第十話
あの後、私は迷いなく絵美に加原さんの連絡先を聞いた。
絵美は加原さんの部活仲間で、副部長だった子。
ちなみに私は3年間絵美と同じクラス。
私と加原さんはクラスも一緒になったことがないから接点がない。
だから断られるかもしれないと思っていたんだけど、案外あっさり教えてもらえ、とんとん拍子に会うことに。
葉山くんとはあれから会っていないし、連絡してもなんだかよそよそしい。
高野くんと話すと言っていたけど、2人にまた何かあったのだろうか。
聞いてもはぐらかさせるし、高野くんからは連絡がこなくなった。
葉山くんは電車の時間も変えたのか本当に全く見ない。
一度葉山くんを見かけて声をかけようとしたんだけど、逃げるようにいなくなっちゃって。
(避けられている、のかな)
家の窓から葉山くんの家の明かりを見る。
葉山くんの部屋が昔と変わっていなければ、きっと今は部屋にいるはず。
現実が突きつけられた気がして、勢い良くカーテンを閉め、その場にしゃがみこむ。
心の中の想いを言葉にして相手に伝えるのはきっと簡単なことじゃない。
積み重ねていかなきゃ分かり合えないことなんてたくさんあるのに、私は逃げてしまったからもう無理なのだろうか。
(ううん。そんなことまだわからないよ)
未来は自分で選べる。
私はまだ間に合う? 進める?
今できること、やりたいこと、精一杯やったらその先に私が求めているものがあるのかもしれない。
私は抱えていた膝から腕を緩めて立ち上がり、前を見据えながら一度頷いた。
***
加原さんと待ち合わせの日。
「悠理!」
「あっ菜月!」
駅で待っていると、加原さんこと菜月がやってきた。
苗字呼びじゃなくて名前で呼び合うことに。
「ごめん、待った?」
「ううん、私も今来たところ」
連絡先を交換してからちょくちょく連絡を取り合っていたから仲良くなって、久しぶりに見る菜月は益々きれいになっていた。
背が高くてスラーっとしていて相変わらずかっこいい。
脚長でパンツスタイルが似合っていて、まるでモデルさん。
それに引き換え、自分はちんちくりんだ。
(こんな完璧な人ともし同じ人が好きだったら……いや、今はそれは考えない!)
雑念を取り払うかのように軽く頭を横に振り、顎を上げる。
菜月がオススメしてくれたカフェでお茶することに。
何度も見ちゃうけどやっぱりきれいでかっこいい。
「ん? 悠理どうした?」
「見惚れてたの。菜月って本当にきれいでかっこいいよね」
「そうかな? 私は悠理みたいな可愛い子になりたいけど」
「えっ、私可愛いに入れてもらえるの?」
こんなきれいな人に可愛いって言われて、照れ隠しで紅茶を飲む。
「うん、可愛いよ。もちろん見た目もだけど、素直で表情コロコロ変わる姿が本当に可愛い」
「それって顔にいつも出てるってこと?」
「うーん、まあそういうこと?」
と言いながら吹き出す菜月に、私は恥ずかしさがこみ上げ、隠せるはずがないのにティーカップで顔を隠そうとする。
「はっ恥ずかしい。自分では隠しているつもりなんだけど」
「ハハッ、全く隠れてない。でもそれは悠理のいいところだよ。純粋に羨ましい」
そう言って遠くを見つめるような仕草をする菜月はなんだか少し寂しそう。
「菜月は、本音を隠しちゃうの?」
菜月はうーんと一度考えたあと紅茶を一口飲む。
「感情を素直に表情に出すのは苦手な方かも。特にマイナスな感情は、ね」
苦笑いするその顔は私の目には辛そうに映る。
「辛く、ないの?」
「辛い、か。ずっとそうだったからよくわかんなくて。私部活のキャプテンだったでしょう? だから自分が不安がるとみんな不安になるから、マイナスな感情は顔に出さないようにしてたんだ」
確かに菜月は信頼されていたキャプテンで、スポーツ推薦もあるんじゃないかって言われたいたくらい上手。
結局一般受験で、もう部活はやってないらしいけど。
「菜月は周りをよく見て、心配りをして、自分の気持ちより周りを気にかけてくれるんだね」
私の言葉にフォークを持った指がピクッと動く。
「そんな大層なことじゃないよ。キャプテンに選んでもらったからには、期待されていたからには、頑張りたかったの。嬉しかったから」
ヘヘっと言いながらケーキを食べる奈月を見て、きっと私が想像するよりずっと大きな重圧に必死に応えてきたのかもしれない。
そして、嬉しかったの言葉の裏に違う言葉も隠されているんだろうと感じる。
「そっか。菜月は……みんなが大好きなんだね。みんなを笑顔にして、守りたかったんだね」
「……うん。みんなが好きで大切だから、何があっても守りたかったんだ。でもこのこと部活の子たちにはまだ内緒ね。まだ部活の子たちの前では頼れる人でいたいの」
少し苦笑いしながら、まだ少し複雑そうにお願いされる。
「うん、わかった」
そう簡単に人は鎧を脱ぐことは難しい。
でも時間をかけてでも少しずつ脱ごうとする菜月ならきっと大丈夫だと、心から応援する。
「菜月は人に頼るのが苦手?」
「えっあーうーん。まだ苦手かな」
いつも見ていた菜月は勝手に凛としてるイメージを持っていたから、タジタジしている菜月を見るのはなんか新鮮で、完璧じゃない方が可愛いとすら思える。
「前はなんでもできそうって頼られるから、周りの期待を裏切らないよう強がってたの。でも今はプレッシャーから開放されてすごく楽。だから気が抜けちゃって、ポンコツ部分もでちゃうんだけど、みんな笑ってちゃんと受け止めてくれるんだ」
ヘヘッと嬉しそうに話す菜月は、高嶺の花のようだった昔より親しみやすく、柔らかさも纏う。
完璧に見えた菜月にも、苦手な部分があると知れて少しホッとするが、同時に不安も押し寄せる。
(中学のときより近寄りやすくなったし、もし奈月が本当は葉山くんが好きだったら、葉山くんは……)
ドクンと脈が波を打つ。
吹っ切れた姿は今にも増してキラキラ輝いて見える。
女の私でも惚れ惚れしてしまう。
だからそんな姿を葉山くんが見たら、きっと葉山くんも……せっかく菜月と仲良くなれたのに、こんな気持ち持ちたくない。
でも私が菜月に勝てるところなんてあるのだろうか?
現実と向き合わなきゃいけなくて、机の下でスカートをシワができるくらい強く握るしかなかった。




