言葉と想いの伝え方
今の時刻は午後3時半、授業から開放されそれぞれ好きなことを始める時間。
部活動に参加せずに友達と遊びに行く者や、部活動に向かう者。まぁ、どっちにしろ青春を謳歌してるってところかな。
ちなみに、俺は後者だ。現在部室に向けて移動中。俺の参加しているのは運動部じゃない。運動部に入ろうかどうか悩んだものの、先輩たちの勧誘によって半ば強引ではあったけど今部活に参加している。
俺の参加している部活動の名は、『何でも部』だ。
何をする部活動かというと、『やりたい事をなんでもする』っていうなんとも意味不明な部活だった。こんな意味不明な部活動が存在しているのも俺が通っている高校が、部活動に関しては寛容だからとしか言い様がない。ほかにも、良くわからない部活が俺が知ってる限りでも3つはある。
まぁ、この学校の指針は『自主性』『創造性』『自己責任』だからでもあるんだけど、最後の自己責任って結構高校生に負わせるのは重たい気がするんだけどな。
ちなみに、俺が勧誘されたのも活動の一環だったらしい。こんな意味不明な部活だから、自主的に入部してくる生徒が皆無みたいで『後輩が欲しい』という一つ上の先輩の要望に答え俺(後輩)を入部させたみたいだ。
ぶっちゃけ、俺が運動部に入りたかったのは充実した高校生活を送りたかったからだ。だから、充実した生活が送れるなら何処でも良かった。
実際、この部活動に入って2年、3年の先輩たちと活動した半年間はかなり充実した日々であった。
普通の活動としてはキャンプや海水浴、肝試しなど夏場のイベントに関しては走破したようなものだ。
それ以外の活動としては、友人の恋愛事情の詮索や、怪しい先生の尾行、その他諸々。とても他人に言えるようなものではない活動もしていた。だけど、それもとても楽しい部活動の一部として俺にとってとても充実した日々だった。
夏休みが明けて、3年の先輩たちは遅すぎる受験勉強のため部活を引退して、今は2年の園崎先輩と二人っきりだ。
園崎先輩とは馬が合うみたいで、二人っきりになったとしても全然苦にならない人だ。多少変な人ではあるんだけど、一緒にいると楽しいし結構な美人さんだ。俺的には最近かけ始めたメガネがグッドな感じ。
◆
部室に着いた俺は、いつもどおり少し古くなった扉を開けた。
そこには窓際の席にすわり、ライトノベルを読んでいる園崎先輩が居た。
「ちわっす。今日は先輩早いっすね。いつも俺のほうが早く来るのに」
これの声に反応したのか、読んでいたライトノベルにしおりを挟み、こちらを向いて二コリ。
……先輩、その笑顔破壊力結構高いっす。
「ちーす。今日は、たっくんより早く来ようと結構がんばったんだよ。うちの部活って、一番乗りの人がその日の部活内容決めるでしょ?だから……」
そう言うと、もっていたラノベをカバンに仕舞い、ガサゴソとカバンの中をあさり始めた。
あったあったと言いながら、俺の目の前に取り出したチラシを突き出した。
「今日の部活は、このクレープを食べに行くこと!!もちろん、いいよね?」
先輩の目には星がいくつも浮かんでいて、キラキラと輝いていた。
その眩しい笑顔を前に、俺は拒否という選択肢を無くしてしまった様だ。
「いいっすねぇ。クレープとか久しぶりですよ」
「やったぁ!今日の新聞の折り込みチラシで見てからずっと行きたくて仕方なかったの!うん、今日は良い日になりそうだね!」
「そんなに行きたかったんすか?まぁ、確かに美味しそうですけどね。ていうか、今日はもうすでに半分以上が終了してますが……」
「良いの良いの!そんな細かいことは気にしちゃだめだよ?気にしてたら頭皮にストレスという形でダメージが蓄積して毛根が家出しちゃうよ?」
先輩の言葉に親父の頭皮が頭に浮かんで少しだけ青ざめる。そして自分に言い聞かすかのように『まだ大丈夫だ』と心の中で数回呟いていた。
「どうしたの?なんか少しテンション下がったみたいだけど……もしかして、最近抜け毛が多いとか?」
先輩は申し訳なさそうに目を伏せた。
「いやいや!そんなことないっすから!全然抜けてないから!ほら、全然生え際も後退して無いでしょ?」
そう言って、右手で前髪を掻き揚げて先輩に見せる。先輩はそのおでこを見て、うんうんと頷いた。
「あ、ほんとだ!まだ生え際は全然後退してない!ふさふさだよ!いやぁ~、地雷踏んじゃったかと思ったよ。うん、たっくんがはげて無くて良かった!」
