が経過していないことがうかがえた。

至る所を切り傷や切り傷を負っており、満身創痍の態である。

これは只事では無いかもしれん、と北側の山を見やると、中腹から煙が昇っていた。


「俊雷、あの山の中腹の桃花村は知っているな?」

「はい、何度か行ったことが有ります」

「何か大事が有ったかもしれん、ひとっ走り、様子を見てきてくれんか」

「わかりました。この子をお願いします」

「うむ、このような幼い娘が、ひどい目に有ったものだ」



少年は健脚を発揮し、二時間で戻ってきたが、その表情は見たくないものを見てしまったと雄弁に語っている。


「老師、村は賊に襲われたようで、残念ですが、生きている者は…」

「何という事か」


あごに手をやり、男はすこし考えるそぶりを見せる。

しかしこの優しい男がどのような行動をとるか、少年には分かり切っていた。


「捨て置くのも忍びない、俊雷、この子を連れて帰るから、しばらく面倒を見てやってくれ」

「わかりました」


少年は少女を背負い、男と共に街道を東に向けて歩き出した。


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