変態王子の趣味に合わせてツンデレツインテールになってあげたのに、婚約破棄ってどういうことですの?
「はっきり言おう。私は変態だ」
「へ?」
フェリクス王子の唐突な宣言に、動揺で間の抜けた声が出てしまった。筆頭公爵家リュミエールの令嬢として、あるまじき失態だ。
見た目だけは誰よりも整った目の前の婚約者は、全く気にする様子もなく言葉を続ける。
「私はドMだ。そしてツンデレを愛している」
美しい銀髪がわずかにかかる、わたくしの深緋と対をなすような瑠璃色の瞳。
その眼差しはどこまでも真剣で、こちらを射抜かんばかりで。
まるで意味がわからない。
この人はいったい、何を言っているの?
「どえむ?? ……つんでれ、とは。誰か、意中の令嬢のお名前でございますか?」
王立魔術学院への入学を一週間後に控えた十五歳のその日。
月に一度の王宮での王妃教育が終わり、いつも用意されている談話室とは違う温室のサロンに誘われた。
元気の無い花でもあるのかと思ったけれど、人に聞かれては困る話だったというわけね。
色とりどりの花々がわたくしを歓迎するように咲き誇っている。白薔薇の蕾にそっと触れると、みずみずしく花弁をほころばせた。
ずっと花を見ていたいけれど、下を向いた王子のつむじに嫌々ながら目を向ける。
やっと言えたとか、よしっとか小さく呟いて拳を握る姿はなんだか少し可愛らしい。
さらに早口で何か聞き取れない独り言を言い出した。すぐに気色の悪いほうに気持ちが傾く。
どうやらわたくしの質問は聞こえていない。
「わたくしにご不満があると、そういうことでございましょうか」
「そうではないロクサーヌ! ……いや、そうだな」
どっちなのよ! 睨みつけたい衝動に駆られるのを必死に抑えて拳を握り込む。
「どうかこれからは私におもねるのをやめてほしい。ツンデレとは、普段の貴女のような人のことだ。私以外に対する」
「えっ?」
「いままでずっと言えずにいたのだが、せっかくこれからは学院で毎日のように会えるのだから……勇気を、出してみたのだ」
気が抜けてしまったのか、王子は椅子に深く身を預けた。恥ずかしそうに下をむいて頬を染めている。
こんな姿を見るのは初めてで、色気にあてられそう。
思えば婚約者として初めて引き合わされた十年前から見た目は好みだった。わたくしを見て満面の笑みを浮かべてくれた時は、ときめいたもので。
でもわたくしたちは、すぐにギクシャクした。
会うたび何か言いたげで、聞いても答えてもらえず。
それでも完璧な淑女を演じ、王子の活躍話を仕入れては褒めたたえた。ありとあらゆる話題を振っては、仲を深めようと。
努力を、してきた。
幼い頃から、いずれ王太子となる彼の婚約者として。
未来の后に、ふさわしくあるために。
それが、ずっと気に入らなかったのね?
