罠の匂い、相棒の勘
ウルフがジョッキを置き、口を開いた。
「そこまで凝った手口なら、犯人はかなりの使い手だぜ。決まった時間――午前二時に、特定の場所で霧を発生させる罠なんて、並の術者じゃ無理だ」
彼の声は低く、しかし確信に満ちている。
「正確に言うと、仕掛けたポイントにタイマーを仕込んで、誰かが踏み込んだ瞬間に霧が襲う仕組みだ。ひょっとしたら、特定の人物だけを狙う精密な設定までしてるかもしれねえ。雨の力を借りず、快晴の日にも霧を操れるなんて、相当な実力者だな」
ワクは目を丸くし、ジョッキを握る手に力を込めた。
「おう、相変わらずの鋭い読みだぜ! 時限式の罠が人間の侵入で発動? そんなの、俺の頭じゃ手品だよ。しかも、一人だけを狙う設定? そんな精密な魔法、ただの泥棒じゃねえな。魔法学校の先生クラスか、それ以上の隠れ高手だろ」
彼の声には、驚きと興奮が混じる。
「快晴でも霧を出せるってのは、確かに雨の力なんぞ借りねえ本物の使い手だ。俺の勘がビンビン言ってるぜ、こいつは大物だ!」
ウルフは顎を撫で、話を続けた。
「それで、金品の回収の件だがな。そんなハイレベルな術者が、毎晩午前二時に路地裏でコソコソ金漁りするなんて、あり得ねえだろ。俺の読みだと、被害者が幻覚で操られて、自分で金品をどこかに運んでる。犯人は別の場所で悠々と回収だ。被害者が夢遊病みたいに動いて、指定の場所に置いて、フラフラ戻ってくる――そんな仕組みじゃねえか?」
ワクは膝を叩き、手帳に慌てて書き込んだ。
「お前の言う通りだ! そんな大物が、わざわざ現場で汚れ仕事するわけねえよな。夢遊病か……確かに、被害者リストの連中、皆『夢の中で誰かに誘われて歩いた』みたいな証言してたぜ。繋がった! よし、早速、被害者の行動履歴を洗ってみるか。金品の流れを追えば、回収場所のヒントが掴めるかもしれねえ!」
50代の刑事の目には、若手のような熱が宿っていた。
ウルフはニヤリと笑い、ジョッキを軽く掲げた。
「捜査の方向性だがな、金品だけなら囮捜査が手っ取り早い。ただ、犯人を絞り込むなら、水属性で幻術が得意なヤツを、強い順に当たっていくのがいい。魔法学校の講師レベルじゃなきゃ、こんな芸当はできねえだろう。けど、一般にも隠れた高手はいる。とにかく小物から当たっても無駄骨だぜ」
「おう、さすがだぜ、ウルフ!」
ワクは笑い、肩を叩いた。
「囮捜査か、魅力的だが、霧に包まれたら俺の脳みそが溶けちまいそうで怖えよ! 絞り込みで行くぜ。魔法ギルドの登録データベースにアクセスして、水属性+幻術のエリートをリストアップだ。先生クラスか……確かに、一般の隠れ高手って線も盲点だな。街の占い屋や水商売の連中なんかも怪しい匂いがプンプンするぜ。小物で時間潰すより、トップから叩くのが俺の流儀だ!」
ワクは手帳を閉じ、勢いよく立ち上がった。
「よし、次の一手はギルドのデータ引き出すぜ。ウルフ、お前も一緒に来ねえか? 署の魔法班がチンプンカンプンでウロウロしてるの見たら、笑えるぞ。今夜の飲みは、事件解決の祝杯にしようじゃねえか! 」
ウルフは苦笑し、ジョッキを空にした。
「お前と飲むと、いつも事件の話になるな。まあ、いいぜ、相棒。ギルドのデータ、俺も覗いてやるよ」
二人の笑い声が、酒場の喧騒に溶け込んだ。アズラールの夜は、魔法の罠と二人の絆が交錯し、新たな一歩を刻もうとしていた。