霧の果て、祝杯の夜
アズラールの夜は、魔法の光が石畳に溶け、街の鼓動が響き合う。酒場「鉄槌の炉」は、いつもの喧騒に包まれていた。魔法灯の柔らかな光が、煤けた木壁に揺れ、カウンターには錫のジョッキが並ぶ。和久田晋助――通称ワクは、50代の顔に満足げな笑みを浮かべ、隣のウルフにジョッキを掲げた。ウルフは、革マントの裾を揺らし、無精ひげの顔にニヤリと笑みを返す。二人の間には、事件を乗り越えた絆と、静かな誇りが漂っていた。
「よお、相棒!」
ワクの声は、酒場の喧騒を突き抜ける。
「ふふん、解決させちまったぜ! 任せとけって言った通り、俺の血が騒いだんだよ!」
彼は笑い、ジョッキを叩きつけるように置いた。
「お前の分析のおかげで、捜査は一気に加速した。ギルドのデータベースから絞り込んだリストを片っ端から当たって、ついに昨晩、路地裏で大物が引っかかったぜ!」
ウルフは片眉を上げ、ジョッキを傾けた。
「ほう、さすがだな、ワク。で、どんなヤツだったんだ? 話してみろよ」
彼の声には、いつもの冷静さと、事件の結末への好奇心が混じる。
ワクは身を乗り出し、目を輝かせた。
「犯人はな、名前はアクアリス・ミラ、三十代半ばの女だ。見た目は上品な水商売のマダムみたいで、表の顔は街の小さな占い屋の女主人さ。だがよ、裏じゃ水属性の幻覚魔法のエキスパートだ。魔法学校の元講師で、隠れた高手の筆頭格だったんだ!」
彼は手帳を叩き、話を続けた。
「快晴の日にも霧を操れるのは、彼女のオリジナル術式『深淵の囁き』ってヤツだ。水の精霊を呼び出し、幻覚で被害者を夢の中に閉じ込める。時限式の罠は『潮の番人』って魔法で、午前二時に侵入者を感知して自動発動。被害者を夢遊病みたいに操って、金品を港の廃倉庫に運ばせてた。そこには、数百万ゴールド分の財宝が山積みだったぜ!」
ウルフは低く唸り、感嘆の息を漏らした。
「『深淵の囁き』に『潮の番人』か。確かに、魔法学校の先生クラスじゃなきゃ、そんな精密な術は組めねえ。お前の読み通り、大物だったな」
ワクはニヤリと笑い、胸を張った。
「逮捕の瞬間が最高だったぜ。俺が霧に突っ込んで、署の魔法班が慌てて作った魔法耐性のお守りで耐え抜いたんだ。ミラの術をぶち壊して、ガッチリ手錠をかけてやった。そしたらよ、ミラがこう喚きやがった。『こんな凡人どもに、私の芸術がわかるか!』ってな! 芸術? ふざけんな、ただの詐欺師だよ!」
ワクは大笑いし、ジョッキを掲げた。
「でもよ、お前の言う通り、雨の日じゃなくても霧を完璧に出せる、精密なタイマー設定……感心しちまうくらいの大物だったぜ」
酒場の喧騒が、二人の笑い声に呼応する。ワクは話を続けた。
「これで一件落着だ。被害者たちも記憶が戻り始めて、感謝の嵐さ。署の連中は『お前、魔法わかんねえくせにどうやって……』って目を丸くしてたよ。ハハッ、おかげで俺の株も上がったぜ、ウルフ!」
ウルフは苦笑し、ジョッキを軽く振った。
「魔法なしで突っ込むなんて、お前らしいな。で、相棒、次は何だ? 今夜は祝杯か?」
「おう、絶対だ!」
ワクは立ち上がり、カウンターを叩いた。
「俺のおごりだ、ビールじゃねえ、いい酒持ってくるぜ! 今夜は事件解決の祝杯だ。けどな、ウルフ、この街の闇はまだ深い。次は何が待ってるか、ワクワクするじゃねえか!」
二人はジョッキを打ち鳴らし、笑い合った。アズラールの夜は、魔法の光と二人の絆に照らされ、新たな物語の予感を孕んでいた。