わたくしのことをいつも頬を染めて見ているくせに、話すたびにどこかガッカリとされて。
もう顔を合わせるのが憂鬱で仕方がなかった。理由がわかったのはスッキリしたわ。
無駄な努力をさせられていたと思うと、なぜもっと早く言わなかったのかと怒りが湧いてくるけれど。
「それで、どえむというのは、いったい何のことですの」
「それは、その……おいおい、というか……」
「はっきりと仰っていただかなければ解りませんわ!」
猫かぶりをやめた普段通りの口調で言ってみる。
キラキラした目で見つめられた。顔もさらに紅潮している。
「それだ! その、ずっとそんな感じで頼む」
なるほど、変態の意味がわかった気がするわ。どえむというのは、そういう変態の種類ということなのかしら。
「ではわたくしは、ずっと殿下を蔑ろにしていればよろしいのですね?」
「いや、その……ロクサーヌは、私のことを好いてくれてはいるのだろうか」
「好きになろうと努力してまいりましたけれど、いつもよく分からない態度を取られて嫌でしたわ」
「そうか……当然だな。すまない」
しょんぼりと肩を落とす姿はやっぱり少し可愛らしくて、憐憫の情のようなものが湧いてくる。
「ですが、今日は初めて本心を言っていただけて、嬉しかったですわ。これからもはっきりとものを言えるのなら、好きになれるかもしれません」
「そ、そうか。もし好きになってくれたら、嬉しい」
頬を染めてこれまた嬉しそうだ。冷たくされるだけがいいというわけではないらしい。
王子以外と同じように扱えとそういえば言われた。わたくしは口調はきついし素直ではない。けれど、いつでも人を助けたいと思って、努力しているつもりだ。
「あの、ついでにもうひとつ頼んでもいいだろうか」
「なんですの?」
「私の前に出る時は、必ずその美しい金髪をツインテールにしてほしい! もちろん縦ロールも欠かせない!」
ひときわ大きい声でそう言って、ずいっと可愛らしくラッピングされた箱を渡された。
開けてみると深緋と瑠璃色の、二人の瞳の色をした大きなリボンが二つずつ並んでいる。これからの季節に合わせてかビロードで、とても肌触りがよく綺麗で。
なんだか、久々に心が踊った。
翌週。
望み通り髪をツインテールにして登校したら王子は感動で震えていた。
「美しい……もう見られないかと思っていた」
思い返せば、王子はこの髪型の時は王妃教育のあいだも何かしら理由をつけて見にきていた。
確かそれが嫌な感じがしてこの髪型をやめたのだったわ。お気に入りではあったけれど、落ち着かなかったのよね。
この髪型にしてほしいと言うために先週勇気を振り絞ったのかしらこの人は。
なんとなく、これが一番の本題だったような気がする。
⋆ ⋅ ⋆ ⋅ ⋆
あれから二年余り。
わたくしとフェルは王立魔術学院の三年生になった。
「フェリクス様ぁ! 聞いてくださぁい」
「どうしたエリス。なんでも言ってみるといい」
学友との食事を楽しんでいたフェルに絡んでいるのは、二つ年下の特待生エリスだ。
近年は光属性の適性者がなかなか見つからず、やっとのことで我がリュミエール家が見つけ出した聖女候補。
未だ自分の立場への自覚がなく、入学して二ヶ月になるというのに言葉遣いすら直す気はないようだ。
こんなことなら、やはり見つからなくても良かったわ。
いまも食堂で大きな声を出すものだから、生徒たちの注目を浴びてしまっている。
「ロクサーヌ様が、意地悪なんです……」
「意地悪?」
「私が平民あがりだって見下して、マナーや言葉にケチつけるんですよ?」
告げ口だなんて本当に下品な人ね。わたくしが同じ空間にいることに気づいているのがタチの悪い。
少しチヤホヤされたくらいで、聖女候補の自分を王家や高位貴族が無碍に扱えないものと思い込んでしまったのかしら。
本来なら、少なくともわたくしには礼を尽くすべき立場のはずなのに。養父の侯爵が我が家の傘下だということすら元平民では因果が分からないらしい。
「ふふっ、それは羨ましいな」
「え? 今なんて??」
「ロキシーは淑女の鑑のような女性だからね。彼女に教われば君もすぐに貴族の所作が身につくよ」
「ぷっ……フェリクス様、いくらなんでも冗談がきついです」
あらあら、いま明確にわたくしを見て笑ったわあの子。
「どういうことかな」
「何とかのひとつ覚えみたいに毎日子供っぽい髪型にしてきて。今日なんてあんな真っ赤な大きなリボン。言葉だってフェリクス様に向かっていつもツンケンしてて酷いじゃないですか。婚約者だからって、たまにはガツンと言ったほうがいいと思うんです」
「フェル! 今日は生徒総会の準備があると言ったでしょう? 食事が終わったのなら早く向かいますわよ!」
