夢うつつ
ルグニア大陸
光の女神リディアに愛されて生まれたこの大陸
1000年の時を生き魔法に秀でたエルフ族
小柄な体躯に反し、数百年の時を生き技術に栄えたドワーフ族
動物たちの力を得て生きる、獣人族
そして、大きな力は持たぬものの圧倒的な人口を誇る人族
おおまかに四つの民からなるこの大地は精霊たちの加護も厚く、
多くの民は魔法を使って生きていた
この大陸の東に位置する大国
ベルラ王国
広大な農地と豊かな自然を抱え、精霊たちの恩恵に生きる王国
自然の恵をふんだんにつかった農業で栄えたこの国は、
歴史的に圧政を敷く王も少なく、争いを好む民も少ない穏健な国であった
そのベルラ王国には、とある遊牧民族が住んでいる。
その名こそ、「風の民」
自由を重んじ、一つの固定拠点を持たず、森を行き来する独特の民族
季節ごとに各地の森を移り住み、金貨文明も未発達なこの民は、
農業と狩猟で自給自足に暮らしていた
縛られず、風の如く生きることを正義と捉えるまさしく自由の民
それが、風の民であった
「なーんて、じっちゃんたちは言うけどさー、正直つまんないよねー」
一人の少年が野原に大の字で寝そべったまま広い空を見上げて呟く。
少年の青みがかった緑色のクセのある髪がさらりと流れる。
彼の名は、ルネ・シャルー
この風の民に所属する少年だ。
孤児として捨てられた彼は、8歳の頃に風の民の族長に拾われて以来、風の民らしくのびのびと育てられた
そして、つい数日前、成人となる16歳を迎えたのだ
「なーに黄昏てんだい」
「あたっ!」
寝そべるルネの額をふくよなか中年女性、孤児院の院長の妻であるペムがぴしゃりと叩く。
片手には籠に入った大量の洗濯物を抱えている
孤児院の子供たちはすぐに服を汚す
食事をこぼしたり、遊びで泥まみれになったり、喧嘩の途中で怪我をしたり、
そうして生まれた大量の洗濯物を洗うのはペムの仕事であり、生活魔法の一つ、洗濯魔法の仕事なのだ
「ほら、ぼさっとしない!あんたも、もう16歳だろう!大人の仲間入りしたんだ!シャキシャキ働いてきな!」
「うぎゅぅ・・・」
そんなこと言われたって、と顔に書いたままルネは体を起こし、ペムをじーっと睨みつけた。
しかし、ペムはルネの睨みなどそよ風でも吹いているかのように相手にせず、遠くの子供達に声を掛ける。
「あんたたち!ルネにいちゃん、暇だから遊んでくれるってさ!」
ペムの声を聞いて、遠くでめいめい遊んでいた子供たちは一目散にルネの元へ喜色満面で駆け寄る。
「ルネにいちゃん!おれ、かけっこしたい!かけっこ!」
「そのまえに、チャンバラやろうぜ!にいちゃん、敵な!」
「えー!ルネにいちゃん、魔法教えてよ!ほら、風をバーンってやるやつ!」
口々にルネを囲んでは遊べ遊べと駆け寄る子供達に、ルネは思わず苦笑する。
「はいはい、わかったから、順番な。・・・まずは、追いかけっこしたいやつこの指止まれー!」
ルネが思いっきり高く人差し指を掲げると、子供たちは俺も私もとルネの指を掴もうと必死に飛び上がる。
いつもと同じ日々、いつもと同じ行動、
楽しくて、温かくで、
だが、どこか退屈な日々
それが、ルネの常の日々だった。
「なんか退屈って思うのは、風の民の気質、なのかな・・・」
ようやく子供たちから解放されたルネは一息つくべく、一人森の中の泉に足を浸からせたまま、呟いた。
この森に住み始めてそろそろ三ヶ月。
もうすぐ風の民は移動を始めるだろう。
次の拠点はどこなのか、何も知らされず。ただ、長老たちの占いによって道を定めて、生きる道を選ぶ。
