番協会にて
それから一か月、無心に仕事に打ち込んでいるうちに久美は呼び出されることになった。
番協会という団体がある。獣人に限らず、番をもつ種の番と認定された異種族が入る団体である。基本的に互助会のようなものではあるが、すでに既婚者で望まぬ番であったり、犯罪行為があった場合に駆け込む先らしい。
番の件でお話を伺いたいと書かれたものにどう返信しようか久美は困った。
今、手持ちの案件が締め切り直前。以前と同じようなブラックさだった。
深夜ならというダメだろうという時間指定をした。
返信は翌日あった。いや、正確には、深夜だった。それだけで久美は察した。相手も社畜であろうと。まだ見ぬ番協会の人にお疲れ様ですと心の中で呟く。
番協会に行く日もばっちり残業をし、久美はよれよれで向かう。
番協会は自社ビルであるらしい。少し古びてはいるが、内装はホテルのロビーかというくらいに整っていた。
「あの、協会の人ですか?」
久美が入った途端にそう声をかけられた。視線を向ければ女性が困ったような顔をしていた。
「違います。今日、呼ばれたので」
「ああ、弁護士さんとかですか?」
久美がくたびれていてもオフィスカジュアルだったから勘違いされているようだった。いいえと首を横に振ると彼女はますます眉を寄せた。
久美が問いかける前にぱたぱたとした足音が聞こえる。あれはわざと音を立てているなと察する。気がつくと無意識で足音を忍ばせているという悩みを抱える長命種と同じ音だ。
「お待たせしました。
すみません、先にお一人来ていたので案内で離れていたんです」
視線を向ければ奥から一人の女性がやってきていた。
「久美さんと光さんで間違いありませんか?」
現れた女性はそう確認してきた。久美も一緒にいた女性もうなずく。
「お忙しい中ご足労いただきまして、申し訳ございません。
会議室は上です。こちらへどうぞ」
会議室と聞いて久美は憂鬱だった。小腹は空きっぱなしだが、我慢するしかなさそうだ。
案内してくれた女性は姫宮と名乗った。本名ではなく、通り名であるらしい。番の件で逆恨みされることもあり、個人情報は秘匿されていると軽く語った。
流れるような説明だったが、久美へ光がどういう相手なのかは話してくれそうにない。それは会議室についてからということだろう。
部屋には二人いた。線の細い長命種で、推定男性だろう。威圧感のない柔らかな微笑みはどんな女性でも篭絡できそうである。
弁護士か、職員かであろうと久美はあたりをつけた。番の件で暴れたりはしないのにと少し残念な気持ちになる。
彼はヴィと名乗った。本名は長い上に発音が難しいため、略称で通していると説明した。
室内にはもう一人、眼鏡の女性がいた。間宮となのったので、もしかしたら職員は宮シリーズなのかもしれない。
「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。
ひとまずは、乾杯、しますか。
皆様のより良い未来に向けて、かんぱーい!」
会社の飲み会みたいな挨拶に久美は反射的にかんぱーいと返す。戸惑ったような光と当たり前のような顔で返すヴィ。
「時間も遅いので色々買ってきたんです。お口にあえばいいのですが」
姫宮はそう言ってあっちのテーブルと指さした。
「中半のすきやき弁当!?」
お値段もさることなら、有名デパートの地下で専売のお弁当である。久美は一度は食べたいなぁと思いながら、デパートの空いてる時間に帰宅出来たためしもないので幻の一品である。
「ロディレのマカロンがこんなに!?」
光が恐れおののいていた。久美が視線を向ければそれはあった。
箱入り12色。ご贈答品である。お詫びの品として買いに行ったことがある。食べたことはない。
「あ、ローダの紅茶が……」
お湯沸かしますねとそそくさとヴィは動いていた。久美でも知っている有名店の紅茶である。
番協会の資金力に久美はくらくらしてきた。血糖値が下がりすぎているせいかもしれないが。
「ロイヤルのローストビーフもありますよ。
大丈夫です。経費は協会持ち。ささ、先にお腹を満たしてしまいましょう」
ふふっと笑う姫宮に久美は確かに感じた。社畜の波動を。こいつは信用できると確信する。ひとまずすき焼き弁当とチョップドサラダを確保する。野菜は大事である。
食事もある程度終わったころに姫宮は今回呼び出された件を切り出した。
「番が複数同時発生?」
「本能で選ぶため、一人だけという定説からはありえない話ですが実際そうらしいのです。
久美さんが最初、次が光さん、最後がヴィさん」
ヴィは男である。
「え、おとこのひと?」
「番って異性限定じゃないの!?」
「どうも違うみたいなんですよ……。普通は男性と気がついていれば、本能的にストップがかかるらしくそこまでいかない、っぽいんですが」
ヴィさんこそが本物の番と主張しているらしい。久美は崩れ落ちそうだった。
番とは何なのか。
「ここにお集まりいただいたのは、ちょっとした検査をするためです。