「ロキシー! すぐ行くよ」
フェルはいつものように満面の笑みで駆けてくる。我が家の犬みたいで可愛いとは思うけれど、もっと優雅に振る舞ってもらわなければ困るのに。
「ああロキシー、その虫を見るような目。最高だ」
わたくしの腰に手を回し、噛み締めるように小さく呟いた。もうゾッとする。
変なことを言い出したら嫌だと思って引き離したけれど、もういっそあの女に押し付けてしまいたい。
「エリスさん、天真爛漫で可愛らしい方ね。わたくしから乗り換えてもよろしくてよ?」
「ロキシー! 何を言うんだ」
そっぽを向くと慌てた振りをしながら顔が緩んでいる。
冷たくすると喜ぶから、全くの嘘ではないけれどほとんどサービスだ。
「そうか……そうだな、それもいいかもしれないな」
「え?」
フェルは何かを思いついたように突然真剣な顔で考え込んだ。
あのスチルが生で見られるとか、わけの分からないことを呟いてニヤニヤしている。
なんだろう。嫌な予感しかしない。
⋆ ⋅ ⋆ ⋅ ⋆
それからひと月ほど、フェルは妙にエリスさんと距離を縮めた。
昼食の席では隣に座らせ、授業の合間には魔術の相談に乗り、放課後には生徒会室にまで呼び出す。
もちろんわたくしにも断りは入れてくるし、何かあればすぐにこちらを見て「怒っているか?」と嬉しそうに確認してくるから、浮気をしているわけではないのだろう。
だからといって、気分がいいわけではない。
「フェル。鼻の下が伸びていますわ」
「伸びていない。だがロキシーに睨まれているから、いま私は人生で一番幸せだ」
「気持ち悪いですわね」
フェルは胸を押さえて震えた。
やめて。本当にやめて。
エリスさんはこの頃のフェルの態度を、自分への好意だと受け取っているらしい。
わたくしを見る目が日に日に得意げになっていく。
それがもう、腹立たしいのなんの。
けれどフェルが何やら企んでいることは明らかで、問い詰めても「ロキシーの誕生日まで待ってほしい」としか言わない。
誕生日。
そう、今日はわたくしの十八歳の誕生日だ。
王宮で開かれた小規模な祝いの夜会には、学院の親しい生徒や教師、王族、高位貴族が招かれていた。
もちろん、エリスさんも。
深緋のドレスに、フェルから贈られた瑠璃色のリボン。
髪は望み通りのツインテール。縦ロールも完璧だ。
こんな髪型で夜会に出るなんて、冷静に考えたらどうかしている。けれど王子の婚約者として、婚約者の趣味を取り入れてやったのだ。感謝なさい。
会場に入った瞬間、フェルが息を呑んだ。
「ロキシー……」
「何ですの。変な顔をして」
「美しい。ああ、こんなにも可憐で気高く、そして私に冷たい顔を……」
「黙りなさい」
フェルは幸せそうに微笑んだ。
本当に、黙れと言われて喜ぶ人間が王子でいいのかしら。国の未来が不安だわ。
けれど、その不安はすぐ別の形になって胸を刺した。
「フェリクス様ぁ!」
甘ったるい声がして、エリスさんが人混みの向こうから駆け寄ってくる。
白いドレスに、桃色の髪をふわふわと下ろして、いかにも庇護欲を誘うような装いだ。
フェルはわたくしに一瞬だけ目を向けた。
何かを確かめるような、ひどく真剣な目。
また、嫌な予感……
「エリス。来てくれたんだね」
「もちろんです。だって、フェリクス様に大事なお話があるって言われましたから」
会場がざわめいた。
フェルはわたくしの前から一歩離れ、エリスさんの隣に立つ。
ちょっと。
何をしているの。
「ロクサーヌ・リュミエール公爵令嬢」
普段は絶対に呼ばない、よそよそしい名前。
心臓が嫌な音を立てた。
フェルはまるで王子らしい、凛々しく整った顔でこちらを見る。
その美しさが、今だけは腹立たしいほど遠い。
「私は、貴女との婚約を――」
待ちなさい。
まさか。
いや、そんなはずがない。フェルが本気でそんなことをするはずがない。
そう思っているのに、会場の視線が一斉にわたくしへ向く。
エリスさんの口元が、勝ち誇ったように歪んだ。
「破棄、したい」
ほんの一瞬、会場の音が全部遠のいた。
息の仕方を忘れたみたいに、胸が詰まる。
けれど背筋だけは、絶対に曲げなかった。
わたくしはリュミエール公爵家の娘で、未来の后として育てられてきた。たとえこの場で笑いものにされても、膝を折るわけにはいかない。
「……理由を、伺っても?」
声が震えなかったことだけは、褒めていいと思う。
フェルは一歩こちらへ近づいた。
その表情が、急に崩れる。
「なーんて」
「は?」
会場が静まり返った。
フェルはぱっと両手を広げ、どこから取り出したのか、深緋と瑠璃色のリボンで飾られた小箱を掲げた。
「嘘だ! ロキシー、誕生日おめでとう!」
…………。
何を、言っているの?
