仕事は大事。それが社畜。
昼休みになり、久美はスティック型のビスケットで食事を済ませ、無料コーヒーを薄いなと思いつつすする。
番と検索した。
検索結果は膨大だったが、大手の情報サイトによれば、獣人は番を求める習性があること、昔は多くはなかったが近年移動方法の発展により、見つかりやすくなっていることが書かれていた。
他種族か同じ獣人同士であるかでその後の対応は全く違うらしい。
獣人同士の番はバカップルである。片方の獣化能力が低下することはあるが、その程度で愛は揺るがないと言わんばかりの相思相愛。愛さえあれば! とお互いの家庭の事情だのをぶん投げるところが問題ではあるが、ああいうものよねと同族でも若干引きつつ認めているらしい。
それとだいぶ差があるのが他種族相手の場合だ。
個体差があるが、基本的には他者と接触を許さないくらいの独占欲があり、昔は監禁されるものであったらしい。
また、獣人からすれば見初められる他種族は幸いであり、その幸運に感謝せよという認識である。断るなど許されていなかったが、近年は番団体の尽力もあり、非人道的扱いは法に問われることになっている。
そこから過去のやらかしと現在での刑量などが併記されていた。
また、番が見つからない場合の契約婚についても言及されている。番を見つけた途端に破棄され、忘れられるような結婚。
あの人は、結婚していたのだろうか。久美は指先を思い出そうとしたが、記憶に残っていなかった。ただ、学生というからには未婚であろうと思えた。
「どぉしたんすぁせんぱぁい」
いつもは無口なスライム系の後輩が久美に話しかけてきた。半透明なデッサン人形に点で目鼻がついているような愛らしさとグロさの中間に位置する顔が今日は棒線だった。
(・∇・)→(-_-)
こんな感じだった。発声器官が違うので人語を発するのが苦手で筆談ばかりだったのに話しかけてきたのも異常だ。
「ど、どうも……したな。
朝、獣人に、俺の番って叫ばれた」
「どぇええっ!」
予想もしないところから大声が聞こえてきた。爆速で近寄ってきたのは話もしたこともない他部署の獣人だった。
「どこのどちら様の!?
うらやましーっ!」
フロアの注目を集めるような勢いに久美はのけぞった。
「わ、わかんないですけど、シバと名乗りました。犬系獣人らしいです」
「いいなぁ、群れじゃないですかっ! 僕みたいなハム野郎とは違います」
自虐のようにハム野郎というが、お姉さま方に大人気の小動物系男子だ。久美ですら、あらあら、頬袋可愛い癒されるぅと思ったことがある。職場のアイドルだ。
「よぉくないよぉ?」
スライム後輩、デリス(人に発音できない本名の呼べそうな部分だけ)はメモ用紙に高速でなにか書きつけていた。
「えっと、従兄が瓶詰にされて保管された……。え、事件すぎる」
「ああ、分割しても生きていけるんでしたっけ」
「一番小さいのを携帯された……」
なぜかフロアが静まりかえった。
「ちょ、ちょっとぉ、猟奇的なサイコパスだったかもしれないじゃないですかぁ」
ハムスター獣人も擁護できないレベルだった。
「大丈夫です。
きっと幸せになれます。番同士は愛によるつながりで安定感を得られます。獣人同士はほんと円満で羨ましいったらないですよ」
そう言って彼は僕にも運命の番来ないですかねぇと夢見ている。
久美には番に安定的ななんかを感じられない。おそらく種族的認知の違いがある。もしくは、先ほど見たもののように同族同士では何かが違う。
結婚式呼んでくださいねと軽い言葉を述べて彼は去っていった。
「……すっごいな」
「あい」
(><)
相槌を打ったデリスがこういう顔をしていた。久美は思わず笑う。
「まあ、なんとかなるよ、きっと」
そう言って久美は仕事に戻ることにした。遅刻と説教分が響いている。
そのあたりまでは、久美の知っている日常の形をしていた。
終業時間を過ぎても誰も帰らないのが真のブラック企業である。それどころかどこかメシ行く? という声さえ聞こえる。喰った後にも仕事である。コンビニの場合もある。
久美は非常食としてサイドデスクに入れいてるチョコレートでごまかすことが多い。
デリスはハンバーガーを丸呑みしていた。丸呑みのほうが腹持ちがいいらしい。