そう言うとにっこりと微笑んだ。結構失礼なことを言われているんだけど、その笑顔を見たら文句を言う言葉が霧散して無くなってしまった。
「じゃあ、まだ剥げてなくて良かったってことでクレープ食べに行こ!」
「ちょっとまってください!『まだ』ってつけられたら、俺がこれから剥げるって言ってるみたいで嫌なんですけど……」
「あ、ごめんごめん。日本語って難しいね。じゃあ、戸締りしてクレープ屋さんにれっつごー!」
部室の鍵を俺に押し付けて、先輩はカバンをつかんで颯爽と歩き出していた。
「ちょっと待ってくださいよ!せめて鍵を返しに行くまで学校から出ないでくださいね!俺クレープ屋の場所知らないっすから!」
そう叫んでみたものの先輩の姿は俺の視界から既に消えてしまっていた。
「まったくもう……」
ため息をつきつつ走って鍵を職員室に返して先輩を追いかけるのだった。
◆
「ほらみて!あんなに行列が出来てるよ!?大人気だね!きっとおいしいんだよ」
そう言いながら、今にも行列に向かって走りそうになっている先輩を横目に俺は別の感想を持っていた。
「今日はこの店やめて別の店に行きませんか?」
行列に並ぶ人たちを見て初めに思ったことは、時間を無駄にして何にも思わないのか?という疑問。
そして次に思ったことは、今から自分もその仲間入りをしてしまうのではないかという不安。
「何言ってんのよ?今日は私が活動内容を決める日なんだから、たっくんに何を言われようが今日はあそこのクレープを食べるの!!」
「はぁ~、やっぱり……」
みごと不安が的中。
俺の腕を引っ張りながら行列の最後尾に向かってずんずんと足を進める。
「いち、にぃ、さん、し~……、ざっと10人くらいだね。これなら結構早く順番回ってくるかも!」
「はい、そうですねぇ~。っていうか、どうしてそんなに笑顔なんですか?順番待つのってすっげー無駄だと思うんすけど……」
「え?そんなのクレープが楽しみだから笑顔になるに決まってるじゃん!っていうか、順番待ってる間も楽しいじゃん!どんなものなのかな?とか、そんな想像膨らまない?」
「俺は全然膨らまないっす……先輩だけじゃないっすか?」
「なっ!結構失礼なこと言うね、けど、見てみなよ。前に並んでる人たちも結構笑ってるでしょ?」
先輩に言われて前に並んでいる人たちを見てみる。
確かにみんなニコニコと笑いながら談笑し、自分の順番が来るのを待っている。
「ほらね。みんなクレープが楽しみなんだよ!こんなにみんなが楽しみにしているんだから絶対おいしいに決まってるじゃん!」
「だけど、この待つ間にほかのいろんなことが出来ると思うんスけど……」
「なに言ってんの?!この待ち時間も、おいしいものを食べる醍醐味じゃん!おいしいものを食べるには、並ばなくちゃいけないの!つまり、並べばおいしいものが食べれるって事だよ!」
「もしもの話ですよ?並びました、食べました、糞まずかった。なんてことになったら、目も当てられないでしょ?だから、空いているお店でそこそこのものを食べましょうよ」
「はぁ~、たっくんには何言っても無駄みたいね……、けど、今日はこのクレープを食べます!なぜなら、私が今日一番に部室に来たから!私たちの部活のルールは覚えてるよね?」
「一番に部室に来た人がその日の部活動の内容を決める……ですよね。はぁ~、わかりましたよ!並べばいいんでしょ?あ~もう!並んでやりますよ!並んだら先輩も文句無いんでしょ?!そのかわり、クレープまずかったら文句言いまくってやりますからね!」
「はいはい、並べばいいんですよ~だ!絶対まずいなんて事無いから大丈夫ですよ~だ!」
そう言って笑う先輩の笑顔はとても可愛かった。
我ながら心が狭いことをいってしまった気がするけど、先輩はそんなことまったく気にしてないみたい。
列の進み具合と自分の順番を見て、かかる時間を試算してみる。
一人の客につき大体3分くらいで進んでる。んで、俺らの順番が回ってくるのが約10人目。つまり、単純計算30分の待ちぼうけだ。
30分あれば、駅前の本屋によって新しいマンガやラノベをあさることが出来たかもしれないのに……
のほほんとしてるように見えて、先輩は意外と頑固だ。だから、今更文句を言ったところで並ぶことに変わりは無い。それなら、先輩の機嫌を損ねないほうが得策だ。
それに、こんなにニコニコして待ち遠しそうにクレープ屋を眺めている先輩にこれ以上の文句を言うつもりもない。