番として選ばれたなにか共通点があるはずなんです」
「明日、学校いけるなら……」
「右に同じ」
「私は会社が休みにしてくれました。明後日でもいいよ、だなんてとってもお優しい」
ヴィが一番、しんどそうだった。
どんよりとした雰囲気の中、検査は始まった。それまで黙って食事をつまんでいた間宮が、こちらをご覧くださいと印刷された冊子を出した。
そこには番研究についての現状と現時点での推測、今日やる検査内容がみっしり書いてあった。画像などを豊富に使うタイプのソフトウェアを使っているのに。
これに気がついたのは久美だけのようだった。もはや職業病だなと小さく頭を振って、詳細を確認した。
一般的な性格診断のようなもの。血液検査。出身地や地域の聞き取り。それらは別におかしくはなかった。最後の一つが聞いたことがない。
魂の測定。
久美は首をかしげる。しかし、光は目を輝かせて、実機見るの初めてですと喜んでいる。光は大学生で専門は魔法機構学ということで興味があるのだろう。
久美が知っているのは魂とは一人に一つあるエネルギーの固まりを称しているというところまでだ。個体差が激しく、中央値を一般的量と設定しているらしい。
「血圧計るみたいにどうぞ」
久美は謎の機械に腕を入れる。きゅっと締め付けられるのは一緒だった。ただ、血が滞るような感覚ではなく、何かが遮断されたように久美には思えた。
検査が一通り終わった後に総括があった。
「皆さんの性格、出身、血について明確な類似点はありませんでした。
それらの要因が重なった結果、番として判定された可能性は極めて低いでしょう。
最後に行った魂の測定結果がこちらです」
結果は円で表現されているが、同じ部分が欠け、同じ部分が多く、ほとんど同じ色をしていた。
それが三人分。しいて言えば、ヴィが一回り大きいかもしれないが、そこまで差異はない。
「こちら、ご覧ください。シバ氏の波長です。
今、新しく測定した皆さんのものはこちらです。色味がとても似ているのはお判りでしょう。また、普通の人より量が多い。
はみ出した分の凸凹がかみ合う」
言われたように見れば確かにはみ出た部分を埋めたりすると行けそうな気もしたが、久美はそんな簡単にできるのだろうかと懐疑的だった。
反応の薄い聴衆に間宮は不満そうな顔で、ではこれでと、表示を棒グラフに変更した。そっちのほうがまだわかりやすかった。
「獣人は体を二つ持つという学会の研究結果があります。
獣の体と人の体の二つで一つとして生まれたと。ただし、魂の総量は一人とちょっとだけ。もう一人分、足りず能力が制限された状態なのでは、という話です。
まあ、私は獣人ではないので実感はわかりません。
番っていうのは、この不足分を補うために存在するのではないか、という話だったんです。
でも検証も難しくて、いい機会でした」
嬉々として結果を報告する間宮は、かなりの早口だった。
本気で、検証できる機会があってよかったぁっ! という雰囲気で、久美としては少々引いた。我々は実験動物ではない、と主張すべきところだろう。
だが、それは踏み込んではいけないと久美のセンサーが訴えている。
久美は社会人の笑顔でスルーすることにした。
つまり、魂が求めているのであって、別に性別は関係ないし、子孫繁栄のためでもない。
ロマンスの欠片もない現実感。しかし、久美にはそれが腑に落ちたような気がした。感情に根差さぬもののほうが、信用に値する。
私が好きだったからではない、とわかって、傷が慰められるような気がしたのだ。そりゃあ、良いパーツのほうが望ましいのだろうと。
ヴィさんは少々焦ったように番にならなければならないのかと問い詰めていた。彼には死別した配偶者がおり、今でも相手を思っているので断固拒否したいところらしい。
現在は、魂の制御装置というものの試作機があり、それで対応可能であると説明されていた。光もそれを希望している。私には卒論があるの! という大変現実的な理由だった。
「私もそれもらえますか?」
そう言った久美に他の者は驚いたようだった。それはそうだろう番という制度で一番得るものありそうだから。
久美も少しは迷ったのだ。
他の候補がなくなればシバは帰ってくるかもしれない。
その時には前のように守ってくれるかもしれない。死ぬまで優しくしてもらえるかもしれない。
だが、いつもそこには不安がある。
「番、そっかーと私のこと好きなのかと思ったけど、番だからであって、もっと良い人がいれば乗り換えされてしまってはね」
それは、婚姻関係では望ましくない。仕事の相棒ならいいかもしれないが、あのように対応されてしまえば心が動かない自信はなかった。
もう事故にでもあったと思って忘れてしまうのが一番だ。
お姉さん、おいしいお菓子は心を慰めるのですと光にケーキを盛られ、ヴィからは良いことありますってとちょっと空回った慰めを受けた。
久美はちょっと笑って、どこかからやってきたお酒で痛飲して、記憶喪失になった。