それは承知しているが、久美はそれを見るたびに、思い出すものがある。
「おばあさん、なんでそんな大きなお口なの?」
デリスも慣れたもので、お前を飲み込むためさとメモ書きで返してくる。
(´・ω・`)
その後の顔がこれだった。
「え、マジで捕食されそうで心配……。ダイジョブだよ。今日もなにもなかったし。そう言えば帰りにとか聞いたけど」
もう時刻は10時を過ぎている。まあ、普通待たないよなと久美は思っていた。
しかし、それより30分後、見知らぬ獣人がフロアのドアを蹴破らんばかりの勢いで開けた。
「浅葱久美様はいらっしゃいますかっ!」
「ふへ?」
想定を超えた事態が起こると変な言葉がこぼれるのだなと久美は思った。
見知らぬ獣人は、首から社員証を下げており、別の部署の営業であることがすぐにわかる。営業というのは大体において偉そうというのは久美の偏見だが、彼は久美に跪こうかという勢いだった。
「我が社に番様がいらっしゃるとは知らず、失礼いたしました。
シバ様がお待ちです。どうぞ、おいでください」
「……えっと、残業があります。あと三十分待ってもらってください。あと終電までの10分ほどしか時間がとれません」
愕然とした表情の彼にちょっと悪いことをしたような気がした。
「そ、そんなのそこのスライムがやればいいではありませんか! ほら、すぐにやりたまえ」
(・・?
そんな顔にもなるだろうなと久美はため息をつく。
「待てないような狭量な人なんですかね。私の番って。私を尊重してくれないと」
「獣人を待たせる番はおりませんよ」
「じゃあ、史上初ということで」
久美は以降無視することにした。染み付いた社畜精神はちっとやそっとでは揺らいだりしないのだ。だからこそ、転職してないし、転職活動に至るまでの体力の残量を残せないのだが。
「ちょ、おま、つがいさまぁ〜」
という背後のBGMを久美は聞き流し、切りの良いところまで仕上げる。予定通りだ。うーんと背伸びをした。
「終わりましたか!」
隣から聞こえた嬉しそうな声にびくっとした。
「え、誰」
見知らぬような知っているような顔の男性が隣りに座っていたのだから。それを越してデリスが(=_=;)という顔だった。
会社のセキュリティとは一体何なのか。
「僕です。あなたの番の!」
あ、そうだったと久美は思い出す。疲労困憊の脳みそは浅い出会いを引き出すには時間がかかる。いや、忘れんなよと周りの人なら思うだろうが、それは会社に住んでる? と言われるレベルのことをしたことがない奴である。
「あの、無関係な人ははいれませんよ?」
久美は社会人として最低限の指摘をしておいた。
「バイトです!」
そう言って彼は真新しい社員証を提示した。
確かに、鈎山清波とあった。読めないなと久美は思ったが、口にはしなかった。嬉々として名乗りそうで面倒だったのだ。
ちらりと時計を見れば終電まで迫りくる針が見えた。
「そうですか。よろしくお願いします。
私、終電がありますので、もう帰りますね!」
「お供しますっ!」
犬かっ! 犬だなっ! と納得して久美はなにも言わず、荷物を抱えて退社した。それを合図とするように他の残っていた社員もやべっと騒いでいた。
「毎日こんな遅いんですか?」
「ええ、過酷ですね……」
「それはいけません! 僕はまだ学生ですが、次期後継者としていくつかの会社を任されています。
この会社も提携などで介入して、ホワイトな会社にします!」
今までにないほどときめいた。
「だから番になってください!」
「よ、」
うっかり久美は喜んでと叫びそうになった。それは違う。ちゃんと、実態を変えてからの話だ。
ごほんと咳払いして、久美は考えた。振り絞った。
「ちょっと、良くなったら、考えます」
最高に悪い言い方だ。ちょっとばかり久美は罪悪感があった。しかし、私の職場と皆の平和のためだと飲み込んだ。
久美は番とは仕事辞めても問題がない立場ということがすっぽーんと抜けていたのである。
「任せてください!」
最高に頼もしかった。
上 司:長命種。時間感覚が怪しい。顔は、いい。
デリス:スライム系。ぽよんとしたデッサン人形。ちゃんと服着てる。
ハムスター獣人:小柄でリス耳装備。尻尾は邪魔なので仕舞っている。




