前田、赤鬼に屈す
リングス初のトーナメントは、組み技系ブロックと打撃系ブロックにそれぞれ8人ずつ、5ヶ国計16人が参戦。うち日本人は、リングス・ジャパンから前田と長井、正道会館から佐竹と角田が出場した。
前田は一回戦でハンと対決。ハイキックでKOに葬り二回戦進出。二回戦では、ブルガリアのディミータ・ペトコフに勝利し、順当に準決勝へと駒を進める。
ただ、前田以外の日本人はとうと、佐竹は一回戦で長井と激突。壮絶な殴り合いの末KOで二回戦進出を果たすが、胸部骨折を理由に棄権。勝てば前田戦が実現しただけに惜しまれた。
角田は運の悪いことにフライとの一回戦。体格、パワーの差はいかんともしがたく、TKOに散った。
話を前田に戻す。準決勝に勝ち上がった前田は、「赤鬼」と恐れられた、オランダの総帥・ドールマンと激突。
リングスの発展、そして戴冠を目論む前田にとって是非勝ちたい一戦だった。
しかし、ここで前田は不覚をとり、膝固めで敗れてしまい3位決定戦にまわるはめに。佐竹の棄権で棚ぼたの準決勝進出となったヘルマン・レンティングを下して3位にはなったものの、不満の残る結果となった。
決勝戦はドールマンとフライのオランダ師弟対決となり、ドールマンが貫禄の優勝を飾り、リングスの92年は幕を下ろしたのである。