まったく、可愛いというのは意外と武器だったりするんだなと感心する俺であった。
◆
あれから30分ちょっと並び、俺たちは今公園のベンチに腰掛けてクレープを食べていた。
「ほら!おいしいでしょ~!このイチゴとってもおいしい!」
そう言いながらクレープを頬張る先輩を見ていると、たまにはこういう風に順番に並んでみるのも悪くないと思ってしまう。
「まぁ、まずくは無いっすね」
「全然素直じゃないね。まぁいいけど」
少し不満そうな顔をしているけど、俺が素直じゃないのは今に始まったことじゃない。それに先輩も不満そうではあるものの、俺の真意はちゃんと伝わっているみたいだ。
「もっと素直になった方が良いと思うよ?私みたいにきちんとたっくんのこと分かってくれる人ばっかりじゃないんだから。もしかしたら、勘違いされてたっくんが嫌われちゃうかもしれないし……」
「大丈夫っす。そんときも何とかなりますって」
「あ~もう、先輩の話はちゃんと聞きなよ」
そう言って先輩は溜息をついた。
「心配してくれるのは嬉しいんですけど、俺もともと友達とか少ないし、少ない友達はみんな俺のこと分かってくれてるみたいだから心配ないっす」
「だから、もっと友達増やしたいって思ったりしないの?」
「あんまり思わないっすね。今でも充分楽しいし」
「だけど、もしかしたら今は友達じゃなくても友達になったらもっと楽しくなれる人とか居るかもしれないんだよ?」
「そうだけど、今で充分満足してるからあんまりいらないかな?」
いつの間にかクレープを食べきった先輩が俺のほうをまっすぐに見詰めていた。
まっすぐ俺に伸びている視線に射抜かれて、動けなくなる。
先輩に言ったことに嘘偽りは無い。だけど、先輩の言っていることもわかる気がする。
確かに、友達は多いほうが良いだろう。だけど、ただ多いだけの友達に意味があるのかと聞かれたら、俺は少なくても本当に仲の言い友達だけで良い友達だけでいいと思う。
だけど、先輩は挨拶を交わすだけの友達でも良いから多いほうが良いと言って来る。
実際、先輩は深い付き合いをしている友達は少ないが挨拶を交わす程度の友達は数え切れないくらい居る。
何処に行っても、そういう友達がいるから寂しくないのだそうだ。
「あのね。たっくんにはたっくんの考え方があるから私の考え方を押し付けるつもりも無いんだけど……」
先輩はそう言うと少し俯く。何かを言いたい様に見えるんだけど、言おうか言わないか迷ってるみたいだ。
「別に先輩にどうこう言われたって、俺は俺の考え方を変えるつもりなんてないっスから、先輩の考え方とか言って貰っても大丈夫っすよ?」
「考え方とかそんな難しいことを言うつもりなんてないの。だけど、『クレープを買う』とか『友達を作る』って言う行為一つをとっても、人にとってこんなにも感じ方が違うんだなって思ってね」
「はぁ……」
先輩の意図していることが掴めず、曖昧な返事しか返せない。困惑する俺を置き去りにして、先輩は話を続けた。
「私はこのクレープを買うのがとっても楽しみだった。だけど、たっくんは並んでまで買おうと思わなかったでしょ?」
「そりゃあね。並んでまで買うほどの価値があるかなんてあの時は思わなかったから。まぁ、実際買って食べてみて、並んでしまう人の気持ちも少しだけだけど判った気がしますけどね」
俺の言葉を聞くと先輩はニコッと笑った。
「うん、そういう風に言ってもらえたらこっちとしても嬉しい限りだよ。でもね、人にはそれぞれの感覚っていうものがあって、私が感じたクレープの味とたっくんが食べたときに感じたクレープの味は違うかもしれない。私がおいしいと思っても、たっくんはおいしくないって思うかもしれない」
「まぁ、人には好き嫌いって言うもんがありますから、それは当然のことだと思いますけど?」
「好き嫌いって言うものは、その人だけのもの。つまり、他人にはわからない。教えてもらえるかもしれないけど、教えてもらったってその人の感じてること全てがわかるわけじゃないじゃん。っていうことはさ、例えばだよ?たっくんの感じている好き嫌いは教えてもらったとしても私には一生わからないものになるじゃん」
そこで先輩は話を一度区切った。
そりゃあ、こんなに長く話したんだから一息つきたくもなるだろう。それに、俺も先輩の話をまとめる時間が欲しい。
先輩が何を言いたいのかが全く分からない。俺に何を求めてるんだろう?