「驚いただろう? 異国の恋物語では、こういう劇的な場面で愛を確かめると聞いて――」
乾いた音が、会場に響き渡る。
わたくしの右手が、フェルの頬を打っていた。
会場中が息を呑む。
フェルは頬を押さえて、ぽかんとしている。
やってしまった。
王子を。
公衆の面前で。
婚約者とはいえ、王子を。
「趣味が、悪すぎますわ……!」
声を出した途端、涙がぽろぽろとこぼれた。
悔しいのか、腹立たしいのか、安心したのか。
自分でも分からない。
喉は詰まり、指先は冷えて。
綺麗に立っているだけで、精一杯だった。
「わたくしが、どれだけ……」
言葉が続かない。
口元を押さえても嗚咽が漏れる。
「ロキシー、すまない。違うんだ。泣かせるつもりでは。怒るだけかと……」
頬を叩かれた瞬間はどこか嬉しそうだったのに。
わたくしの涙を見た途端、フェルの顔は完全に青ざめ血の気が引いている。
「泣かせているでしょう!」
「そうだな。本当にすまない」
フェルは床に膝をついた。
会場中がさらにざわめく。
「私は、貴女の怒った顔も、冷たい目も、呆れた声も好きだ。だが……泣き顔は、違った」
「泣かせてから気づいても遅いですわ」
「本当に、すまない……」
フェルは項垂れたあと、しばらくして顔を上げた。
縋るような目でわたくしを見つめ、小箱を開ける。
中には見慣れない形の指輪が二つ並んでいた。
ひとつは大きな宝石をあしらった華やかなもの。もうひとつは、金と白銀を編み込んだような、細くて飾りの少ないもの。
「これは、遠い異国の風習を参考に職人へ作らせた。婚約の誓いとして、指輪を贈るのだそうだ」
「指輪……」
「華やかな方は今日の贈り物だ。だが、結婚したあとは、こちらのシンプルな方を常につけてほしい。私とお揃いだ」
フェルは自分の手元を見せた。
同じ意匠の指輪が、すでに左手に嵌められている。
ばか。まだ結婚していないのに。
こんなことをされて、嬉しくないわけがないじゃない。
けれどさっきの衝撃がまだ胸の中で暴れていて、素直に喜ぶことなんてできない。
「……最低ですわ」
「ああ」
「最悪です」
「ああ」
「変態です」
「それは褒め言葉として受け取っても?」
「受け取るな!」
フェルは少しだけ嬉しそうにした。
本当に救いようがない。
「私を、騙したんですか?」
震える声が割って入った。
エリスさんだ。
顔を真っ赤にして、フェルとわたくしを交互に睨んでいる。
「私に気があるふりをして、ロクサーヌ様に恥をかかせるために……!」
「違う」
フェルは声を低めると、すっと立ち上がった。
「君が先に私を利用してロキシーを貶めようとしたから、お返しをしただけだ」
「なっ……」
「私の愛するロキシーを、よくも愚弄してくれたな」
エリスさんの顔が青ざめた。
フェルは先ほどまでとは別人のように、冷ややかに彼女を見下ろしている。
「ロキシーの髪型を笑い、言葉遣いを笑い、私の婚約者としての態度を侮辱した。君は自分が何をしたか分かっているのか?」
「だ、だって……私は聖女候補で……私の協力がなければ困るくせに!」
エリスさんは震える声で叫んだ。
「魔族が攻めてきたって、知らないから!」
会場の空気が一気に冷えた。
ああ、言ってしまったわね。
わたくしは涙を拭い、息を整えた。
まだ胸は痛い。フェルの趣味の悪さには、一生腹を立てる自信がある。
けれど、これはわたくしの領分だ。
「フェル」
名前を呼ぶと、彼はすぐこちらを振り向いた。
困ったように眉尻を下げて、わたくしを見つめる。
「……仕方がありませんわね。お引き受けしますわ」
「ロキシー!」
フェルの顔がぱっと輝いた。
「ロキシーなら、そう言ってくれると思っていた」
「調子に乗らないでくださいませ。あとで三時間はお説教です」
「三時間も? 最高だ」
「本当に黙りなさい」
