霧の謎、酒場の推理
「被害者たちがな、口を揃えてこう言うんだ。『魔法の霧に包まれて、記憶が飛んだ』って。霧? 魔法? 俺にはさっぱりチンプンカンプンだぜ!」
ワクの声には、苛立ちと好奇心が混じる。ジョッキをカウンターに叩きつけ、話を続けた。
「街の路地裏で、毎晩決まった時間――午前二時にその霧が出るらしい。触れた連中は、まるで夢の中に引きずり込まれたみたいにボヤいてる。で、霧が晴れた後には、金目の物がスッキリ消えてるんだ。指輪、財布、魔法の護符まで……。ただの泥棒か、幻覚の仕業か、さっぱりわからねえ。まったく、頭が痛ぇよ」
ワクは額を掻き、ウルフに顔を向けた。
「お前、魔法のことなら何でも知ってるだろ? こういうの、どうにかなんねえか? 教えてくれよ、相棒。俺一人じゃ、手も足も出ねえんだ」
ウルフはジョッキを置き、指で軽くカウンターを叩いた。思索の癖だ。
「霧、ね。基本的に霧ってのは水魔法の領分だ。となると、容疑者は水属性の知識があるヤツに絞れるな」
彼の声は落ち着いているが、瞳には猟犬のような鋭さが宿る。
「ただ、気になるのは『記憶が飛ぶ』って部分だ。どんな状況で記憶が飛んでるのか、もっと詳しく聞かせてくれ」
「おう、さすがだぜ、ウルフ!」
ワクの顔がパッと明るくなる。
「水魔法かよ……。俺には霧って言や、天気予報かスープの湯気くらいしか浮かばねえよ。よし、水属性のヤツが怪しいってんなら、署のデータベースで洗い出してみるか。前科持ちの水系魔法使いとか、怪しい魔法屋の連中をピックアップだ。いい線いってる気がするぜ!」
ワクは懐から小さな手帳を取り出し、鉛筆でメモを走らせた。50代の刑事の仕草には、どこか若々しい熱が宿る。
「で、記憶が飛ぶって件な。確かにそれ、俺も引っかかってたんだ」
ワクは声を潜め、身を乗り出した。
「被害者たちの話じゃ、霧に包まれた瞬間、頭の中で誰かの囁き声や、妙な歌声が聞こえたって言うんだ。で、気づいたら朝で、財布も何もかもなくなってる。まるで夢遊病だな。署の連中は『ただの酔っ払いの妄言』なんて笑ってるが、俺の勘がビンビン言ってるぜ。こりゃ、ただ事じゃねえ」
ウルフは顎に手をやり、目を細めた。
「ふむ。幻覚魔法か、精神操作系の使い手か。俺の勘だと、幻覚魔法の線が濃いな。囁き声や歌声ってのは、精神操作でも出せるが、そっちだと被害者の心に何かしら強い痕跡が残るはずだ。幻覚魔法なら、夢を見せるように記憶を曖昧にする方が辻褄が合う」
彼は一息つき、ジョッキを手に取った。
「それと、霧が発生してるのは、術をかける一瞬だけだろ。二時間も三時間も街を霧で覆ってたら、ギルドや衛兵に通報される。監視カメラの映像を霧で隠してるってことは、術者が自分の手口を隠してる証拠だ」
ウルフはさらに続けた。
「霧と、被害者が言う『海や水の底から聞こえる声』ってのが鍵だ。水属性をメインに使ってるのは間違いねえ。ただ、気になるのは毎晩午前二時って点だ。窃盗でこんなピッタリ決まった時間に動くのは不自然だ。時限式の罠――たとえば、特定の場所に仕掛けられた魔法陣が、決まった時間に発動する仕組みなんじゃねえか?」
彼の言葉は、まるで闇を切り裂く刃のようだった。
ワクは目を丸くし、手帳に慌てて書き込んだ。
「時限式の罠? そりゃまた、物騒な話だな……。で、天気の件か? 被害者が出た日の天気、ちょっと待てよ」
ワクは手帳をめくり、記憶を辿った。
「全部で五件の報告だ。一昨日は晴れ、昨日の朝は小雨だったが事件の時は止んでた。一週間前は快晴、今朝は曇りで霧が出やすそうな日だった。雨の日限定じゃねえな。晴れの日にも霧が出てるってことは、天候に頼らず魔法で霧を起こしてるってことか? くそっ、頭パンクしそうだぜ」
ウルフはニヤリと笑い、ジョッキを軽く掲げた。
「さあ、ここからが面白くなってきたぜ、相棒。犯人の手口、だんだん見えてきただろ? 次の一手、考えてみねえか?」
酒場の喧騒の中、二人の視線は交差し、アズラールの夜に新たな火花を散らした。魔法の霧の謎は、未だ深く、しかし二人の絆は、その闇を切り開く一歩を踏み出していた。