「えっとね、つまり、人は自分以外の人のことなんて分かる分けないの。もしかしたら、自分以外の人は感情なんて持ってないかもしれない。プログラムされた行動をし続けるゲームのNPCの様な物なのかも知れない。だって、その人が思ってること、感じてることがこちらには伝わらないから」
「ちょっと、先輩のお話は強引ですね。先輩は、自分以外の人の感情や心が分からないって言ってますけど、現に俺は先輩のことを考えてますよ?一緒に食べたクレープだっておいしいって感じましたし」
「もう!途中で口を挟まないで!今がいいところなの!もうちょいで終わるから、感想はその後で言ってくれる?」
なんか怒られた。
たまに意味不明なことをする先輩だけど、今日の先輩は輪をかけて変だ。
「何処まで話したっけ?」
「考えてること、感じてることが分からないってところですか?」
「そうそう!感じたこと、考えてることなんてさ、感じた人考えてる人以外分かるわけ無いじゃん。けど、私はどうしても私が考えて感じたことを伝えたいの」
「そうなんすか?」
「そうなの!茶々を入れない!それでね。一生懸命考えたの、ここ一週間くらいはそのことばっかり考えてた。で、昨日結論が出たの」
そういう先輩はすこし顔が赤かった。
先輩の話は要領を得ないが、なんかおもしろいからすっかり聞き入ってしまってる。
こっちがこれだけ、一生懸命聞くような話なんだから、一生懸命話してる先輩が興奮気味なのは仕方の無い話だ。
多分、昨日出た結論というのがこの話の終着駅なんだろう。早く聞きたい。先輩の考えが知りたい。そういう気持ちがあふれてくる。
まぁ、部室で二人きりという状況、美人の先輩、馬が合って一緒にいて楽しい、メガネ効果で好感度アップetc……
ぶっちゃけてしまえば、俺はこの先輩が好きなんだ。だけど、先輩が俺のことをどう思ってるかなんて分からない。
普段の行動から考えれば、嫌われて居ないのは確かなんだけど告白するような状況でもない。
俺としては先輩が卒業するまでの間に告白できれば良いなんてのんびり構えてる。
だけど、先輩のことをもっと知りたいと思う気持ちがある。どんな風に考えているのかとか、どんなことを感じているのかとか。好きな人のことがもっと知りたいのだ。
「で、出た結論というのは?」
努めて冷静に、いつもどおりを振舞う。心の中は好奇心や色々なものであふれかえっているものの、そういう動揺は見せたくない。
「人が自分の思いを相手に伝えるには、言葉だけじゃ足りないってことが分かったの。言葉って言うものは色々な捉え方が出来るでしょ?発音や状況でその言葉がもつ意味は大きく変わってくる。つまりね、今ここで私がたっくんに好きだと言うとしても、たっくんが私が思っている意味でその言葉を受け止めてくれる保障なんて何処にも無いの。だから」
そういうと、先輩は俺のほうに体を寄せて来た。俺は、先輩の『好き』という言葉に胸を打ちぬかれ身動きが取れなくなっていた。例え話だったとしても、先輩から『好き』という単語が聞けたことが自分で思っている以上に嬉しい。
先輩は体と体が触れ合うのではないか?というくらい体を俺に寄せていた。金縛りに合ったかのように動かない体。そして、俺の視界は徐々に先輩の顔だけで埋め尽くされて行き、そして……
唇にやわらかいものが触れた。
触れたのは一瞬だけだった。もしかしたら、これは俺の夢の中の出来事で、自分の理想を夢として見ているのかもしれないとさえ思った。
だけど、もとの位置に戻った先輩の真っ赤な顔をしていたし、思いっきりつねったふくらはぎは物凄く痛かった。
何が言いたいのかというと、これは現実だって事。
真っ赤な先輩はさらに話を続けた。
「これなら、私が思っているとおりの意味でたっくんに伝えられるでしょ?」
照れたように笑う先輩は卑怯なまでに可愛かった。
読んでいただいてありがとうございました。
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