フェルは嬉しそうに口を閉じた。
扱い方が分かってきた自分が嫌だ。
エリスさんは呆然としている。
「な、何を……」
「エリスさん」
わたくしは彼女に向き直った。
「貴女は少し勘違いをしているようですわ。王家や公爵家が、なぜ貴女を大切にしていたか、ご存じ?」
「私が、光属性の魔術師だから……今は、私だけだって」
「リュミエール家以外では、ですわ」
エリスさんの唇が震えた。
「わたくしの一族は、代々光属性の魔術師を輩出している家系です。筆頭公爵家の地位も、その役割を果たしてきたからこそ保たれているの」
わたくしは自分の胸元に手を当てる。
ずっと伏せられてきたこと。
公爵家の娘として、王子の婚約者として、そして本当は。
「わたくしも光属性です。妹たちにも適性があります」
「う、嘘……」
「嘘ではない。ロキシーは君よりもずっと早く、光属性に目覚めている」
フェルが静かに言う。
「ではなぜ……」
「ロキシーや彼女の妹君たちが、聖女として前線へ駆り出されずに済むようにだ」
フェルの目が冷たく細められた。
「光属性の平民を保護し、教育し、聖女候補として立てる。君にとっても悪い話ではなかったはずだ」
エリスさんは言葉を失っている。
「けれど、貴女がその立場を盾にして王家と公爵家を脅すのなら、話は別ですわ」
わたくしは微笑んだ。
底冷えのするほど、美しい笑みだったと思う。
「エリスさん。今ならまだ、選ばせてあげるわ。このまま平民に戻るのと、聖女候補にとどまるのと。どちらがいいかしら?」
「え……」
「わたくしはね、聖女の仕事、実はやりたいの」
フェルが驚いたようにこちらを見る。
そう。これは彼にもまだ言っていなかった。
「お父様の気持ちを無碍にできずにいたけれど、人々を癒し、兵を守り、国のために力を振るうことに、憧れがなかったわけではないの」
未来の后として、婚約者として、完璧であろうとしてきた。
でも、それだけが望みだったわけではない。
わたくしはずっと、いろんなものを我慢してきたのだ。
「ロキシーが聖女をやるなら、私もともに前線に行って兵を鼓舞して回るぞ!」
フェルが勢いよく言った。
会場の何人かがぎょっとしている。
「殿下、王子が前線に出るなどと言うものではありません」
「ロキシーが行くなら私も行く」
「変態に加えて駄々っ子ですの?」
「ロキシーに罵られながら戦場へ向かうのか。悪くないな」
「本当に、どうしてこの人が王子なのかしら」
涙はいつの間にか止まっていた。
胸の奥はまだ痛むけれど、息はできる。
エリスさんは視線を彷徨わせていた。
逃げ道を探しているのだろう。
「……聖女候補に、とどまります」
絞り出すような声だった。
「そう。では明日から改めて教育を受け直してくださいませ。まずは言葉遣いからですわね」
「はい……」
「返事は、はい、ロクサーヌ様」
「はい、ロクサーヌ様……」
「よろしい」
そう頷くと、フェルが感極まったようにこちらを見ていた。
「ロキシー、やはり貴女は最高だ」
「フェル」
「何かな」
「誕生日を婚約破棄ごっこの舞台にした件は、まだ許していませんからね」
「ああ。今日は一晩中叱ってくれて構わない」
「叱るだけで済むと思っているの?」
フェルはぱっと顔を輝かせた。
「まさか追加が?」
「廊下に立って反省なさい」
「それは……それは新しいな」
フェルの目が本気で輝いた。
やっぱり、この婚約者はかなり面倒くさい。
でも、わたくしの本当の顔を喜んでくれるのも。
わたくしのやりたいことを真っ先に肯定するのも。
この変態王子なのだ。
なら、まあ。
もう少しだけ、好きになる努力を続けてあげても、いいかもしれない。
これから面白くなりそうな、予感がする。
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