占いで全てが決まるのもまた、風の民の特色なのだと長老たちは話す。
ルネは先日16の誕生日を迎えた。
風の民では16歳を過ぎれば、大人の仲間入りと認められる。
つまり、民族の外へ出る許可を得られたこと、そして部族内では戦士として戦う義務を与えられたことを指す。
子供のうちは外を出ることは許されないが、民族の外を出てみるもよし、民族の中に留まって戦士になるもよし。
どちらにしても、自由に選べばいい。
そうやって、外に出た仲間も見たことがあるし、そのまま戦士となった仲間も見た。
だが、
「そう言われても、まだ決まってないんだよな・・・」
はぁ、とルネは小さくため息をついた。
どっちにしたってきっと素敵な未来が待っているとも思う。
ぼんやりとだが、ルネの楽観的な頭脳はそう考える。
だが、同時に明確な未来の選択が決まってもいない、とも考えている。
「はぁ〜あ、ねぇフレン、君はどう思う?」
たった今フレンと名付けられたウサギはクシクシと痒そうに手で鼻を掻く。
はたと周りを見ると、フレン以外にもルネの周りには不思議と動物たちが集まっていた。
ルネは昔から不思議と動物に好かれやすかった。
いかな暴れ馬も、冬眠明けで気が立った猛獣たちも、ルネの手にかかれば穏やかに甘えだす始末。
ルネ本人すら詳しい事情のわからないこの力を、
周囲の大人たちは「ルネは動物に好かれるほどお人好しなんだな」と笑って見過ごしていた。
ぐぎゅぅ
ぼんやりと考え事を続けていると、空腹だと腹が訴える。
よく見ると太陽が真上に登っていて、そろそろペムが昼飯でも作っている頃なのだろう。
のそのそと、ルネは泉から足を引き上げた。
「もういっそのこと、バババーンと面白いことでも起きないかなぁ?」
ぐいっと凝り固まった体を伸ばし、ルネが声を上げた。
その時だった
「ほぅ、なら、その願い叶えてやろうか」
「ッ!?」
聞きなれない声にルネは驚いて、咄嗟に近くにあった鋭利な石を取る。
鳥たちはバサバサと飛び立ち、ウサギたちは走って遠くへと逃げる。狼はグルルルと低く唸り声をあげる。
(だれ、聞いたことがない声、こんなやつ、見たことない。気配もしなかった)
困惑した頭では何も考えられない。
体は石のように動かず、戦闘訓練で習った通り石は握れても投げることすら出来なかった。
「そんなに警戒しなくていい。私は怪しいものではない」
真っ黒のフードを目深にかぶり、仮面を纏った、男とも女ともつかない謎の人物は、気づけばルネの真横にいた。
くぐもったその声に、ルネは警戒の姿勢を崩さずじっと見つめる。
時間にしてはさほど経っていないだろう。
だが、ルネにはまるで1時間にも感じられるほど長かった。
互いに動かず、互いに見つめ合ったまま。
先に動いたのは、謎の人物の方だった。
「・・・良い目だ。お前のような奴を待っていた」
「へ・・・?」
謎の人物の言葉に、ルネは思わず呆けた声をあげる。
「ゲフュール魔法士官学校へ向かいたまえ。そこで、お前を待っているぞ。ルネ・シャルー」
「え、ちょ、まっ!まってよ!」
ルネが思わず声をあげるも、謎の人物は跡形もなく瞬時に消え去った。
足元に、一枚の紙を残して。
「ゲフュール、魔法士官学校、入学許可証、ルネ・シャルーさまぁ!?」
ルネの大きな声が森中に響き渡る。
この物語は、この少年ルネとゲフュール魔法士官学校で巻き起こる事件の数々の物語である
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