海の見えるカフェ
街から少し離れた小上がりの丘、海の見える場所の一角に、それはあった。
周りの木々に溶け込むかのように建つそれは、絵本から飛び出してきたかのように現実感がない。
それでも海から舞ってくる潮風は、鼻腔をくすぐり、そこに存在していると知らせてくれる。
辺りには鳥が囀り、木々が風に揺られて小さく踊っているよう。波の音と合わさって、まるで自然の音楽隊だ。
その心地良さに、思わず深く呼吸して、身体を伸ばさずにはいられなかった。
玄関まで行くと、草が絡まった朽ちた車が一つ。まるで人から忘れ去られたように自然と融けあっていた。
扉は重厚な木で出来ており、高級感漂うが、呼び鈴の代わりに扉に付けられている小さな鐘が、ノスタルジックな雰囲気を醸し出す。
扉を開けば、ガラガランッと鐘が高らかに鳴り響き、少し暗めな店内に明るい空気と潮の香りを運ぶ。
店に入れば、鼻を一番に楽しませるのは、渋めのコーヒーの薫り。それが一瞬、外の空気と混ざり合って、この空間が、なんとも言えない安心感を生む。
まず最初に視界に入ったのは、その半分を覆うくらいの、青々とした海の景色。その窓から見える広大な海は、何度も波同士が激しくぶつかり合い、水飛沫を上げて崩れては、またぶつかってを繰り返す。
それが、有名なジャズが静かに空間を支配するこの店内から見れば、どうも時間がゆっくり動いているように思えて落ち着く。
店員の一人が近付いて来て、席に案内される途中、幾度となく目にしたヴィンテージ物の数々。
ふと玄関を見返せば、両脇には花束を抱えた小人が客人をお迎えしており、壁にはペンダントライトがゆるやかに燃えるように発光し、この暗くも暖かな雰囲気作りに貢献している。
店内を見渡せば、大きなテーブルが四つ。そのうち海側にあるのは二つ。そして、小さな席は十二席もあり、そのうちの四つは海側へと向いていた。
願いが叶ったのか、海側にある席を案内され、椅子に座れば、ふかふかとゆったりと腰掛けられ、自然と込み上げてくる心地よい息を吐き出す。
程なくして、渋めの香りにつられて振り返れば、ちょうど注文したコーヒーが届く。
机に置かれたコーヒーは、木の節が深く目立つテーブルと合わさって、これだけでも十分に心を満たしてくれる。
コーヒーを手に持ち、軽く混ざるように揺すりながら海を見やれば、今までの嫌だった事など綺麗に忘れ、何時間でもこの世界に没入してしまう。
もう一度、店をぐるりと見渡す。
コーヒーからの薫りは鼻を楽しませ、耳心地の良いジャズは、いつまでも小さな心臓の鼓動と共に響く。
いくつも置かれたヴィンテージ物は少なすぎす、かと言って視界を遮らない丁度良い量で視界を満たしてゆく。
窓から見える海は荒れているも、それすらこの店の飾りの一つに見える程。それどころか、この静かな空間と荒れる海との対比が、言葉にならない感動を教えてくれる。
どのくらい経ったのか、数分なのか、コーヒーを飲み干して、いつの間にか空になったカップを揺すっていた。
近くにいた店員を呼び止めると、もう一杯同じものを頼んで、また海を眺める。
すると数分もしないうちに、同じ物が届いた。
またそのカップを揺すって海を眺める。
永遠に続くような心地良いこの空間に、もう暫く、ここに居たいと思った。




