血の値段
この世界には魔力があり、その根幹は闇属性だと言われている。
大地から溢れ、植物に吸収されると闇属性の中に含まれる土属性の魔力が抜ける。
そうやって、水や火に魔力は属性を抜かれ、抜け落ちた後には光属性が残る。
それは空気に溶け込んで行く。
多くの人間は魔力を吸収できないと言われているが、魔力を含む物を食すことで幾分は影響を受けていて、髪や瞳の色にそれが現れるという。
一般的に人間の髪や目は黒や茶で、色が薄くなるほど特別な人間だ。
何故特別か?質の良い物ばかりを食しているだろう貴族や王族の特徴だからだ。
貴族の食い物には光属性の魔力が多く、貴重。
故に彼らの色素は薄く、雑食な平民とは違うという。
彼らは魔力(闇)と相反する、属性の無い純粋な魔力を帯びている。
そのおかげか、魔道具の扱いが上手いと聞く。
今では「髪色などを変えたくば2代前から食を変えろ」と冗談のような話があるほどだ。
食文化は遺伝子さえも変えるようだ。
「お前の母親も、そんな髪の色だったのか?」
俺がこいつをレークイスの戦後処理を行う事務方の役人から買い取った金額は、領地金貨100枚。
珍しい髪色だったし、見た目で男だと思ったせいでぼったくられた。
あいつらは、こいつが気性の荒い女だと知っていたのに黙っていた。
嵌められたと嘆いても仕方がないが、この見目でも女なら銀50が良いところだ。
こいつの銀髪……魔力の扱いが生まれついて上手い者か、食い物の栄養素をうまく取り込めない欠陥を持つ者かだろう。
だが、どちらにせよ商品としては扱いに困る。
「母さんは黒かったよ」
「なら、他の兄妹はどうだ」
「んー。妹が……すごく綺麗な色だったんだ」
「…どんな風にだ」
「陽に当たるとさ、こう……虹色っていうか、青だったりピンクっぽかったり。
毛先だけだけど僕より薄くて透けてた」
「お前の家族……祖父や祖母を覚えているか?」
「? 当たり前じゃん」
「戦になる前まで生きていたか?」
「じいちゃんは3年前。ばあちゃんは戦争で死んだ……」
短命ではないならば、欠陥という訳ではないのかもしれない。
おおよそ人間の生まれついての欠陥箇所は、遺伝的な物だと聞くしな。
「父親は何色だった」
「ん? 黄色」
黄色? 金髪という事か⁉︎
まさか、貴族だったとはな。
没落貴族、貴族の私生児、亡国の元貴族か。
まぁ色々と考えられはするな。
「父親はなんの仕事をしていた」
「んー。なんだろう? 母さんは農作業してたけど」
「分からないのか?」
「朝早くに出かけて、夕方になると帰ってくるけど……」
「何をしていたかは分からない……か」
「でも、週に一度沢山お金持ってきたよ?」
やはり貴族なのだろう。
もしかしたら、こいつの母親が愛人だった。
その可能性は低くない。
何にせよ、こいつには高貴な血が混じっている。
それは間違いない。
しかし、どれだけ高貴であってもな。
育ちが人を造るのか、今のこいつは野良猫同然だ。
「でも……」
空を見上げ、何かを思い出すように唇を尖らせる姿はまだあどけない。
「父さん……すごく細かったんだ」
「細い? 痩せているという事か」
「ん……沢山ご飯も食べるのに、すごく痩せててさ」
「病気だったのか?」
「そんな風には見えなかったよ? でも腕に沢山注射の跡があった」
聞いた事があった。
空気や食い物から魔力的影響を受ける俺達は、なかなか薬剤が効かない。
そのために、金の無い貴族が血や髪を売るという事を。
それをベースに薬を作ると効きが良いのだと。
「……」
こいつの父親は血を売っていたのかもしれない。
あの村にまともな職があるとも思えなかったのもあるが、男どもは出稼ぎに出るのが普通だし、畑も家庭菜園が関の山な広さの村だ。
だが、こいつの父親はそうしなかった。
それほどに、家族と離れるのを厭うたのか。
「父親は……どんな男だった」
「父さん? すーっごく優しい! いっつもニコニコしてて、毎日……毎日……」
目が次第に光を失う。
何か思い出させる事をしてしまった様だな。
「なんで僕、嫌がったんだろ……」
金の目から大粒の涙がテーブルに落ちて、弾けた雫が俺の指に跳ねた。
教育とはよく言った物だ。
俺に比べりゃ、まともな人間が親だったんだろう。
そんな環境でこいつは育った。
俺よりお前の方が、余程出来た人間なのかもしれない。
「泣くな、鬱陶しい」
「しかたっ! しかたないだろっ!」
飯を食わせたのは……何故だ。
商品に良い物を食わせる必要はなかった。
俺の食い残しで充分。
いつもはそうだった。
「おじさん?」
俺の子は……美味い物も知らない。
サナの乳の味しか知らない。
このサッカームの味を知ったなら、どんな顔をしていたろうか。
「食え」
「……ぐすっ、うえっ、ふぐっ……ん。ありが……ありがと」
血の値段。
それは、こいつや兄妹、妻の笑顔だったのだろう。
それを思うと、ズクリと体に巡る血が跳ねた気がした。
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